狂気、正気を狂わせる恐怖に支配された時、人は最も原始的で力となる物に頼る。それは力、本能だ。本能が引き出すパワーに際限は無く、唯々目の前の脅威を屠る事だけに使われる。そしてそれを行使する者はいずれ狂気に命を貪り尽くされて死ぬ。そんな事はさせない、自分達がそこへと辿り着く前に引き上げる。
「ウオオオオオオオオオッッッ!!!」
「全員下がれっ!!」
大地を砕き咆哮する古の覇者の力を纏う翔纏、瞬間―――世界がゼロになる。無によって蝕まれていく、それを敏感に察知した緑谷達は後方へと飛び退く。翔纏を中心にしながら世界が凍て付く、まるで焦凍の氷のように世界が凍えていく様が映り込むが、即座に爆炎がそこへと襲い掛かり相殺する。
「正しく、太古の命を奪い取った激突!!」
「言い得て妙!!」
氷河期と隕石、確かにそう思えるような気もする激突だ。だが、徐々に焦凍が押され始めているのか、後退り始めており腰を落として踏ん張っている。
「何てパワーだ……!!」
「緑谷さんこれを投げてください!!」
「これって―――えっ!?」
緑谷は八百万から渡された物に驚愕したが、早く投げるように促されて大慌てで翔纏へと向けて投擲した。それに気付いたのか命中する前にそれを受け止めるのだが―――それは炸裂して翔纏の全身を一気に燃やしていく。
「八百万君、一体何を投げたのかね!?」
「焼夷手榴弾ですわ」
「まさか、テルミットか!?」
「正解ですわ常闇さん」
趣味が高じて戦争映画なども見ていた際によく見たグレネードの一種、敵のトーチカなどに潜入して艦砲や迫撃砲の砲身に投げ込んでいたテルミット。そんな物まで創造出来るのかと、そしてよくそんな物をピンを抜いた状態で緑谷に渡したなと呆れ半分だった。ピンを抜いただけでは燃え始める事はないだろうが……何も知らないものからしたらピンが無い=爆発だから緑谷は焦っただろう。が、テルミットが消えて代わりに冷たい霧が周囲に充満し始めた。
「ゥゥゥゥ……!!」
「不味いな、怒りを買ったようだ……」
「2000度をぶつけられたらそうなるだろうな」
「だが、キレてんのは俺達も同じだ。あの馬鹿翔纏が、一発殴ってやる!!」
と飛び出した焦凍は地面を凍らせながらもその上を炎を推進力にして進んでいく、それに気付いた翔纏が更にその上から無で覆い尽くそうとする。焦凍と翔纏の氷は全く違う。
「フッ!!」
ジャンプする、瞬時に自分の氷が更に冷却されていく様を見て確信する。あれは無の力で空気の温度が奪われる事で生まれる冷気だ、氷その物を生み出す自分以上にやばい物だと。だがそんな物は友の下へと進まない理由になってならないと背中から炎を噴出して空中で姿勢を制御しつつも加速する。そして―――
「喰らええええっっ!!」
体育祭の決勝。翔纏が自分に放った必殺技に倣い、自分が編み出した一撃。それを更に林間合宿で昇華させる事で完成させた一撃―――絶対熱と絶対零度を双方纏いながらもそれらを一挙に叩き込む文字通りの一撃必殺が翔纏の頭部へと炸裂する。
「目っ覚ませ馬鹿翔纏ぁぁぁぁ!!!」
「グオオオオオオッッ!!!」
二つの温度の絶対点の融合、アブソリュート・ドロップが炸裂する。極限にまで高めた炎と氷の一撃はどんな防御だろうが突き破る最強の矛となる、それは例えプトティラコンボの強固な装甲だろうが貫通して翔纏を吹き飛ばしてしまった。
「お前が俺に教えてくれた技だぜ翔纏、今度はお前のタジャドルをこれでぶっ飛ばす。だから俺と勝負しろ、そんな姿捨てちまえ!!帰って来い翔纏!!」
