「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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ハッピーミーク

 

 

 

 

 

 皐月賞・トーセンジョーダン。ではティアラ路線は?

 

 クラシック・ティアラ第一陣:桜花賞は──実は皐月賞の一週間前に開催されていた。

 

 桜花賞・ブエナビスタ……一着。

 

「どうだぁー! 見てましたか、私ですー! 名前だけでも覚えて帰って行ってくださーい! ブエナビスタでーす! はーっはっはっはっはー!」

 

 売れない三流芸人みたいなセリフとは裏腹に、こちらは圧倒的なレース。華々しい王道の第一歩を確かなものにしていた。

 

 続く舞台は5月。日本ダービー・オークス。

 

 激闘の末、ロジユニヴァースはダービーを獲り、自らの最強を証明した。

 

「……やった。私が……私が勝った。勝ったぞォ──ッ!」

 

 そしてオークス。こちらも存在を示したブエナビスタ、1着。

 

「えへへへー……。やった、私やったんだ。やったー! 勝ちましたよーっ!」

 

 ブエナビスタ、ティアラ二冠。三冠の栄光に王手を掛ける。

 

 続くクラシックロードの終着点、菊花賞・秋華賞は夏を越えた先にある。クラシック最後の戦いは、まだ先の話だ。

 

 ともかく、7月から9月までの夏合宿──の、前に。

 

 今年の前半戦の総決算、グランプリがあった。

 

 GⅠ宝塚記念である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阪神レース場、芝2200mは──宝塚記念。6月28日開催予定だ。

 

 ファン投票8位、12万2390票。ハッピーミーク。シニア級3年目、すでに同期も少なくない数が引退した。ライバルだったダイワスカーレットやウオッカはすでに伝説として終わる中、彼女はまだ走り続けている。

 

 前走、天皇賞・春──4着。前々走、大阪杯──5着。

 

 好走。そう表現することは可能だ。大舞台で掲示板を外していない、それは十分な評価対象となる。だがハッピーミークはデビューして以来、一度もGⅠを優勝したことがなかった。

 

 GⅡは数回、GⅢは何度も──ただ、GⅠだけは勝てない。

 

 距離適性の幅が広すぎると言われた。選択肢があまりに広すぎるために、それぞれの距離に特化して仕上げてくるライバルに勝てないのだ、と評論されたことも少なくない。フェブラリーステークス、高松宮記念、大阪杯、天皇賞・春、マイルチャンピオンシップ──どれも出走した。どれも掲示板は外していない。だが1着でもない。

 

 幅広すぎる適性──そもそもフェブラリーステークスに至ってはダートだ。海外遠征も考えたが、国内で勝ち切ることを優先した。

 

 ハッピーミークが他のウマ娘よりも抜きん出て優れている点が二つある。

 

 一つ、国内の平地レースの全てを選べる適性。彼女には芝を駆けるスピードも、ダートを走るパワーも備わっていた。短距離を走るばね(スプリント)、マイルを走るスピード、中距離を走る筋肉のバランス、長距離を走るスタミナ──ハッピーミークは全てを持っていた。それら矛盾するはずの要素を融合させて兼ね備えていた。

 

 そしてもう一つ。デビューからこっち、ハッピーミークは一度も怪我をしたことがない。生来の頑丈さと桐生院の徹底したリスク管理により、過酷なローテーションを平然とこなすことが出来る。かのイクノディクタス──『鉄の女』の再来とも言われたことがある。

 

 どれを走るのか、ちゃんと選んだほうがいいと何度も言われてきた。

 

 どれか一つに特化して仕上げていく方が勝てる。それは当たり前のことだ──スプリンターとステイヤーのトレーニングは違う。スプリンターにスタミナは必要ないように、ステイヤーに瞬発力は必要ない。

 

 トレーニングに充てられる時間は限られている。体力も同様だ。時間が有限である以上、どれか一つ、多くても二つに絞らなければならない。スプリンターがマイルを走るのは、ステイヤーが短距離を走るよりかは簡単だ。

