「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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おそらく過去最高1万6千文字
もうなんかくらえ! 分割とかめんどいから知らねー!


有馬記念・私の友達

 

 

 

(うまぴょい伝説が流れる)

 

『ハローハロー、グッドナイトをお過ごしの皆様。あなたの夜のお供に、木曜の気だるい夜をやり過ごす社会の清涼剤、らじぴょい電報のお時間です。今年もこの季節がやってきました! 有記念、事前特番です。ゲストにはお馴染みアグネスデジタルさんをお招きしております! よろしくお願いします〜!』

 

『はいっ! 今夜は私めが存分にウマ娘ちゃんたちの魅力について語らせて頂きますので、なにとぞよろしく! よろしく! お願いしますぅ〜!』

 

『早速キャラが濃いですね〜。えー、では早速なんですが……ズバリ、デジタルさんの本命は!?』

 

『は、早いですねぇ!? もう本命発表しちゃう感じですかぁ〜!? え? 時間押してる……? はい、はいはい分かりました! まああたしにとってはみんな一等賞といいますか優劣ではないのでぇ〜……え? さっさと言え……さっきからなんかカンペ多くないですか!?』

 

『大人の事情ですからねー。さあ、早いところ発表していただきましょう。どうぞ!』

 

『……はい! 三日三晩考えに考え尽くした結果、有記念の本命バはこちらですッ!』(効果音)

 

『おお〜……。ザ・本命と言った感じですねぇ……』

 

『誰か勝つか負けるかとか、あっしは結果だけ見てどうこう言いたくないんですけど〜……。まあ走ったらハッピーミークちゃんが勝つでしょ、そりゃ……って感じでー……』

 

『なるほどー……。対抗でブエナビスタ、大穴でトーセンジョーダンですかぁー……。いやー、本当に面白くない予想ですねー』

 

『いやー、無理ですよぉー……。大体の展開予想なんですが〜、まずリーチザクラウンちゃんが逃げますでしょー? で、この前のエリ女でバカ逃げを見せて頂いたテイエムプリキュアちゃんかミヤビランベリ様あたりが続いて──』

 

『展開予想はちゃんとしているのが面白いですねー……』

 

『ペースはあんまり早くならないんじゃないですかね〜……。中山2500はクソコースだーってダスカ様も言ってたくらいですし……とにかく6回もコーナーがあるってのがまた変なコースなワケですよそりゃ。そして2500ってのがまたびみょお〜〜〜〜に長いんですよぉー。スタミナと技術……そして、言葉にし難いタフさが問われるコースなわけです』

 

『あ、そういえばデジタルさんの引退レースは──』

 

『おっと、言わなくていいことは言わなくていいんです! 思い出の中でじっとしていてくれーって感じで! ……あー、何の話でしたっけ』

 

『展開予想ですねー。枠抽選明日なので、まあそれ見てからって感じですか?』

 

『いやー、有に限っちゃ枠なんてあんま当てにならんですよー。そりゃ内枠は有利ですよ? 有は特にそうです。そうなんですけど……。6回もコーナーもあんだから、外枠引いても巻き返せるんですよねー……。技術力に定評のある桐生院トレーナーの担当が2人も出てるわけですし……っていうか担当から2人以上有出すってヤバくないですか?』

 

『あの辺化け物揃ってますからねぇ……。あと明日原トレーナー』

 

『あー、あの2人ずっとライバルやってますからねー……。っていうかミークちゃんですよミークちゃん! 数いたライバル達のほとんどは引退して、諦め悪く走り続けて……もうハッピーミークは終わったんだと言われながらも、宝塚記念で覚醒を果たして! そりゃ何のためかっつったら桐生院トレーナーへの恩返しってんだからハァ────ッ! あ"──ッ! かつてトゥインクルシリーズに君臨してきたライバルたちをなぞるが如く! 今度は超えるべき壁として若き優駿たちの前に立つっておま! お前ェ──ッ!』

 

『はーい音割れてますー』

 

『はッ、失礼致しました、お聞き苦しいところを……。えー、なんでしたっけ……?』

 

『なかなか話が進まないので、選手のそれぞれについて意見でも貰いましょうか。ブエナビスタに関してはどう見ていますか?』

 

『笑顔が天使ですよねー。あといっぱい食べてる姿がとっても幸せそうでよだれが出ます』

 

『これツッコミ待ちですかねー。元トレーナーさん呼んできたほうがいいですかねー』

 

『ひぃぃ、やめてーっ! 恥ずか死しちゃいますー! ……真面目なこと言いますけど、ブエナビスタちゃん不調なんでね。ぶっちゃけ、最近の笑顔の欠けたブエナビスタちゃんを見てるの辛いんですけど……ファンの1人としてできることはただ信じることだけです。それに強さははっきりしてますからね、あるいはもう一歩踏み込むことが出来れば──』

 

『踏み込む?』

 

『──いえ、余計なお世話ですね。なんでもナッシング!』

 

『なんかあるみたいですねー……。ああ、大穴として挙げていたトーセンジョーダンについては?』

 

『おっと、その話しますか。そうですねぇ、やっぱりキラキラした可愛すぎる外見とは裏腹に、割と泥臭いくらいの努力家なところがですねぇ、なんかもう見てるだけで浄化されるというか、ギャップが堪らないんですよ〜! それと最近は大人びた表情を見せることが多いですね、精神の成長があったんですかね〜? 個人的な見解としては……いえ、やっぱりやめておきますねー』

 

『勝手に走り出して勝手に止まるのやめてもらっていいですかね……』

 

