この百合は営業じゃないのかもしれない   作:金木桂

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そろそろ本当に蛇足ですね。


蛇足5

 

 桜の花弁が空を舞い、日差しが緩やかに暖かみを持ち始める3月中旬。

 みこみーから大学合格の報せがきた。

 まあ落ちることはないだろうなとは思っていた。みこみーの頭は良かったし、それこそ本番直前まで模試の判定もAを取り続けていたからね。

 

 なんにせよめでたいことに変わりはない。大学受験に苦い思い出しかない私からすると、国内でもトップクラスに権威を持った国立大学に合格したみこみーは本当に凄い。おめでとうみこみー。略しておめみこ。このワードを次の放送で言いまくって流行らせようかと思うんだけどどうだろう。

 

 と、そんな訳で大学受験も終わりリンも春休みの現在。

 カラオケにてみこみー祝勝会を絶賛開催中である。

 

『あのーなんでWeb開催なんですか?』

 

 ───ただし、みこみーとはオンラインで。

 

「じ、自分の行動、思い返すべき……!!」

 

 私ではなくリンがマイクにそう話しかける。今回はカメラも無い、本当に音声のみの祝勝会だ。これを通話とも言う。

 

 リンが気にしているのはやはり去年の聖夜の出来事。

 言葉にするのも非常に迷うけど、あの日、私はみこみーに接吻された。正直、身体的接触に伴う高揚感以上にあったのは戸惑いだった。私はリンに取り憑く亡者みたいなものだし、この身体はリンのもの。存在しない私が変に人間関係を拗らせるのは違う。

 

 だからといって即座に距離を取るのもおかしな話で。複雑な胸中を抱えつつ、それ以来私はみこみーに対して態度を決めかねている。

 そんな私をすぐ傍で眺めていたリンも身近な人間の機敏を失するほど鈍くはない。私とみこみーの間で何かがあったと悟ったみたいで、祝勝会ながら今回リモート開催の運びとなったのだった。まあ悟ってなくとも盗聴器をリンに仕掛けようとした事件もあった訳だし、顛末はそう変わらなかったかもしれない。

 

「だ、大学受験は、良かったね」

『それより生! 生でリンちゃんとのん先輩とハグさせてください!』

「ムリ!」

 

 珍しく噛まずに即答。リンも中学に慣れてきてコミュニケーション能力が上がってきたかもしれない。最近は体育でペアを組まされても最低限のコミュニケーションは出来るようになったし。それでも7割は身振り手振りだけど、一番初期よりは大分マシになったと思う。

 

『リンちゃん酷いですよ〜私頑張ったんですよ? 受験する大学のランクを一つあげて、見事現役合格を掴み取ったのになにも報酬が無いなんてあんまりじゃないと思いませんか?』

「と、年上の癖に、甘えないで」

『むぅ、厳しいですね。確なる上は私にも考えがありますから!』

「な、なんか、経験に基づかれた、悪寒がする……!」

 

 ブルリと背筋を震わせるリン。多分その予感は正しいよリン。こういう時のみこみーは大抵突拍子の無い事を言う。

 

『リンちゃん、聞こえますかこの音』

 

 と、ここでみこみーが沈黙。

 リンと一緒に首を傾げていれば、背後の音が鮮明に聞こえてきたけども……自動車の通る音? それに鳥の囀りや子供の喋る声も聞こえてきて……もしかして外にいる??

 暫くして軽く息を吸う音。

 

『いま私、のん先輩の家の前にいます。これが何を意味するかお二人になら分かると思いますが?』

「こ、こいつ……懲りずにまた家凸してきたのか……!」

『まさにイグザクトリーですよリンちゃん!』

「帰って……!」

 

 戦慄するようなリンの声音にみこみー満足気に指パッチンをする。

 うーん……何だか昔を思い出す。みこみーと配信を始めた頃の話、何年前だったっけ。あの時も家凸されたなあ。

 

『そういう訳でピンポン押すので入れてくださいね』

 

 などと言いながら電子チャイムの鳴る音がイヤホン越しに聞こえる。

 ……まあここ、カラオケだから現実には聞こえないんだけどね。

 リンがニヤリと口弧を浮かべる。

 

