マッサージ屋のおっさんが怪しい   作:信州しなの

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もっと自由に笑いたい

 今日も今日とて東都は事件がいっぱいだ。降谷の愛車のお供には少年が。つまり、犯人を追っていた。

 少年の指示に従い角をいくつも曲がり、着実に追い詰めていった。

 

「逃げ足が速いな…!」

 

 悪態をつき逃げる男を追っていると、助手席に座ったコナンが声をあげた。

 

「安室さん、あそこのインドの人がいる角、右に曲がって!」

 

 インドの人。言われてみれば十字路で信号待ちをしているインド人……降谷にとってもはや見慣れた相手である男がいた。マスタルである。

 

「!?(マスタルがハイ・カーストのインド人らしい格好で出歩いてる、だと?くっ、そんなの気にしている場合じゃないのに……!)」

「安室さん!インド人を右に!!」

「分かったから、分かったから!!!」

 

 切羽詰まっているというのにコナンは降谷を笑わせようとしてきた。いや、彼に咎はない。何がいけないのか。降谷は瞬時にマスタルのせいにした。冤罪である。

 彼だって常にマッサージ屋とカレー屋に詰めている訳じゃ無し。量販店の衣服ではなくおめかしして出掛けることだってあるだろう。威厳たっぷりの堂々たる姿は服に着られるなんてことはなく、見事に着こなしている。ただちょっと普段と差があり過ぎて面白いだけで。

 

 絶対にあとで問い詰めてやるからなぁ……!

 

 

 無事に、無駄に俊敏に逃げ回っていた犯人を捕らえることに成功し、戻ってきた日常を噛みしめる。

 昨日はあのあと事後処理に追われて店に行けなかったが、どうせあれほどめかし込んでの外出だ。店に行っても休業日か外出中のままであっただろう。とても気になり過ぎて夢に見るかと思ったが、流石に夢の中にまでは登場しなかったことには安堵以外生まれなかった。夢の中でもマスタル節を味わうなんて冗談じゃあない。自分の笑い声で起きるという不名誉は起こらずに済んだのだ。沽券は守られた。

 

 法定速度を守った運転で例の店からほど近いパーキングに停車し、道を行く。マスタルには是非あの格好の事を尋ねなければならない。ネタ的な意味でも気になるけれども、公安的な意味でも把握しておきたい。ネタバレ上等どころか気になり過ぎて仕事に支障が出たらたまらない。本日留守であったのなら今夜こそ夢に現れそうでもある。沽券が危うい。

 

「なに来たの?早く横なって二千円置いてけ」

 

 出会い頭にこれ。あんまりである。

 

「お急ぎですか?」

「チキン食べたいのよマスタル!tandoori chicken食べたいノヨ!」

「前も思ったんですが、発音いいですね」

「英語も話せるよイギリス東インド会社もあったからね」

「重い歴史ですね」

 

 相変わらず話が飛びすぎて本題に入れない上に、マスタルの脳を占めているのは客である降谷の事ではなくタンドリーチキンの事であるようだった。

 

「歴史はゾウより重い!お喋りよりchicken!chicken!」

「チキン連呼やめて下さい」

 

 まるで降谷がチキンだと言いたげな言い方に、思わず苦笑いが漏れた。だけど今日はチキンの話よりも昨日のあの姿の方が気になるのだ。横になるための支度をしながら勿体ぶらずに本題を聞く。切り込まずにいたら本当に無駄話もせずさっさと人を骨抜きにするだけして去ってしまいそうだったので。

 

「お休みの時はどうなさってるんですか?」

 言外にあの格好なんですかと混ぜておく。だって大量生産品以外の服装なんて初めて見たから。

 

「テレビ見る、そして歩く」

「歩く」

 

 妙に格言じみた言い方である。早速笑いそうになる。この人と対峙すると笑いのツボがとことんばらまかれるような気になってくる。地雷原か。

 

「ヨーガのレッスンしに行くコトもあるよ、スズキのそだん役仲良しネ!」

 

