「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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夏だよ!

 

 7月初頭。房総半島は最南端──海を臨む砂浜、積乱雲。

 

 海風が運んでくる潮の匂い、湿度の高いむわっとした空気の流れが頬に当たったあと、髪をさらりと流して大陸部へと消えていった。

 

「おぅ、海……海だぁーっ! しゃらーぃ!」

 

「うぇーい! うぇーい!! うぇーい!!!」

 

「うぇーい……──」

 

 ばしゃーん、ばしゃーん──寄せては返す青い波、遠くの崖にぶつかって弾けた水滴が光に反射して光った。

 

「うう、暑いですね……」

 

「ええ。今年の夏は、どうにも熱くなりそうです」

 

「いろんな意味で──ですね。みなさん、行きましょう。夏合宿の準備をしないと──明日原トレーナー。今はビーチパラソルは要りませんよね。スイカも出さないで。浮き輪もしまってください、ビーチボールもです。遊ぶ気満々ですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘の主な戦場帯──例えばOP戦だとか、GⅢだとかのグレードだが、未勝利戦で勝つことが目標のウマ娘とG1制覇を狙うウマ娘ではまるっきりレベルが違う。当然、練習も違う。

 

 夏合宿は合同で、練習は複数人で行った方がいい。そして練習は自分と同じか、少し上のレベルの選手と行うのが理想だ。トーセンジョーダンはGⅡ以上の重賞をガンガン狙っていけるウマ娘なので、シニア級のウマ娘とのトレーニングはいい刺激になる──怪我さえなければ。

 

「え、じゃあなに? ほとんど見学ってわけ!?」

 

「まあ、筋トレを除くほとんどのメニューはやめておきましょう。爪の具合は順調とはいえ、今は無理をするときではありませんし──」

 

「え、マジで大丈夫なん。練習出来んのなら何しにきたんよあたし」

 

「練習をしないとは言っていません。幸いなことに、ここには海があります。海水を使えば爪や関節への負担を大幅に減らすことが可能です。早い話、海中トレーニングというヤツですね。嫌というほど海を堪能することになります」

 

 そんなわけで、明日原は海中用のダンベルを始めとするトレーニング器具を大量に持ってきていた。

 

 基本的にはプールトレーニングと同様だが、プールと違って海水には不規則な流れが発生することになる。そのため体幹も同時に鍛えることが可能だ。

 

「ふーん……おっけ、りょーかい。じゃ、全体ミーティング行くかー」

 

「はい。ミーティングの後は練習は予定していませんので、自由にしていてください。必要な買い出しがあれば車を出すので連絡を」

 

 周囲を自然に囲まれた合宿所は東京の便利さとは程遠く、行き交う車の排気音など全く聞こえない。潮騒の音色だけが爽やかに響くのみで、非日常の気配がして胸が高まっていた。

 

「ん。あー、そういや今回の相部屋は誰になっかなー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──大部屋。

 

 というのも、大体は5、6人のセットになる。古き良き合宿所──という訳ではないが、言葉を選ばずに言うならばグレードは低かった。と言うのも、周囲の環境──広くて綺麗な海と、トレーニングに集中できる田舎な環境がセットで揃うのはこの合宿所ぐらいしかなく、多少ボロくて汚くても仕方がない。

 

 場合によっては高級ホテル的なものを借りることもあるらしいが、今回はそうならなかったらしい。去年と同じ場所だった。

 

 畳の古臭い香りと、窓から入ってくる潮風の匂いが混同する木造の部屋には、5人のウマ娘が集まっていた。

 

「トーセンジョーダンでーす。よろ〜」

 

「ブエナビスタです! ナビって呼んでください!」

 

「ナカヤマフェスタだ。馴れ合うのは好みじゃないが、ヒリつく勝負なら付き合おう」

 

 ──ここまでは、ぶっちゃけ馴染みのメンバーが揃った。

 

