氷の剣士と姉妹蝶 作:ラーメンは美味しい
奴の纏う雰囲気がどんどん濃いものになっていく。
なんて空気だ・・・。押し潰されてしまいそうだ・・・。
背中を嫌なものが駆け抜けるのを感じた。
『血鬼術
とうとう奴が血鬼術を使ったことで、警戒のレベルを最大限に引き上げる。
しかしどんな技が来るのかと思えば、奴を中心にして冷気のようなものを散布されるだけだ。
今すぐどうこうはないだろうと判断し、警戒だけは解かないようにと言い聞かせる。
──────────俺の直感と後方からの声は同時だった。
「・・・・・・・・・っ!!!」
「それを吸っちゃだめよ!!!」
本能から発せられる警鐘に従って全身の筋力を最大限駆使し、その場を飛び退く。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」
「あ〜、やっぱバレちゃったか」
あの冷気が何かは分からないが、あれには絶対近付かない方がいい。俺の直感がそう告げている。
後方の女性も同じことを言っているところを見るに、やはり俺の直感は間違っていないようだ。
「ゴホッ・・・!そ、それを吸ったら私のように呼吸すらままならなくなるわ・・・」
「・・・・・・・・・なるほど」
『氷』の能力とはこういう事か。しかし、これでは奴に近付くことすらできない。一体どうすれば・・・
「ほらほら!ボーッとしてる時間はないよ!」
『血鬼術
奴から無数の氷の蔓が襲いかかってくる。
「くっ・・・!」
懸命に対処するが何分数が多かった。次第に俺の手数を蔓の手数が上回る。
やばい、このままじゃ・・・!
「僕のこと放っといちゃダメでしょ」
「・・・・・・・・・!」
蔓の対応で手一杯で奴から意識が逸れてしまっていた。その隙を狙われる。
『血鬼術
「ぐはっ!」
上弦の弐は鉄扇を横薙ぎする。その軌跡に蓮の花や葉が彩られる。
奴の攻撃が直撃し、石ころのように吹き飛ばされる。
「ゴフッ!ガハッ!」
あまりの威力に思わず地面に蹲ってしまう。
くっ、ダメージがデカすぎる・・・!けど、すぐに立たないと奴が──────────
痛みを堪え立ち上がろうとしたところで違和感に気づく。
なんで体が動かないんだ・・・!
原因を突き止めようと目線を自身の胴体へ移すと、奴の攻撃が当たった箇所が凍りついていた。
「なっ・・・!?」
「やっと気づいたの?もうそこは動かないよ」
奴の言う通り、左脇腹はもう動かせそうになかった。これでは立ち上がるのも一苦労だ。
けど──────────
「ぐっ・・・」
「お〜、やっぱり立つんだね。立派立派」
奴の賛辞は正直癪でしかないが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
何か対策を考えなければ、と考え動かぬ体に鞭を打って立ち上がる。
「ど、どうして貴方はそこまで・・・」
ふと背後から声が聴こえたかと思ったら、どうやら彼女の近くまで飛ばされていたようだ。
「・・・・・・・・・どうしてかはさっきご説明したはずですが」
「た、確かにそうだけれど・・・」
「・・・・・・・・・あれでは不満ですか?」
「そんなことは・・・」
しかし女性は納得していないのだろう。その顔には疑問の色が浮かんでいた。
「・・・・・・・・・ごめんなさい。一つ、嘘を吐きました」
「嘘・・・?」
「・・・・・・・・・さっき言った理由は本当です。そこに嘘はありません。・・・・・・・・・でも、俺は
「私・・・だから・・・」
呟くように復唱する彼女に頷きをもって返す。
「・・・・・・・・・自分の命すら危うい状態にも拘わらず他人の事を気遣っていた。そんな貴女の優しさに俺は胸打たれたんです」
「そんな・・・。それだけの理由で・・・?」
「・・・・・・・・・少なくとも俺にはそれで十分でした。それじゃダメですか?」
上手く笑えていたかは分からない。もしかしたら痛みで上手く笑えていなかったかもしれない。