「ざ、残念。私たちは、そこにいない……!」

『むぅ……!? ど、どういうことですかリンちゃん!?』

「り、リンちゃん言うな! じゃなくて、そんなことをやるだろうと、思ってた。だからカラオケ来た。以上、帰って……!」

『むぅ。私のサプライズを透かすとはやりますねリンちゃん……!』

「無理な押し付け……はサプライズと、ち、違うから!」

 

 リンも強かになったなぁ。

 今日もカラオケに移動しようと言い出したのもリンだった。みこみーはオンラインと言われても絶対に来るだろうから避難すべきと提言されて、その時からリンが身体の主導権を握っていたからそのまま近くのカラオケボックスに来たのである。因みに受付での店員との会話は私が対応した。リンにはまだちょっと赤の他人との相対は荷が重い。

 

 リンが少し息を切らしたように口から漏らしていると、みこみーが考えるように「むぅい~……」と可愛い唸り声を発する。これを素でやるからみこみーは配信者性能が高い。自白しよう。私も偶にやられる。年上のプライドで直ぐに持ち直すけども。

 

『しかしリンちゃん、名探偵みこみーは閃きました!』

「な、なにを……い、いや、閃くな!」

『まず場所はカラオケと言いましたね? 出不精のリンちゃんがわざわざ遠くに行くとも思えませんから恐らく店舗は近隣のはずです。従って順当なら駅前のどれかという訳ですが───』

「し、思考停止しろ!」

『私の直感だと西口にある激安カラオケですね! あそこは寂れている印象があって、普通の中学生は近寄りがたいからクラスメイトと鉢合わせる危険性も少ないでしょうし、この近辺ではきっとリンちゃんの嗜好に一番合うカラオケ屋さんだと思います! さあ答えはどうでしょうかリンちゃん! 私の愛故の理解は通用していますかリンちゃん!』

「し、死ね! 私も、のんちゃんも、そんな愛は不要だから!」

『いえいえ~! 扶養だなんて~丁度考えていたところなんですよ~!』

「ど、どんな耳をすれば、そう聞こえるの……!?」

『ではカラオケ着いたら電話するのでお迎えだけお願いしますね~』

 

 そう言って通話はポロンと切れてしまった。思わずリンと揃ってキョトンとする。カラオケという情報だけで何で店舗まで特定されたんだろう。どうも確信すらしている様子だったし。幾らある程度の付き合いがあるとはいえ、頭脳明晰という言葉だけでは片付けられない何かを感じる。

 

(リン、リン)

(どうしたの、のんちゃん?)

(バッグの中ひっくり返した方が良い。目とか耳がある可能性があるかも)

(……そ、そうだね)

 

 げんなりとドン引きの中間位の表情を浮かべながらリンは持ってきていたトートバッグを即座にひっくり返した。みこみーは冬に前科一犯をしているから、そりゃリンもすぐに信じる。

 

(こ、このボールペン、私知らない)

 

 少ししてバックの底からペンが出てくる。100均で売られているようなペンで、一見するとGPS送信機とか盗聴器の類には見えない。

 

(分解してみて)

(わ、分かった)

 

 ボールペンの先を回して芯を取り出す。しかしGPS機器っぽいものは出てこない。外れらしい……いや有る前提で探していること自体がおかしいんだけどさ。でもみこみー相手に油断をすると秒で仕掛けられる。これくらいはやらないと……ってなんで自分のネット活動の相方に対してこんなスパイ対策みたいな警戒の仕方をしなきゃならないのだろう。明確に分かるのは全部みこみーが悪い。みこみーが本当にGPS送信器なんか取り付けたのが悪いのだ。

 

(な、無いかも)

(油断しないでリン。最近のそういう機械って本当に身近なものに擬態しているから、一見じゃ分からないかもしれない)

(な、なんか、詳しいねのんちゃん……)

(そりゃあ。あんなことがあればね)

 

 身体があったら溜息が零れていたと思う。全く……手が焼ける相方だ。

 その手の機器は悪いことに利用するために本体サイズが小さいから、バッテリー次第ではあるけども大抵のものに仕掛けられると考えていい。

 

(服のポケットとかも探してみよう。念入りに)

(わ、分かった)

 

 そんな感じでガサゴソガサゴソと中身を探るけど、見つからないまま時間が経ってスマホに着信があった。

 

 リンとは一旦入れ替わって部屋を出る。

 受付に行くとその前にある椅子に座るちょこんとしたみこみーの姿があった。今日はパステルカラーのブラウスとスカートでどこか春っぽい雰囲気が出てる。適当なシャツにジーンズ姿のリンとは大分女子力の差を感じるな……まあ私もリンもファッションに無頓着な部類だから特には思わないけども。