 

『あはは……器用貧乏なんです、私』

 

『努力すればそれなりに何でも出来るんですけど──』

 

 突き詰めて行かなければならない。才能は磨かなくてはならない。ただギタリストとドラマーの才能を同時に持っていることはそれなりにあり得る。一つではなく二つ、二つではなく三つ──万能、聞こえはいい表現で飾ろう。

 

『……極めた人には、敵いませんね』

 

 明日原とダイワスカーレットがトリプルティアラ(三冠)を達成する横で、ハッピーミークと桐生院のクラシック三冠は夢のままで終わった。

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞──クラシック三冠。ウオッカが才能の暴力を以って荒らし回った日本ダービー、注目を集めたのはあの二人だ。ヴィクトリーもアサクサキングスも、栄光あるクラシックのうちの一冠を獲ったはずなのに、あの二人の人気の前には霞んで、まるで幽霊状態だった。

 

 ダイワスカーレットとウオッカ。彼女二人をセンターに置いて、スポットライトを当てよう。ダイワスカーレットを追い続けたウオッカのストーリー。それを主役にしよう。

 

『あの人に、勝ちたかった──』

 

 ()()()()()()()()

 

『あ……何でもないです。何でも……』

 

 ()()()

 

 葵の涙の跡。

 

 震えた声、弱々しい言葉──誰が悪い?

 

 伝説を残して勝ち逃げした()()()()か? それとも、葵を否定するような結果しか出せない自分自身か?

 

 勝負の厳しさを覚悟してトレセンに来た──なんて嘘だ、そんなわけがない。14か15そこいらだった過去の自分にそんな覚悟など存在していた訳がない。知っているはずがなかった。

 

 自分一人が打ちのめされるなら、別に良かった。自分の努力が足りないだけだったから。

 

『明日から、また……また、がんばりましょう。ミーク、私……また、頑張りますから』

 

 有記念は勝てなかった──マツリダゴッホ、ダイワスカーレット、ドリームジャーニー……あっちの方が強かった、ただそれだけ。彼女たちは時代と共に現れて、そして消えていく。流れ星のような光と共に現れて、そしてすぐに過ぎ去っていく──自分の手の届かない、夜空の光のように。

 

『一から、もう一度……頑張り、ますから』

 

 精一杯の強がりか、自分には情けないところは見せられないと思っているのか。葵は、葵が結構ぽんこつなことがバレてないと未だに思っている。そんな必要などないと伝えられたらどれだけよかっただろうか。

 

『もう一度だけ……』

 

 この道は間違っていたのか。

 

 器用貧乏は弱点じゃない、それは万能の素質──何でも出来る。それは弱点なんかじゃなくて強みだ。そのはずだ。

 

 ()()()()()()()()。最終的に残った結果は4着だ。最後まで諦めなければ、なんて言葉は綺麗事だ。嘘だ。諦めなかった結果がこれだ。諦めない心、それの何が役に立った。

 

 自分の言葉が葵の心に残ったままだ。

 

 今では嘘になってしまった言葉が葵を縛っている。

 

 彼女の実家から突き上げがあったことを知っている。

 

 名門・桐生院。その全ては重石、肩にのしかかった荷物。彼女が親の期待に応えようとしてきたことを知っている。そしてその重圧を自分に背負わせようとはしなかったことも。

 

 どうしてなのだろう。ずうっと知りたいまま、聞くことも出来ずに一人で考えている。

 

 葵は勝てなんて言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼ 特集・チーム桐生院!