「アケノオールライト、この夏で成長するために来ました! アケノって呼んでください」

 

 ジョーダンの栗東寮での相部屋、アケノオールライトが来ている。

 

 実は全く知らなかった。成績的に、おそらく夏合宿は別々の場所でやると思っていたし、そんな話も全くされなかったのでジョーダンは今も驚いている。

 

「アケノ〜?」

 

「うへへ、サプライズだってばー。睨まんでよジョーダン、ごめんて」

 

 まるで反省する様子のないアケノがだらっとした笑い顔でかりかりと耳を掻いた。

 

「ま……いいけどさ。で……その、そっちは?」

 

 ため息をついて、ジョーダンは最後の一人に視線を向けた。

 

 うずうずと忙しなく体を揺らしている、小柄なウマ娘が座っていた。そう珍しくない栗毛だが、なんか瞳が鋭い。

 

「にゃッ! にゃーのことかにゃ!?」

 

 ビクッと体を縮こませて答えた──ジョーダンは分かっていたことながら真顔になった。

 

「……濃いなぁー。キャラが濃いなぁー」

 

 アケノがそう呟く──この大部屋、キャラの濃度が全体的に濃い。

 

 今世代最強と名高い畜生大食いのブエナビスタ、ギャルの代表トーセンジョーダン、なんかそこ知れぬ凄みを放つナカヤマフェスタ。アケノは自分が普通すぎることが少し申し訳なかった。

 

 ──で。

 

 問題はこいつだ。おそらく言動的に最も注目を集めるであろう、このウマ娘。その名を──

 

「にゃーの名前はネコパンチ! 舐めてかかるとKOしてやるにゃ!」

 

 そう言い放って、シュッシュとシャドーボクシングを披露するネコパンチ。その動作はまさに猫のパンチみたいな感じで、名は体を表すというがその究極系みたいだった。

 

(ウマ娘なのにネコ……?)

 

(ウマ娘なのにネコだと……?)

 

(ウマ娘なのにネコって……?)

 

 三者、全く同じ疑問を抱いたが、胸を張るネコパンチの自信に満ち溢れた表情を前に躊躇する。気になって仕方ないが、もしかしたらこれは聞いてはいけない質問かもしれない。

 

「あのー。ウマ娘なのに猫なんですか? どゆことです?」

 

 遠慮という言葉を母の腹の中に残して生まれてきたブエナビスタ、コテンと首を傾けた。

 

「にゃ? にゃーよく聞かれるんだがにゃー、まあ知らんにゃ! にゃーはにゃーにゃ! にゃーはにゃー以上ではにゃいし、にゃー以下でもにゃいにゃ。にゃーはにゃーでしかにゃいから、にゃーはにゃーにゃんだにゃ!」

 

「分かんない……何喋ってるか全然分かんない……てか滑舌良っ……」

 

 この特徴的なキャラと、その特徴的なレース振りは一部のファンから大きく支持されている。有名さはさほどではないものの、トレセンではそれなりに有名人だった。ジョーダンたちは知らなかったようだが。

 

「てかみんなにゃーのことネコだネコだっつーけどにゃーはウマ娘だし。あんなネコミミよりにゃーの方が速いにゃ?」

 

「知らんけど……」

 

 なんだろう。猫に対抗心とか持ってるのだろうか。

 

 ジョーダンの周囲には変なウマ娘が引き寄せられるようだった。個性的の究極系を前にして、さすがのジョーダンも押され気味にならざるを得ない。

 

「にゃーのことはネコパンチでもネコでも好きなように呼べばいいにゃ。にゃーの野望はトモダチをいっぱい作って、いっぱいレースで勝つことだにゃ! ────よろしくお願いします」

 

「うわあ急に真面目にならんでよ! びっくりするっしょ!?」

 

「にゃはは! 百八式ネコジョークその一、急に真面目なフリ〜」

 

 何にせよ、退屈だけはしなさそうだった。

 

 ──ともかく。

 