 

 みこみーは私を視界の端で見つけると、こちらに手を振った。

 

「あっ……のん先輩! 来ましたよ!」

 

 本当に良く分かるよなあ。私とリン、見た目は何も変わらないはずなのに。みこみー曰く「熟練者は香りでのん先輩とリンちゃんを見分けるんですよ〜!」らしい。つまりは第六感ということ。でも的中率は現時点100%なので割と馬鹿にできなかったりする。

 それ以上に気になるのは第二の傍受機器の存在かな。

 

「何でここが分かったの?」

「そりゃあリンちゃんのん先輩がいる所なら、例え海の中山の中電子の中に閉じ込められようとも、何処へだって私は行きますよ!」

 

 電子の中はいつもなのでは? と冬川のんは訝しんでみたり。

 

「それで本当にどうやってここを当てたの?」

「もしかしてのん先輩また私がGPSを仕掛けたとか疑ってます?」

「少しだけ。確率だと60%くらい」

「半信半疑を越してるじゃないですか!? 60%なんてポケモンの命中率なら外れる数字なんですから忘れてくださいよ〜!」

「みこみーの60%は当たるじゃん。実際に1回当たったし」

「2連続で当たる確率は36%なのでハズレです大ハズレ!」

 

 妙に言い返してくるな……?

 さっきはリンの習性を読んで当てたとか言っていたけど、まさか本当にまた傍受機器を……?

 

「その顔信じてませんね! 分かりました分かりました! 白状しますと本当にGPSなんて仕掛けてなくて、実際にはこの前の配信でスマホ画面映ってて、そこでこのカラオケ屋のポイントアプリが目に入ったのでそれで察しを付けただけです! 断じてあれ以来GPS機器に手を染めていません、壊されますからね!」

「それはみこみーが悪いでしょ。……因みに盗聴器とかカメラも無いよね」

「あ、ありませんよ」

 

 あ、いま動揺したな。

 

「どこにあるの?」

「べ、別に私用で使ってるだけなのでのん先輩に仕掛けるわけじゃありませんよ?」

「リンには?」

「………リンちゃんにも仕掛けません」

 

 詭弁を防ぐべくリンの名前も出せば、気持ち苦そうな顔持ちそうで返答された。これは完全にグレー。

 

(のんちゃん、のんちゃん)

 

 真偽を偽寄りで疑っていると心中でリンからコールされる。はいはい。何でしょう。

 

(どうしたのリン)

(シバこう、こいつ。徹底的、に)

(ステイステイ、落ち着いて。まだ未遂っぽいから)

 

 用件は普通に暴力だった。さもありなん。リンはみこみーのことを普通に煙たがってる、というかほぼ嫌っている。それは今でも変わらないどころか12月の例の一件を境により顕著になった気がする。

 

(のんちゃん……め、目を醒ましてよ。こ、この人は頭がおかしい)

(いやいや、それは言いすぎリン。確かに変だしグレーだしリンからしたら怖いかもしれないけど、それはみこみの一側面でしかないよ)

(こ、怖くなんかない! そ……そうだ、今こそ独立しよ? 美湖沢が高校卒業したんだし、V活動のコンビも、卒業しよう! ピンでも、のんちゃんは魅力的だから)

(リンのお願いでも流石にそれは断る。私がVtuberになったきっかけはみこみーだし、苦楽を共にしたのもみこみー。ソロも相方もみこみー以外は有り得ない。ごめんね)

(そ、そっか……)

 

 これでも私はみこみーに恩を感じているのだ。絵を、命を吹き込んでくれたのもそうだし、横に立ってくれたのもそう。何よりこの世界で初めて私を肯定してくれた存在で。私自身は虚ろでいずれは消えてリンに全てを返す亡霊的存在だけど、それでもみこみーから受け取ったものは返したい。

 ……とはいえ盗聴やGPSによる位置監視は絶対に認めないけども。それはそれ、これはこれ。リンの教育に悪影響を与えたらどうする。みこみーの非道、許すまじ。

 

 リンの陳述を聞き入れつつも受付で店員に話して、みこみーの途中合流を処理。こういう複雑な話は引っ込み思案なリンにはまだ難しいので私が出しゃばってきたという事情があったりもする。

