マッサージ屋のおっさんが怪しい   作:信州しなの

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白さに裏打ちされた怪しさ

 徹夜明けの太陽が黄色く輝いて頭が痛い。身体は骨格を鉛製にしたかのように重く、軽快な足取りとはどういうものだったのかをはるか彼方へと忘却させていた。今日も彼は疲れていた。そう、今日もとても疲れていた。

 疲れた時に取る行動や取りたい行動は人それぞれだろうが、多くの人は休息を求める。睡眠、美味しい食事、時間を忘れる長風呂。いずれも疲れを忘れさせ、明日への活力となってくれるものだろう。その中にもう一つ付け加えたいものが出来た。それこそが、マッサージだ。

 正直に言ってしまえばたかがマッサージと侮っていた部分も彼にはあった。血行が良くなることでもたらされる効果は知っていたし、これまでにも何度となく世話になったこともある。だがあれは一時的であったり、逆に毎日しなければ意味がなかったりと扱いの面倒なものという認識もあり、マッサージの世話になるくらいなら身体を鍛えて疲れを殴り返すくらいの心境でいたのだ。

 その降谷の心境を躱し追撃を加えてきた存在が、この古い摺りガラスのはめ込まれたアルミサッシの向こうにいる。

 そう……怪しいけど全然経歴は怪しくないけどやっぱり怪しいインド人だ。

 

 あれからあのインド人については少々調べた。無防備にごろんと横になったところを狙われてしまっては今までの苦労も何もかもが水泡に帰すことになるからだ。結果は、面白いくらい面白いことになった。面白いがゲシュタルト崩壊するかと思った。面白かったから仕方ない。

 

 まず身分。ハイ・カーストだった。一生働かなくていいどころか大勢の使用人を抱え、ひがな一日ごろごろと寝っ転がりながらフィクションの中でしかお目にかかったことのない、あの柄が長くクソでかい団扇で煽られながら専属の楽師による生演奏をBGMにフルーツを齧っていても許される人物だった。なんでわざわざ来日して風情のある……いっそ素直に言えばボロい中古のビルでマッサージ屋の店主兼マッサージ師をやっているのか。さらなる調査の結果も面白かった。ただの道楽だったからだ。彼が幼いころ、無聊の慰めに招いた人物が披露したヨガに心酔し、そのまま囲って弟子入りしたというのだ。そしてそのまま彼曰くヨーガマスタルになった、と。

 なんだその金持ちの謎過ぎる金の使い方は。有意義な金の使い方とはなんなのか考えだしてしまうし、考えたところで結論は出そうにないのでこの思考は放棄した。別の次元に生きていると思った方がいい。それならまさしく思考回路が違っていてもおかしくない。ちなみに裏との係りは一切無かった。驚きの白さだった。薄暗いことをする必要もないレベルの金持ちだからかもしれないが。金持ちのえげつなさを垣間見た気がした。

 

 次に家族構成。なんと家長だった。つまり彼の一族の中で一番偉い人物だった。何をしているんだ日本で。いやマッサージ屋の怪しいオヤジをやっているのは分かっているが。妻がひとりと、息子がふたり。息子にもそれぞれ妻がいる。愛人はなく孫もまだいない。ちなみに長男はニートである。いや、ハイ・カーストだから働く必要なんてどこにもないのは分かってはいる。分かってはいるが、お前の父親は日本で端金と言っていい金額で労働しているというのに何をやっているのか。

 そう思っていたらどうやら株取引に並々ならぬ才能があるようで、一族の資産を更に増やすのに成功していた。元手はお小遣いという名の日本でいう平均生涯年収だったようだ。秘書にこれ買っといてあれ売っといてとやっているうちに膨れ上がったらしい。もう何も言うまい。やっぱり言う、金持ちえげつない。

 

 調査結果を手にした風見との会話が脳裏に過った。

「ハイ・カースト出身者?なんで日本で怪しすぎるマッサージ店営んでいるんだ……しかし裏の繋がりは皆無だな」

「息子さんのひとりがニートという事でしたが、その、ハイ・カーストなので働く必要がそもそも無いようです」

「……なんで働いてるんだあのインド人」

「……趣味ですかね?」

 

 

「趣味、かぁ……」

 

 随分御大層な趣味だが、効果は折り紙付きだ。趣味のおこぼれを預かろうとしている身としてはありがたいと言っていいのかなんなのか。とにかく、真っ白のくせに趣味が理解不能すぎて怪しさを倍増させているこの店に、もう一度世話になろうとしているのも事実だった。安心して身を任せられる人物というのは少ないため、貴重な店だともいえる。

 不安にはなるが、そんじょそこらの金持ちを鼻で笑うことのできる大金持ちが道楽でやっているところで、わざわざ公安に付け入ろうとするはずもなし。同様にして黒い世界に足を浸ける必要もない人物であることは間違いがなかった。