 大体の荷解きが終わって、部屋の整理がついた頃合いで、ジョーダンは全員を集めた。

 

「つーわけで、この部屋のリーダーを決めんぞー」

 

 大体合宿所のキャパシティが40名程度で、ウマ娘たちは9部屋くらいに分けられることになっていた。班という区切りで管理すると風呂や洗濯の順番や当番管理が便利なので、それぞれに班番号が割り振られていて、ジョーダンたちの部屋は5班に当たる。

 

「リーダー?」

 

「ミーティングで言ってたじゃん。まあ別にやること多くないし、テキトーに決めるカンジで──」

 

「はいはいっ!」

 

 ナビが勢いよく手を上げて言った。非常に元気がいい。

 

「ジョーダンがやればいいと思います!」

 

「え」

 

「同感だ」

 

 ナカヤマフェスタ、少しニヤッとして同調。

 

「ええ」

 

「異議なし!」

 

「にゃ? にゃァ……いいと思うにゃ!」

 

「いやいやいや、え? 何? あたしがやる流れなわけ?」

 

 結局そういうことになった。

 

 ネコパンチだけは中等部らしいが、他は全員同学年だ。黙っていられない年頃で、夕食を終えてからはまあ静かな時間など1秒もない。

 

「そうだ! 名前──名前決めませんか!? 5班ってだけじゃ味気ないです! チームハンバーグって感じで、私たちだけの名前が欲しいです!」

 

「そう言ってもな、練習は別にこの部屋のメンバーでやるわけじゃないが」

 

「あ、いいの思いついたよ。キャロッツとかどう?」

 

「どっかで聞いたことあんだけど……」

 

「にゃー、だったらチーム名もネコパンチでいいにゃ」

 

「いや紛らわしいわ!」

 

「じゃあチーム・ジョーダンとかどうかな?」

 

「あたしがヤだよ! てかダセーわ!」

 

「……ページ・ワンでどうだ?」

 

「トランプじゃねーか!」

 

 なんだかんだそんな雰囲気になってしまったジョーダンがひたすらツッコミを入れていく。ボケ枠が多すぎて捌ききれない。

 

「うるさいですねー! イチャモンつけるんならジョーダンが考えてくださいよ!」

 

「そうだそうだー」

 

「ええ、あたしが?」

 

「ダサい名前はゴメンだな、リーダー?」

 

「にゃ!」

 

「うっ、逃げられない……」

 

 完全に逃げられない空気にされてしまった。こうなったらジョーダンは逆らえないので、頭を必死に回転させて名前を考える。

 

「うむむむむ……」

 

 メンバーをぐるっと見回してみた。

 

 ブエナビスタ、ナカヤマフェスタ、アケノオールライト、ネコパンチ、そしてトーセンジョーダン。全体的に変なメンツだ。

 

 その時、ふと閃いた!

 

「あ。じゃあさ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよぉ……」

 

「ん……」

 

「にゃ──」

 

「……ああ」

 

 朝は苦手組四名、襖がバターンと開いて入ってきたのは早朝練帰りのブエナビスタだ。この部屋では唯一朝に滅法強い。

 

「おはようございます! ブナネコアート(仮)、張り切っていきましょう! おー!」

 

「おー……」

 

 夏合宿、開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

「いっちに、さんしー。ごーろっくななはーち……準備体操終わり! で、何これ?」

 

「トレーニングの内容を説明しましょう」

 

 ──この夏期間、主に鍛えていく要素は二つ。スピードとスタミナである。

 

 ただジョーダンは爪が完治しておらず、今も強い負荷を加えると痛みがあるし、無理に続ければ悪化する。つまりトレーニングはこれまでフィットネスバイクや上半身の筋トレ、あるいはプールでのスタミナトレーニングなどに限定されてきた。

 

 それはつまり、レースで最も重要なスピードトレーニングが十分にこなせないということを意味する。かなりの痛手だ。

 

