リィンが剣仙ユン・カーファイの元に弟子入りしてから、はや数年の月日が流れた。幼かったリィンも13歳になり、背が伸び、顔つきもまだ少年らしさを残しつつも、徐々に青年へと変わりつつあった。
その日も、ユンとリィンの修練が行われていた。
「初手、壱ノ型」
ユンの声に、リィンは上段に構える。
「唸れ、螺旋撃!」
右からの切り下げ、その姿勢から横に一閃。さらに足を軸に回転を取り入れ、もう一度横に一閃する。螺旋を描くように、焔の竜巻が発生した。
「次手、弐ノ型」
「疾風!」
高速移動からの連続斬撃を繰り出す。
「秘技」
「なに?」
「裏疾風・焔!」
高速移動からの斬撃の後、焔の衝撃波が繰り出された。
「…次手、惨ノ型」
ユンは、リィンがいきなり弐ノ型の派生技、しかも独自にアレンジした技を出したことに目を見開いたが、すぐに気を取り直して続けた。
「焼き尽くせ!」
焔を纏った太刀を上段に構え、そのまま振り下ろす。
「次手、肆ノ型」
「紅葉!」
リィンは太刀を鞘に納め、すれ違いざまに斬る。
「次手、伍ノ型」
「残月!」
太刀を鞘に納め、居合の構えを取り、そのまま抜刀する。
「次手、陸ノ型」
「緋空斬!」
「え!?」
太刀を横に薙ぎ、焔の斬撃を一直線に飛ばす。ユンは思わず素の声を漏らしたが、そこは剣仙、すぐに気を取り直した。
「…次手、悉ノ型」
「刻葉!」
「おい!」
「斬!」
リィンは分身を出し、疾走しながら連続で斬撃を繰り出す。そして連撃後、あたり一帯を一閃した。ユンはすぐさま突っ込みを入れる。
「有望株だと思っとったが、中伝いや、まさか皆伝レベルの技を出してくるとは思わなかったわい!」
「いえ、これも老師の教えのおかげです」
「教えとらん!基礎的な八葉の技は教えたが、裏疾風とかは教えとらん!」
ユンはリィンの潜在能力の高さを見抜き、弟子として迎え入れた。すでに“剣皇”に師事されていたこともあり、“太刀”の扱いに関しては問題なかった。そしてすぐに八葉の各型の教えに入った。リィンは驚くべき速さで八葉の技を次々と習得していった。ユンは“先”を見通して弟子に迎えたのだが、この目で見て確信する。
“こやつこそが八葉を受け継ぐ最後の弟子”だと―――。
そして、“天理を超える”ことが、目の前の弟子の元で成ることを。それは遥か先の未来かもしれない。だが、必ずリィンの元でそれは成されるだろう…と。
「リィンよ。お主も儂の元から離れるときが来たようじゃ。明日、儂と試合て、一本とってみよ」
「え…」
ユンはリィンにそう告げた。
翌日、リィンとユンは向かい合うように立っていた。互いの手には、太刀が握られている。
「昨日も言ったが、儂から一本取ってみよ」
「ええ…」
リィンとユンはお互いに太刀の柄に手を添え、合図もない。ただ、タイミングを見計らったかのように同時に動き出す。繰り出されるのは、神速の居合の一閃。リィンは殺すつもりでユンの首めがけてその刃を振り抜く。だが、ユンも難なくその一撃を自身の太刀で受け止めた。
「いきなり、殺そうとするやつがおるか」
「その気でいかないと、あなたから一本なんて不可能でしょう」
「フッ、言いよるわ」
防がれたリィンは、刃を引き、距離を取る。太刀を鞘に納め、中腰で柄に手を添える。居合の構えだ。
「ほう…来るがよい」
そして、ユンの視界からリィンが消える。超高速歩法、“縮地”からの抜刀にて、リィンは斬りかかる。通常の魔獣や有象無象の輩相手なら、すでに勝負が決していたであろう。だが、相手は剣仙と名高い武人。リィンの高速の抜刀をユンは自身の太刀で受け止める。
「う…おぉぉぉぉぉお!!」
リィンは力任せに太刀を押し込む。
「む…」
リィンは己の膂力に物を言わせ、ユンを押し込んでいく。ユンは多少顔を歪めるが、リィンの太刀を受け流した。
「あ…」
太刀を受け流されたリィンは、ユンを押し込むのに力を込めていたこともあり、そのまま前のめりに倒れこみそうになる。
「終わりじゃな」
ユンは太刀の峰の方でリィンの背中に打ち込み、この立ち合いを終わらせようとする。だが、リィンは無理やり身体を反転し、ユンの太刀を受け止めた。
「くっ…」
しかし、無理やり反転させたことと、体勢が不十分だったこともあり、リィンはユンの斬撃を受け止めきれず、そのまま後方に吹き飛ばされる。
