「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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クラシック級
定期的に担当トレーナーに襲いかかるウマ娘、その他


 

 

 年が明けた。

 

 夢の国から帰ってくるのに一時間以上かかり、結局新年の午前3時くらいに寝た明日原を襲ったのはスカーレットとウオッカだった。完全に寝入っていた明日原の家に堂々と入り、午前4時に叩き起こしたのちに初日の出を見るわよ! と言い放つ。ドナドナだった。

 

 同じくスカーレットに叩き起こされて連れて来られ眠い目を擦るウオッカと並んでお馴染みの神社から初日の出を見守ったのち、一時間しか寝てない明日原は意識もうつろのまま初詣へ。この辺から明日原の記憶は飛んでいる。午後3時くらいに車の中で目を覚ますとスカーレットが運転する車に居た。隣の席には加賀も寝ていた。恐怖だった。なんでも今からスノボ旅行に行くらしい。いいじゃないですか存分に楽しむといいですよ何他人事みたいに言ってんのよあんたもやるのよ。二泊三日だった。

 

 帰ってきたら帰ってきたでトレセンに挨拶回りをしていくことになった。餅つき大会、お年玉ビンゴ、凧揚げ──平和なものだったが、なんか色々準備を手伝わされる。関係各所から年賀状が大量に届いていた。トレーナー新年会、駿川さんが隣に座った。嫌な予感がした。その後の記憶はない。駿川たづなはザルだった。桐生院が吐いていたことだけは覚えている。教訓ッ! 酒は飲んでも飲まれるなッ! 冗談じゃない、そんな言葉が役に立つんなら二日酔いにはならないだろうが。

 

 ──で、ようやくそれらが終わって、今日。

 

「……どした? なんか元気少なめ?」

 

 年末年始は終わりも始まりもハードが過ぎた。もう新人の頃のような体力もなく、流石に疲れた顔をしていたのだろう。

 

「……いえ。気にしないでください」

 

 回想が終わった。ともかく年が明けて落ち着いたので、ようやく仕事が再開することになる。

 

「ふぅ──切り替えます。さて、今後の予定に関しての話をしましょう」

 

「っしー。クラシックっしょ?」

 

「ええ」

 

 4月の皐月賞、5月の日本ダービー、10月の菊花賞。ジョーダンが挑むのはこれらクラシック三冠であり、ロジユニヴァースもこっちの路線で来るという情報が上がってきている。この世代の筆頭注目株はブエナビスタ、こちらは桜花賞、オークス、秋華賞のトリプルティアラ路線。

 

「さて、ジュニア級を終えて有望株も上がってきました。とりあえず、筆頭のライバルとなるのはロジユニヴァースですね。他にもジュニア級重賞タイトルを上げてきたのは──」

 

 GⅢ函館ジュニアステークス、フィフスペトル。

 GⅢ新潟ジュニアステークス、セイウンワンダー。

 GⅢ札幌ジュニアステークス、ロジユニヴァース。

 GⅢ小倉ジュニアステークス、デグラーディア。

 GⅡ京王杯ジュニアステークス、ゲットフルマークス。

 GⅢファンタジーステークス、イナズマアマリリス。

 GⅡデイリー杯ジュニアステークス、シェーンヴァルト

 GⅢ東京スポーツ杯ジュニアステークス、ナカヤマフェスタ。

 GⅢラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークス、トーセンジョーダン。

 GⅠ阪神ジュベナイルフェリーズ、ブエナビスタ。

 GⅠ朝日杯フェーチュリティステークス、セイウンワンダー。

 GⅠホープフルステークス、ロジユニヴァース。

 

「特に注目度が高いのはティアラ路線でブエナビスタ、クラシック路線ではセイウンワンダーとロジユニヴァースですね」

 

 現時点でGⅠを勝利している唯一のジュニア級である3人。特にブエナビスタの人気は凄い。トーセンジョーダンもジュニア級では抜きん出た方ではあるが、まだ弱いと見なされている。

 

「まあやることは変わりません。クラシック三冠、取りに行きますよ」

 

「うん」

 

 誰もが掲げる三冠、巨大な栄光。まずはそれを目指すのが今後の目標となる。

 

「という訳で、次のローテですが、2月のGⅡ共同通信杯ですね。その後弥生賞を叩いて皐月賞というのがとりあえずのテンプレです。クラシック戦線を軸に今年は頑張っていきましょう」

 

「おけ。ねえ、一個質問いいすか?」

 

「どうぞ」

 

「あたしがさ。もし三冠取っちゃったら、もしかしてブチ上げ?」

 

「ええ。ブチ上げですね」

 

「あんたが言ってた、誰もできんかったエイコー? ってヤツになる?」

 

「いえ。達成された場合は、君の名前は史上7人目として刻まれることになるでしょう」

 

「ふーん……。じゃあ、それじゃダメか。つかもうあんたは三冠見てっしなー……」

 

 前人未到の栄光というやつにはまだ遠いということらしい。

 

「まあ気長に行きましょう。上を目指すのは良いことですが、一歩一歩地道にやっていく方が大切です」

 

