「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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ありがと

 

 ウイニングライブはキャンセルになった。

 

 裂けた爪から滲み出した赤い斑点を見て、流石のジョーダンも納得するしかなかった。死闘の代償はそれなりだった。それで勝てたんだから、これ以上を望むのは贅沢だ。

 

「かなり無理をしましたね。よく最後まで走り切りました、本当に……驚きというか。一周回って呆れるほどです。走っている途中、痛みなどは?」

 

「やー……。なんも」

 

 アドレナリンのおかげでその存在にも気がつかなかったジョーダン、少し気まずそうにそう言った。

 

「ね、せんせー。復帰は11月だっけ?」

 

「治る時期だけで言えば、夏の終わり頃には治っているでしょう。しかしもう少し経過を見ないことには……。再発を防ぐには、少しずつ爪を補強していく必要があります。爪が生え変わって、それから補強を始めていくことになるので……最低ラインが11月です。経過によっては、もっと伸びる可能性も……」

 

 爪割れを防ぐためのネイルケアを重ねていかなくてはならない。時間が掛かるのだ──レースは当然許可できない、爪に負担のかかるトレーニングもダメだ。根気強くやっていかなくてはならない。

 

「……ダービーにも、菊花賞にも、出れないの?」

 

「……ええ。絶対に許可出来ません」

 

「そっか」

 

 皐月賞1着。死闘の先に栄光を勝ち得た。

 

 だがその先に続く道は、ジョーダンに残されてなどいなかった。

 

「……どうしても、無理なん?」

 

「無理です」

 

 ──薄々分かっていたことだが、いざ言われると堪えるものがあった。

 

 けど文句を言うのはやめた。ごちゃごちゃ騒いだり、悲しんだりしたかったが、やめた。

 

 だからその代わりに静かに目を瞑って、ゆっくりと呼吸をして──

 

「分かった。ちゃんと治して、ちゃんと復帰する。めんどいことでも、やんなきゃダメなことなら……ちゃんとやるよ、あたし」

 

 はっきりと自分の意思を示した。

 

「ジョーダン……?」

 

「走りたい。もっと走りたい、勝ちたい……から。だから、我慢する。んで……復帰したら、もっともっと勝ちまくる。……それで、我慢する」

 

 残りの二冠は諦めることを、自分の意志で認めた。それがどんなに難しい決意なのか、きっと本人以外にはなかなか分からないことだろう。だが明日原には理解できた。

 

 怪我さえなければ、この爪さえ無ければ──と、恨み言の一つも言わずに、静かに諦めることの潔さと、苦しみ……そして、ジョーダンの成長が理解できた。

 

「……はい。11月です、必ず間に合わせましょう、ジョーダンさん。私も……全力で協力します」

 

 それから治療に関しての方針を話し合い、ジョーダンは明日原と共にトレセン学園へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のところはお疲れだということで、夕方になる前に解散した。

 

 GⅠを勝ったのだ、本来ならば盛大にお祝いしてもいいくらいの結果だ。最高級のところで打ち上げをしていい。だがそんな雰囲気ではなかった。

 

 明日原は何も言わなかった。珍しく事務的な連絡だけをして、トレーナー室からジョーダンを見送った。

 

(……今日、何しよ)

 

 帰り道はどうにもぼんやりしていた。昼間の死闘が嘘のように静かな春だった──太陽が沈む直前の、まだ冷たく爽やかな風を正面から浴びて、ジョーダンはそこで初めて春が来ていたことに気がついた。

 

 これからすぐに夏になる。きっとそうだ。もう4月は折り返しに来ていた。ならもうすぐ──明日原と出会って丸一年が経つことになる。

 

 それから夏が来て、秋になって、冬になって──。

 

(……走りてーなー)

 

 小さな月が空に浮かんでいた。ジョーダンは誰もいないトレセンの路地からそれを見上げて足を止めて、しばらく眺めていることにした。

 

(楽しかったな、今日。クソキツかったけど……今日のレース、楽しかった)

 

 青く沈む空を眺めながら、ジョーダンはそんなことを考えていた。

 