 

 先日のオークスでティアラ三冠に王手を掛けたブエナビスタ、そのトレーナー桐生院葵。若手女性トレーナー期待の星だ。名門の出身ということで幼い頃から期待は掛けられていたと思われがちだが、実際にはそんなことはなかったと話す。

 

「父は不器用でした。確か私の八歳の誕生日のときだったと思うんですけど、その時はプレゼントをくれなかったんです。私、父が何をくれるのか楽しみにしてたのでショックでした。でも……翌日、父の担当にレースの予定があって、見事に重賞を優勝しました。あとでその父の担当が会いにきてくれて、誕生日おめでとうって言ってくれたことがあります。母が教えてくれたんですけど、父は私の欲しいものが分からなかったらしくて……。よく覚えています」

 

 桐生院トレーナーの父である宗一氏はすでにトレーナーを引退済み、URAでの重役を務めている。往年の名バたちのライバルとして、トレーナーとしての手腕を振るった宗一氏だが、父親としての表情は意外だ。

 

 トレーナー5年目は中堅と言われる。よく父との比較などが取り沙汰されているが、それに関しては柔らかな態度だ。

 

「両親のことは誇りに思っています。幼い頃からレースに夢中でしたから、トレーナーではなくとも何らかの形でレースに関わっていたとは思います。トレーナーは厳しい職ですが、私はそれでも諦めたくありません」

 

 群雄割拠の日本のレースシーンの中で一際存在感が大きい桐生院トレーナー。ブエナビスタが二冠を達成し、ダイワスカーレット以来のトリプルティアラが期待されている。同期の明日原トレーナーと並んで、新世代の到来を感じさせる勢いだ。皐月賞バを輩出し、日本ダービーへの出走は叶わなかったもののクラシックの一冠を取ったトーセンジョーダンと明日原トレーナー。どこか運命的なものを感じさせる。

 

「明日原トレーナーは尊敬できる同僚です。でもそれ以上に勝ちたい──あの人には負けっぱなしでした。尊敬と同時に対抗心はありますよ。これは私自身の思いなので、あんまり担当の子たちには話さないんですけどね」

 

 (後略)

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ブエナビスタ一色。

 

 誰も彼もそうだ。ハッピーミークというウマ娘が存在していることなど、果たしてどれだけの人が覚えているのだろうか。

 

「ちーっす。あれ、きりゅーさん居ねーじゃん」

 

 思考の中を泳いでいたハッピーミークは緩慢な仕草で顔を上げた。ずかずかと入り込んできたのは爪先から髪の毛の一本に至るまで垢抜けたギャル、トーセンジョーダンである。

 

「ミークパイセンだけっすか?」

 

「うん……あおいに用?」

 

「んー。あっすーがさー、ダンス教わっとけって。話は通してあるから……つって、いねーじゃん。あり得ねー」

 

 ダンス──ウイニングライブがある以上、それはウマ娘にとっての必須科目。実はゴリゴリのアスリートであるウマ娘たちに歌って踊らせるとか正気かとか思うが、実際あるんだから仕方がない。レースというものがエンターテイメントであるために、仕方がない部分はあるが。

 

 ともかく、トレーナーの仕事にはライブのトレーニングも含まれている。ウマ娘に教えるにあたって専属のダンス講師を雇う場合もあるが、トレーナー自身が教える場合も多い。

 

 ただ、ダンスに限れば優れたコーチというのは優れたパフォーマーである。どういうことかというと、明日原が教えられる範囲には限界があった。せいぜい基礎のステップぐらいのもので、トレーナーを志してからの猛勉強の側で多少学んでいた程度のものだ。

 

 が、トレーナーの中に恐ろしいほどの身体能力と運動センスを持った人物がいる。

 

 桐生院のことである。

 

「あおいは今……会議中、だよ」

 

「かいぎ〜!? 何それ聞いてねー!」

 

 急なことだ。まあよくある事と言えばそうだった。巻き込まれた方は堪ったものではないが。

 

 ジョーダンは大きなため息をついて首を振った。全身から不機嫌オーラを立ち上らせているが、ミークの反応はない。ぼんやりしたまま、考えの読めない表情、というか何も考えていなさそうでもあるし、何か壮大なことを考えているような気もする。

 

 そうしているとミークが口を開いた。

 