 明日原はそういうが、いまいちジョーダンは納得のいかない表情だ。腕組みをしながら天井を眺めてうんうん言ってる。

 

「納得出来ませんか?」

 

「うん。あんたの言ってたことってさ、具体的に何すりゃいいんかなーって」

 

 誰もまだ見たことのない景色。アームストロングが初めて月面に足跡を残したように、誰がどう見たってそれだと分かるような何か。

 

 年が明けてからこっち、ジョーダンが考えていたのはそれだけだった。明日原はやる気のあるジョーダンを嬉しく思いながら答える。

 

「そうですね、例えば日本勢による凱旋門賞の制覇とか、海外のGⅠ制覇はまだまだ未踏の領域ですね。ウオッカが挑戦し続けて、最後まで達成する事ができなかったドバイDF(デューティーフリー)などは──」

 

「それもまだ日本の誰か勝ててないの?」

 

「いえ、2年前にアドマイヤムーンが勝ちましたが」

 

「いや勝ってんのかーい!」

 

「ただ、難関であることは間違いありません。URAが悲願としている凱旋門賞制覇はその頂点に君臨しています。ただ、結構日本は勢いがあるというか、昔に比べるとかなり調子がいいんですよ」

 

 ステイゴールドやアグネスデジタルらがその道の先駆けとなっている。10年ほど前のエルコンドルパサーによる凱旋門賞2着など、着々と日本は力を強めていっている。去年のウオッカによるジャパンカップ制覇もそれの一部だ。

 

「ただ、凱旋門賞だけには手が届いていません。初の制覇は日本のみならず、世界中に轟くことでしょうね」

 

 ウオッカはついに、その栄光に挑戦も出来なかった。

 

「ふーん……。じゃあ、それ取ればいいわけね」

 

 恐ろしいほど簡単にそんなことを言い放つジョーダン。知識人が聞けば大笑いしてしまう言葉だったし、明日原も少し口元が緩んだ。

 

「まあまあ、君はまだその段階ではありません。まずは日本国内での実績が必要です、クラシックで勝つところからやっていきましょう」

 

「……そうなの?」

 

「ええ。凱旋門賞を獲りに行くなら、まずはたかが日本のGⅡ共同通信杯程度は蹴散らしてくれなければ話にもならない。やってくれますね?」

 

「いいじゃん。アガってきたわ」

 

 ジョーダンは気合十分という表情。色々あったがメンタルは安定した。ならば後はフィジカルを高めていくだけだ。

 

「さて、トレーニングを始めましょう。言っておきますが、手加減などしませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、こちらは桐生院サイド。

 

「はいっ、では改めて確認します! トリプルティアラ、その第一ステップのチューリップ賞ですね!」

 

 それを達成するには、まあ達成した人の真似をするのが手っ取り早い。直近ではダイワスカーレットだ。細かいスケジュールは調整するが、基本的にそれをなぞる形になる。

 

 綺麗に整頓されたトレーナー室のホワイトボードの前で、先生のような桐生院と、元気いっぱいブエナビスタが話している。

 

「はいはい! アオイ!」

 

 阪神ジュベナイルフェリーズを制し、一度は崩れかけた信頼関係はより一層強固になった。桐生院に対する名前の呼び方が変わったのもそこに現れている。

 

 ブエナビスタは元気に右手を挙げた。

 

「はいっ、なんですか!」

 

 そんな様子に釣られて桐生院も笑顔になって──

 

「トレーナーさんたちの新年会でゲロ吐いたってほんとですか!」

 

 ──凍った。

 

「だっ、だだだだだ誰からその話を」

 

 だらだらと流れる冷や汗が固まったままの笑顔に浮かんでいる。満面の笑みのまま青ざめている桐生院はなかなか愉快な表情だった。

 

「ミーク先輩です!」

 

 桐生院はその辺で読書をしていたミークに振り向いて叫んだ。

 

「ミークッ!? 秘密にしててって言ったでしょう!?」

 

 ミークはふと顔を上げて、静かに親指を立てた。

 

「ん」

 

 広めといてやったぜと言わんばかりのハッピーミーク。その祝福された名前が皮肉だ。

 

「ん、じゃないでしょう!? っていうかナビ! 女の子がゲロとか言っちゃダメです!」

 

「え、じゃあなんて言うんですか?」

 

「お吐瀉物とでも言うんです!」

 

 焦りからゲーミングお嬢様みたいなことを言い出した桐生院と、それを微かな表情で楽しそうに眺めるハッピーミークと、同じくにこにこしているブエナビスタ。桐生院の担当は割と似たもの同士だった。

 

「あのあの、そういえば思い出したんですけど──夏合宿の時の話なんですけど!」

 

 桐生院を更なる苦境が襲う。そんな予感に身を震わせながら、桐生院はその予感が外れてくれることを切に願った。

 

「明日原さんとはどういう関係なんですか!」

 

 的中してしまった。だが問題ない、年頃の女の子などみんなその手の話題は大好きだ。ここのところは残念ながらあまり一緒に遊んだり出来ていないから、すぐに疑念を晴らせるはず。

 

「た、ただの同僚ですよ? どういう意味ですか、ナビ?」

 

