欲望の獣   作:魔女っ子アルト姫

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解放された安心。

ぼんやりとした意識が、徐々に目覚めていく感覚がする。長い長い夢から覚めるように、僅か、僅かに視界がハッキリとして行くような……。

 

「―――……」

 

レンズのピントが合っていないカメラのように、全てがぼやけている風景がそこにあった。何も分からない、だが時間が流れていく度に少しずつ鮮明になっていく光景。規則的に聞こえてくる電子音に呼吸音。如何やらマスクを付けているらしい。

 

「此処は……」

 

霞みがかった頭で紡いだ言葉、何がどうなっているのかさえ認識出来ないまま口にした言葉に近くから大きな反応を示したような音が響いてきた。瞳だけを其方へと向けてみると……そこには最愛の姉が此方を見つめ続けていた。

 

「翔纏……?」

「ぁぁっ……姉、さん……?」

 

直後に自分に覆い被さるように抱き着いてきた愛水、その事だけは分かったがどうしてそうなったのかは全く分かる事もなく、唯ぼんやりとした頭だけが冴えるのを待ち続ける事になった。

 

「……」

「何時まで黙ってるつもりだ」

「……」

 

漸く意識が確りとし始めた時には鳥命や閃蟲、他にも幻や猛もその場にいた。近くに愛水が寄り添っているが、肝心要の翔纏は一切言葉を発する事もなく黙り込んでいる。兄からの問いかけにも応える事なく沈黙を貫き続けている。

 

「一遍死ぬか……」

「待て、翔纏話は聞いた。如何して黙ってるのかも見当はつく―――だからこそ一つ聞かせてくれ、お前にとって俺達はそんなに弱いのか」

 

好い加減苛立ちが限界を越えようとしていたアンクを止めた猛。そんな言葉は酷く優しかった、だがその言葉は酷く鋭利な物だった。1週間前の神野区で起きた事、それらは全てアンクから聞いている。今翔纏がどんな心境なのかも分かっている。だからこそ聞く、お前にとって家族はそんなに情けなく、頼りないのか。

 

「……俺にとって、何よりも安心出来る所……」

「そうか、だったらもっと俺達を頼れ。お前がどうなろうが俺の息子である事に違いはないんだから」

「―――個性を壊す、だとしても……?」

 

その言葉と共に、瞳が紫色に輝きながらも閃光を纏い始めた。それは一瞬、鋭く鋭利な爪を携えた物へと翔纏の腕へと変貌させた。自分はもう全く違う存在へと変わってしまったんだと言う事への証明。世界の摂理を歪める存在になったのだという宣言ともとれる、それでも―――と思った翔纏のそれを否定するように、その場にいた全員がその手に手を伸ばして握って来た。

 

「馬鹿かお前。お前はお前だろ、それに変わりはない」

「下らない事を考えるなよ、個性が無くなった所でお前の兄じゃなくなる訳じゃない」

「全くね。個性は無くてもきっとあなたが大好きなお姉ちゃんである事に変わりはないわ」

「個性なんて、貴方が捨てて欲しいと思うなら今此処で私の個性を壊してくれていいわよ翔ちゃん」

「ああ。家族を守る為ならその位の覚悟なんて安いもんだ」

 

改めて受けた家族の言葉は、今までと変わらず、酷く暖かな物だった。自分が恐れた物なんて其処には欠片も存在せず、まやかしの恐怖でしかない事を改めて認識させられる。

 

「俺、は……俺は……」

「……さっきは悪かった、今は寝てろ。身体を休ませろ」

「―――うん……」

 

兄の優しい言葉に導かれるがまま、翔纏は沸き上がって来た安心感と共に溢れる物に身を委ねて再度の眠りにつく。疲労ではなく、もっと暖かで大きな物に包まれながら……家族の愛に抱かれながら、何の悪意もない無垢な夢の世界へと旅立って行った。

 

 

「相当、怖かったのね。話を聞いた時に悲しかったけど……この子からしたら私たち以上に怖かったのよね」

「だろうな……今まで過保護にし続けたツケって奴か」

 

愛おし気に頭を撫でる愛水の言葉に閃蟲も同意する。翔纏の恐怖の根源は即ち家族、家族からの愛が根底から覆ってしまう事を何より恐れていた。それは今までそれだけ愛されてきた事に感謝しているからこその物だった。それを刺激された事で暴走してしまった、故にその責任は自分達家族にもあると皆が思っている。

 

「私達家族は、今回何も出来て無かったものね……緑谷君たちのお陰ね」

「ああ、全く以て大したもんだよ。あの状態の翔纏は俺達でも止められないかもしれないってのに……まさか真正面からぶつかっていくなんて」

 

トップヒーローとして名を連ねる幻や猛ですら、完全暴走状態のプトティラに真っ向勝負を挑むなんて事は絶対にしたくはない。やらなければならないとは思うが、それでも真っ向勝負は避けて対処する筈。それなのに……緑谷達が行ったのは真っ向からのガチンコ勝負、だがそれこそが翔纏の無の欲望を打ち破る一助にもなった。

 

「それと―――場所を移してくれたのはぶっちゃけファインプレイだったわね、あのままだったらオールマイトとオール・フォー・ワンの現場を映しに来ていたヘリに撮られる所だったし……」

「タイミングとしてはマジでギリギリだった、あいつらが翔纏を連れて行った直後辺りにヘリが来たからな……」

 

友人達の功績は翔纏をあの場から遠ざけて暴走を解除しただけではない。TV局に翔纏の暴走を見せず、離れた八百万の実家が建設中だったスタジアム予定地へ移動したこと。そこはオールマイトとオール・フォー・ワンの戦闘地から離れていたし、全ての注目が其方に向いていた。故に余り問題視もされなかったし、八百万家が自分の家の問題、と言ってくれたおかげで何ともならずに済んだ。

 

「こんなにいい友達に恵まれてるんだ、翔纏は大丈夫だ。その力だって制御出来る筈だ」

「そうね、元々の個性だって制御出来ないって思ってたのに出来ちゃったんだもん。出来るわよね」

「破壊者は守護者になる。必ずな」

 

強い確信のまま、皆はそのまま眠る翔纏を見守り続けたのであった。


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