「さてとっ―――次は飯田か」
緑谷を医務室へと運び終わった翔纏。改めてブラカワニの能力で身体は全く問題ない所か完全に回復している事に気付いて喜んでいる所に次の対戦相手の決定がスピーカーから聞こえて来た。相手は同じくヒーロー一家の飯田、焦凍と似ているが違うので同じように戦うのは難しい。何より飯田の長所は機動力なのだから。
「インゲニウムさんと同じ個性のエンジンか……まあだとしたら俺の取る手段は決まり切っているんだよな」
相手がそのつもりなら相手をするつもりだと言わんばかりにドライバーへとメダルを今のうちにセットしておく。そしてトイレを済ませてから入場口へと向かうとそこには焦凍が待機していた。
「焦凍、もう良いのか」
「問題ない。リカバリーガールには安静にしろとは言われたけどな」
自分が起きた時には既に医務室から居なかった焦凍、一応大丈夫だという事だけは聞いていたが……それでもこうして元気な姿を見て改めてそれを実感出来る。
「緑谷と話した、俺はあいつを特訓に入れてもいいと思う」
「あっ話したのか」
「ああ、友達になっていいかって聞いたら驚かれたけどな。そんなに俺って言いそうにないのか?」
「まあそんな感じだった」
態度を改めた方がいいのかなと……と少し考える焦凍。そんな親友に笑いながらもそろそろ出場時間になってきたのかマイクのパフォーマンスが激しくなってきている。
「んじゃ行って来るわ」
「ああ。俺に勝ったんだから決勝までは行けよ」
「そこは優勝しろで良いんだよ」
ハイタッチを交わしながら日の光の下へと歩み出した翔纏、バトルフィールドへと足を踏み入れると同時に此方を見つめてくる飯田。
『さあトーナメントも遂に準決勝だぁ!!此処で激突するのはA組の飯田と獣王!!どっちも有名なヒーロー一家、これは期待しちまってもいいんじゃねぇかぁ!!?』
派手なパフォーマンスだと言わざるを得ない、確かに自分達に共通している事だしメディア云々が喜びそうな話題性でもあるから会場を盛り上げる事が使命である司会役としては正解とも言える選択なのかもしれないだろう。そんな言葉を聞きながらも翔纏はオースキャナーを手にする。
「悪いな飯田、少し時間貰うぞ」
「構わないとも!!俺は全力の君と戦って勝つつもりだ、寧ろそうしてくれるのは俺にとっては光栄の極みさ」
「有難うそれじゃあ――変身!!」
変身したのは灼熱コンボのラトラーター、態々コンボを使う事も無いかもとも思ったが飯田の誠意に応えるのもあるが一族に対して懸念し続けているコンボを此処まで扱えているというアピールも含めている。両親には十分出来ているだろうが、それ以外は分からないので使っておく。
「その姿……そうか、緑谷君が言ってた例のヴィランを倒した姿か!!」
「ああっ言っておくがこいつは強いぞ―――さあ始めようじゃねぇか飯田ぁ!!」
「元より全力で望むだけだ!!」
互いに戦意上々、戦闘準備は既に終わっている。そして告げられる開始の合図に互いに地を蹴った。
『おっとぉっ両者同時に走り出したぁっつうかはえええええええ!!!』
最初っからエンジンのギアをほぼ全開にしながら最高速度へと加速していく飯田とチーターの脚力を見せ付けるかのような翔纏、他の追随を許さない速度の二人の戦闘は何方が先に仕掛けるのかの我慢比べから開始される。
『獣王のスピードは騎馬戦で実証済み。だが飯田も速度は自分の領域、これは速度だけではなくてスタミナの勝負でもあるな』
お互いに相手の背後を取る為に走り続ける状況、先に仕掛けるか相手を待つかを思考しながらのそれ。
「くっなんて速さだっ……!!」
飯田はほぼ全力での疾走をし続けている。翔纏との距離は変わらない、寧ろあちら側が自分の速度に合わせているのだろう、まだ持久戦を続ける事は出来るがこのままでは悪戯に自分の体力を切り崩すだけでしかない。ならば自分からやるしかない。
「藪を突く!!」
『飯田が仕掛けたぁ!!』
常に自分の真反対を走り続ける翔纏へと身体を向けて一気に向かって行く、速度を保ったまま蹴り込もうとした時だった。翔纏も此方へと走り込んでくる、カウンター狙いかと身構えるが直後に眩いばかりの光が視界を焼く。