「その、ぶっちゃけ好きですよね?」

 

 ほら来た。いつまでもポンコツの自分ではない。その程度の揺さぶりで動じると思ったら大間違いだ。

 

「違いますよ。本当に尊敬できる同僚であることは確かですけど、恋愛的な意味じゃないです」

 

 100点満点の回答だ。どうだ刮目するがいい小娘よ、これが大人の対応というものだ。

 

「んー……。でもでも、なんか納得行きませんよー」

 

「男女だからって、なんでもかんでもそういう風に結びつけるのはダメですよ。特に私たちトレーナーにとっては、これは大切な仕事なんですから。私情なんて持ち込みません!」

 

「私情?」

 

「あっ……いえ、違いますよ? 今のは言葉の綾です」

 

「なんだぁ、言葉の綾かあ。そっかぁ……うーん」

 

 そこでハッピーミークが徐に立ち上がって、ブエナビスタのところに歩いていく。右手にはスマホを持っていて、なんだか──嫌な予感がした。

 

「え、ミーク先輩? どうしたんですか、これ……写真? え、これ。これ! きゃーっ!」

 

 桐生院は一も二もなくすぐにそこまで駆けつけて、ミークのスマホを覗き込んだ。そこには明日原と桐生院が私服姿で水族館を歩いている姿が映っていた。

 

 首筋から顔にかけての部分が、ぶわっと熱くなった。同時に冷や汗がぶり返して来る。

 

「ほら、やっぱりー! デートだ! デートしてますー! やっぱりうまぴょいしたんだ!」

 

「ん……」

 

「してませんっ! してませんからっ! ミークッ! 親指を立てるのをやめなさいっ! ミーク! スクロールしないで! ミーク!」

 

 賑やかな桐生院だった。信じていたミークが自分の背中を全力で刺しに来ている、一体どういうことなんだろう。もう訳がわからない。誰も信じられない。

 

「ミーク先輩、他には!? 他には何かありますか!? あるんでしょうっ!?」

 

 目をキラキラさせながらブエナビスタが顔を乗り出した。桐生院、トレーナーとしての威厳を失う。

 

「ないないないないないですから! ないですから! ミーク! ミーーーーク!」

 

 ハッピーミーク、徐に写真フォルダをスクロールする。明日原と桐生院が一緒に映画館にいる現場が現れる。ブエナビスタが歓声を上げた。

 

「デートだ! デートしてる! デートしてます、やっぱり付き合ってるんだー!」

 

「付き合ってません! 付き合ってませんから! これはたまたま気になっていた映画が一緒だったから一緒に行っただけで、違いますから! っていうか何で!? ミーク、居たんなら声を掛けてくださいよ! まさかこっそり付いてきてたんですか!? 盗撮してたんですか!」

 

「……あおいとあすはら、じれったかった。手ぐらい繋げばいいのにってずっと思いながら見てました」

 

「ミーク! ミーク! ミークっ!」

 

 女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。女子高生の放課後みたいな光景に巻き込まれた桐生院はぐるぐるし始めた瞳になって、これ以上ミークが余計なことを言い出さないようにスマホを奪い取ろうとするが、残念ながらヒトはウマ娘には勝てない。ひょいひょいっと躱している。

 

「明日原さんカッコいいですもんね、それに優しいし! あの人って彼女とか居るんですか!?」

 

「ううん。フリーだから、余計な女狐に取られる前に取っちゃうしかない。あおい、もう時間……ない。あの新しい女から、卑しい気配がする……」

 

「ミークっ!」

 

 もはや桐生院は信頼していたはずの担当の名前を叫ぶことしか出来なかった。一言に対してこもった気持ちが複雑過ぎる。

 

「わたしがずっと温めてきた、恋愛白書……今こそ、開くとき……!」

 

「ミーク! 河川敷で拾った変なノートなんて捨てなきゃダメだって言いましたよね!? まだ持ってるんですか!?」

 

 どこからともなく取り出した作戦司令:いちゃらぶどきどき大作戦と表紙に書いてあるA4のノートを妙な迫力と共に見せつけるハッピーミーク。それを憧れの瞳で見守るブエナビスタ。担当たちの暴走を鎮めることはおろか、自らの動揺を鎮めることすらできない桐生院。この一室は混沌(カオス)の極地にあった。

 

「読みましょう、読ませてください! 私、感じるんです……そのノートから、普通ではない『凄み』を……!」

 

「ナビは素質、あります。あおい、私たちに任せて」

 

「何を!? あ、ナビ! ダメです読まないで! そんなの読んだら脳が汚れます、お願いだからナビだけは純粋なままで居てくださいーっ!」

 

 そんな桐生院の叫び虚しく、禁断のノートが謎の発光と共に開かれた。

 

「うわっ眩しい……えーっと、なになに……? え、ええっ、ええええええええっ!?」

 

 ブエナビスタが堪えきれずに(特に堪える気もなかったが)叫んだ。

 

 動乱のクラシック戦線、その一年の始まりとして相応しい地獄の出来事──怒涛のドミノ倒しが始まろうとしていた。

 

 

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