「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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恋バナ!

「にゃ! アガリー!」

 

「うそぉ!? な、なぜ分かったんですか!?」

 

 練習上がり、入浴と夕食を終えて集まったブナネコアートの面々はトランプで盛り上がっていた。大富豪やら七並べを終えた今はババ抜きで、最終決戦で敗北したのはブエナビスタ。一発で正解を引き当てたネコパンチ──。

 

「なァネコ。今の、私とやらねーか?」

 

 ナカヤマフェスタが今の勝負を見てそう持ちかけた。今の、というのはババ抜きの最終決戦の部分だ。

 

「にゃ? タダでかにゃ?」

 

「おっと……いいだろう。ジュース一本だ、私に勝ったら奢ってやるよ」

 

「ふぅン……ディーラー、カードを配るにゃ」

 

 ディーラー(アケノ)が意味のないシャッフルを終えてカードを配った。計三枚、うち一枚はジョーカー、残りはペア同士。

 

「最初はぐー、にゃんけんぽん!」

 

 ナカヤマ、にゃんけん勝利。

 

「……私か。先行は譲るぜ、かかってきな」

 

「にゃめられたもんだにゃ──」

 

 す──っ、と、ネコの瞳が鋭くなった。

 

 ──先ほどの勝負。ブエナビスタは、決して顔に出やすいタイプではない。勝負事に対する天性のセンスを持つナビは、相手を惑わす表情を無意識下で作り出していた。

 

 しかし、ネコパンチは一瞬でそれを見破った!

 

「右だにゃ」

 

「……へェ、そう思うのなら、こっちを引くといい」

 

 言葉による揺さぶり。誰に習うでもなく、ネコは右と言われた時のナカヤマフェスタの視線や仕草、声の調子を探った。

 

 ジョーダンがこっそりとナカヤマのカードを覗こうとすると──。

 

「ジョーダン、座ってろ!」

 

「うええ!? な、なに?」

 

「ネコは鋭いぜ──ジョーダン、お前が私のカードを除けば、必ずそれは表情に現れる。その情報を読み取とって、ネコは当てるだろう。だから座ってろ、誰も私のカードを見るなよ。こいつはサシの勝負だ……」

 

「わ、分かった。え、ナカヤマがここまで言うんだ……」

 

 じっとネコパンチはカードの背面と、ナカヤマを観察していた。

 

「ニャカヤマ、覚悟はいいかにゃ」

 

「来いよ」

 

 ぱしっと、ネコが選んだカードは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、で、で! アオイったら酷いんですよ! 私がもうへろへろになって、もーむり! って言ってるのに"ミークだったらもう2本出来ますよ"とか言ってきて、ブチ切れてやろうかと! ええ!」

 

「でもやったんでしょ? メニュー」

 

「当然です! 2本どころか3本ぶち抜いてやりました! 明日は筋肉痛で動けないでしょうから、誰か私の介護をお願いします!」

 

「安心しろ、そうなりゃきっちり笑ってやるさ」

 

「でも、ナビってばすっごい大食いだからねー。介護してても、ナビのお腹が減ったら食べられそうで怖いなー」

 

「にゃ!? 非常食ってことかにゃ!?」

 

「ネコってばおいしそうですねー、食べちゃいたいくらい可愛いです! ほら、こっちにおいでー……」

 

「にゃァー!? ナビに頭から齧られるのは嫌だにゃ、ジョーダァーン〜! 助けてにゃぁー!」

 

「グロい想像すんなし! ナビってば微妙にサイコパス入ってんだから、ウカツなこと言っちゃダメ!」

 

「誰がサイコですか失礼な! そんなこと言ってると骨だけ残してバリバリ食べちゃいますよ!」

 

「そういうのジョーダンに聞こえてねーから怖いんだって! 食べんならアケノからにして〜!」

 

「なんで私!? ひぃっ、来ないで〜! 嫌だーっ! 動けないように足をちぎられて、意識があるまま手先から踊り食いされるんだぁ〜! 嫌だぁーっ!」

 

「なんでいちいちグロい想像しますかね! ええい、名誉毀損です! こうなれば生かして帰しませんよ……!」

 