 ただちょっと。ほんの少し。いや物凄く。何考えてんだオメーと言いたくなるだけで。

 

 軽く頭を振って思考を追いやる。癒されに来たというのに仕事と重ねてしまうのは悪い癖であり、必要な技能だった。

 ネジが緩みかけている取っ手に手を添えて入り口を開けた。

 

「こんにちh「疲れたー顔のーニッポンジン!横なってー」

「はい」

挨拶さえさせてくれなかった。やはり彼は何かが決定的に違う世界に生きているのだろう。

 

「私ヨーガマスタルね、安心してネ」

「お願いします」

 

 二回目だというのに相変わらず怪しい。そして安心できない。やはり副音声で金づるが来たと聞こえる気がする笑みを浮かべて、前回とは違うやはり特売品1枚500円のような畳の上に敷かれたバスタオルに指をさしていた。大金持ちのくせになんでそんな安物を使用しているのか。今回も洗濯はきっちりとされているバスタオルの横に座り、上着を前回同様枕の横に畳み、まだ二回目だというのに勝手知ったる感覚でうつぶせになった。勝手は知っているが、それでもちっとも安心できない。妙な緊張感が取れないのは、この怪しいインド人のおっさんと、相変わらずどこで買ってきたのか分からないBGMのせいだろう。なんとなく本日の音楽はインドの大衆映画のサウンドトラックのような気がした。妙にミュージカル調だったせいだろう。

 ぼんやりしていると前回同様に前置きなしでいきなりマッサージは始まった。触れるたびに失礼しますだの、お加減はいかがですかだの尋ねてくれる日本のサービスの有難みを感じずにはいられない。唐突すぎる。

 

「背中ツヨイねー!」

「えーと、そうですか?」

「足腰ツヨイ!」

「????」

 

 それはつまり、筋肉がついていると言いたいのだろうか。まず間違いなく日本語が堪能なんだから、わざと妙な表現をしていないで言葉にして欲しい。なんのために言語というコミュニケーションツールがあると思っているのか。

 バキバキという自分の体から出ているとは信じたくない不穏な音と、何を歌っているのかちっともわからないBGMを聞き流しながらそのまま身を任せる。いや、勝手に力が抜けていく。思考もどんどん溶けていく。あ~~~…………。

 

「ハイおしまい!二千円おいてけよ!」

「……はい」

 

 快適な時間はあっという間に終わった。光陰矢の如し。違うがそんな気分であった。本日も異様に体が楽になっている。何なんだ本当に。

 起き上がりもそもそと財布を用意していると、コンセントからプラグを引き抜くことでBGMを強制的に止めた店主が話しかけてきた。とても個人的な意見だが、その豪快過ぎる停止の仕方は止めた方がいいのではないだろうか。ただでさえオンボロのラジカセが収集車の世話になる日も遠くないだろう。

 

「そーだオニイサンいいものあげるよ」

「これは……?」

 

 隣町にあるカレー屋の割引券をくれた。あまりにもベタすぎて笑えて来る。やめてくれ、せっかく全身ほぐれたのに笑わさないでくれ。なんでこの人は毎度妙な日本人がイメージするインド人を挟んでくるのか。面白いからやめて欲しい。

 

「オニーサンここ行ったことある?オイシイヨ」

「……ないです。えっと、」

「二千円ねー」

「あ、はい」

ちゃんと会計はしてくれるようだ。

 

「明日も来てイイよー」

「えぇ……?また凝ったら来ます?」

「チキンオイシイヨ」

「あ、カレーも食べてきますね……」

 

 話が飛びまくって反復横跳びをしている店主をそのままに、揃えておいた靴を履いて身支度を整えると、マスタルは遠慮なくテレビをつけてから使用したタオルを適当に引きはがして籠の中に突っ込んでいた。そして客である自分を残したまま、籠をもってさっさと裏へと入ってしまった。

 

「ええぇ……」

 

 ありがとうございましたと言いたいのはこちらではあるが、あまりの適当さに、やはり日本式接客業との差を感じてしまった。いや、もしかしたら金持ちゆえの何かかもしれない。深く考えるだけ無駄だと学んでいるというのに、ついツッコミをいれたくなってしまうあたりこのインド人侮れない。マッサージの腕前も侮れない。軽くなった。

 

「……また来ます」

 

 一応の言葉をかけると、奥から二千円忘れるなよという元気な掛け声を貰った。

身も心も妙に軽くなったような、それでいて疲労感があるような。釈然としない気持ちを抱えはしたが、やはり軽くなったものは軽くなったので、今回もちょっといい酒を開けようという気分になった。

 ……カレーはまた今度、調査をしてからにしよう。

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