マッサージ屋のおっさんが怪しい   作:信州しなの

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風見はよくわからない先入観を持たれている

 上司が何度も世話になっているという噂のマッサージ店に来た。

 ……あの、降谷さんが虜になったマッサージ店だ。

 調査の段階では不自然だが黒い動きはなく、趣味というべきか、道楽でやっているというのは間違いがないようだ。

 

 降谷さん曰く、とてもよく効くが店主が個性的だという。なかなか濃い個性なのは書面でも理解しているが、百聞は一見に如かず。そういうわけで、このうらびれた、看板までも輸入商品の取扱説明書のフォントのような怪しい店に来たのだった。

 

「こんにちh「横なれニッポンジン!」

 

 上司の正確な情報通り挨拶をさせてもらえない。第一声が怒声じみているという話はなかったが、本日は虫の居所でも悪いのかもしれない。

 それを隠しもしないところに、何故か安心感を覚えてしまった。

 接客業はどんなときでも笑顔という鉄則を打ち破ってくれる存在こそ今の日本には必要な存在なのかもしれない。いや、そうじゃない。しっかりしろ。もしかして、自覚している以上に疲れているのかもしれない。

 

「お願いしま、す?」

 

 眼鏡を外して枕元に置き、安っぽいバスタオルの上にうつぶせに横になると、親の仇か何かと言いたくなる挙動で店主が勢いよくマッサージをはじめた。唐突にやられるとは聞いていたが、本気で唐突過ぎて処理能力追いつかない。

 

「コリコリばっか!ゴリゴリゴリばっか!!」

 

 ひとの体をゴリゴリと音を立てながら解すマッサージ師が怒りながらも仕事をしている。なぜだか無性に笑いたくなった。いや普通に笑う。なんで初対面の客にマッサージしながら怒りを発散させているんだ。

 

「すみません」

「謝るのメッ!謝罪No!No!!!」

 

 ゴッキィ!!!!!!と、とんでもない音が自身の肩甲骨からした。一瞬で頭が空白になる。

 痛みはあるが、骨や関節にダメージを受けたものではない。だが、一瞬呼吸は止まった。

 

「がっ、……!」

「メガネすぐ謝る!メガネ謝る!!」

「ちが、ちがいま……!」

 

 眼鏡謝るってなんなんだ。

 そういえば最近謝罪していることが多い気がする。主に上司に向かってではあるが。だからって眼鏡は関係ないだろう。眼鏡イコール謝罪という方程式がこの人物のなかに存在するのであれば、是非とも訂正してもらいたいものだ。

 その後もゴキゴキゴキと不安になる音と体が癒えていく快感に浸っていると、どうやら仕事を終えたらしい店主が痛くない張り手を一回、背中に食らわせてきた。

 

「ほらよ二千円!!」

 

 こんな請求を友人同士の貸し借りでさえしたことがない。ましてやサービスを売っている側からここまでいい加減で不適切な請求をされたことなど今までに一度たりともなかった。あってたまるか。あってたまるかと俯瞰視点の自分が嘯いた。

 そうだな、あってたまるものか。やはり日本に必要なものは心づくしが行き届いた丁寧な対応だ。それに見合う報酬があるべきであって、ここまでぞんざいな対応はまだ日本人には早い。早すぎる。ついていけない。世界に取り残されてしまう。

 この部分だけは周回遅れでもいいかもしれない。対価は支払われるべきだとは断言できるが。

 

「に、二千円ですね」

 

 眼鏡を掛けて財布から千円札を二枚取り出す。そういえば二千円札なんてものも昔はあったな。

 最近はとんと見なくなったが、一部地域では流通していると聞く。この店に今後も通うならば、そんな東都では珍しくなった紙幣で支払うのも面白いかもしれない。

 入手のあてはないし、こんなところで仲間を動員させてまで手に入れようとも思わないが。

 

「ちゃんと二千円!眼鏡つけてまた来いヨ!!」

「え、あ、はい」

 

 言葉の意味は良く判らないが、どうやら嫌われてはいないようだ。

 なんとなく、上司が色々な意味でこの店主に骨抜きになっている理由が分かった。

 マッサージは、はちゃめちゃに効いてどこかのドリンクのキャッチフレーズのように翼を授けられたように軽く、心なしか頭まですっきりしている。

 価格も人によって変えるなんてことはなく安価で、サービス業とは思えない接客態度を差し引いてもこの三倍は支払ってもいいと思えてくる。

 それに、店主は怪しいし正直よくわからないが良い人だ。たぶん。慣れていないけれど面白いし。

 なんなんだ、眼鏡つけて来いって。今日も掛けてただろう。

 意味が分からないしニヤリという音が似合いそうな悪い顔をして手を振って見送る……いや、店から追い出そうとしている店主はやましいところが無くても非常に胡散臭く怪しかったが、また来たくなる謎の魅力を振りまいていた。