 ただ、海水とその下の砂を使えば話は変わってくる。

 

「水中での保護用テープと、専用のシューズです。片方10kgあります」

 

 どさっ、という重たい音を立てて砂浜に落ちたそのシューズ──砂に埋まっている。マジで10kgある。

 

「大体腰から胸ぐらいが浸かる場所で走っただけでも、海中なら結構鍛えられるものです。何よりの利点は体への負担が少なく済むことですね。一度試してもらいますが、君の爪も耐えられるはずです。関節系への負担も少なく済みます」

 

 もちろん、トレーニングの終わりには異常が発生していないかきちんと見るし、ケアもこれまで通り続けていく。

 

 ジョーダン用にアレンジした夏合宿トレーニングは、怪我をしている選手に対するものとは思えないほど高密度に仕上がっていた。

 

「海中は今の君にとっては理想的な環境です。怪我の経過によってはまだ油断は出来ませんが、しかしこの夏を逃す手はありません。きっちり追い込んで、復帰戦をぶっちぎってやりましょう」

 

「ねえあっすー、」

 

「はい」

 

「ごめん、やっぱなんでもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸い、トレーニングに支障はない。

 

(海とか舐めてたけど──きっついんですけど!)

 

 実際、休養の期間があったためにジョーダンにとっては久しぶりに本格的なトレーニンだった。

 

「顔が下がっていますよ! 姿勢を意識して、波が来ても体幹を崩さないように!」

 

 沖の方から注意が飛んできた。そのほかにもえいやーとかうわあああとか色々聞こえてくるような気もするが、そんなことに注意している暇は残念ながらない。

 

(ゴールまであとどんぐらいあんの……!?)

 

「残り1kmです! 5分以内が目標ですよ!」

 

 海中の砂を蹴っ飛ばすが、シューズの重さと浮力が合わさってうまくいかない。空回りをすると転びそうになるし、波が邪魔をして前へ進めない。さっきから息が荒い──。

 

「やってやる……見てろよーっ!」

 

 が、持ち前の根性を生かして前へ踏み込んだ。明日原がそれを確認して少し口元を緩めて──それから目を丸くした。

 

「あれは──」

 

 ジョーダンが気合を入れて海中を走っているルートの先になんかいる。

 

「に"ゃ"ぁ"──っ!?」

 

「うわあ何!? 海坊主!?」

 

 べったりと髪を顔に張り付かせた化け物が海から飛び出してきた。ものすごい奇声と共に暴れている。

 

「に"ゃぁ──、もごっ、に"、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?」

 

「ね、ネコパンチ!? 何してんの!?」

 

 海の中にもがきながら倒れていったのはルームメイトのネコパンチだった。すごい形相だ。

 

「にゃ、助け──ごぽぽぽぽぽぽ……」

 

「ネコーっ! ちょ、溺れてんの!? なんでー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……魚の影が見えたから、思わず飛びついちゃった。それで足を攣ってもがいてた訳?」

 

「にゃー、どうしてもあのぴろぴろ動くものに弱いんだにゃー……。カナヅチなのを忘れていたにゃ、にゃっはっは」

 

(完全にネコだ……)

 

(ウマ娘なのにネコ……?)

 

 落ち着いたらしいネコパンチが大口を開けて笑った。

 

「しかし魚の影と言っても、ここら一帯の魚はとっくに逃げていると思いますが……」

 

「にゃんと? じゃあ……見間違いかにゃ?」

 

 どうにも締まらない話である。しかし危ないところだった──。

 

「気ぃつけなよ、ネコパンチ。海、やべーからマジで。舐めてかかるとマジでやべーからね」

 

 去年の遠泳により、ジョーダンは海の怖さをよく知っている。特に足が攣ると終わりだ。準備体操は絶対に欠かせない。

 

「にゃあ、今度は海なんかに負けないにゃ!」

 