 まさかの名前に一瞬強張りそうになったが、気合で押し込んだ。

 

「どこでお知り合いになったんです?」

「ケツ関係ないヨ?」

「くっ」

 

 だから、日本語分かっているクセにそういうネタを挟んでくるのをやめろ。なんでイメージする語学が変な方へ走るインド人を挟んでくるんだ。わざとだろ。知っている。笑う。わざとらしくあからさますぎて笑う。

 

「どこで相談役と仲良くなったんですか?」

「カレー屋」

「あそこですか?確かに下手な高級店より美味しかったですけど。あそこですか?」

 

 大金持ちが経営している潰れたコンビニを改装して経営しているカレー屋に大金持ちがやってくる。だめだ、お金持ちの考えることがわからない。

 あそこは値段もリーズナブルだ。ナン食べ放題タンドリーチキンセットはプラス二百円でお好きなドリンクおかわりし放題になる。ランチ価格はセットが六百円、ドリンクつけても八百円なので、マッサージ一回分の報酬である二千円があると二人で満腹になれる。

 そんなお店にやってくる鈴木財閥の相談役。なんなんだ、本当に。あの相談役ならホテルでランチじゃないのか。

 

「家から連れてきたシェフがやってるから美味シよ!」

「連れてきた」

 

 資料で知っているけれども改めていわれるとインパクトが凄まじい。

 

「私我儘だよ!私マスタルワーガママぁ、あはは」

「はは……」

 

 本物の金持ちはえげつないな。そんなことを考えていると本日も何の掛け声もなく関節技じみたマッサージは始まった。

 

 

「おしまい!二千円置いてけ!!」

「出しますよ、出しますから!」

 

 急いではいるものの、仕事は手を抜かないマスタルのお陰で本日も無事健康になった。だが、会計はそうもいかないようでせかしてくる。会計も仕事のうちだというのに自由人である。

 

「ハリー!そのお金でtandoori chicken食べ行くんだからハリアッ!」

「これで支払うつもりだったんですか!?」

「ソダヨ?にーさんも一緒いく?マスタル奢るよ?」

「行かないです」

「ラッシーも飲んでokだし」

「結構です!」

 

 なんでこの人は執拗にラッシーを飲ませようとしてくるのだろうか。理解は出来ないが、一押しなのはわかった。

 文字通り背中を押されて追い立てられるように店を出ると、マスタルも一緒に店を出ていた。 そして、唖然とする降谷の横で扉に鍵を掛けていた。

 

「これ?防犯予防」

「いや、そうじゃなくって」

 

 あまりに見つめていたせいだろう、鍵についての説明があった。うん、まぁ。防犯意識があるのは良いことだ。たとえボロボロのビルのせいでプロの窃盗犯には何の障害にもならない鍵だとしても。

 

「ホラ行くよカレー屋」

「行かないですからね!?」

「そなの?サービス券……持ってないや。これはマスタルの分だからあげられない」

 

 使うのかよドリンク無料券。お前が経営者だろ。言いたい言葉を飲み込んで、行かないと再度伝えればマスタルはあっさりと「そなの。じゃーね」と颯爽とカレー屋に向かっていった。力が抜ける思いがする。実際、ほぐされきった体はあまり力が入らないのだけれども。

 

「……結局服の謎は解けずじまいじゃないか……」

 

 ご婦人が抱き上げているチワワに不審なものを見つけたと言わんばかりに吠えられまくりながら雑踏を行く背中にため息を一つついて、パーキングに向かった。どうか今夜の夢の中に彼が現れませんように。念を込めて回したキーは、愛車のエンジンを回転させた。

 

 

おまけ

なんだか全体的に健康が増してきたポアロ閉店後の清掃雑談

 

「安室さん、何かいい事でもありましたか?」

「え?いいことですか?」

「なんだか、前より足取りが軽そうで、それにお肌もツヤツヤですよ!」

「そうですか?」

「そうですよ、2ヶ月くらい前からちょっとずつ!」

「(……通い出した時期だ)」

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