「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

24 / 83
春の終わりと夏の始まり

 ウイニングライブ前の休憩時間。ハッピーミークはただぼーっとして宙を眺めていた。ミークは暇な時、大体いつもこんな感じでぼーっとしているか、アル中カラカラを見ているかの二択だ。今は流石に疲れたのか、燃え尽きたボクサーみたいな風になって壁に持たれたまま椅子に座っている。

 

 廊下側から微かな声が聞こえている。ウマ娘の聴覚が捉えていた──ほら、さっさと入ってください。えっ心の準備が、アオイ! うるさいですよ! でも、でも……はよ入れ! バターン!

 

「──うわわっ!? っととと……何するんですかジョーダンさん!」

 

「うっせーわ! つかどんだけあんたら二人の世話焼けばいいんっつー話だし! 扉の前まで来てごねるとかイミフなんで!」

 

 開け放たれた扉から勢いよく飛び込んできた桐生院葵と、その後ろで腕を組むジョーダン、そして苦笑いしている明日原。そして実はちゃんと応援しにきていたブエナビスタ。大体の状況がそれで分かった。

 

「はい! じゃあ後は若いお二人で勝手にやってろ! おわり!」

 

 バターン! ジョーダンがキレ気味に扉を閉めた。

 

 そうするとミークと二人きりということになった。ずんずんと遠ざかっていく足音を耳に捉えながら──ミークは、まだ顔を逸らしている桐生院を眺めていた。両手の指をつんつんと合わせていたり、若干姿勢が低かったりと情けない姿だった。

 

「あおい」

 

「っ、はい!? な、なななんですか!?」

 

「言うこと、あるよね」

 

「え、あ……はい。えっと、そのー……あの、えーっと……」

 

 しどろもどろになっている桐生院──この後に及んでまだはっきりしない態度だが、ここまでくると逆に呆れるような気持ちになった。まったくこのこのポンコツは……と、そういう目で見ているとそれに気がついたのか咳払いをした。

 

「んんっ! えー、ミーク。まず……その、が……頑張り、ましたね……?」

 

 口下手か。

 

「ん……。あおい、わたし……頑張ったよ」

 

 が、ミークはそんなことなど百も承知。満足そうに返事をした。

 

「は、はい。見て、ました……。ミーク、私は──」

 

 やっぱり間違っていたのでしょうか?

 

 そう言おうとして、ハッピーミークの視線がそれを咎めるように桐生院を貫いた。

 

「あおいはね……間違ってないよ。わたし、あおいのそういうところが好きだから」

 

「……えっ?」

 

 告白かと思って思わず顔が真っ赤になった桐生院を誰が責められるものだろうか。ミークというウマ娘はこういうところで全く物怖じしない度胸のような何かがあった。

 

「頭が良くて、優しくて、それで無駄に可愛いところも……いつも、わたしたちのことを考えてくれてるところも」

 

 なんかディスられているのか褒められているのか分からないと桐生院は思った。

 

「きっと……あおいはこれから先、ナビみたいな子をたくさん育てていくんだね」

 

 いつになく饒舌だ。一見して優しそうな微笑みだが、なんか怖い。特にミークは何を考えているのかいまだに分からない時がある(それがほとんどだ)。

 

「でも……あおいの1番はね、わたしだよ」

 

 ついにはスカーレットみたいなことを言い出した。無理もない、実際同期デビューだったし、年も同じだ。影響は受けていたのだろう。だがどういう意味だ──。

 

「ナビには才能、ある。本当に強くなる……けど、まだ──わたしの方が、強い」

 

 きっとブエナビスタは、自分が桐生院にあげられなかった栄光を手にするだろう。だがそれとこれとは話が別だ。

 

 桐生院は依然混乱している。一体何の話をしているのか理解できない。真っ白な手のひらをそっと桐生院の頬に添えるミークに対し、どうすればいいのか分からず口をぱくぱくと動かすだけで声も出せない。

 

「……あおい。わたしは強いよ。あおいが……そういう風に、育ててくれたから。だから……信じて。わたしは頑丈だし、頑張るから……信じて。わたしが勝つって。わたしに勝てって言って。そうすれば──」

 