 

 

 あれからまだ数日しか経過していないが、再び例の店にやってきた。

 自分でも情けなくなるような細かなミスをしてしまったり、夢見が悪かったりとじわじわと削られる思いをし、普段なら跳ね返していることだというのに妙に心に残ってしまい、このままでは良くない、早急に気分を変えなければと自己診断を下したのだ。

 専門医でもなんでもない自己精神分析などあてにはならないが、経験則から己の中に発生した小さなしこりを放置しておくと時に大きくなってしまうというのは心得ている。

 その小さなストレスの塊をうまく処理出来なくてなにが公安か。

 よって本日はそのしこりが肥大化する前に処置に来た。正しい判断といえる。いえるのに、妙に胸を張って言えないのはなぜなのだろうか。

 何も悪いことなどひとつもないのに、どこかしら後ろめたい。福引で前の人が参加賞のポケットティッシュだったのに、自分だけ洗剤詰め合わせが当たったような後ろめたさ。意味の分からない例えだなと、本日も俯瞰した自分が呆れていた。その通りすぎてしこりが少し大きくなった気がする。

 

 こんな下らない自分の思考にまでストレスの影響が出ている。早急に対処をしなければ。いざ天竺へ。ちがった、マッサージ店へ。

 

「こんにちは」

 

 今日は言えたぞ。達成感が凄い。二回目でしかないのに。

 

「アイアムヨーガマスタル、横なれ」

「はい、お願いします」

 

 そういえば前回は口上も聞いてなかったな。何故か怒りに任せたような態度だった。なのに仕事は丁寧……とは言い難いかもしれないが、やるべきこと以上の成果を己に与えてくれた。そこは感謝をしている。

 本日は前回よりも接客業らしい対応をしてくれている。それだけで妙な感動を覚えてしまった。息子の成長を喜ぶ母親か。断じて違うから落ち着け。冷静になるんだ。

 

「お疲れちゃん?」

「えぇ、まあ」

「ヨーガやりなよ。好きでしょサイババ」

「いえ別に好きでは……」

 

 なぜサイババ好きだと思ったのか。別に好きでも嫌いでもない。勝手にサイババ好きにするのは止めて欲しい。笑ってしまいそうになるから。

 

「ヨーガすると飛べるよ!私も飛ぶよ、ひこーきで!あはははは、ほいっ」

「ぐ、ぎ!」

 

 無茶苦茶なことを言うと見せかけて当たり前のことを言いながら、横になった瞬間マッサージは始まった。

 喋り方は前回と違って穏やかささえ感じるというのに、手の温かさも力加減も、体への影響も身体から発生したと思いたくない音も前回と同じだった。

 ああ、BGMが少し違うな。前回は剣の舞のみを延々とリピート再生されていたが、本日は数学者であり哲学者のピタゴラスの名をもじった番組の使用曲集だった。……あったんだな、そんなCDが。

 軽やかで明るい曲調と鈍く重いマッサージで発せられる音が妙な合致をみせ、脳がとろけるような気分になってくる。

 ややトランス状態に入ったような不思議な気分だ。まさか子供向けの番組の音楽でトランス状態に近い感覚になるとは思わなかった。いや、中毒性があるのは認めるが。

 

 そうして今日も身も心も解された。なんという解放感。店に入る前に抱えていたストレスも、微妙に高さがあっていないデスクのせいで溜め込まれた首の疲れもきれいに消えている。

 ああ、これは無理だ。また通ってしまう。

 

「オシマイ!ラッシー飲む?」

「いえ、おかまいなく」

「ダメだよ、ダメだよ眼鏡。マッサージの後水分補給だいじ。なんか飲め」

「え?あ、はい。じゃああとで飲みます」

 

 前回そんな話出なかったぞ、どうした?と思ったら、例のカレー屋のドリンク無料券を渡された。

 

「これでラッシーも飲み放題ね。行ってくるといい」

「……マスタル!!!」

 

 ちゃっかりしているが、どうにも聖人じみたこの怪しいインド人の事を、どうしても疑い切れないのだ。

 そのわざとらしい演技の向こう側に、あまりにも優しい光が見えるせいかもしれない。

 

「ン~善行積めたよ!じゃあ二千円ちょーだいね」

「はいっ!」

「またおいで眼鏡掛けて」

「はい!!」

 

 相変わらず言葉の意味は分からないけれど、近い内にまた来ようと決心した。

 余裕をもったタイムスケジュールにしてある。ラッシーを飲みつつカレーを食べに行くには、丁度いいかもしれない。

 そんなことを考えながら、軽い足取りで店を後にした。

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