「あんたねぇ。今回はあたしがいたから良かったけどねー、周りに人がいなかったら本気でヤバかったんだからね?」

 

「にゃー……」

 

「分かってないでしょ。マジでやめなよ、それか泳ぐ練習でもしてみたらいいんじゃない?」

 

「必要ないにゃ!」

 

 随分頑固なようだ。ジョーダンはため息をついた。

 

 ──ネコパンチは5班改めブナネコアート唯一の中等部だ。だからというわけではないが、全く聞き分けがないようだった。今しがたかなり危ない経験をしたのにまるで反省してない。

 

「ネコ? あのねぇ──」

 

 これはまずいと思ったジョーダンが少し語気を強めて言い聞かせようとすると、それより先に明日原がネコパンチに視線を合わせる。

 

「ネコパンチ。まずはジョーダンに謝ってください」

 

「……にゃ? にゃんでだにゃ?」

 

「理由は2つ。まず1つ、君の行動により、ジョーダンのトレーニングの邪魔をしました。中断されたことにより、目標としていたタイムに辿り着くまで余計に時間がかかることになります。つまり、君がジョーダンに不利益をもたらしました」

 

「……ふ、ふりえき……?」

 

 15歳にもならない少女に対して、明日原は一切の容赦はしないつもりだろうか。難しそうな言葉の羅列に威圧されているネコパンチに対し、まだ終わらせる気配はない。大人気ない、とジョーダンは思った。

 

「そしてもう一つ、君が君自身を危険に晒したことに関して。いいですか? 君が今、こうしてトレセンに在学し、この夏合宿を迎えるまでに、君はさまざまな人に支えられてきたはずです。学費を出してくれているのはご両親でしょう。君の面倒を見て、さまざまなことをサポートしてくれたのは君のトレーナーでしょう。君がもしも危ない目に遭って、大変なことになったら……その人たちは、どう思いますか?」

 

「に、にゃぁあ……」

 

「君はもちろん、自らの思うままに行動する権利があります。しかし同時に、まずは自分自身のことを大切にしなければならない義務も同時に背負っています。その義務を怠り、ジョーダンに迷惑を掛けたことについて、まず謝らなければなりません」

 

「…………」

 

 明日原のかなり珍しいガチ説教を横で聞きながら、ジョーダンはネコパンチがかわいそうになっていた。子供相手にガチガチの理論で説教とか本当に大人気ない。ネコパンチならぬ正論パンチでタコ殴りにされているネコパンチを見かねて、ジョーダンが口を挟んだ。

 

「あっすー、その辺でやめときなよ。泣きそうになってんじゃん」

 

「にゃ、にゃいてない。にゃいてにゃんて……ぐすっ、にゃいてにゃんてにゃいもん。ぐすっ」

 

「にゃいてる?」

 

「にゃいてにゃい! にゃいてにゃんて、ぐすっ、ひぐっ、ぅえ──うぇぇぇんっ!」

 

 普通に泣いた。

 

「あーあー泣いちゃったじゃん。もう、やり過ぎだって」

 

「……大人気ないとは思いました。ですが──」

 

「ですがも何もないって。ほら、あっすーは下がっててよ。あとはあたしに任せろし」

 

 普通に大声でわんわん泣くネコパンチを前に、流石の明日原もバツの悪そうな表情になっていた。

 

「ほら、鼻水出てる。あっすーティッシュある?」

 

 すっとポケットティッシュを取り出した明日原からそれを受け取って、優しい手つきでジョーダンはネコパンチの鼻水を拭った。潤んだ瞳でジョーダンを見るネコパンチの頭をぽんぽんと撫で、優しい声で言う。

 

「泣かないの。あっすーが大人気ないだけなんだし、こんなに怒らなくてもいいのにね。ね?」

 

「にゃあ、そんなつもりにゃかったもん。にゃあ、悪くないもん……」

 

「分かったって。でももう同じことはしちゃダメ。分かったかー?」

 

「にゃあ……」

 