(……ダービーに出れたら、今度は……どんなレースになってたんだろ。やっぱみんなガチで来るよな。作戦とか……今度はロジユニヴァースじゃなくて、あたしを潰しに来る子とかも出てきて……)

 

 意味のない空想を続けていた。

 

 もしもダービーに出れるのなら、どんな風になるんだろう。自分は作戦なんて考えられないから、明日原が今度はどんなことを考えるのか気になった。言う通りに頑張ったら、本当に勝ってしまった。全部が全部思い通りじゃなかったし、変な幻聴も聞こえたし……作戦通りかって言われたらそんなことない。本当に僅かな差だったと思う。

 

 全員が勝ちに来ていた。負ける気で来ていたヤツなんて一人だっていなかった。

 

(……あ。サイフ、トレーナー室に忘れてきちゃった)

 

 そんなことに気がついて、ジョーダンは引き返すことにする。ぼんやりしていたみたいだ、明日原も気がついてくれたら良かったのに──。

 

 コツコツ。コツコツ──日曜の校舎に残っている人は誰もいなかった。1人分の足音だけが虚しく反響していたが、基本的にはどうでもいいことだった。

 

 トレーナー棟をふと見上げてみると、暗くなり始めた空の中で一つだけ電気がついたままの部屋があった。明日原のトレーナー室だ。まだ残っていたらしい、帰らないのだろうか?

 

 まあ鍵を掛けられていないのは幸運なことだ。さっさと回収して帰ろうか──。

 

 階段を上がっていく。足音が暗い廊下に響く。

 

(……何してんだろ、あいつ。まだ仕事してんのかなー)

 

 三階まで上がってきた。電気も付いていない廊下に光が漏れ出している場所が一つだけあった──少しだけ扉が開いている。

 

「ぉ────」

 

 誰かの声が聞こえた。人間の数倍の聴覚を持つウマ娘の感覚はすぐにその正体を掴む。そもそもこの建物には明日原しか残っていないのだ。

 

(電話でもしてるっぽい? ……何話してんだろ)

 

 悪戯心といえばそうだった。好奇心と言われればそうだったのかもしれない。足音を殺して扉まで歩いて──

 

「くそ、くそ、くそッ、くそぉ……っ!」

 

 机を叩く音と共に、今まで聞いたことのない明日原の叫び声が聞こえた。

 

「くそ……っ、どうして……今なんだよ……! これからなんだ、これから……ジョーダンは、これから……ッ! くそ、くそ……っ! どうしてジョーダンなんだよ、誰よりも努力したジョーダンが……どうしてダービーに出れないんだよ……ッ!?」

 

 ──息を殺す。

 

 明日原の声だ。だが信じられなかった。普段の様子からは想像も出来ない叫びで、怒りで、悲しみだ。

 

「僕が……防がなければいけなかったのに、爪のことは最初から分かっていたのに、どうして気が付かなかった──ジョーダンのトレーナーは、僕だったんだぞ……!? 何が中央トレーナーだ、選ばれたエリートだ……! 役立たずが、この役立たずが……ッ! くそッ、くそッ、くそッ!」

 

 知らなかった。そんな様子は全く見せなかった。本当に驚いたと同時に、不謹慎かもしれないが、少しだけ嬉しくなって、悲しくなった。トレーナーが自分のことで本気で怒って、悲しんで叫んでいる。

 

「トレーナーなんて役立たずだ、何も出来ないじゃないか……ッ! ジョーダンにあんな顔をさせるために皐月賞を走らせた訳じゃないッ! 怪我一つ治せないなら黙っていろよ、お前はトレーナー失格だ……ッ! くそッ、くそッ、くッそぉぉぉぉぉおおおお──ッ!」

 

 滅多に見せない声で、何度も何度も机を殴っている音がする。何度も、何度も、何度も。

 

「すまない、ジョーダン……僕が不甲斐なくて──」

 

 涙が混ざったその言葉を聞いて、トーセンジョーダンが何を思ったのかは定かではない。

 

 うろの大木──中庭にある、ウマ娘たちが悔しさを叫ぶその場所。これは明日原にとってのそれだ。誰にも聞かせられない叫びを吐き出していたのだ。

 

 そこに──ジョーダンは、迷いなく踏み込んでいった。迷いのない手つきでドアを開け放った。

 