 あわ、あわわわわわ──と、担当との物理的な顔の近さにオーバーヒートを起こしている桐生院に壁ドンみたいなことをしながら、耳元で囁いた。

 

「勝利も栄光も全部、あおいのものだよ」

 

 桐生院はそれを聞いて、脳の処理速度が追いつかずに、あうぅと呻き声を残して気絶した。

 

 どれだけ時間が経っても、担当に振り回されることだけは変わっていなかった。きっとこれからも変わることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッピーミークがセンターで歌うウイニングライブを終えて、明日原たちも帰路に着くことにした。終わってすぐの時間は混み合うので、少し時間を置いてレース場を後にすることにした明日原と桐生院たちはすっかり閑散とした夕暮れの阪神レース場から出て、駅までの道を歩いていた。

 

「遅かったじゃない。すっかり待ちくたびれちゃったわ、レディーを待たせるなんてサイテーって……前、教えてあげたのに。忘れちゃったのかしら?」

 

 ──何かを忘れていると思っていたところだった。おかげで思い出せた。思い出したくなかった。

 

「ま、随分忙しかったみたいね。顔色酷いし。ああ、さっきのレース見てたわよ。良かったわ、ミーク。正直、アンタがもう一度立ち上がるなんて思わなかった。栄光に値する走りだったと思うわ、本当にね」

 

 それを形容する言葉があるとするならラスボスだった。いや裏ボスだろうか。だが仕方がないことだ。明日原だって、ハッピーミークのトレーニングを黙って見ていたわけではない。トレーニングメニューはミークが桐生院から学んだ知識を元に自分で作り上げたものだが、明らかに不味そうなトレーニングは修正していたりしたのだ。

 

 ついでに緑の悪魔駿川たづなから押し付けられた仕事の処理も大変だった。こちらが終わったとみるや別の仕事を山ほど放り込んでくるせいでいつまで経っても終わらなかった。

 

 明日原は決してダイワスカーレットのことを忘れていたわけではない。

 

 夕暮れの色に長く滑らかな髪を染め上げて、彼女は電柱にもたれ掛かっていた。

 

「アタシがどうしてここにいるのか、説明する必要はあるかしら?」

 

 少なくとも明日原はおっかなくて口が効けなかった。分かっている──怒っている。間違いなく怒っている。誕生日を放り出して仕事をしていた自分に怒っているに決まっているし、それ以上に恐ろしいことがある。

 

 ──成人した。

 

 恐ろしいことに、彼女の中では成人=結婚という等式が成立しているらしい。当然明日原だって反論し、抵抗を試みた。人生を左右する選択なのだから、絶対にもっと慎重になるべきですとかやめてくださいとか僕の自由はないんですかとか色々言ったが、"絶対幸せにするから"というあまりにも男らしい返答が帰ってきた。何だそれカッコ良すぎんか?

 

「その、スカーレット。誕生日祝いを忘れていたのは謝ります。実は明日辺りに渡す予定だったのですが──」

 

「祝い? ……ああ、プレゼント? いいわよそんなの、もらってばっかで悪いじゃない」

 

 ……怒っていない?

 

 特段そんな様子のないスカーレットに、明日原は安心するよりも訝しんだ。では一体何のつもりだ?

 

 あんまり事態についていけず首を傾げているジョーダン。同情と焦燥の表情(韻踏み)で、口を挟むべきか黙っているべきかを迷う桐生院。いざという時の事態のため、軽く右足を前に出すハッピーミークと、今日の晩御飯のことしか考えていないブエナビスタ。

 

 それら烏合の衆を前に、スカーレットは機嫌良さそうにカラカラと笑った。

 

「明日原。アンタからプレゼントなんていらないわ。だってアンタを貰うから」

 

 スカーレットが一歩踏み込んだ。両手を軽く広げて明日原を連れて行く(拉致する)ために、一瞬にして距離を詰める──

 

「逃げろ、あすはらッ!」

 

 ──その前に割り込んできたハッピーミークが正面からスカーレットと衝突し、風圧でバサバサとスーツが揺れる。思わず両腕で頭を守った。風が止んで目を開ける。

 

「ミーク。どういうつもりか知らないけど、とりあえずそこを退きなさい。そいつはアタシのものよ」

 

(たぶん違うと思います)

 

「……あすはら。約束は……守る──」

 

 なんて心強い言葉だろうか。

 

 約束──宝塚記念制覇のため、ハッピーミークの要請に明日原は答えた。その見返り分は守ってくれるらしい。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。なんで急にバトル漫画の文脈になっている?