「うひゃぁ!? やめて、迫ってこないで〜! 誰か助けて〜っ!」

 

「く、くくく……あっはっは、あっははははっ!」

 

「ナカヤマ! 笑ってないで助けてー! このままだとぼりぼり食べられるーっ! 私を食べても美味しくないよーっ!」

 

「にゃむにゃむ、まかはんにゃいだぶつ、成仏成仏……」

 

 楽しそうだね君たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は変わるが、トーセンジョーダンには非常にモヤモヤしていることがあった。

 

「なになに? まあとりま話してみようよ?」

 

 ──いつもの明日原がらみのことだ。

 

 先日の宝塚記念、ダイワスカーレットの襲来は結局有耶無耶になってしまった。根本的な解決には至らなかったが、それでも最悪の事態は避けられたと言っていい。

 

 実際のところはどうなのだろうか?

 

「恋バナ? 恋バナですか!? 恋バナの気配を感じますよーっ! さぁ吐けっ、吐けーっ! お前がやったんだろー!」

 

 それを考えるとアンニュイな気分だ。ため息の一つもつきたくなるし、なんとなく空を見上げてしまう。

 

「にゃー、お風呂上がったにゃー! にゃににゃに、にゃんの話ー?」

 

「ジョーダンの恋バナだってさー。ネコ、あんたも興味あるでしょ?」

 

「こ、恋バナ……! にゃあにゃあ、聞かせて聞かせてー!」

 

「っし、後はナカヤマだけだね。ナカヤマー!」

 

「いい。大体知ってるしな」

 

 残念なことに赤裸々だ。なぜナカヤマがそんなことを知っているかと言うと──。

 

「まあ私が全部喋りましたからねー」

 

 栗東の拡声器ことブエナビスタが存在しているためである。口が軽いどころのレベルではない、むしろwikipediaの擬人化と呼んでいいかもしれない。これはジョーダンの失敗だった。ちなみにナビがこういう話をするときの決まり文句は"ここだけの話なんですが──"だ。ウキウキしながら全部喋る。

 

「で、なんです? なんか進展あったんですか? あったんですね!」

 

「ねーよ! つか、ねーから困ってんでしょうが。てかナビ、あんたはどっち側なわけ?」

 

「はて。どっち側とは?」

 

「アオイちゃんのことに決まってんでしょ。ミーク先輩と一緒にあんたが色々裏で変なことしてんの、知ってんだからね」

 

「なるほど。つまり私がどちらの味方なのか、ということですかー。お答えしましょう、私は面白い方の味方です!」

 

 ぐう畜だった。火事場泥棒みたいなものだった。

 

「ナビってもしかして、かなりの畜生生物……?」

 

「おっと、誤解するにはまだ早いですよ。私、気持ち的にはアオイの味方なんですけど、アオイはほっとくと何にもしないんですよねー。ほんともう、冬眠でもしてんのかってくらい動きがないんですよ。アオイは臆病ですからね、ライバルの百人や二百人くらいでも現れなきゃ一生何にもしないんじゃないですかね」

 

 それもどうなんだって感じだが、ナビにはナビなりの考えがあるのだ。当然、ナビにとって桐生院の存在はとても大きいし、尊敬も親愛も感じているし、自分のトレーナーは桐生院以外にいないと思っている。

 

 桐生院の力になれることがあれば、ブエナビスタは喜んでそれをやる。

 

 例えば、一向に明日原にアプローチをかけない桐生院を動かすために、ライバルという存在を意識させて焦らせるとか、適度にスカーレットの行動を邪魔したり、ジョーダンから情報を仕入れるとか。

 

 ハッピーミークもほとんど同じような動機で、ウキウキしながら暗躍しているのである。

 

「明日原のヤローが他のメスとデートしてる場面でも見せなきゃ、アオイは本気にならないって最近気が付きました! なのでジョーダンの邪魔はしませんし、それどころかお手伝いしちゃいますよー! これでも私、恋愛マイスターを自負しているので!」

 

 ──世間では。

 

 それを、余計なお世話という。

 