 

「本当の本当にさっきのは嘘じゃありませんからね!?」

 

 先程の話が中断されてしまったからか、部屋までの通路の途中で弁明を始めるみこみー。

 みこみーの根が善良なのは知ってるけどね。

 でもそれはそれとして帰ったら電源周りに怪しいものが無いか調べる必要性はあるな。うん。

 

「大丈夫だよみこみー。私はみこみーを理解してるから」

「言われて死ぬほど嬉しい言葉ランキング第二位ですけど疑念は晴れてませんよね!?」

「私に理解されていること以上のことが必要なのかな」

「……それはそーですけど」

 

 複雑そうな瞳をしつつも紅潮した頬を隠さず、私を見詰めてぶすっとした。可愛い。でもなんかこのムーブ、とてもダメな気がする。

 

(のんちゃん……そういう、ドSクズ男みたいな言葉、止めた方がいい)

 

 リンから恐る恐るとした言葉が聞こえてきて気付いたけど、確かにそんな感じだったかもしれない。正直気持ち悪かったかも。反省だ。

 そしてリンにそういうバランス感覚が根付いていたことがちょっと嬉しい。些細なことだと笑うなかれ。こういうちょっとした言動のバランスが社会生活に必要なはずなのだ。まあ私は社会に出たことがない元二留の三流大学生だけから詳細は知らないけど。多分。そのはず。

 

 部屋に入ると、わたしの横にみこみーは座る。すりすりと。

 

「近いよみこみ」

「のん先輩ぃ〜いいじゃないですか12月ぶりですよ会うの〜ノンアミノ酸を摂らせてください〜」

「新種の必須栄養素みたいに言わないで」

「新種じゃないですよ、一生私が見つけさせません! ノンアミノ酸は私が隠匿してみせます、視聴者にだって言いません! これは私だけの栄養素です!」

「そもそもそんなの無いから」

「ノンアミノ酸はあります!!」

 

 さいですか。まあみこみーが言うならそうなのだろう。みこみーの中では。

 

(き、キモい……)

 

 ただリンにはだいぶ不評の様子。リンはこういう言い回しがあまり好きじゃないみたいだしなあ。

 

 リンの気持ちなど露知らず、みこみーはトートバックをガサガサと弄り始めた。

 

「さて、折角なので配信でもしませんかのん先輩!」

 

 えっ。

 勿論私は良いけどみこみーがそこまで乗り気なんて珍しい。 

 

「み、みこみーから配信を言い出すとは……もしや偽物では」

「ちょっと待ってくださいのん先輩! 1年ほど離れてましたが私だってVtuberですよ? よって視聴者にこのラブラブ空間を見せつけてのん先輩の隣が誰のものか証明する必要性があると思うんです。ちゃんと分からせてあげないと奴らのん先輩の可愛さに焼かれて付け上がりますからね」

「ああ、ちゃんとみこみーだった」

 

 偽物にこの発言はおおよそ出来るまい。というか視聴者のことを奴らって言うの止めてね。分かってると思うけど私達は視聴者と喧嘩するような配信スタイルじゃないからねみこみー。

 それでも安定感のある狂暴性。これでこそみこみー。

 思わず安心していると、雪見だいふくみたいにぷくりとみこみーが頬を膨らませる。

 

「ちゃんとって言われると複雑です……あっ、のん先輩。私深く傷つきました。慰めてください」

 

 ここで身体の所有権がふわっと入れ替わる。

 

「そこまで……! 私の目が、黒い内は、のんちゃんはやらせない……!」

「リンちゃんでも私は構いませんよ!」

「か、構う! 一向に、構う!」

「あっ……」

 

 全力で机を挟んで対角線上に離れるリンに、反射的に指を伸ばしたままの体制になるみこみー。うーん、ちょっと哀れかもしれない。

 

(リン、リン。気持ちは分かるけど配信するから落ち着いて。みこみーは変だしヤバいけど怖くないよ)

(そういうことじゃないよ! の、のんちゃんはもっと警戒しなきゃ!)