「……ダンス、なら。わたしが教えてあげる」

 

「え?」

 

「あおいから……教わったことは、全部……。わたしが覚えてるから」

 

 ミークはそう言って文庫本に栞を挟んで閉じた。パタンと本が閉じる音に続いて、パイプ椅子から立ち上がって扉へ歩き出す。ジョーダンは呆けた。

 

「え、ちょい待ちなんすけど? てか──」

 

 それはまあ、ハッピーミークも経験豊かなウマ娘だし、ミークのウイニングライブはようつべで見たことがある。上手だとは思ったが、しかし──と、戸惑うジョーダンにハッピーミークは無表情で振り向いた。

 

「……やらないの?」

 

 そう言われては黙ってはいられない。なんだか挑発するようなミークの言葉にジョーダンは不敵に笑った。

 

「いーっすよ。きっちり教えてくだちーね、ミークパイセン?」

 

「ん……」

 

 見た目も性格もまるで真反対の二人によるダンスレッスンが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日原から指定された課題曲は『Make debut!』──基礎的なダンスで構成された、いわゆる登竜門というヤツになる。曲名にもある通り、メイクデビュー戦でのウイニングライブで歌われる曲なので、レースに出場する全てのウマ娘はまずこの曲から始まることになる。

 

「響けファ〜ンファーレ〜……届けと〜おくまーで〜」

 

 ハッピーミークがレッスン室のスピーカーから流れる音源に合わせて歌い出す。ものすっごいぽやぽやした声のはずなのに、妙に芯が通っていてよく聞こえる。

 

 当然だが、プロの歌手には及ばない。だがカラオケが得意なだけの素人のレベルでもない。それは当然のこと──ウマ娘はパフォーマーとなることを求められる。上手さはそこまで問題ではない。だが商業レベルのパフォーマンスは求められる。その二つの要素は共存するのだ。

 

 ともかく歌声に関しては今回の趣旨ではない。今回はダンスレッスンなのである。

 

「駆け抜けてゆーこーおぉー、君だけのみーちーを──」

 

 ジョーダンは胡座をかきながらそれを眺めていた。完璧な振り付けと、滑らかなダンスに感心しながら、自分とのレベルの差を測っていた。流石に年季が違う。自分も下手ではないのだが、クオリティの面では一歩も二歩も先を行っている。

 

「あいびりぃーぶ。夢のぉ──先までぇー……」

 

 レースのために鍛えてきた筋肉や体幹は、ダンスに十分応用できる。ダンサーに必要な体は、トレーニングにより十分出来上がっているので、あとは体に踊りを染み込ませていくだけなのだ。

 

 ともかく、ハッピーミークは模範的な踊りを示した。歌の方はともかく、このまま動画に撮って教材にしたいくらいには『正解』なダンスだ。トレーナーの特徴が現れている。

 

「……どや」

 

 満足げなドヤ顔(ほぼ無表情だ)をするハッピーミーク、感嘆しながら拍手をするジョーダン。

 

 次にジョーダンが踊ることになった。

 

「響けファンファーレー、届け遠くまーでー」

 

 ジョーダンも華の女子高生(トレセンは一応高等教育機関だ。一応)らしく、華麗なダンスと歌を披露する。

 

 が、ハッピーミークのそれと比べると見劣りする。具体的にはキレが足りない。

 

 そんな訳でミークによる指導が入る。

 

「今のとこ……ステップは、こうやる」

 

 トントントン。小気味よいステップを踏むミーク。ジョーダンは疑問符を浮かべた。

 

「? こうっすよね、してるっすけども」

 

 トントントン。ジョーダンもやってみせた。

 

「ううん。こう」

 

 ジョーダンには何が違うのか分からなかった。こう、とか……こそあど言葉で言われても困る。もう少し具体的に言葉で説明して欲しいところだ。

 

「なんも違わんくねーっすか?」

 

「えっと……」

 

