欲望の獣   作:魔女っ子アルト姫

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窮地と恐怖と決意の欲望。

―――欲望が君を喰らうのか君が欲望を喰らうのかの勝負だという事をね。

 

 

劇烈な疲労の中で何度も何度も頭の中で反響し続ける会長の言葉。欲望、個性が自分を喰らうように肥大化して襲いかかってきた感覚が諸にあった。正しくガタキリバはその具現化と言っていいほど、他のコンボで言えばラトラーターも顕著だがガタキリバのそれは劇烈であった。一歩足を前に進めれば容赦なく自分を喰らおうと牙を剥き出しにしてくる。

 

 

―――負担があるなど分かっていた、それを克服するためだろう。

 

 

自らにそうだと言い含めても認識が覆らない。一度理解した恐怖が頭を離れない、分かっていた筈なのに欲望が自分から離れないのである。自分の中に生まれたそれはある時を境に膨れ上がっていった、そしては新たな生殖活動を手にして益々膨張を続けている。その欲望は翔纏には理解出来ない筈のものだった、それなのに今はそれを強く望んでいた。

 

「(何で俺がこんな事を考える……あり得ないだろ、俺が、俺がっ―――)」

「ねぇ、ねぇ翔纏!!」

「ッ!!」

 

強く呼びかけられた事で正気に戻る、視界には自分の顔を心配そうに覗き込んでくる拳藤の姿があった。

 

「ねぇっ大丈夫、凄い顔色悪いけど」

「あっ―――ああ大丈夫、大分楽にはなって来てる」

「それでって……アンタの個性ちょっと羨ましいって思ってたけど相当にきついんだね反動、はいスポドリ」

 

受け取りながら喉の奥へと流し込んでおく、冷たいそれが煮詰まった頭をリセットさせてくれる手助けをしてくれる。今の自分は冷静ではない、落ち着かなければいけない……負担のせいで少し頭の回りが鈍いだけだと自分に言い聞かせる。

 

「色々出来るけど大変なんだね、物間がコピーさえ出来れば勝てるって豪語してるけど」

「コピーしてもドライバー無しだと確実に死ぬけど試す?って言っといてくれない、俺も何度も死に掛けたから」

「あ~……やっぱりそういう形なんだ、制御アイテム系」

「そう言う事」

 

様々な方向からの推察で翔纏の個性は基本的にメダルは無くても動物の部位を発現出来るだろうとB組でも考えられていた、では何故それをしないか。単純に出来ないからというのが結論、B組の大問題児である物間は、獣王は鍛錬を疎かにしたから、自分なら完璧に問題ないと言っていたが……恐らく無理だろう。

 

「まあでも相澤先生がいるから死にはしないか……」

「物間を止める後学の為に聞いてもいいかな……どうなるの?」

「いいよ別に。吐血から身体中が壊れていって、壊れた部位から動物の腕やら爪やら腕が生えてきて」

「辛いこと思い出させちゃって本当にごめんなさい」

 

拳藤は軽いノリで聞いてしまった事を心から侘びた、世の中には個性に振り回されてしまう人間なんて幾らでもいる。体質的に抑制できない物だってあるのに物間をそれを許容せずに煽った、それが許せなくなってきた。というか今回の事で煽り癖を直せと言っておかないと将来的にえらい事になるのが見える。

 

「物間についてはアタシが絶対にやめさせる、後嫌なこと思い出させてゴメン。大変だったんでしょ」

「まあね……ちょっとした事で暴発するじゃじゃ馬個性だからね」

 

それを聞いて益々拳藤は聞いてはいけない事を聞いてしまったと自責の念を抱いてしまった。きっとドライバーを手にする事で漸く解決出来た事なのだろう、それまでは本当に苦しい日々だった筈……それを察してなんとか話を変えようと先程聞いた話をする。

 

「そう言えばさっ夜はクラス対抗の肝試しをやるんだってさ、飴と鞭の飴だって」

「肝試しかぁ~……やった事無いな、ちょっと楽しみ」

 

これならいけると其方の方向へと話を持って行く事に成功した拳藤はそのまま飴について語り出す、思い出したくはないだろう筈のそれを埋めるように矢継ぎ早に。それは彼女の優しさ故だ、相手の傷に包帯を巻いてあげられるような―――だが

 

「(暴発……暴走か……俺はその時、決断出来るのか、必要な時に暴走を恐れないその選択を―――)」

 

考えていた。最悪のシナリオを。

 

 

地獄の特訓が終了して遂に夜となって肝試しが行われる事になった。クラス対抗で先にB組が脅かす側、A組が脅かされる側。二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いた御札があるから、各自それを持って帰ることがルール。脅かす側は直接接触する事は原則禁止だが、個性を使用しての脅かしはあり。

 

 

「肝を試す時間だ~!!」

「「「「試すぜぇ!!!」」」」

 

芦戸、切島、瀬呂、上鳴、砂藤は非常にやる気満々で楽しみにしていた模様。辛い事が多い林間合宿だがこの肝試しは飴なのだからある意味当然なのかもしれない。特に彼らは補修組なのでそれが強く出ている、が―――そこに相澤の捕縛布が彼らを拘束する。

 

「その前に、大変心苦しいのだが……補修連中はこれから俺と授業だ」

『嘘でしょ先生!!?』

「生憎マジだ。日中が疎かになってたのでこちらを削る」

『勘弁してぇぇぇぇッッ!!!!』

『試させてくれぇぇ!!!』

 

悲鳴混じりの声が徐々に遠くなっていく、自分も赤点を取っていたらああなっていたのかと思うと少しばかり恐ろしくなってくる。彼らを見送った後、今度は自分達が順番を決める事になった。

 

「あっ私とだね獣王君、宜しくね!!」

「ああ、宜しく」

 

翔纏のペアは透明の個性を持った葉隠だった。今まで余り絡まなかった相手だがこれはこれでクラスメイトと話のタネには丁度良い、そしてトップバッターであった翔纏はそのまま森の中へと入っていく。目的は奥で待機しているラグドール、そこでお札を確保して戻ってくる。張り切って奥へと進んでいった時、翔纏は自分が思っていた以上にあっさりとその時が来たと思った。

 

「葉隠さん、このまま拳藤たちと引くよ」

「でっでも如何やって!!?」

「俺に任せて、それに相澤先生が良いタイミングで許可をくれた……これなら思いっきりやれる!!」

 

頭へと響いてくるのはマンダレイのテレパスによる緊急入電、A組とB組の全員へと伝えられる戦闘許可。これならば―――自分は今の状況を覆すジョーカーとなる事が出来る。

 

「ちょっちょっと待って翔纏アンタまさか!!」

「そのまさかだ―――俺はっ後悔しない!!!変身!!!!」

 

クワガタ!

カマキリ!

バッタ!

 

ガタキリバ!!

 

 

自分が何をするのか察した拳藤は口を手で覆いながら大いに焦った。だが翔纏はその言葉を聞かなかった、この状況では一刻の猶予も無い。だからこそ行動しなければならない、ガタキリバへと変身した翔纏は即座に複数の分身を生み出した。そして―――

 

「頼むぞ俺達、皆を助けろ。全力で戦え!!!」

『おう!!!』

 

その言葉に応えるように散っていく分身たち、そして拳藤や葉隠らを抱える為の分身と共に翔纏は脱出を図る―――ヴィランに襲撃されているこの状況で前に進まないなんて事はしてはいけない。


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