「ハッ、ハッ…くそ、あの人本当に70代かよ…!」
リィンは、70代にして驚異の身体能力を誇る剣仙に毒づきながらも、太刀を杖代わりに立ち上がる。気配でユンがこちらに向かってきていることは察知していた。ユンの実力で考えれば、気配を悟らせぬよう動くのは容易だろう。わざと察知されるように動いているのだとリィンは考える。そもそもこれは、生死を分ける殺し合いではない。そこまで本気になることでもないと思ってのことだろう。先ほど、リィンは本気の居合で殺そうとはしていたが、それはそれだ。そもそも実力が違いすぎるので、リィンが殺す気で行って丁度いいくらいなのだ。
「さて、どう迎え撃つか…」
迫ってきている気配にリィンは考える。相手はかの剣仙だ。小手先の技など通用しないのは分かりきっている。そうなると、自身が培ってきた戦闘スキルで対応するしかないと、リィンは柄に手を添え、歩き出した。
「緋空斬・追連!」
ユンが上空を飛びながら移動していると、焔を纏った斬撃が衝撃波として、ユンに向かって襲い掛かる。だが、ユンはそれを軽く斬り払った。
「ふむ、もうすでにその領域に至っておるか、リィン」
先のリィンの技で、リィンの場所を察知したユンはリィンの前に降り立つ。
「恐るべき成長速度じゃな。お主が儂を超える日も遠くはないじゃろう。じゃが、今日はこれにて幕じゃ」
「ええ…」
ユンとリィンはこの一撃で決めるべく、互いに闘気を練り上げる。
「終ノ型…雷光!」
それは最速の斬撃。人間の動体視力では到底捉えられないほど研ぎ澄まされた神速の斬撃だ。
「これは…!」
ユンは、リィンの繰り出した斬撃を見て、驚愕する。おそらくは亡き師匠に教わった剣技と、自身が教えた八葉を組み合わせ、自己流に昇華させたものだと結論づける。それでも剣技としてしっかりと完成されている。初動から一気に最高速度にまで到達し、そこから繰り出される速度と破壊力を伴った、動体視力を凌駕する神速の斬撃。
「伍ノ型…残月!」
ユンは柄を逆手に持ち替え、相手の攻撃タイミングに合わせて抜刀する。言わば、カウンターだ。
「がっ…」
リィンは残月をモロに食らい、そのまま後方に吹き飛ばされる。意識はあるようだが、続行できる状態ではないだろう。
「…………」
ユンは無言で自身の頬に手を触れる。その手には血が付いていた。
「少しでもずれていたら、やられていたのは儂の方かもしれんの…」
「さて、リィンよ…お主には、八葉一刀流、中伝を授ける。先の立ち合い、見事じゃった…」
「え…?中伝…?」
リィンは驚きと困惑の表情を浮かべる。
「なにも一本取れとは言ったが、それが位を授ける条件とは言っておらんからの…。それに未だお主は修行中の身じゃ、取れるわけがなかろう」
「くっ…!」
「ほっほっほ。まだまだ、お主には負けぬよ」
リィンは悔しそうに顔を歪めた。
「そして、お主には悉ノ型・無を授ける。その型の持つ意味、お主自身で見出してみるがよい」
「無…」
ユンは、リィンに中伝目録と書かれた巻物を渡す。
「リィンよ。この段階でもうお主には奥伝への道筋ができておる。八葉の剣士は儂の元を離れた時点で奥伝の資格ができておる。そして、その剣が奥伝へと至るにふさわしいと判断した時に、奥義伝承の試しを行う最後の壁としてお主の前に姿を現すであろう。八葉の高み“剣聖”へ至ってみよ。我が不肖の弟子、リィンよ」
「はい…!」
「じゃから一旦は別れじゃ、リィン。達者での」
ユンはそう言うと、リィンに背を向け歩き出した。独り立ちさせるにはリィンはまだ幼い年齢だ。だが、八葉のしきたりに例外はない。最初の試しを終えた時点で弟子の元を去り、そこから先の伸ばし方は弟子に任せる。それはリィンとて例外ではない。剣技のほかにサバイバル術なども仕込んでいるし、しぶとく生き延びられるだろう。そして、再び相まみえた時は“剣聖”の名と“後継”を授けよう。
そんな思惑があるとは知らず、リィンは師の背中が見えなくなるまで見守っていた。そして、師の背中が見えなくなると、リィンも歩き出す。今はどこに向かうかは考えていない。それでも、亡き師と八葉の師の教えを胸に、今は進む。それだけだ。