「……! ジョーダン、なぜ」

 

 涙の跡のある瞳を丸くして明日原は顔を上げた。

 

 ジョーダンはずかずかと部屋に入り込み、明日原の机の前まで歩いて行く。

 

「盗み聞きしたのはごめんちゃい。来るつもりなかったんだけどさ、サイフ忘れちってー……。でも聞いちったんだから仕方なくね……って」

 

 どとこなく気まずそうな口調だったが、しかし黙って立ち去らなかったのには理由がある。

 

「……なんつーか。まあ……あんたにしたら責任とか感じんのかもしんねーし、そういうヤツなんだって知ってる。けど……あたしとしてはさ、皐月賞を一緒に獲ったってことを喜んで欲しくね?」

 

 ただ一人で自分を責める明日原の声を聞いて、何だか胸が締め付けられたのだ。腹が立った、黙っていられなかった──嫌だった。

 

「ってかそもそもおかしくね? だって今日の皐月賞で勝ったのあたしじゃん。なんでこんな暗い顔しなきゃいけないワケよ。ねえわかってんの? 勝ったの、あんたの担当なんですケド。喜べよ。てか褒めろや。ご褒美に最高級寿司とか連れてけし」

 

 その通りと言うのならばその通りだった。だけどこれからのクラシックを諦めなければならない事実を前に素直に喜べなかった。それは分かっている、労いの言葉も、祝いの言葉も、賞賛の言葉もたくさんある。だが明日原は言葉を失ったように何も言えなかった。

 

「……ねえ、今日のレースどうだった?」

 

「え……?」

 

「だーかーらー。今日のレースはどうでしたかーって聞いてんの。早く答えてよ」

 

「……はい。今日の、君の……走りは」

 

 明日原はぎこちなく答えた。

 

「……素晴らしかった。本当に、凄かった」

 

「ほーん? そんでそんで? どーゆーとこがすごかった?」

 

「あのペースに……最後まで耐え切ったことです。同じ逃げのゴールデンチケットが残り400で下がっていく中、君は最後まで粘り……アンライバルドに差されたとき、ついには差し返してしまった。信じられませんでした、もう体力も限界の中で、一体どこからそんな力が出てくるのかと……ジョーダン、あの最終直線で君を動かしたものは……一体なんだったんですか?」

 

「……まー、わかんねーわ。負けたくねーって思ったら、なんか勝ってた」

 

 ──まさかあんたの声援が聞こえて力が出てきたんだとか言えないジョーダン、曖昧に誤魔化す。そこは恥ずかしさが勝った。

 

「本当に……見上げた根性です。もしも叶うのならば、君が走るダービーを見てみたかった……」

 

 明日原は紛れもない本心でそう言う。レース関係者にとって日本ダービーとは単なるGⅠレースではない。それは最高峰の名誉の一つ、一生に一度の栄光なのだ。

 

 トーセンジョーダンならば、あるいは本当に──そう考えれば考えるほど、そうはならない現実がより重く立ちはだかっていた。

 

「あーもーほら! そういうムダな話はいいんだって!」

 

「む、無駄な話では──」

 

「ムダっしょ!? だーかーらー……そういう()()()()()()()()()じゃなくて、()()()()()()()()()()()した方がよくね!? もっと褒めろよ! すげーって言えよ!」

 

 クラシック第一弾皐月賞を勝利することが出来るのは、いつの世代でも一人しかありえない。今日だってジョーダンは一生に一度の栄光を掴んだのだ。どれほどの賞賛の言葉でも足りないくらいの栄光だ。

 

「そんで! そんなすげー担当のトレーナーは誰だって話でしょっ! あんたじゃん! 違う!? 言ってみろよ、トーセンジョーダンのトレーナーは誰だ──明日原ッ!!」

 

 明日原は当のジョーダンにそう言われて、ようやく自分がジョーダンよりも怪我の事実を引きずっていることを顧みた。

 

「それは──」

 

「あたしのトレーナーはあんたでっ! あんたの担当はあたしだろうが! GⅠを勝ったすげーウマ娘のトレーナーがうじうじせんでよっ! もっと喜べよっ! 笑えよっ! あんたが喜ばんかったら、あたしだって──!」