 指を顎に当てて悩むジョーダンと、似たような表情(無表情にしか見えない)のミーク。少し考えてから口を開いた。

 

「上半身、右腕の動き……一回目のステップ、体重は右足に乗せ切ったら、だめ。そうすると、二つ目のステップが……少し、遅れる」

 

 いきなり饒舌に喋り出してびっくりした。そんなジョーダンに構わずに、正解のステップをもう一度やってみせるミーク。ちゃんと説明されたのでジョーダンも理解した。確かに、足ばかりに集中していた。

 

「こう……っすね?」

 

「ん。よろしい」

 

 普段の様子からは想像も出来ないのだが、ミークはジョーダンが首を傾げるごとに説明を加えていく。簡潔で核心をついた指摘を次々としていき、反復練習にも付き合う。

 

「こう」

 

「こう?」

 

「違う。こう」

 

「……こう!」

 

「ん……そう」

 

 そんなこんなで一時間ばかり練習をして、休憩になった。スポーツドリンクを傾けるジョーダンに並んでぼやーっとしたままのハッピーミーク。

 

「ねー、ミーク先輩。結構練習とかしたんすか?」

 

 休憩中の雑談としてジョーダンが軽い調子でそう話し掛けた。ミークは軽く視線を返すと答える。

 

「ううん。あんまり」

 

「マ? でも……めっちゃ上手いっすよねー、パイセン」

 

「ん……。あおいは、ちゃんと教えてくれるから」

 

 ほえーとか言っているジョーダンは知る由もないが、ミークのダンスレッスンは少々特殊というか、例外だ。

 

 まず桐生院が、一回完璧なお手本のダンスを見せる。この時点でかなりおかしいタイプのトレーナーであることに注意しなければならない。トレーナーがダンスを習得することは必須ではない。基礎的な動き程度は出来た方がいいが、大抵は外部からプロのダンスコーチを雇ったり、ダンスが得意なウマ娘にコーチを頼んだりするのが普通だ。そうでなければトレーナーが過労死する。

 

 それでも桐生院が一人でミークにレッスンをつけることが出来るのは、そのスペックの高さ故だ。優れた運動センス、一度やった動きを理解して自分の中に落とし込む才能。桐生院はトレーナーではなくアスリートの道に進んだとしても十分にやっていける身体能力がある。

 

 人に頼むよりも、自分がやった方が色々と早く済むから、とは桐生院の言葉。桐生院は大体30分程度で、全くの初見から実際の本番にも耐えられるクオリティにまで持っていく。紛れもない天才だった。

 

 トレーナーがトレーナーなら担当も担当だ。ハッピーミークはその桐生院のダンスを一度ぼやーっと眺めると、大体30分から40分ほど窓の外をぼやーっと眺める。その後、唐突に完璧なダンスをトレースして見せる。完璧なイメージトレーニングによって、ダンスを完璧に再現して見せるのである。こっちもこっちで癖のある天才だった。

 

 一方でジョーダンは何回も体を繰り返すことで覚える、極めて一般的なタイプだった。一度覚えてからは多少自分の好きなようにアレンジする癖があるが、これはまあ許容範囲。

 

「っぱ仲いーんすね」

 

「……?」

 

「きりゅーさんとミークパイセン。てか、説明すんの上手じゃないっすか?」

 

「んー……。あおいなら、こうやって説明する……から」 

 

 桐生院が徹底した理論派だとするならば(トレーナーは大抵理論家だ)ハッピーミークは感覚派だ。ずば抜けた技術の吸収力をフィーリングの一言で片付ける天才肌である。だが桐生院によってそれらの感覚には言葉が与えられた結果、こうしてハッピーミークは他人にそれを伝える術を得たのである。

 

「てか前から気になってたんだけど、きりゅーさんてどんな人なんすか?」

 

「……あおい?」

 

「あんま知らねーなーって思って。頭いー人なのは知ってるし、優しー人ってのも知ってんすけど、あんまそれ以外のこと知らねーし」

 