「え、っていうかそもそもなんだけどさ。アオイって桐生院トレーナーのことだよね。あの人の好きな人って、その──」

 

「そりゃ話の流れ的にそうでしょう。あのスカした朴念仁です」

 

「やっぱり噂は本当だったんだ! うわぁ、職場恋愛とか本当にあるんだ、すご! え、きっかけは!? 好きになったきっかけとかあるのー!?」

 

「アオイのことで私が知らないことなどありません。お話しましょう、ここだけの話ですよ? あれはそう、3年、いや4年前……強い雨の降る日でした……ぽわぽわぽわ〜」

 

(なんか始まった──)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

『──っ、ととと……全く、酷い雨ですね。桐生院トレーナーも雨宿りですか』

 

『はい……。夕立なんて、久しぶりですね。傘、ちゃんと持ってくるんだったなぁ』

 

 

 

 

 

 

「さっきまで晴れてたのに、急な夕立に降られたとかなんとか。夏だってのに迂闊ですねー、あの二人。まあともかく、たまたま近くの器具倉庫だかに逃げ込んだらしいです。でまあ、そこに逃げ込んだのはたまたまアオイと仕事中毒男だけだったようでして。まあ酷い偶然もあったもんです」

 

 

 

 

 

『本当に強い雨ですね、校舎まで見えないとなると──とりあえずスカーレットに連絡を……って、ない。しまった、向こうに置いてきた……桐生院さん、携帯あります?』

 

『え? はい、えっと──って、あれ!? 充電切れてる、なんで……』

 

 

 

 

 

 

「なんかミーク先輩がアオイのスマホで原神やりまくってたらしくてですね、めっちゃ充電食ってたみたいです。まあともかくいつまで続くかわからない夕立の中、2人は器具倉庫で孤立しました」

 

(自分のでやれよそんなもん……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……止みませんねえ』

 

『ですね……。あ、大変! 確か今日、午後から取材があったんでした──うわ、すっかり忘れてた。すぐ戻らないと、でもこの雨の中を突っ切るのは……』

 

『やめといた方が良くないですか? ずぶ濡れで現れても記者の人困りますよ。写真も取るでしょうし……』

 

『うう、どうしよ……ああもう、連絡も出来ないし、全然雨止まないし……』

 

 

 

 

 

 

 

「2人が逃げ込んだのはあの坂路コースの横の倉庫なんですけど、あそこ全然使わないじゃないですか。ほとんどガラクタ置き場みたいになってて、シャッター空いてるとこ見たことないし。で、中開けてみたら誰のかも分からないようなボロい傘があったんです。一本だけ」

 

 

 

 

 

 

『……一本』

 

『まあ、使ってください。僕の方は急ぎの案件もありませんし、もうしばらくここで雨でも眺めていますよ』

 

『そんな、悪いです』

 

『気にしないでください。それより、取材の時間は大丈夫なんですか? もうじき4時を回りますが』

 

『……あっ、ま……まずい、です。週刊ダービーの人、たぶんもう来てます……』

 

『なら尚更ですね。ほら、早く行かないと』

 

『う、ううん……』

 

 

 

 

 

 

「人がいいというか、甘いというか、アオイはなかなか止みそうにない大雨の中、あのトンチキ野郎を一人残していっていいものかどうか悩みました。夕立の勢いは止むどころか、このまま夜まで降り続けるんじゃないかってレベルだったらしくて。アオイは悩みに悩んだ結果、訳のわからん発言をすることになります──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『い……一緒に、戻りませんか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「好きになるきっかけと言いますが、特別なきっかけになったのがその日というだけで、元々嫌いじゃなかったらしいです。まああの野郎はアオイと同じく顔だけは無駄に良いですし、ひっ連れて歩くにはちょうどいいアクセサリーになるでしょう」

 

(もしかしてこいつ、あっすーのこと嫌いなん?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一緒に、というのは──』

 

『その、傘が一本しかない以上……明日原さんには、申し訳ないんですけど、つまり、その』

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、相合傘して校舎まで戻ったらしいです。なんせ雨が強いもので、密着してどきどきしたとかなんとか。ともかく、きっかけを探すのであればこれがそうでしょうね。まあくだらん話です。犬も食いません──こんな感じですかね。……あれ。みなさんどうしました? 黙っちゃって」

