欲望の獣   作:魔女っ子アルト姫

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欲望の名付け。

「翔ちゃん焦凍君の家に遊びに行ったんですって?」

「行ったよ。でも話したっけそれ」

 

体育祭の振替休日明け、再び今日から授業が再開する日となった日の朝食の席にて愛水と幻と共に食事をしている時に唐突にそんな話を振られた。

 

「昨日小耳に挟んだのよ、翔ちゃんが焦凍君の家に向かってたって」

「何処で聞いたのよそれ……」

「翔纏も立派になったわねぇ……お姉ちゃんってば嬉しいわ……」

「なっ泣くほどじゃないでしょ姉さん……って母さんもかよ!!?」

 

大きくなった翔纏に感動を覚えてついつい泣いてしまった二人に困惑しつつも何だか気恥しくなって味噌汁を飲み干すと用意していた鞄を持つ。まだ朝早いがそれでも早く行く事にしている翔纏からすれば通学時間に入っている。少しのんびりしすぎたらしい。

 

「ぁぁっ……んっなんだ翔纏もう行くのか……?」

 

靴を履いている時に声を掛けられる、振り返るとそこには寝起きなのか寝巻のままだが朝っぱらからその口にアイスを咥えている兄の姿があった。

 

「うん今行く所……だよっと。そっちは相変わらずアイスな訳、しかも朝っぱらから」

「俺の勝手だ、おい外は雨だぞ確りフード被れ」

 

酷くラフな姿且つ自分勝手な物言いと乱雑な動作で羽織った雨具のフードを頭に被せてくれる辺り、獣王一族に共通していると言ってもいい優しさを振りかざしてくれている。エリアルビースト・ヒーローのアンク、それが翔纏の兄である鳥命のヒーローネームであった。

 

「体育祭、悪くなかったぞ。だけど最後に何でガタキリバなんだよ」

「いやだって爆豪が最強のコンボで来いって言うから」

「ちっタジャドルは最強じゃねぇってか」

 

と露骨に機嫌を悪くする兄、兄や姉にも言える事だが彼らは翔纏のコンボに関連するようにそれぞれ特定の得意分野を受け持つように特定の動物系統の個性を有している。鳥命ならば鳥でコンボで言うならばタジャドル、愛水は水棲でコンボはシャウタと言ったように。そしてそれぞれ自分の個性に該当するコンボに誇りのような物を持っている節がある。

 

「だって単純に考えればそうだって分かるじゃん」

「フンッ単純な戦闘力だけ比較しても意味ねぇだろうが、その後の負担も踏まえたらある種最弱だろうが」

「いやまあそうだけど……けど、俺にとっては最強はガタキリバでタジャドルは最高だから」

「っ……ふんっそうか勝手にしろ」

 

不機嫌を取り繕うとしているがあからさまに機嫌が良くなっている。同じくガタキリバを誇りとする別の兄とは折り合いが悪く頻繁に言い争いや喧嘩を繰り返している、きっと自分が出掛けた後に自分が最高のコンボだと煽るのだろうなぁ……予期するが、もう恒例行事みたいなものなので敢えて止める事はしないでおく。

 

「んじゃまあ……行ってくる」

「おう行って来い。これからも俺のメダルを使えよ」

「普段から使ってるよ」

 

そんな事を言いながらも外に出ると雨が降り注いでいた、普段通りにライドベンダーのエンジンをかけて雄英へと向けて出発する。

 

「―――あれフード被んなくてもメットするから別に良かったんじゃ?」

 

割かし如何でも良い事を考えながらも道を走らせていく中、時々視線を受けたような気がしながらも雄英に到着する。

 

「あっもしかして……」

 

ライドベンダーを停め、視線のアタリを付けながらも教室へと入ると未だ体育祭の興奮の余韻が冷めやらぬと言わんばかりの空気に矢張りかと思いながら席に着く。

 

「よっ表彰辞退!!」

「皆残念がってたぜ」

「やめてくんないそれ、こっちだって好きで辞退した訳じゃないんだけど。あのコンボ(ガタキリバ)の負担はそんだけやばいんだよ」

「へへっそうだ翔纏は声掛けられたか?」

 

矢張りと言うべきか、雄英の体育祭は全国的に絶大な人気を誇るので自分達の顔はあの一日で一気に売れたと言ってもいい。特にトーナメント出場者なんてそれが顕著であり、登校中に声援を浴びせられるなんて当然に等しい。

 

「いや全然」

「えっ何で!?お前優勝者だろ!!?」

「まあある意味当然じゃない、だって獣王ってバイク登校じゃん」

 

耳郎の言葉に頷く、だが途中で視線を受けた事は伝えておく。

 

「やっぱりねっまあバイクに乗っている相手を下手に止める訳にはいかないしねぇ」

「そうねっ獣王ちゃんは優勝者だけど話しかけられなかったのも納得ね」

 

プロヒーローの両親や兄や姉を持つ身としては将来的にプロになった時の為にそれらに対する対処法などは教えて貰っている、寧ろプロになれば必然的に必要となる技術ではあるのでかなり重点的に教えられた。加えてマスコミの対処はかなり詰め込まれている。いざという時は法的に追い詰める為に……という意味合いが強いが。

 

「翔纏っまた姉さんが遊びに来てくれって言ってた」

「ああ、また行かせて貰うよ」

「今度は確りとした茶菓子を用意するってさ」

「いやそこまでしなくても……」

 