「ん………あおいはね」

 

 ぽやーっとした声。ミークは相変わらずどこを見ているのかはっきりしない視線を天井に向けて答えた。

 

「一生懸命で、優しくて……すっごく頭のいいひとで、それで」

 

 

 すっごい、ばか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではこれで会議を終了します。お忙しいところお疲れ様でした」

 

 突然入った会議は何の事はない、トレーニング設備の更新をするとかでそれに関する云々の情報を共有するためのものだった。

 

 あんまりこっちも暇ではない。この程度の情報なんて適当にメール送ってくれれば楽なのにとは思うが、大人の事情は複雑だ。ガタガタと音を立てて椅子から立ち上がっていくトレーナーたちに混ざって、明日原も会議室を立ち去ることにした。

 

「明日原さん、少しいいですか?」

 

「はい……?」

 

 声に振り向くと、進行役を務めていた駿川たづなが立っていた。いつも通り口元には微笑を浮かべているが、なんとなく疲れが隠しきれていないような感じがする。

 

「実はさっきの話と並行して、第3トレーニングルームにも新設備を加える計画が持ち上がっていて……」

 

 かくかくしかじかで……と、たづなの話を聞いていた明日原の顔色がだんだん暗くなってきた。嫌な予感を感じる。

 

「……え。僕が選ぶんですか」

 

「数社に見積もりを出しています。明日あたりにプレゼンしに来るんですけど、実はこっちの人手が足りなくて……。これに関しては現場の人間が選んだほうがいいという判断で、明日原さんに」

 

 深刻な人手不足に陥っているのはどこも同じだ。それトレーナーの仕事じゃなくね? ってものもよく飛んでくる。そうそうあることではないが、そう珍しくもないことだ。トレセン学園の闇は深い。

 

 評価されているということだ。それを素直に喜べないのは何故だろう。貧乏くじという単語が頭をよぎった。気のせいだと思いたい。

 

「それとトレーナー募集用のPVを更新することになりまして」

 

「……へぇ、いいですねー。年中人手不足ですもんねー」

 

 他人事のように明日原は言った。たづなはぴしゃりと答えた。

 

「理事長からの指名です。作ってください」

 

「……駿川さん。僕は決してよろず屋銀ちゃんとか、スケット団とかでは──」

 

「あ。あと講演の依頼が来てます。3件」

 

「3件!? ちょ、スライド資料って前回のやつ──」

 

「全然種類が違います、使えるわけないでしょう。あ、それとトーセンジョーダンさんのグッズ化依頼が来てますよ、よかったですね?」

 

 各種グッズのチェック作業が追加。ファンにとって大切なものであるため、たかがチェック作業と言って手抜きできない──スカーレットの時はかなり大変だった記憶がある。

 

「……講演のキャンセルは」

 

「URAからせっつかれてます、いい加減にしろって。理事長もそろそろお怒りのようで……」

 

 トレーナー業はウマ娘を育て上げる職業だったはずだ。それがなぜこんなことになっているのかというと、基本的にはしがらみというものだ。

 

「僕……ジョーダンのトレーナーなんですが」

 

「明日原さんが担当を増やさないせいで皺寄せが私に来てるんです。広告戦略なんて絶対私の仕事じゃないのに……それにこの前の約束だって破ったじゃないですか。私、あのお店気になってたのに」

 

「分かってます、埋め合わせは必ず」

 

「いつですか?」

 

「え、えーと……」

 

 残念ながら向こう二週間程度は空いていなかった。たった今潰れた。

 

「い、つ、で、す、か?」

 

「…………。来月中には、必ず」

 

「──来月?」

 

「れ……例の高級焼肉……僕の奢りで……」

 

「はい。私の希望日、後で送っておきますね」

 

 明日原は今日も忙しかった。

 

 そんな明日原をちら、とだけ見てから桐生院がどことなく暗い顔で退出していくのに、誰も気がつくことはなかった。

 

 

 

 

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