 

「いや……うん、まあ……なんつーか、うーん……なんつーの……うん」

 

「にゃぁ……オトナだにゃぁ……」

 

「いや、オトナっていうか、その、なんていうの? え、今度からちょっと見る目変わるわ。すっごい人たちなのは知ってるけど、そんな一面あるんだ……」

 

 ──話を元に戻そう。

 

「まあ何、つか当たり前のことなんだけどさ。あっすーは、どうなのかなって」

 

「どうとは」

 

「その、きりゅーさんとか、スカーレット先輩のこと。どう思ってんのかなって」

 

「アレですね、まるで……恋する乙女みたいな言葉ですね。もしかして恋でもしてます?」

 

「ナビぃ! お前っ、してんだよこっちはよ! マジ大変なんだからな、お前マジで恋愛舐めてると後悔すっからなガチなっ!」

 

「どうどう。落ち着いてくださいジョーダン。冗談ですよ、冗談」

 

「やかましいわっ! あーもー、話進まねーじゃん……」

 

「めんごです。悪かったですから、ともかく話してみてくださいよー」

 

「……まあ、その、スカーレット先輩は……まあ、あっすーに猛アタックしてるわけじゃん? あっすーだってさ、男なんだし……あんな乳デカくてキレーな人に好き好き言われてんだし……ふつーに考えて、あたしなんかよりスカーレット先輩のとこ行くんじゃねって……」

 

「うわガチだ。ガチの悩み来たねこれ」

 

 ──明日原は独身だ。彼女もいない。現在26歳、このぐらいの年齢になれば、結婚していても不思議ではない。

 

 スカーレットとの歳の差は6歳。対してジョーダンと明日原は9歳差だ。なんなら犯罪である。

 

「それにさ、マジで悩んでんだけどさ。仮に告ったとするじゃん。でもさ、あっすーからしたらかなり困ると思うわけよ。だって教え子が告ってくんだよ。どうする? って感じじゃん」

 

「う、ううん……」

 

 なぜかアケノが冷や汗をかいて目を逸らしていた。

 

「そ、そうだよね。うん、そうだよねー……はぁ」

 

 ──この反応を見逃さずキャッチした人物がいる。

 

「開けろ! 校内恋愛警察です! はい逮捕ォ! 確保ォー! ネコパンチ! やりなさいっ!」

 

「よくわかんないけど、にゃあーっ! 確保ー!」

 

「なになになになに。なに……!?」

 

「罪状。アケノオールライト──あなたのトレーナー、新人だそうですね。名前は……ええと、なんでしたっけ……」

 

(なにこれ)

 

 突如始まった茶番劇に目を丸くしていると、予想外の方向から声が飛んできた。

 

「──蓮井(はすい)。そうだな?」

 

「な、ナカヤマ!?」

 

 パチンと指を鳴らしてナカヤマフェスタが不敵に笑っていた。そんなノリなの?

 

「そうそうハスイ! ハスイユースケです、思い出しました! で、そのハスイユースケは新人で、アケノとは専属契約を結んでいます。間違いありませんね?」

 

 トレセンにおける専属契約とは、トレーナーとウマ娘が一対一で契約することを指す。ジョーダンと明日原もこのケースに当たり、トレーナーがチームなどを持っておらず、担当に付きっきりで担当することを指す。

 

 新人ならばまず通る道であり、同時に結婚の温床でもある。

 

「うっ……そ、それが何なの……!?」

 

「若い男ですね。へなっとした優男ですがやる気は十分。サブトレーナーからではなくぶっつけで専属から始めるあたり、情熱が感じられるというか、やる気だけの男というか……」

 

「な、なにが言いたいわけ!?」

 

「──アケノは、ハスイを犯罪者にしたいんですね?」

 

「な、ななななななななな! なにを言っているのかさっぱりだよね!!! まったく! なにを! 言っているのか! まったく! わかんないなーっ!」

 

「はい逮捕!」

 

「なんでーっ!?」

 

「にゃああああ!」

 

(なにこれ)