 

 警戒か。難しいなぁ。相手は女子高校生、四月からは大学生だけど、私の年下には違いない。それも二年弱も付き合いのある相手で、見た目も小動物系と来ているから正直警戒なんて出来ようもない。

 

(ともかく、配信やるから変わるよリン)

(う、うん……。美湖沢の半径1mは注意だからね、のんちゃん)

 

 それほぼカラオケルームの全域なんだけど。

 オーバーな表現をするリンに苦笑を漏らしつつも意識を身体に浮上させて、私はみこみーを見た。少し萎んでるな。まあいいか。多分直ぐに復活すると思う。

 

「みこみー、配信するんでしょ。一緒にやろうよ」

「……はい! 是非やりましょうのん先輩!」

 

 ほら、私が振ったら立ち直った。そういうみこみーの立ち直りの速さは好きだよ私。言葉にしたら厄介な勘違いをされるかもだから絶対に言わないけど。

 

 そういう訳でみこみーがわざわざ持参してきたノートパソコンをオープン。

 何時もの配信は出来ないので今日はアバター無しのラジオ形式である。

 

 みこみーはパソコン本体を90度回転させて画面を私が見れるようにすると、手慣れた様子で何時もと同じ配信サイトを開いて準備完了。タイトルは「【復活!】みこみー受験大勝利祝賀会!!!!開催!!!」って書いてあるね。うん。あのさ。エクスクラメーションマーク過剰。

 ツッコむ暇なくみこみーは口を開く。

 

「じゃあ付けますよのん先輩」

「まあ、うん」

「了解です、行きますよ〜。はい、さん、に、いち、のん!」

「絶対にそれ流行らさないから」

 

 キューをのんって言うの止めて。

 そんなことを思うや否やクリック音。告知もせずに配信が開始された。

 

「みなさんのんばんわ〜! お久しぶりです、桜舞学院の美湖沢御子ことのん先輩のフィアンセです!」

「反対だし全然違うし……まあ相方の冬川のんです。というわけでみこみーが復活したよみんな。タイトル通りで大学に合格したみたい、よかったね」

「のん先輩なんでそんな淡々とした進行なんですか!?」

「いや桜舞学院を卒業して大学に行くと思うと感慨深いなと。そういうわけで在校生代表冬川のんからの送辞。頑張れ。以上。これにて祝勝会コーナー終わります」

「ちょっと待ってください! リアルでは卒業しましたが無法地帯なインターネットにのん先輩を残して卒業なんか出来ませんよ!」

 

 とまあ、久しぶりながら1年前と同様の掛け合いに場が暖まってきた。チャット欄では早速みこみーに呆れていたり、イジる様なコメントで溢れる。

 

 ひとまずはみこみーは大学受験エピソードを話し始める。どうも冠模試を受けたときに声質でみこみーバレしかけた話らしい。ちなみに冠模試とは、特定の大学の傾向や難易度に沿って作成される模試のことである。難関大学志望の受験生には馴染み深いらしいけど私にはさっぱりだ。

 

「いやーあれは焦りましたね。バレるかと思いました。みこみーですか、って言われましたもん〜」

「ええっ。大丈夫だったのそれ」

「はい! ちゃんと無視したので! 言われてからは一言も発さなかったので向こうも確信出来なかったと思います!」

「それはそれでどうなんだろう……」

 

 もしかしたら視聴者だったかもしれないのに……。でもみこみーはこういう性格だからしょうがない。許せ同じ模試を受けた視聴者よ。

 

「それで、大学は何系とか聞いてもいいんだっけ」

「言い過ぎると特定されちゃいますからね~まあふわっと理系とだけ言っておきます!」

「うん。そういえばみこみーの大学は赤い門があることで有名なんだってね」

「いやその大学じゃないですから!」

「あれ、そうなんだ。でも地帝って呼ばれる大学群の一つだよね」

「……もしかしてのん先輩、特定廚の手助けをしようとしてませんか?」

 

 ソンナコトナイヨー。

 因みに今列挙した大学は全てみこみーの通う大学ではない。

 

 と、ここで『あれ、のんちゃんって大学生なの?』というコメントが流れてみこみーが目敏く拾う。

 

「のん先輩が大学生かどうかはですね~教えません! のん先輩の個人情報は私のよりも重いのです!」

「みこみ、嬉しいけど感情が重いよ」

 

 みこみーの言葉を受けて『後輩の鑑』『のんちゃん大学に詳しいから大学生なんじゃない?』『みこみーならのんと同じ大学受けそう』というコメントが流れる。一応私もフォローしておくべきか。

 