 

「それにそこのタコ野郎は……うちのあおいと、くっつくから」

 

「み……ミーク!? なななななな何を言っているんですか!?」

 

「……──ナビ! やれ!」

 

「がってん承知ぃ! 悪いんですけど、我々のいちゃらぶどきどき大作戦を邪魔されるわけには行かないんです! 私のメシウマのためにもここで散ってくださいっ!」

 

 ブエナビスタが口上と共にスカーレットへタックルを仕掛け、スカーレットは飛び退いた。先ほどまでの不気味な笑みが消え、今は肉食獣のような八重歯がチラリと見えている。猛禽みたいな瞳が邪魔者たちを見据えていた。

 

「あら。アンタがブエナビスタね? トリプルティアラだーって騒がれてるからどんな子なのか気になってたのよねー。なかなか可愛いじゃない、今度ご飯連れてってあげるわ。どこがいいかしら?」

 

「え! ほんとですか!」

 

 尻尾をフリフリさせながら速攻で寝返りかけているブエナビスタ、食欲には嘘を付かない。ミークはそれを分かっていたのかナビを引き戻した。

 

「わたしたちの楽しみのためにも、スカーレットにあすはらを渡すわけにはいかない。ナビ、戻ってきて」

 

「楽しみのためって言いましたか今! どういう意味ですか、ミーク!? ナビ!? ちょっと!?」

 

「はっ……そうでした、危ないところでしたね! 恋のダービー☆をこの目で楽しむためにも、ご退散願います! 今日のところは日を改めて……おとといきやがれ、です!」

 

 カオス。被害者を増やしていくブエナビスタ、譲らないスカーレット、そろそろ逃げようか迷っている明日原。

 

「……なにこれ。あたし帰っていいヤツかな」

 

 ぽつりとジョーダンが呟いた。あまりの情報量の多さに一周回って無表情になっている。

 

「かかって来なさいヒヨッコが! 三冠バ舐めんじゃないわよ、二人まとめてギッタンギッタンにしてやるわ!」

 

「調子に乗るなよ、この乳袋が……」

 

「カチンと来ました! おい、ミスパフェだか何だか知りませんが、私とミーク先輩に敵うとでも思ってるんですかねぇーっ!」

 

 わいのわいのとヒートアップしていく三人。周りに人がいなくて本当によかった。こんなのファンの皆様には到底見せられない。

 

「ラウンドワン持ってこいやぁー! 行くぞおらぁーっ! やんのかてめぇーっ!」

 

「……勝負……!」

 

「いいじゃない。カラオケでも何でも、1番はこのダイワスカーレットよ。教えてあげるわ!」

 

 いや平和か。思わずそうツッコみそうになった明日原がぐっと堪えて、三人組がずんずんと夕暮れの街に消えていくのをそっと見送った。

 

「……帰りますか、府中に」

 

 今日の夜には新幹線で東京まで帰る予定だが、あの三人はそんなことは忘れているらしい。ミークとナビに至っては普通に平日だから学校がある。スカーレットも多分そうだろう。それを指摘することは藪蛇だ。多分そのうち帰ってくるだろうし。

 

「ね。……あー、ハラ減った。あっすー、あたしご飯食べたーい。大阪来たんだし、お好み焼きかたこ焼き食べたーい」

 

「買って行きますか。新幹線の時間が早いので、帰りの席で食べましょう。桐生院さん」

 

「え……あ、違います。違いますよ、はい」

 

「はい? ああ……さっきのアレでしたら気にしないでください。色々と騒ぎたいだけでしょうし……そうでしょう?」

 

 ミークとナビが全力で二人をくっつけようとしていることは分かった。その理由までは知らないが、大抵桐生院は巻き込まれているだけの被害者だ。そのつもりはあるまい──。

 