 

 嬉しかったはずなんだ。怪我をしてでも貫き通したのは誇るべきことのはずだ。なのにずっとモヤモヤしていたのは。

 

「ぜんぜんアガんねーじゃんっ!」

 

 少しだけ目に涙を浮かべて、ジョーダンは悲しそうな表情で怒っていた。

 

 すごいことをしたはずなのに、その実感がなかったのは明日原のせいだ。なんだか悪いことをしたみたいな気分になるじゃないか──。

 

 明日原はようやく自分がジョーダンにかなりの悪影響を及ぼしていたことに気がついて口を開く。

 

「……すみませんでした、ジョーダン」

 

「謝んなっつってんだろいい加減にしろよ、キレっぞ?」

 

 ほとんどキレていた後にキレるぞ? というセリフはなかなか秀逸だったが、あまり重要ではなかった。

 

「違います。今日のレース、本当に素晴らしいものでした。そんなレースを見せてくれたのに、僕はまだお礼の一つもしていない。……最高級寿司か、国産牛ステーキ食べ放題か……なんだって構いません。君の友人たちも誘いましょう──ああ、その場合は僕は場違いですね。僕のカードでも使って食べて来てください」 

 

 やっぱり祝賀会をしよう、と明日原は提案した。ジョーダンはそれを理解して、なんとも女心の分からない明日原にため息をついた。

 

「あのさー……マジで分かってねーし、マジ萎えるわ。いい? 勝ったのはあたしだけの力じゃねーじゃん。あんたが色々考えた作戦で勝ったんだから、あたしら二人の勝利じゃん。だったらあんたが来ねーのはちげーじゃん?」

 

「……なかなか嬉しいことを言うものですね」

 

「でしょ? んー……そだ、マック行こ。今日はドカ食いな」

 

「マクドナルドに? いや、ですが」

 

「あたしがいいつってんだからいいじゃん、はいけってー。ほら、準備しな? はよ行くぞー」

 

 明日原はそんなジョーダンに呆れたような笑みを少し溢した。

 

「了解しました。他の人は」

 

「いいよ、今から誘ってもいきなりだし、いつメンとは今度またやりゃいいし。今日は……仕方ないから、あんたと二人で我慢してやるわ」

 

「はいはい、分かりましたよ。全く……皐月賞ウマ娘が、随分安上がりですね──」

 

 担当との距離感は人それぞれだ。

 

 少なくともジョーダンは、そういう特別感のまるでない打ち上げを望んだ。いつも通りの、安っぽいジャンクフードでいいと言った。それがどういう意味なのか、残念ながら明日原は分かっていないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

「よう。邪魔するぜ明日原、お客さんだってよ」

 

 加賀が訪ねて来たのは翌日のことだ。一人かと思いきや、横にはニット帽がトレードマークのウマ娘、ナカヤマフェスタが不敵な笑みを浮かべて立っている。

 

「よぉ、アンタが明日原か」

 

「ナカヤマフェスタ──初めまして、でもありませんね。こんにちは」

 

「アンタとは一度会ってみたかったんだ──皐月賞はやってくれたな? 優男の振りして、アンタも相当な食わせ者だ。あの怪我からまさか本当に勝つなんて……一体どんな手品を使ったのか聞かせてくれよ」

 

 好戦的に歪めた口元を隠そうともしないナカヤマフェスタに、あくまで明日原はすっとぼけることにした──というか、別に手品など使っていなかった。地道に頑張ったジョーダンの力でしかなかったと明日原は考えていた。

 

「特別なことは何も。継続的な努力に勝る手品などありません。あり得るとしたら、その手品のために多くの代価を捧げた場合のみでしょうね」

 

「はっ、面白くない答えだ……。だが礼は言っておくよ、ティアラ一色だった世論に楔を打ち込んでくれたことには──これで多少は面白くなってきた」

 

 皐月賞は多くのメディアに取り上げられた。それまで主役だったブエナビスタの強い人気を崩し、クラシックに世間の注目を集めた。クラシック初戦から大胆に仕掛けてきた作戦勝ちだとか、ジョーダンの突出したスタミナと根性を最大限に生かし切ったとか色々言われている。まあ悪い気はしない。