倒れた翔纏へと思いを叫ぶ、初めて出来た友達にして最高の親友に思いをぶつける。自分は今翔纏がどれほどの絶望と恐怖の渦に居るかなんて分からない。だから唯々言葉をぶつけて腕を引っ張るしかない。自分の殻に籠ってしまっている親友を引っ張り上げる為だけに。
「ヴヴヴウウウゥゥゥゥ……」
爆炎の炎と絶対零度の氷を受けた翔纏の身体には隅々まで二つの熱が広がり続けている、熱き想いと静かで冷たい想いを込めたそれが届かない訳が無いと確信がある。唸り声を上げながらも立ち上がる、ドライバーのメダルが揺れ始めている。が、直後に胸部のサークルから禍々しい紫の閃光が迸る。強引に、狂気と狂乱の激流へと翔纏を捉える。
「――――――――――ぁ。」
「くそ駄目か!!」
「ヴァアアアアアアアアア!!!」
再度の暴走、身体を包む異なる熱も無の力で相殺されて消えていく。地面へと差し向けられた手にはメダガブリューが握られている、巨大な大剣と斧の変則二刀流。ハッキリ言って驚異の塊でしかない。瞬間、距離がほぼゼロとなる。とんでもない加速力、大地を一瞬にて制覇した覇者は例え親友であろうともその命を刈り取ろうとする。
「轟君!!」
身体に閃光を纏う緑谷、彼も新たな力を身に着けそれは既に実戦で通用するレベルにはなっている。だがまだ修練が足りない、完全に会得すれば焦凍を救い出すのも容易だった。そんな後悔なんて役に立たんと言わんばかりに振り下ろされる巨大な刃が、肉を貫き骨を砕こうとする時―――それが止まった。
「グッ!!」
「負けるっかぁぁ!!!」
其処に立っていたのは常闇と拳藤、二人はカバー出来るように焦凍が叫んでいた時から走っていた。そして今こそその時だと飛び出して二人で漸く、プトティラの怪腕を受け止める事が出来ていた。
「踏ん張れダークシャドウ!!」
『気張ルノハテメェダ!!モット闇ヲ寄コセ!!』
「確かになんてパワー……!!!常闇、アンタの闇をアタシの手に!!」
「ッ―――承知した!!」
ある考えを思いついた拳藤、それを瞬時に理解した常闇は拳藤の巨大化した手にダークシャドウの一部を貸し与えるかのように重ねた。影のような怪物、ダークシャドウ。実体がある様で実体がないそれが仮初の肉体を得た時にはどうなるのか―――そしてそれが、強い力を持っていた時にどうなるのか。
「ゥゥゥヴォオオオオ!!!」
「行くよっ!!」
「応!!」
「「ダアアアアアアアアアアアア!!!!」」
元々巨大化していた拳藤の手にダークシャドウが一体化し、更に巨大な力を得て大剣を押し返した。そして、そこを見逃さないと言わんばかりにダークシャドウが一気に距離を詰めながら翔纏へと襲い掛かり、真夜中ゆえに一切自重しない膨大な力で殴り掛かる。
「告げる―――。我は闇を宿し影となる者、故に光となれん。去りてとて影は光と一体なり、故に―――影は光と同じ存在にもなれる!!お前が俺に教えた事だ獣王、いや翔纏!!例えお前がどんな存在になろうとも手を伸ばす事は決して辞めん!!そして今度はお前の手を俺が掴む、そして共に歩むのだ俺達と共に!!」
「絶対に諦めない!!アンタが個性を消す力があろうと知った事じゃない!!だったらヒーローだってヴィランと同じ存在じゃないか、結局使うもの次第だ!!アンタはヒーローになりたいって思ったんならそれを貫き通しな!!アタシも手伝うから、傍で支えるから!!」
「ヴヴヴヴヴァッ―――ウウウウウッッ……ウァァァァァ!!!」