氷の剣士と姉妹蝶 作:ラーメンは美味しい
「なっ!?」
女性の首を掴んでいた鬼の手を呼吸を最大限駆使し、斬り落とす。
どうやら向こうは俺の接近には気づかなかったようだ。
俺は腕を切ったはずみで地面に投げ出されてしまった女性に駆け寄る。
「・・・・・・・・・大丈夫ですか?」
「ゴホッ!ゴホッ!・・・・・・ええ、なんとか。お陰で助かったわ、ありがとう」
長い間あの状態だったのだろう。女性は苦しそうな表情を浮かべており、かなり衰弱しているようだがなんとか無事のようだ。しかし、このままでは──────────
「ん〜、君は一体どこの誰かな?今は俺たちの時間だから邪魔はして欲しくないんだけど」
左目に『上弦』、右目に『弐』の文字。こいつが『上弦の弐』・・・。ヘラヘラしてるのとは裏腹になんて圧力だ・・・。
「・・・・・・・・・お前に名乗る名は無い」
「まあ、どうでもいいや。折角の食事の邪魔をした君には死んでもらうだけだし」
空気がさらに濃密なものへと変わっていく。
なんて殺気・・・!これに当てられただけで気が飛びそうだ・・・!これが上弦・・・!
「・・・助けてもらっておいてなんだけど、貴方は逃げなさい」
上弦の殺気に当てられていると、背後の女性が逃走を促す。
彼女が雪丸から報告があった『花柱』の『胡蝶カナエ』なのだろう。
こんな状態なのに、俺の心配を・・・。
彼女の呼吸はずっと荒く、口許からは血が流れている。
外傷はそこまで無いのにこの状態・・・。彼奴の『血鬼術』なのか・・・?
観察はそこまでにし、俺は上弦の弐に向き合う。
「・・・・・・・・・それはできません」
「・・・ダメよ、早くこの場を離れなさい」
「・・・・・・・・・絶対に嫌です」
「柱として命じます!撤退しなさい!!」
急に大声を出してしまったからか、咳き込んでしまう。
「・・・・・・・・・その命令には従えません」
「何故・・・!?」
未だに地面に倒れ伏している彼女に一瞬目をやって、やがてまた上弦の弐に視線を戻す。
「・・・・・・・・・俺は目の前で苦しんでいる人を見捨てるなんてしたくない。助けられたかもしれない命を取り零すなんて絶対したくない。そんなことになったら・・・」
「なったら・・・?」
「──────────きっと俺は俺じゃなくなる」
女性はどういうことか分かっていないようで、怪訝そうな顔をしている。
「・・・・・・・・・俺は自分の命欲しさに他人の命を差し出すなんて真似したくないんです。たとえ、結果的に俺の命もその人の命も散ってしまうのだとしても一人よりは二人一緒の方が寂しくない気がしませんか?」
女性は俺の言葉に綺麗な瞳を大きく見開く。
「・・・・・・そうね。その考え、とても素敵だと思うわ」
こんな絶望的な状況でも花のように可憐に微笑む彼女に一瞬心が綻んだような気がした。
しかし、それも奴によって遮られる。
「う〜ん、僕もとても良いと思うよ!君の考え!だから、君たちは一緒に僕が食べてあげるよ!そうすれば、寂しくないだろう?」
貼り付けたような笑顔で拍手しながら、上弦の弐がこちらに賞賛を送る。
「・・・・・・・・・悪いがお前に食われてやる気はさらさら無い」
「え〜、僕の食事は救いなんだよ?僕と一つになることで君たちは一生楽しく生きられるのに」
「・・・・・・・・・他人に享受される幸福なんて容易く崩れ去る。幸福というのは自分の力で手にし、自分の身の丈にあったものじゃないと最後は必ず滅びが待っていると決まっているんだ」
「・・・ふ〜ん、ま、結局君たちは僕に食べられるんだから全部無駄なんだけどね」
「・・・・・・・・・それはどうかな?」
空色に輝く愛刀を青眼に構える。
上弦の弐も黄金色の二対の鉄扇を取り出す。
両者の間に緊張感が走るが、ふと背後から話しかけられる。
「・・・気をつけて」
「・・・・・・・・・?」
「奴の血鬼術は『氷』。吸い込んだら最後、肺が壊死して呼吸すらままならなくなる」
なるほど・・・。通りで外傷の割にダメージを受けているわけだ。彼奴、見た目の割になんて厄介な能力なんだ・・・。
『呼吸』は俺たち鬼殺の剣士にとっては最も重要な役割を担っていると言っても過言ではない。それを封じられたとなると・・・。
「そろそろいいかい?」
「・・・・・・・・・随分気前がいいんだな」
「まあ、楽しみな食事の前だしね。これぐらいなら待ったうちに入らないさ」
俺たちが情報共有している間、彼奴は仕掛けようと思えば仕掛けられたはずだ。だが、そうしなかった。それは奴の圧倒的な自信故、だろうか・・・。
何にしても彼女からもらった情報だけじゃ少な過ぎる。まずは、いろいろ試してみるか。
覚悟を決めた俺は上弦の弐に頸向かって力一杯斬り掛かる。
だが、そんな馬鹿正直な攻撃が通るわけでもなく鉄扇により容易く防がれてしまう。
「へぇ〜、君中々速いね。そこの彼女には及ばないけど、それなりの速さだよ」
ちっ!流石にこんな一直線な攻撃じゃ無理か!なら・・・!