「……あ、あの。明日原さん、今回の宝塚記念……色々、迷惑を掛けました。私の未熟さが招いた事態で、本当にすみません」

 

「いえ、お気になさらず。足りない部分はお互いにフォローし合えばいいだけです」

 

「……!」

 

「その見返りというわけではありませんが……今、抱えている仕事が多くて──少々手伝って頂けませんか。このままだと、僕はそろそろ倒れるかもしれません」

 

「あ──その。もちろん、喜んで。貴重な友人を、倒れさせるわけにはいきませんから」

 

 そう言って桐生院は、少し悪戯っぽくはにかんだ。明日原も少しだけ笑みを溢して歩き始める──またいつもの毎日が待っている。

 

 ジョーダンはトレーナー同士で通じ合っているのを半目で睨んだ後、とりあえず明日原の背中を小突いた。今日のところは、それで勘弁してやることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜……」

 

 ジョーダンが自室の扉を開けながら言った帰宅の言葉に返事が一つ。

 

「あ、おかえりー」

 

 ルームメイトがベッドでくつろぎながら、少しだらけた返事を返した。漫画を読んでいる。

 

「ね、ね。ミーク先輩凄いねー、生で見てたんでしょ?」

 

「あー、まあ……ぶっちゃけ順当。あの人トレーニングやばかったから」

 

「ねえねえ、やっぱりトレーニングメニューって極秘なの? ミーク先輩のトレーニング知りたいなー」

 

 漫画を閉じて身を乗り出してきたルームメイトにジョーダンは苦笑いを返した。

 

「まあメニューは持ってっけどさ……わり、禁止されてるわ」

 

 約1ヶ月、つきっきりでミークのトレーニングに協力していたジョーダンは当然メニューを全て把握しているが、それを誰かに言いふらしたりしていなかった。

 

「えー、いいじゃんいいじゃん見せてよ見せてよー。なんか凄いんでしょ? 私、気になります!」

 

「や、ガチめに怒られっし──。今日さ、きっちり言われたわけよ。他の人が真似するとマジであぶねーからっつって」

 

 ハッピーミークが宝塚記念をぶっちぎったおかげで、結果論とはいえあのクソトレーニングの効果が証明されてしまった。

 

 たくさんトレーニングすれば勝てる──それは大体のスポーツ競技に共通していることだ。大前提である。才能が同等なら、あとは練習量の多いほうが基本的に勝つ。

 

「でも普通にトレーニングの見学とかはいいんでしょ? メニューだけ非公開にしてもあんまり意味あるかなぁ」

 

「それはそう。でもなるべくなら禁止なわけよ、だってあぶねーから」

 

 ジョーダンの言葉に、ルームメイトは不満そうに頬を膨らませた。単純な好奇心だったが、ダメと言われると気になるのはウマ娘、人間共通の心理だ。

 

「いや、マジでジョーダンじゃねーのよ。正直あのメニュー、最後までやりきれるやつなんていないとは思ってっけど……それで勝てるかもしんないって思って無茶するヤツ、結構いるだろうし」

 

 少なくともジョーダンはミークの真似などできる気がしない。普通に心が折れたが、もしも連敗続きだったりしたらこういう無茶な行為に頼ってしまうかもしれない。ジョーダンはなんだかんだで高い勝率を誇っているのでその必要がなかったが──。

 

「見せてよー。アケノちゃんは連敗続きで参ってんですからさー、心の拠り所を欲しておるわけです」

 

「何それ……あー、いいからダメなもんはダメ! 歯を磨いてさっさと寝ろ! アケノもレースあったんでしょ」

 

「負けましたー、ボロ負けでーす! もう……分かったよ、負け犬は尻尾巻いて寝ます」

 

 ルームメイト──アケノは不貞腐れた様子で部屋を出ていった。たぶん歯を磨きに行ったのだろう。ジョーダンも寝ることにした。夏合宿前の定期テストの勉強はやる気がしなかったのでやらないことにして、来たる夏合宿にかすかな期待を胸に──。

 

 ダービーが終わり、春天が終わり、宝塚記念が終わり──今年も、夏がやってくる。

 

 少しだけじめっとした夏合宿がやってくる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。