 

「ええ。ところでダービーには出るんでしょう?」

 

「まぁな。ダービーに出れないトーセンジョーダンには悪いが、存分に楽しませてもらうことにするよ」

 

 加賀がそこでナカヤマフェスタに口を挟む。

 

「ナカヤマ、お前さんはレースを楽しみ過ぎる。もう少し勝つためのトレーニングってもんをだな……」

 

「加賀は黙ってな。私も必要ならやるさ、だがまだその時じゃない。今は伏せる──今の私じゃダービーには足りない。次に仕上げてくるだろうロジユニヴァースには届かないだろうさ」

 

「お前なぁ、一体いつになったら本気を出してくれるんだよ……。俺ぁな、ガチになったお前さんは誰にも負けねぇって考えてんだよ」

 

「焦るなよ加賀、勝ちにも負けにも流れがある。間違えちゃいけないのは、いつだって()()へ踏み込むタイミングだ。今年じゃない」

 

「聞いてくれよ明日原、こいつ去年からずっとこんなこと言ってんだ。マジで福本作品みたいなことしかしてねぇ」

 

 本当に言うことを聞かないのだが、それでもなぜか勝つときは勝ってしまうウマ娘ナカヤマフェスタ。噂通りの問題児らしい。

 

「頑張って下さいね、日本ダービー。もしもトーセンジョーダンが出ていたら、などとは言われないように」

 

「……おいおいおい。言ってくれるじゃねえか」

 

 明日原にしては珍しい直球の挑発。加賀は馴染みの仲だが、それは仲良しこよしではない。トーセンジョーダンとナカヤマフェスタがそうであるように、明日原と加賀もライバルなのである。

 

「ナカヤマ、もう気は済んだな? さっさと帰るぞ、挑発されて黙ってられっか……!」

 

「ククク……分かった分かった。それじゃあな、明日原。あいつの復帰を楽しみに待ってるよ──」

 

 そう言い残して、ナカヤマフェスタと加賀は帰って行った。なかなか愉快なコンビだ。加賀の担当だけはあって一癖ある。

 

 そうしているとすぐにジョーダンがトレーナー室に駆け込んできた。息が上がっている。

 

「ちょ、ちょっとあっすー!? な、何!? なんかやべーんだけど!?」

 

「いえ……そう言われましても、さっぱり何のことだか……」

 

 本当にさっぱりだ。何が起こっているらしいが……。

 

「なんか朝からめっちゃ着いてくんの、マジヘルプミー! あ、来た……!」

 

 やけに慌ただしいジョーダンが後ろを確認してすぐに駆け込んできた。その後に雪崩れ込んでくるのは──髪の色やピアスがキラキラしているウマ娘たちだ。ギャルの気配を感じるが、ジョーダン馴染みのメンツではなさそうだ。

 

「じ、ジョーダン! はあっ、はあっ……マジ、逃げんでよー……!」

 

「いやそんなこと言われたって、怖えし! 何人も集まって追いかけられたらこえーに決まってんじゃん!?」

 

「う、ウチら……ジョーダンに憧れててっ!」

 

 そう叫んだギャルの一言にジョーダンは耳を疑った。なんて?

 

「……えええ!?」

 

「その、なんつーか、ウチらもよく分かってないけど、なんつーか、お礼っつーか、なんか伝えたくて……!」

 

 ギャルズのうちの一人が息も絶え絶えのまま言う。

 

「これ、月間トゥインクルの記事バズってて、ツイッターに流れて来て……うち、これ読んで、なんかもうじっとしてらんなくて……!」

 

「記事?」

 

「これ、これっすっ!」

 

 見せてきたスマホを覗き込むと──そこには、皐月賞前に怪我をしたトーセンジョーダンが、怪我と闘いながら皐月賞を制覇するまでの経緯を記した月間トゥインクルのオンライン記事が表示されていた。今月分にも特集が組まれていて、かなりメインの記事となっているらしい──これは。

 

「……初めて見ました。これ、まさか……」

 