如何やら冬美にもかなり気に入られているらしい。その事を再認識するとHRの時間が迫ったので皆は席へと着いた、そしてその直後に相澤が入って来る

 

「ヒーロー情報学はちょっと特別だ」

『特別?』

 

ヒーロー情報学、ヒーローに関連する法律や事務を学ぶ授業。免許制になっている個性使用に関する免除ケースやサイドキックとしての活動に関する詳細事項などなど様々なことを学んで行く。他のヒーロー学とは異なり苦手とする生徒も多いが、プロになるにはやらなければいけない事でもある。

 

「コードネーム、いわゆるヒーローネームの考案だ」

『膨らむヤツきたあああああ!!!』

 

ヒーローネーム、ヒーローとしての自らを示す名前を決めるという事。オールマイトを始めとしたそれらはヒーローの象徴ともいえる物。

 

「ヒーローネームの考案、それをするのも先日話したプロからのドラフト指名に密接に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積んで即戦力と判断される2年や3年から……つまり今回来た指名は将来性を評価した興味に近い物だと思っておけ。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある。勝手だと思うだろうがこれをハードルと思え」

 

幾ら体育祭で素晴らしい力を見せたと言ってもまだまだ経験も足りない者を採用などはしない、これから力を付けていかなければ今の評価など簡単に引っくり返る。今回の指名を保持し続ける、それも一つの目標にも成り得る。そして相澤は手に持ったリモコンを押してある結果を黒板に表示した。

 

「その指名結果がこれだ、例年はもっとバラけるんだが今年は偏ってるなある意味で」

 

黒板に示されている指名数は矢張りと言うべきか体育祭のトーナメントの結果を反映したものだという事が良く分かる。翔纏、爆豪、焦凍の三名が飛び抜けてプロヒーローからの目を引いたからか、2000を突破する指名をそれぞれが獲得している。だが、爆豪よりも焦凍の方が指名数で言えば多く翔纏との差も少ない。

 

「あれっ轟の方が爆豪より多いんだ」

「どうせ親の話題ありきだろ」

 

気に入らなそうにしている焦凍、当人からすれば喜ばしい事かもしれないが自分の実力だけではなくエンデヴァーの影響があると考えると如何にも複雑な気がした。そしてそれは翔纏も同じだが、矢張りコンボの負担が気掛かりとなっているプロも多いのかもしれない。

 

そしてこれらの指名を出したヒーローの元へ出向きヒーローの活動を体験するという。A組はUSJにて実戦でのヴィランとの空気を感じてしまっているが、本来はこの体験で得る筈の物だった。プロの活動を自らの身体を持って体験し、より実りある訓練をするため。そしてその為のヒーローネームの考案をするという事。仮にもプロヒーローの元に行く事になる、それはつまり将来的な自分の立場のテストケースにもなる。

 

「つまりはこれらを使って職場体験をさせてもらうって事だ。そこでヒーローネームを決めるって流れだ、適当なもんは―――」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人は多いからね!!!」

『ミッドナイトォ!!!』

 

教室に参上したのは18禁ヒーロー事ミッドナイト、相澤曰くそっちのセンスはかなりいいらしいのでその査定の為に来て貰ったとの事。後はミッドナイトに任せて寝袋に入って眠ってしまった。

 

「自分にとってのヒーロー……」

 

それを頭に置いて決めるコードネーム、それは人によって違うだろうが翔纏にとっては一族が浮かぶがそれ以上にヒーローであるのは会長かもしれない。脳内では何時もの会長の素晴らしぃ!!!コールがリフレインし続けている。そしてそれに関連して自分のメダルとドライバーの事を思い浮かべる、3枚のメダル。そしてそれが導く名前―――

 

「はいっ獣王君!!」

 

発表形式が取られる事になったのか、皆が尻込みをしているのか手が上がらない中で翔纏が真っ先に手を上げた。同時に集まる視線、優勝をもぎ取った翔纏のヒーローネームは皆が気になる所なのだろう。

 

「それじゃあ発表お願いね、やっぱりビースト系なのかしら」

「俺のヒーローネームは―――オーズ」

 

ボードに大きく書かれたコードネーム。三つのOが重なったように書かれたその上に刻まれた名前、それがオーズ。

 

「オーズ……獣王一族の何々ビーストヒーローっていうのも想像してたけど随分違うのね、それでどんな意味を込めたのかしら」

「……ちょっと恥ずかしいですけど、俺にとって個性は正直言って嬉しい物じゃなかったんです。寧ろ疎ましい物だった」

 

憧れた、強い身体に憧れた、強い人に憧れた、屈強な背中に憧れた。個性がそれを許さなかった故に憧れて、恋焦がれてしまった。そしてどうしても個性が嫌だった。一族から受け継いだもののせいで自分が欲しかったものを手に入れる事が出来なかった。

 

「だけどある人がそれを変えてくれました、俺の欲望を満たしてまた次の欲望に目を向ける力をくれた。だから俺はその欲望の連鎖を他の人に与えてあげたい、あの人が俺にしてくれたコンボを他に、そして俺がした事をまた他の人が他の人にして欲しい」

 

目指すのは良心の連鎖、それが人を、国を越えて無限に繋がっていく事。助け合いの輪の連鎖。

 

オーバー(OVER)インフィニティ()……俺が名前に込めたのはそんな事なんです、だから俺の名前は―――オーズ(OOO)です」


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