 

 女三人寄れば喧しいというが、五人も集まればカオスだった。そろそろ他の部屋からの苦情が来てもおかしくはなかったが、どの部屋も大体似たようなものだった。

 

「違うよ!? 違うからね!? 違うから、ほんと違うから! そんなわけないから!!」

 

「自白と見做していいですね! はい、じゃあ馴れ初めから話してください! 吐くまで寝かせませんからねー!」

 

「あーもー嫌だー! 嫌だ、嫌だ! 違うもん、私違うもん! 蓮井さんのへなっとしてるけどやる時はやる表情とか小動物みたいに見せかけて意外と力強い所とか徹夜明けの弱った顔とか全然好きじゃないもん! 違うもん、違うから!」

 

「録音するのでもう一回言ってください!」

 

「ブエナビスタァーッ! こ、この……この……この……ッ!」

 

「マジ同情するわアケノ。でも諦めた方が楽よ? 中途半端に隠すとナビは有る事無い事言いふらして回るから。明後日にはもうキスしたとかいう噂流れっから────で、どこまで行ったん?」

 

「ジョーダンっ! あんたも人の心とかないの!?」

 

「いいから吐けって。あたしも話すからさぁ──」

 

 ほんと仲良いいね君たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 /

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傘を持つ手には、大粒の雨が当たる感触が伝わっている。ビニールを叩く音が絶え間なく生まれていて、耳心地が良かった。

 

「もっと寄ってください。服が濡れるとまずいでしょう」

 

 細身の体だと思っていても、スーツ越しでも、どうしてもそのがっしりとした筋肉が存在していて、肩から腕にかけてそんな硬さを感じ取ってしまう。

 

 ふと、そっちを見た。

 

「……」

 

 いつになく気まずそうな表情で前を見ているその人の顔。いつもよりも見上げなければ視界に表情が入らない。身長の差をこれほど意識したのは初めてだった。

 

「「あの、」」

 

 ──声が重なった。

 

 僅かな沈黙が生まれていた間にも、夕立は降り続けている。不思議なもので、夕陽が見えているのに雨は降り続けていた。空に広がった灰色の積乱雲は夕陽の色に透過されて、地面で弾ける雨粒のフィルター越しにぼやけて見えた。

 

「……どうぞ」

 

「いえ、お先に」

 

 自分は一体何をしているんだろう。

 

 今更ながら不思議に思って、それがなんだかおかしくなって、私は溢れ出てきた笑いを堪えることが出来なかった。

 

「……ふ、ふふっ」

 

 通じ合ったと思う。こんな変な状況に対しての気持ちだけは、きっと同じだったと思う。

 

「ふ、ははっ……──」

 

 目を見合わせると余計に面白くなった。羞恥心が引っ込んで、ただただ面白かった。笑ってしまうくらい間抜けな二人組が、変な状況で相合傘をしている──。

 

 そのことが面白かった。

 

 私は。

 

「ははっ、はははっ! 本当、何やってるんですかね! いい年した大人同士で──」

 

 この人が大口を開けて笑うところを、初めて見た。

 

(このひと、こんな風に笑うんだ。知らなかった)

 

「まったく傑作です、笑いが──く、くく……ははっ! ははっ、あはは!」

 

 雨粒に反射した夕陽に染まって、アスファルトを叩く雨は濁流を作り出して排水溝へ流れて、入り切らなかった分が水溜りを作っている。大雨も大雨だ、記録的になる。そんなことを考えていた。

 

「ふ、ふふふ……こんなこと、担当には話せませんね」

 

 まるで共犯者みたいな風だった。くだらない秘密だった。

 

(ああ、そっか。私、この人のこと──)

 

 一歩一歩が名残惜しくて、楽しくて、真っ赤に染まっていた景色は今でも鮮明だ。

 

(この時間が、ずっと続けばいいのに)

 

 校舎にたどり着くまで、桐生院はずっとそんなことを考えていた。

 

 




めちゃくちゃ関係ないんですけど、桐生院って打つとなぜか自動的に鬼龍院に変換されてゴールデンボンバーが連想されてめちゃくちゃ迷惑してます

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