 文末の文責には例の残念美人の名前が載っている。なかなか憎いことをしてくれたものだ──怪我を抱えながらも戦術を練り、最大限に能力を活かしたレースであったことを称賛する言葉が並んでいた。喋るとあんなんなのに、記事を書くとただの腕のいい記者になるのが不思議だ。なんだか力の篭っている文章である。

 

「これ、読んで……ほんと、なんつーか、頑張ってたんだなって、どの口がって話だけど、え報われてよかったって、上手く言えないけど、ジョーダンほんとに頑張ったんだって……」

 

 自分でも何を言いたいのか分からないけど、何かを伝えたいことだけは分かっているような、そんな様子だった。

 

「ウチらみたいなのって結構陰じゃバカにされてんじゃん、だから自分でも自分のことバカにしてた。どーせムリだって、やる前から諦めてて、だからジョーダンもGⅠなんか勝てるワケねーって、正直バカにしてた……うちと一緒じゃんって、でも、でも……!」

 

 感極まったのか涙声が混ざり始めたウマギャルたちの様子に、少しぽかんとしたジョーダン。

 

「ケガしたし、もう出ることも出来ねーだろって思ってたけど、ジョーダンは最後まで諦めなくて……! 勝負服、めっちゃかわいかったし、きれーだったし、走ってる姿カッコよかったし、最後差されても諦めなくて、それで──」

 

 今までジョーダンに集まっていた嫉妬やヘイト、それら溜まっていたいろいろな感情は、そのストーリーを知ることで全く反転してしまった。

 

「ほんと、すげーって。ウチら何してんだろーって、ジョーダンはこんな頑張ってんのに、ウチらヒヨってた、諦めてたっ! どーせ出来ねーって、始める前から諦めてた! 頑張ってる連中とかダセーって見下してたウチらが1番ダサかったっ!」

 

 感情のままにそう言い切ったギャルズの目に涙。彼女たちも色々思い悩みながら生きてきて、こうやって叫んでいる。ジョーダンは初めてそのことを知った。

 

「だから……その、お礼、言いたくて」

 

「お、お礼って、何の──」

 

「勇気……一歩踏み出す勇気、もらったから……マジで感謝、ジョーダン。ありがとう──」

 

 ぎゅっとジョーダンの両手をとって、静かに頭を下げるギャルの姿を目を丸くしながらジョーダンは見下ろしていた。だがやがてギャルに顔を上げさせると、優しい顔で伝える。

 

「あたしが……頑張れたのは。あたしが頑張れたのは、あたしだけの力じゃない」

 

「え……?」

 

 そう言っておどけるように笑ったジョーダンを見上げる。

 

「てかあたしの力なんて全然だし。……応援してくれる人が居たから、頑張れって言ってくれる人が居たから、あたしは頑張れた。だから……あたしも、誰かに頑張れって伝える」

 

 ジョーダンはギャルの手を両手で包んで、少し照れくさそうに言った。

 

「頑張れし……ファイトー!」

 

「……! うん、うんっ! うち頑張る! ジョーダンみたいにキラキラ出来る様に頑張ってトレーニングする! マジ卍、もう神……っ! マジ無理、てぇてぇ……!」

 

 後ろでその言葉を聞いていたギャル軍団も大体似たような感じになった。このままだとジョーダンを神輿にして担いで持っていきそうな勢いだった。拝んでいる子も何人かいる。仏壇かよ、とジョーダンは思った。

 

「と、とにかく頑張って!」

 

「ありがたきお言葉……もうマジ無理……」

 

 結局、珍しくジョーダンはあたふたしながらしばらく拝まれた。それからしばらくして、ようやくギャルズは落ち着いて帰っていったのだった。

 

 それを見送って──ふと、後ろでニヤニヤしていた明日原に気がついた。

 

「……なんもゆーなよ。何か言ったらぶっ殺すから」

 

「ええ、もちろん。……本当に、成長しましたね。ジョーダン」

 

 しみじみと親戚のおじさんみたいに呟く明日原にジョーダンは顔を真っ赤にして叫んだ。誰のせいでこうなったと思ってんだ。

 

「うるせーっ!」

 

 その後、ジョーダンに追いかけ回される明日原の姿があったかどうかは定かではない。一生やってろ。

 

 

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