「因みに私は永遠の高校生だよ。ただ今年は受験だから、後で正式に発表するけど配信頻度は著しく下がるかも」

「そうです! のん先輩は高校生……って受験!? 配信頻度が下がる!?」

「いやみこみーは知ってるでしょ」

 

 何ならリンが中学生で来年高校受験するっていうのも知ってるでしょ。なんで視聴者よりも良い反応してるんだこの相方。

 

「まあみこみーには今年、個人配信で主に頑張ってもらうってことで」

「……分かりました。私がこのチャンネルを守ってみせますよ!」

「その意気その意気」

 

 みこみーには是非とも私が動けなくなった後まで頑張ってほしいものだ。あとなんかコメントで私が大学院受験する前提になってるけども気にしないことにする。

 

 配信に関してはそんな感じで1時間弱ほど話した。みこみーもコメントをそれなりに読めていたし、トークにも力が入っていて、復帰配信としては上々の出来だったんじゃなかろうか。

 

 最後に次回配信の宣伝だけして、配信を切ると「ふぃ~」とみこみーの口から息が漏れた。

 

「久しぶりの配信は疲れた?」

「そうですね~。去年は思わなかったんですけど、思ったより現実の自分ってみこみーじゃないんだなって気がしました」

「そうなんだ」

 

 ホントだろうか……大分リアルでもみこみーだと思うけど。

 みこみーはコホンと息をついて、軽く頭を下げた。

 

「のん先輩、突然だったのに配信付き合ってくれてありがとうございました」

「私は全然苦じゃないよ。でもどうして配信を?」

 

 やっぱりみこみーが自分から配信をするだなんて少し妙だ。普段なら「のん先輩と二人きりの時間を視聴者に奪われたくないです!」とか言いそうなものなのに。……いやまあ、これはちょっと誇張したみこみーのイメージではあるけども。

 みこみーは前髪を一度触って、それから私を真剣な眼差しで捉える。

 

「実はのん先輩……それからリンちゃんに。お話が一つあるんです」

「話……うん。なんだろう」

「はい。のん先輩、リンちゃん……私と家族になりませんか? 一緒に暮らしましょう」

「……はい?」

 

 唐突過ぎて咄嗟の言葉が出てこない。

 家族……家族ってどういう意味だろう? 令和の時代、家族の在り方は十人十色だ。でも家族って言葉を使うってことは、これプロポーズ……? それならこんな迂遠な言い方をしない気もする。

 私が黙ってしまったのを見て、みこみーが言う。

 

「のん先輩……いえ、リンちゃん。私には長年の謎があります」

「なに?」

「あのですね……リンちゃんのご両親はどうされているんですか?」

(……っ!?)

 

 リンの動揺が、感覚神経を媒介して伝わってきた。

 

「ずっと聞いて良いか迷っていました。でも聞きます。一度家に行ったとき、リンちゃんの家には一人分の生活感しかありませんでした。玄関に靴だって一足しかありませんでした。それだけじゃないですよ。いつ通話してもご両親の姿も影も見えない。これって有り得ますかね」

 

 私はつい言葉に詰まって様子を窺う。勿論その相手はリン。私は別にリンの両親とは面識もなければ酷い奴だなとしか思わないわけで、今更何も思わないが、リンはそうじゃないはずだ。

 ……いや、ダメだ。傍観者気分とか最低でしょ。精神的に最年長を気取ってる癖してそんな消極的な行動をしてる場合じゃないだろ私。

 

(リン、大丈夫? そのさ、みこみーに言って話題変えさせようか)

(べ、別に……良くは無いけど良い。み、美湖沢が何を言うか、最後まで聞きたいから)

(そっか。無理なら遠慮なく言うんだよ。みこみーを止めるから)

(う、うん……のんちゃんは優しいね)

 

 自己評価として私は優しくないと思うけどなぁ。リンに声を掛けるのだって戸惑ってしまうくらいで、それを年齢という外圧が突き動かした。私は優しくない。

 でも今はそんなことはどうでも良い。

 何を話すにしても、みこみーの真意を知る必要性がある。

 

「みこみーのことを信じてない訳じゃないんだけど、これは真面目な話なんだよね?」

「はい。勿論そうです」

「分かった。じゃあええと、それが家族になろうという言葉とどう繫がるのかな」

「分かりました。では端的に言いますが───ネグレクトされていますよね、リンちゃん」

 

