欲望の獣   作:魔女っ子アルト姫

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友がくれた欲望。

「ウウウウウゥゥゥゥ……ァァァァアアアア!!!」

 

幾たびの攻撃を受け続けた翔纏、自分の為に此処まで来てくれた友の想いは確かに身体の内部へと入ってきている。滾る熱い想いは恐怖に囚われている心を僅かながらに溶かし始めている。無の欲望が生み出す冷気を中和しながらも近づいてくるその手は確かに翔纏の手を握ろうとしている。

 

―――無駄だよ、所詮世界の波に抗う事など出来ない。

 

響いてくる声、それはオール・フォー・ワンのような声だった。魂を揺らし、理性を鈍らせ、決断をさせない物。翔纏にとっての恐怖の根源でもある裏切りを最も強調するように絶えず声が響いてくるのである。

 

―――君に残されている道は唯一つ。自らが世界を乱す存在となるしかない、君の拠り所はもうそこしかない。

 

その根源は単純、オール・フォー・ワンが与えた一冊の本。その本は個性によるものだ。余りにも弱い物でしかない、込められた物を反復させるだけ。が、そこに翔纏の無の欲望のメダルが加わる事で翔纏を惑わす幻惑の書が完成してしまった。だが、常に無の欲望を煽り続けるそれは常に翔纏に無を求め続けさせている。

 

「ゥゥゥゥッォオオオオオオ!!!」

「常闇下がれ!!」

「拳藤引くぞ!!」

 

咄嗟にダークシャドウで拳藤を確保しながら後方へと飛び退いた、直後、僅かな時間差で先程まで二人が居た場所へと冷気のブレスが放たれて凍て付いて行く。更に其処へ焦凍の炎が放たれ、爆発が起きる。

 

「危なっ!?常闇ありがっ……てぇアタシ達飛んでんの!?」

「俺もよく分らんが―――常に飛行しているに等しいダークシャドウに身を委ねた、それがこの結果を産んだらしい」

 

ダークシャドウを身に纏いながら拳藤を抱えて飛んだ常闇、フルパワーを発揮するが故に肥大化して常闇そのものを飲み込んでいるに等しい形態。だが、完璧に制御が出来ている、常に浮遊しているダークシャドウが身体を包んでいるからか常闇も空を飛ぶ事が出来ている―――と言いたいが、まだ飛行の感覚が掴めないので空中浮遊のみに留まっている。

 

「駄目だ、幾ら攻撃しても全く小揺るぎもしないぞ!!」

「諦めちゃだめだ、此処で僕達が引いたらオール・フォー・ワンの言葉が本当だって事の証明になって翔纏君はもう後戻りできなくなる!!!」

「しかしこのままでは何時か此方が力尽きますわ!!」

 

バッテリー駆動のローラースケートで機動力を確保しながらの八百万の言葉も事実。このままでは確実に負ける、ならば如何する、最初の暴走に比べてたら大分弱まっているように見える。あと一押し、あと一押しの筈なのに―――まだ何かが足りないというのか。その時、焦凍がある事を言う。

 

「俺に考えがある」

「この窮地を打破できるというのか!?」

「試す価値はある。あれを試してみるしかねぇ―――だけど、上手く行く保証はねぇ。だけどあいつを救う為にはもうこれしかない……ハァッ!!!」

 

焦凍は炎と氷を全開にした、身体の半身から溢れ出していく炎と氷。相反する属性と言っても過言ではないそれらが凄まじい勢いで溢れ出ている、胸の前で拳をぶつけ合う。同時に氷が融ける音と炎が消える音が響き合うがそんな事お構いなしに個性出力を上げていく。炎は黄色から白、そして僅かに青くなり始めている。氷は更に凍て付き、空気中の物まで凍らせて焦凍の周囲の空間さえも凍らせているかのよう。

 

「ウォォォォ!!!」

 

翔纏はそれに気づいたのか、大剣を振るった。プトティラの剛腕で振るわれたそれは真空刃を作り出し焦凍へと迫る。だが、目の前に氷壁が出現して防御する。それを見て、翔纏の胸から何かが飛び出した。

 

「あれは―――本!?」

「見るんだ緑谷君!!」

 

焦凍が握り込んだ本、その本からは夥しい紫と黒の閃光が迸っている。それを剣へとまるで埋め込むかのようにセットした、大剣は更なる力を得たかのように禍々しく変貌していきながらもバチバチと激しい音を立てながら力をチャージするように鼓動を放ち始める。

 

「轟君不味いぞ!!何か、デカいのが来るぞ!!」

「まだ、時間がかかる……!!」

「ならば俺とダークシャドウが時間を稼ぐ!!」

 

拳藤を降ろしながら飛び出すダークシャドウ、本来閃光ならばダークシャドウの弱体化になりうるはずだがそれが起こらない。それはプラスに繋がらず逆に不安要素として強まっていく。

 

「行くぞダークシャドウ!!」

夜ノ神ノ怒リヲ知ルガイイ……

 

本来なら暴走するダークシャドウ、その力を限界まで引き出した最強の一撃を今常闇は放つ。これを放てばどうなるかなんて想像も出来ない―――唯、彼の中にあるのは翔纏を救う為にこの一撃は必要という確信のみ!!