「ぐっ視界がっ!!?」
翔纏の動作を見て次の行動を判断しようと思っていたのが裏目に出た。視界を焼く程の閃光によって目が眩んでしまい一時的に世界が白で染まってしまった。それでも身体に刻み込んできた経験が危険信号を放つ、咄嗟にローリングしながらその場から離れると何かが蹴り砕かれるような音が響いた。
『飯田ぁっ閃光で目をやられたのにも関わらず獣王のドロップを回避ぃ!!』
「くっ……よし見えっ―――来る!!」
だがその閃光を振り解く事に成功した飯田は続く追撃のトラクローを回避する、アッパーのように振るわれた一撃は飯田の髪を軽く掠らせる程度に留まった。
「思ったよりやるな飯田、揺さぶりを掛けたつもりだったけど」
「これでも俺は夜間での走行訓練も積んでいる、それには対向車のライトに馴れる事もやっていた」
「成程……それじゃあもうこれは無意味だな。それじゃあ―――こっからはマジで行く」
小細工の効果は低め、だとしたら真っ向勝負を仕掛けてやる。と言わんばかりに発動される能力開放、ライオン、トラ、チーター全ての特徴を表面化させた百獣の王、獣王の名前に相応しい姿へと変身した翔纏は鬣を振り回しながら肉食獣の唸り声を上げ巨大な腕を構えた―――直後に姿が掻き消える。
「消えっいや後ろっ違う、此処だぁっレシプロバーストォ!!!」
瞬時に消える程のスピード、ならばそのスピードで何をするのか。自分ならどうするかと思えば相手の虚を突く事。背後からと思わせる事もするだろう、ならばやるのは自分の感覚を頼りにして翔纏が攻め込んでくるであろう角度へと向けてトルクの回転数を操作して爆発的な加速を伴いながら蹴りを繰り出した。確かな手応えと共に脚は翔纏を捉えた。
「っいないっ!!?」
「セイヤァァァァッッ!!!」
「真上っ!!?」
飯田が蹴り抜いた瞬間、確かにそこに翔纏がいたのだ。しかしそれが命中するまでの僅かな時間に跳躍しそれを回避した。そして跳躍と同時に展開されたリングを潜りながら両腕へとエネルギーを収束させながら流星となりながら急降下しながら大地を砕く一撃を放った。爆発のような衝撃波が周囲に拡散する中で、飯田はその嵐に呑まれながらも何とか着地する。そしてまだ残っている時間を活用する為に走り出そうとするが―――
「飯田君場外!!」
「なっ……しまった!!」
あの爆風と衝撃波によって場外へと弾き飛ばされてしまった事を悟った飯田は悔しげに拳を握った後に深く息を吸い、胸の中にあるものを一緒に吐き出すと変身を解除してダルそうにしている翔纏の元へと行く。
「負けたよ獣王君。まだあんな速度を出せるなんて驚きだよ」
「俺からしたらあれは速度を殺しきれないから取った苦肉の策だよ、飯田も良く俺が来る角度が分かったなぁ……」
「兄さんと手合わせした時に同じ事をして来たのさ、それが役に立ったんだよ」
「マジか、流石インゲニウムさん……」
「兎も角俺は君を応援する、俺の代わりに決勝頑張ってくれ!!」
飯田の熱い激励を受けて翔纏は決勝を頑張る事を改めて決意しながら控室へと戻るのだが―――その途中、爆豪が迫ってきて宣言した。
「おい動物野郎、決勝には俺が行く。だからテメェも全力で来やがれ、半分野郎が戦ったあの姿で来やがれ」
「タジャドルで?」
「舐めプなんかしたらブッ殺す!!最初っから全力で来やがれ!!!そしてテメェを捻じ伏せて俺がトップに立ってやる!!」
決勝に自分が上がるという宣言と共に自分に勝つという二重の宣言、どうしようもない程の完璧主義者な爆豪に翔纏は笑みを浮かべた。
「良いだろう、だがタジャドルは使わない」
「あ"あ"っ!!?舐めプ宣言かテメェ!!!」
「違うよ、タジャドルは俺にとって最高であって最強じゃない。だから―――お前には最強で挑む、それがお前の望みだろ」
「―――分かってるじゃねぇか」
不敵な笑みを浮かべる爆豪はそのまま去っていく、恐らく爆豪が決勝に上がってくるだろうという翔纏の認識は間違っていなかった。この後、爆豪が勝利を手にして決勝へと駒を進めるのを耳にして翔纏は三枚のメダルを見つめながら改めての決意を固める。
「見せてやるよ、最強のコンボを」
最強コンボ、投入決定。