 随分と確信を突いてきたな。

 リンはというと……沈黙を保っている。特に言及する気も無いのなら大丈夫なのかな。いや、黙っているからと言って平気なわけじゃないか。

 代わりに私が答える。

 

「……そうだね。言いづらいけどみこみーの見解は当たってる」

 

 二年弱、一緒に過ごす私ですらリンの家族の面影一つ見た記憶はない。それは実際に会っていないという話だけでなく、写真とか、名前すら私は知らないのだ。正直普通じゃないとは思っている。でも私じゃどうにも出来なかった。

 私はみこみーを見返す。

 

「でも本気だとしたら訊ねるけど、どうやって家族になるの」

「のん先輩は養子縁組の制度って知ってますか?」

「そりゃ常識の範囲内では知っているけど」

「養子縁組にも種類があるんですが、その一つに普通養子縁組という制度があります。養親が20歳以上である必要性があるので2年後の話にはなりますが、例え血が繋がっていないくても養子縁組として私たちは家族になれるんです。私は、リンちゃんが無味乾燥とした家庭環境にあることを見過ごすことはできません」

 

 みこみーは姿勢を正して、私の双眸を見据えて告げる。

 養子縁組とはこれまた大袈裟な……大袈裟でもないのか?

 確かにリンは年齢的に親の愛情を受けて然るべきだとは思う。それに……それ以上に、家に帰っても誰もいないという状況はあまり宜しくない。一人暮らしを始める年齢じゃないんだリンは。

 ホント、私は愚鈍だ。

 ずっとリンの家族環境の問題は認識していたのに目を反らしていた。私は幽霊だから、私にはどうしようもないことだからと。みこみーは正しいよ。リンは真っ当な家族の下で幸せになるべき……。

 

「…………ん? 待ってみこみー、確認させて。リンが養子になるって話は分かったけど……養親は?」

 

 思わず呟いた私に対して、みこみーは少し不思議そうに首をこてんと傾げた。

 

「言いませんでしたか? 私です」

 

 それは……何と言うか。

 

「みこみーの親とかじゃなくて?」

「私の両親は関係無いですからね。大丈夫です、こう見えて私結構稼いでいますから」

「それは知ってるけど……」

「実はそのために私の両親も説得しました。かなり難航したんですけど、最終的には親の指定した大学に合格して、月収30万を越せばいいと言われました。普通養子は実親子関係が消えるわけじゃないですからね」

 

 発せられる言葉の一言一言が確かな重みをもって胸に沈んでくる。

 みこみー……。

 

「私ではダメ、でしょうか?」

 

 不安気にみこみーの新緑の虹彩が歪む。

 ……聞き先は私じゃないな。これは。

 リンは肯定するだろうか。普段から剣呑とした態度を取るリンが頷くとは思えない。居合斬りのような鋭い否定の返事が目に浮かぶ。

 でもリンは想像以上に悩んでいる様子で、反応を見せるまで1分近く沈黙を保っていた。

 

(のんちゃん、か、代わるね)

 漸く言葉を出す。

 意外に冷静だ。それが良いことか悪いことかは分からないけど。

 

(うん……正直に言っていいからね)

(……わかってるよのんちゃん)

 

 自転するように意識が逆さまになる。リンが表に出た。

 それを察したリンが改めて口を開く。

 

「リンちゃん……突然なのは分かってますし、苦手に思われているのは承知しています。だけど、その上で聞かせてくれませんか……?」

「み、美湖沢……。わ、分かった。さっきまでと違って、真面目な様子だから、私も真面目に答える」

「お願いします」

 

 みこみーは、いや、これはもうみこみーじゃない。Vtuberとしてではない、現実世界に生きるみこみーの言葉だ。

 

 数秒経ってもリンは言葉を口にしない。恐らくは否定しようとしていたはずだ。でも言葉にしかけたその寸前、踏みとどまった。

 

 硬直した空気感の漂うカラオケの一室。両隣からは歌声が流れてきて、よりこの部屋の真空感を際立たせる。

 リンの俊巡を私が知る術は無い。リンは私とは違う。当然だ。今はこうして一時的に身体をシェアしている関係性だけども、私はこれまでのリンの足跡をほぼ知らないのだから。

 

「……す、少し考えさせて」

 

 リン…………。

 眺めることしかできない自分自身が、不甲斐ない。 

 

 





気分転換で書いてます。
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