ならばと思い、今度は鉄扇から処理しようと奴の腕に狙いを定める。
しかし、それも呆気なく受け止められる。
「ん〜、君、まだ本気出てないでしょ。そんなことしてると・・・・・・死ぬよ?」
濃密な殺気が降り注いだかと思うと、次に襲ってきたのは神速の一撃だった。
俺の腕狙って襲いかかる鉄扇を辛うじて刀の腹で受け止めた。しかし、咄嗟の事だったので威力を受け流せず吹っ飛ばされて近くの民家にぶつかり、崩れた建物の下敷きになってしまう。
「あれを防いだんだ。中々良い反応だね」
くそ・・・。何とか反射で防げたけどこんなの何発も受けられない。
押し潰している瓦礫を押し退けて立ち上がる。
左腕と肋が何本か折れたな・・・。
幸い、右腕は無事だったのでまだ刀は握れる。
再び奴に向かい会おうと、先程まで奴が立っていた場所に目線を向けるが──────────
「どこ見てんの?僕はここだよ?」
顔の左側から突如声が聴こえる。
反射的に斬り掛かるが間に合わず、再び路地へと吹き飛ばされる。
「ガハッ!ゴホッ!」
あまりの衝撃に吐血してしまう。
また見失う訳にはいかないと思い、痛みを押し殺し顔を上げる。
今度は背後に回り込まれるといった事もなく、その姿を視認できた。
「頑張るね。けど・・・結構キツイんじゃない?」
確かに、ダメージが大きいのか焦点は合わせづらいし、体に力も入れにくい。だが・・・
「・・・・・・・・・まだ、やれる」
俺の言葉に上弦の弐は少し面白くなさそうにした後、またあの貼り付けたような笑みで。
「ふ〜ん、じゃあもう少し楽しませてもらおうかな」
言い終えると同時にこちらにとてつもないスピードで迫ってくる。
俺は奴を迎え撃つべく、体を奮い立たせた。
助けに来てくれた少年が上弦の弐に臆せず斬り掛かっていく。
その速度は一般隊士にしてみれば、中々のものだった。しかし、あくまで一般隊士の範疇だ。あの少年が上弦の弐に対抗するには足りないものが多すぎた。
案の定、彼の攻撃は容易く防がれ吹き飛ばされて崩壊した民家の下敷きになってしまう。
私も戦わなければ、と思うのだが体は一向に動く気配が無い。私がそうやってもがいている間にも少年はボロ雑巾のように投げ出されている。
動け、私の体・・・!あの子があんなにも頑張っているのに、柱の私がこんなところで寝てていいわけがない!お願いだから、動いてちょうだい・・・!
その間にも彼と上弦の弐の戦闘は続いていた。彼は上弦の弐の猛攻に防戦一方だった。
・・・え?
よし・・・。なんとか攻撃が見えるようになってきた。だが、此奴はまだ血鬼術すら使っていない。どころか、この攻撃すらまだ本気ではないだろう。まだまだ気が抜けない状況だ。
「へぇ〜!君凄いね!ほんのさっきまで僕の攻撃に全然反応できてなかったのに、まるで別人だ!」
激しい剣戟の間に、何がそんなに嬉しいのか上擦った声を出す。
こちとら必死なのに、お前はまだまだ余裕そうだな・・・!
奴の嵐のような攻撃を死に物狂いでいなしながら、内心毒吐く。
激しい打ち合いの中で、僅かな隙を見つけ上弦の弐から距離を取る。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
「ん〜!君、中々面白いね!まさかここまでやるなんて思わなかったよ!」
こんな状況でも能天気に話しかけてくる奴に苛立つ。
「──────────お礼にここからはちょっと本気を出そうかな」
奴を取り巻く空気が一変するのをハッキリと感じた。