 

「月読命!!」

果テロォォォォォォォ!!!!

 

空に輝く月をバックにしながら己の全てをダークシャドウの腕へと込める。彼のヒーローネームにもなっている夜の神、ツクヨミの名を冠した一撃は文字通りに大地を砕く神の鉄槌となって翔纏へと襲い掛かった。それを咄嗟に大剣で防御を固めるが―――

 

「グォォォ……!!」

 

大剣は軋み、チャージしていたエネルギー全てを防御に回さなければならない程の威力。受け止めているのにその反動で大地へと脚がめり込んでいく。

 

「翔纏ぁぁぁぁ!!!」

「ッッッッ……ガァァァァァ!!!!」

 

力任せに剣の向きを変える事で強引にダークシャドウの一撃を反らした。大地を割る神の鉄槌、だがそれでも相当に無理をしたのかプトティラはかなり息が上がり動けなくなっていた。それを見た焦凍が大声を上げて退がるように言う。

 

「―――っ!!ダークシャドウ!!!」

言ワズモガナダ!!!

 

ダークシャドウもその力に純粋な恐怖を抱き後退を選んだ、そしてそれを最も強く感じ取ったのは翔纏であった―――その視線の先には先程まであった氷と炎が完全に無くなっていた。凍て付く氷河の力と燃やし尽くす劫火の力、その二つが今では完全に焦凍の腕に集約されていた。

 

「これも、お前が俺に―――教えてくれたものだ」

 

少しでも気を抜けばこの力は自分に牙を剥く。極限にまで冷却された氷、極限にまで加熱された炎、その二つは胸の前で交わらせる。冷却による相転移、過熱による相転移、その二つが生み出す対消滅エネルギー。そう翔纏が自分に教えてくれた氷と炎が作り出す極致とも言うべき物、それを今自分は成し遂げた。即ちそのド級の技こそ―――

 

「お前の無に俺の無をぶつけてやる―――此奴を喰らって目を覚ませ翔纏ッ―――!!!!」

 

胸の前にあるエネルギーを―――一部を暴走させる事でそれを推進力にして放つ。爆炎にして氷結、二つがぶつかり続ける事で生まれたそれは真っ直ぐと翔纏へと向かって行く。

 

「何だあれはっ!?」

「と、途轍もないパワーですわ!?」

 

飯田と八百万が驚愕してしまう程に膨大なパワー、奔る閃光が通った後の地面は抉れて―――いや消滅している。正しくそれはメドローアと言うべき存在へとなっていた。そして消滅の力となっているそれは翔纏へとぶつかったとき、何が起きるのか。何も分からないが、もうこれしか切る(カード)はない。これが切り札(ジョーカー)になる事を祈るしかない。

 

「ヴオオオオオオオオオ!!!」

 

向かってくるそれに対して翔纏も全力で対抗する。能力を開放させながらもエネルギーを開放する、それらを剣へと集めながらも向かってくるメドローアへと向けて全力で叩きつける。周囲へと波動が溢れる、膨大すぎる力の激突、何が起きているのか誰にも分からない。

 

「ヴオオオオッ……オオオオオオオオオオオ!!!」

 

メドローアへとぶつけ続ける剣、それを強引に振り抜く。メドローアは四散し、無力化された……訳ではなかった。常闇最高の一撃を受け止め、更に焦凍究極の一撃が加わった事で剣の限界は越えていた。そこに収められていた本ごと亀裂が生じていき―――大剣は粉々に砕け散ってしまった。

 

「ぅぁっ……」

 

翔纏の身体はダメージの限界を越えたように強制的に変身が解除された。そこには彼らが知る翔纏の姿があった。そのまま倒れこみ、意識を喪失する翔纏。それを見届けた焦凍は少しだけ微笑んだ。

 

「手間、掛けさせるなよ親友……貸し、一つだ……」

 

そう言いながらも焦凍も満足気な笑みを浮かべながら倒れこんでしまった。無の中に居た翔纏は帰って来れたのだと皆が胸を撫で下ろす中―――本に取り込まれていた筈の3枚のメダルは翔纏の身体へと再び入り込んでいった。

 

欲望を力に変える翔纏が抱える無への欲望。それを彼はこれからどうするのだろうか。それは全て、これからに掛かっている。


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