「・・・いいえ。・・・・・・・・・ありがとう」
彼女の笑顔を見ると、俺はきっと上手く笑えていたんだと思えた。
何なんだろう・・・この胸の感覚・・・。
彼の顔は出血により血塗れになっており、切り傷なども数え切れない。お世辞にもカッコよくは見えない。
しかし、私には彼の笑顔が今まで見たものの中で一番『綺麗』だと思ったのだ。
同時に心の底が暖かくなったような気がした。いや、間違いなく暖かい。
絶望的な状況には変わりないが、この熱と一緒なら何でもできるような気さえした。
そうよ・・・。まだあの子も頑張っているのだもの・・・。柱の私が寝ている訳にはいかない。
戦わなくちゃ・・・。彼と一緒に。この胸の熱は彼がくれたものだ。だとすれば、きっと彼と一緒にいる事でもっと燃え上がるに違いない。
待ってて・・・。今
意識を必死に繋ぎ留めながら、上弦の弐へ向き合う。気を抜けばあっという間に倒れ込んでしまうだろう。しかし、俺の後ろには彼女がいる。それだけは絶対にできない。だから──────────
「・・・お待たせ」
「・・・・・・・・・どうして」
隣にいるのは先程まで倒れ伏していた彼女だった。
「あら、私だって戦えるのよ?」
「・・・・・・・・・それは存じ上げてますが、先程までの貴方はとても戦えるような状態では───────」
「うーん、なんか治っちゃったかも!」
「えぇ・・・」
満面の笑みで話す彼女だが、一転して真剣な顔つきに戻る。
「・・・・・・まあ、それは冗談。でも、本当にさっきより体が楽なの。今なら・・・・・・・・・戦えるわ」
立っている姿を見るにしっかりと地に足をつけているし、呼吸の乱れも先程までとは比べ物にならないほど安定している。
「・・・・・・そういえば貴方、名前は?」
「・・・・・・・・・
「白夜くんか・・・。じゃあ、
「・・・・・・・・・白夜、なんですけど」
「細かいことは気にしないの!私は胡蝶カナエよっ。カナエおねーさんって呼んでね?」
「・・・・・・・・・カナエさんで」
妥協案はカナエさんには不服だったらしく、隣でブーブー言っている。
勘弁してください・・・。男としては年上の女性を下の名前で呼ぶだけでもハードル高いんですから・・・。
そんな俺たちのやり取りを見ていた上弦の弐は少し驚いているらしかった。
「へぇ・・・君、動けるんだ」
「・・・理由はよく分からないけれどね」
上弦の弐は何やらブツブツ言っているが、やがてまたあの貼り付けたような笑みを浮かべる。
「まあいいや!君がなんで動けるのかは分からないけど、二人とも殺せばいいだけだしね!」
先程と同じかそれ以上の殺気が奴から迸る。
だが、不思議とさっきより恐怖を感じなかった。
「白くん、怖い?」
「・・・・・・・・・いいえ」
「ふふっ、私も」
「・・・・・・・・・誰かと一緒に戦うってこんなに心強いんですね」
知らなかった。誰かが隣にいてくれる事がこんなにも心強いだなんて。
知らなかった。誰かの笑顔を見るのがこんなにも心綻ぶだなんて。
この人と・・・カナエさんと一緒にいると気付かされる事ばかりだ。ふと、彼女の横顔を覗き見る。
「ん?どうしたの?」
「・・・・・・・・・いえ、なんでも」
ああ、暖かい。なんなんだろうこの暖かさは。彼女と一緒なら何でもできる気がする。それくらい今は身も心も軽い。さっきまでの辛さが嘘みたいだ。
「・・・な〜んか気に入らないな、君たち」
「じゃあ、かかって来なさい。さっきまでの私とは違うわよ」
「・・・・・・・・・今ならお前を斬れる」
上弦の弐は不快そうな顔を隠そうともせず。
「うん、もう遊びはやめだ。君たちは今すぐ殺すことにしたよ」
奴から迸る重圧がこれまでで一番重いものだったが、隣にカナエさんがいるだけで少しもそれを怖いとは思わなかった。
「・・・ここからが本番よ、白くん」
「・・・・・・・・・はい」
最終決戦の火蓋が今、切られようとしていた。