「約束できる?」

 

「……できる」

 

「はい。じゃあ指切りげんまんな? 小指出して」

 

 結構慣れた様子であやすジョーダンにより、ネコパンチはずずっと鼻水を啜って小指を出した。指切りげんまん、嘘吐いたらハリセンボンのーます──

 

「指切った。はい、よく出来ました。えらいえらい」

 

「にゃあ、ごめんにゃさい……」

 

「うん。いいよ、トモダチなんだから」

 

 にっこりと微笑んで視線を合わせて、ジョーダンが言った言葉にネコパンチは目を丸くした。

 

「トモダチ?」

 

「あんた、トモダチいっぱいほしーんでしょ? ちゃんと謝れたからトモダチ。ね」

 

「…………」

 

 ジョーダンが優しくそう伝えた後でも、ネコパンチはあんぐりと口を開けたまま数秒間呆けていた。そして、あ、これなんか間違えた系? とジョーダンが不安になった頃、ネコパンチは叫んだ。

 

「にゃあっ!!」

 

「うわびっくりした! なに!?」

 

「トモダチ、トモダチ〜! ジョーダン、にゃーとトモダチにゃ〜! いっぱい遊んでくれるんだにゃ!」

 

「あ、うん。まあ……そーね。トモダチだから、色々教えたげるわ。ネイルとかオシャレとか──」

 

「にゃあ! じゃあ早速遊ぶにゃ! にゃにするにゃにする!? 追いかけっこするにゃ!」

 

「あー……」

 

 さっきまでの泣き顔が嘘のように元気を取り戻したネコパンチはジョーダンの両手を掴んで引っ張って行こうとして──

 

「すみませんが、ジョーダンはまだ怪我が完治していません。追いかけっこは──」

 

「にゃっ!?」

 

 立ち塞がった困り顔の明日原にビクッと後ずさった。どうやら苦手意識が生まれたらしい。

 

「……それと、その。君もトレーニングをするように言われているのでは?」

 

「にゃ、にゃぁ……そうだにゃ……。分かったにゃあ……」

 

 目に見えて落ち込むネコパンチの姿に罪悪感が生まれるものの、流石にダメなものはダメと言わなければならない。どうやらまた損な役回りになることを理解した明日原は眉を下げて苦笑いするしかない。

 

「……トレーニング、戻るにゃ。でもジョーダン、夜! 夜は朝まで遊ぼうにゃ、約束だよ!」

 

「はいはい、約束ね。ブナネコアートのみんなで遊ぼうな」

 

「! にゃあ、約束にゃ! じゃーにゃー!」

 

 元気よくネコパンチは砂浜を走って行った。バイタリティに溢れた中学生時代のことを思い出して、ジョーダンは少し懐かしくなった。

 

「あっすー。説教は大事かもだけど、あんま年下の子いじめんなし」

 

「いえ、年下というレベルでは──」

 

「なんでもいいわんなもん。とにかく分かった? 特に女の子には優しくすること。キホンだろーが」

 

「……了解しました」

 

 トレーナーとしては優秀だろうが、やはり子供──事実、ネコパンチは子供と言って差し支えない年齢だ──への接し方は不器用らしかった。

 

 砂浜では、珍しくジョーダンに説教されている明日原の姿が見られたという。

 

「ところで……ブナネコアートとは?」

 

「……」

 

 夏合宿5班改めブナネコアートとは、メンバーの頭文字を適当にくっつけた結果誕生したものだ。自分で考えた名前とはいえ、真面目に聞かれるとなんか無性に恥ずかしくなったジョーダンはとりあえず叫んだ。

 

「うっさい! 黙れしバカ!」

 

「!? な、なぜ……!?」

 

 とりあえず罵倒された明日原、基本的には被害者枠に収まりがち。

 

 




アケノオールライトのみオリジナルウマ娘です。チケゾー先輩の代わりにジョーダンの相部屋になりました
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