氷の剣士と姉妹蝶 作:ラーメンは美味しい
──────────あぁ、私は今度こそ終わるんだ。
頭上から今にも襲いかかろうとしている氷柱や、目の前から繰り出された氷の花びらを見てぼんやり思う。
しかし、自分の危機が迫っている時でも私の心は酷く穏やかだった。
死ぬ間際には走馬灯が見える、なんて聞いた事があるけれど私の頭に浮かんでくるのは・・・・・・・・・彼の事ばかりだった。
──────────・・・・・・・・・大丈夫ですか?
──────────一人よりは二人の方が寂しくない気がしませんか?
──────────・・・・・・・・・少なくとも俺にはそれで十分でした。それじゃダメですか?
──────────あぁ、私は彼の事を・・・こんなにも・・・
この気持ちに嘘は無いと誓える。だって、彼がくれた熱がこんなにも暖かいんだもの。これが嘘だったら世の中の全てが嘘なのでは、とさえ思える。
──────────だからこそ、最期は少しでも綺麗な私を見てほしい。
そう思って今できる最高の笑顔を彼に向ける。
上手く笑えていたのだろうか。上手く笑えてるといいな。
もう氷の小人たちの攻撃は回避も対処も不可能な範囲まで接近している。
もうやり残したことはない。だって、最期に彼に逢えたんだから。しのぶたちには申し訳ないけれど・・・・・・・・・でも、お姉ちゃんは幸せだったよ。
それから・・・彼にも謝っておかないと。私だけ先に逝く事を、優しい彼はきっと気に病んでしまうだろうから。だから、一言だけ。
──────────ご め ん ね。
声に出ていたかは分からないが、きっと伝わっているだろう。彼なら分かってくれるという傲慢ながら確信めいたものを抱いていた。
それを最期に私は目を閉じたのだが、最期の瞬間は訪れる事はなかった。
彼女の謝罪を聴いた後は、体が勝手に動いていた。
目の前の小人を最小限の動きで斬り捨て、彼女の眼前に躍り出る。
『──────────
刀を振るうと上空から無数の氷の柱が降り注ぎ、氷柱と氷弁、さらには小人すらも粉砕する。
「・・・・・・・・・大丈夫ですか?」
後ろを振り返りながら、カナエさんに声を掛ける。
しかし、彼女は閉じていた瞳をゆっくり開いた後、固まってしまう。
「・・・・・・・・・カ、カナエさん?」
あまりにも不自然な様子に、先程の攻撃から守りきれなかったのかと心配になる。
「白・・・くん・・・?」
「・・・・・・・・・どうしたんですか、カナエさ──────────」
最後まで話せなかったのは彼女が俺の胸に飛び込んできたからだ。
「白くん・・・!白くん・・・!!」
「・・・・・・・・・もう大丈夫です」
カナエさんが落ち着くまでこのままの方がいいか、なんて思った時だった。
彼女は瞳に涙を湛えた端正な顔立ちをゆっくりとこちらに向ける。
「・・・・・・・・・私、白くんが好き」
「・・・・・・・・・」
「もうダメだって思った時に一番最初に頭に浮かんだのは・・・君だった」
あまりの事に脳の処理が追いついてないが、それでも彼女の言葉を聴き逃すのはダメだということを本能が理解していた。
「君が助けてくれた。君が教えてくれた。君が笑ってくれた。・・・・・・・・・それだけで私の心はこんなにも暖かくなる。こんなのはきっと君だけ」
「──────────だから、絶対死なないで」
カナエさんの言葉をしっかりと胸に刻みつけ、彼女に俺の想いが伝わるように、と願いながら。
「・・・・・・・・・はい!」
カナエさんを安全な場所に移動させてから、再び上弦の弐と向かい合う。
「・・・さっきの一撃。正直、ゾッとしたよ」
「・・・・・・・・・俺にもなんであんな攻撃ができたのか分からない」
──────────けど、ずっと不思議だったんだ。水の呼吸を教えてくれた俺の師匠も言っていた。
『これが【日輪刀】、別名【色変わりの刀】と呼ばれている刀だ』
『・・・・・・・・・これが』
『持ってみろ』
師匠に言われたとおり、刀を握ってみる。
すると、刀身が
『この色は・・・』
『・・・・・・・・・師匠?』
『元来、水の呼吸に適性があるものは刀身が
『・・・・・・・・・別の呼吸、ですか?』
『本来、適性が違った呼吸を使用していると体に負担がかかりやすくなったり技の威力が低下したりするのだが、お前に関しては当面は問題無いだろう。お前は適性が違ってもここまで水の呼吸を使いこなせるのだからな』
師匠の言葉を聴いて少し不安に思ったのを憶えている。
『・・・・・・・・・師匠。自分に合った呼吸を見つけるにはどうすれば──────────』
『心配せんでもそれは自ずと見つかる。儂には分かる。そして、それを手に入れた時お前は・・・』
『・・・・・・・・・俺は?』
『──────────最強の剣士になっているかもしれんな』
師匠の言う通りだった。この『氷の呼吸』は俺に
──────────これなら、奴を斬れる。
「・・・・・・今の君には手心を加えていられないね。君の存在は危険だ。いずれ僕らの障害に成りうる。そんな確信が・・・僕にはある」
「・・・・・・・・・俺だってお前を逃がす気はない。カナエさんを傷付けたお前だけは・・・・・・・・・俺が斬る」
両者の間に流れる空気は鋭いもので、間に入ろうものならその身を斬り刻まれてしまいそうな程。
永遠とも思える時間が経過する。
動き出したのは同時。
決着は刹那。
『──────────氷の呼吸 玖ノ型
『──────────血鬼術
虹色の光が俺の刀に纏う。
奴の眼前には氷で生成された巨大な菩薩地蔵。
あの冷気が菩薩地蔵から俺に向かって噴射される。
しかし俺は、構わずそれに身を投げる。
誰かに呼ばれた気がする。
──────────大丈夫です。此奴を倒して必ず帰ります。
俺の想いに応えてくれたのか、刀を纏う光が一層強まった気がした。
「・・・くん!・・・ろくん!・・・白くん!!」
「・・・・・・・・・!」
隣に座るカナエに名を呼ばれ、意識が引き戻される。
「・・・・・・・・・ごめん、どうかした?」
「どうかした、じゃないわよ!急に返事してくれなくなるんだもの」
どうやら昔を思い出す事に注力し過ぎてカナエの相手を忘れていたようだ。
「・・・・・・・・・ちょっと昔の事を思い出してたんだ」
「昔の事?」
「・・・・・・・・・ああ」
カナエにとっては辛い過去のはずだ。それを態々思い出させる必要は無いだろう。
それが伝わったのか、カナエも追求はしてこなかった。
しかし──────────
「・・・白くん」
「・・・・・・・・・ん?」
「私、白くんの事大好きだよ」
「・・・・・・・・・そっか」
「そうですっ」
花が綻ぶように笑うカナエ。
──────────そうだ。俺はこの笑顔を守りたかったんだ。