『仕方がないのです。こっちの勝手な推測とはいえ、迂闊に話していいことじゃなさそうですしおすし……。で、トーセンジョーダンちゃんですけど、ぶっちゃけ全然ありますね。有だけに』

 

『あれ、何か言いました? 電波悪いですかねー』

 

『いえ何も言ってませんよぉ〜! えー、こほん……。やっぱりジョーダンちゃんのここすきポイントその2は競り合いへの強さですねぇー……。最終直線で抜かれそうになった時の表情! 目が離せなかったですねぇ……。これまでは全体的に泥臭い勝ち方という印象だったんですけど、アルゼンチン共和国杯で印象めっちゃ変わりました』

 

『あー、リアタイで見てました。差しも出来るんですね、あんな末脚持ってましたっけ』

 

『そう、それなんですよ。夏を経てアガって来たんでしょうねぇ、その努力の過程を想像するだけで……うへへ、ちょっとだけ胸が締め付けられる、ほろ苦い夏の記憶──少しずつ大人になっていく少女たち──儚く、そして美しいぃ……』

 

『まあ、大体三強対決ということになるんですかねぇ、やっぱり』

 

『いやー、まあそうとも限らないのがレースですよねぇ〜……。てかぶっちゃけ分かりません! いや、9割9分ハッピーミークちゃんが勝ちますよそんなの、ジャパンC(カップ)見てないんですか!? めちゃ強なんですから! まーでも〜……残りの1%を引くような力があるとも思うんですよ〜』

 

『それは、誰に?』

 

『誰しも、です。偉い人は言ったんです──レースに絶対はないんですから』

 

『なるほどなるほど。えー、それではそろそろ、オープニングは毎度のリスナーリクエストから……今日は、おっ……これはこれは。えー、ではアグネスデジタルで"ユメヲカケル"。どうぞ』

 

『ホワァ────!? な、ななななななんで音源持ってるのォ──!? ま、まさかトレーナーさん、トレーナーさァ────ん!?』

 

(ガラスの向こうで親指を立てるアグネスデジタルの元トレーナー)

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐生院も桐生院で、どうにも気が重かった。胃が痛いのは明日原と同じだったが、ベクトルはまた違う方向で痛かった。そりゃそうだ、自分の担当2人が仲違いしてれば誰だって気が重いだろう。

 

 ハッピーミークは1ヶ月ほど前にチームを離脱し、宝塚記念よろしく追い込みを掛けているようだった。よくトレーニングの相談に来ているが、ラストランに向けての追い込みは尋常ではなかった。

 

 そしてブエナビスタとは冷戦状態にあるようだった。

 

『有までナビのこと、よろしく。わたしは勝手にやるから』

 

 そうミークに頼まれたはいいが──

 

「……まだだ、まだ足りない……。もっと、もっと速くならないと……」

 

 日が暮れた後も走り続けているブエナビスタを眺めながら、桐生院はため息を吐いた。

 

「そこまでですよ、ナビー! 今日は終わりです! 上がってください!」

 

「いや違う、残り0.1秒切るためには姿勢を変えるべきなんだ……少し変えてみるべき──」

 

 まるで聴こえてはいない──。

 

 息を整えながら集中してぶつぶつ呟いていたブエナビスタのところまで歩いて行って、桐生院はその首根っこを掴んだ。

 

「はえっ?」

 

 素っ頓狂な声と共に顔が上がる。長時間のトレーニングによる疲労と汗、その運動量と日が沈み始めた中での冷たい気温のため、ブエナビスタの全身から湯気が上っていた。

 

「終わり、です」

 

「いやです!」

 

「いやです、じゃないんです。終わりと言ったら終わり! これ以上追い込んだら、勝てるレースも勝てなくなります。有までもう時間はありません、明日からはもう体を休めないと」

 

「いやです!」

 

「いやです、じゃないんです! まったくこの聞かん坊は! もう力づくで連れて行きますからね!」

 

 いつものようにブエナビスタの胴体をがっちりホールドしてそのまま抱えて行こうとするが、今日は一段と抵抗が強かった。それでも体重だけであれば高々17歳の少女だ。つよつよフィジカルを発揮してそのまま運んで行って、不貞腐れるブエナビスタを宥めるのが桐生院の最近のルーティンだった。

 

 そして、ブエナビスタの仕上がりに関して、文句は一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーあっすー、なんか隠してることあんでしょ」

 

「ぎくっ……な、なんのことです?」

 

「いや隠し事下手か」

 

 有記念、前夜。

 

 明日原とジョーダンによる最後のミーティング中のことだった。

 

「なんかさー、ミョーなんだよね。1ヶ月ぐらい前からずっと思ってたんだけどさ」

 

「な、何がです?」

 

「いや、なんか変な期待を感じるっつーか……変じゃね? あんた」

 

「いえ、そう言われても──」

 

 明日原は結局、ハッピーミークとの賭けに関して話していない。どうせやることは変わらないし、余計に面倒臭いことになるのを避けたかった。

 

 よって、大人の誤魔化しでこの場を乗り切ることにする。

 

「そういえば、体の調子はどうですか?」

 

「話題ジェットコースターかよ。じゃあ理由を並べて行くわ──なんか、これまでと違ぇなーってとこがあんのよ。今まではさ、勝って欲しいって感じじゃなかったじゃん?」

 

 じとーっと鈍い目で明日原を睨んでいるジョーダンが言うには──

 

「なんつーのか、あっすーはいっつも信じてますとかゆーじゃん。それってなんか、勝って欲しいとはビミョーに違うのよ。なんつーのかな、もしあたしが勝てなくても、ちゃんと全力で走り切れたらそれでオッケー、みたいな」

 

「……興味深い意見ですね」

 

「っしょ? でもなんかさー、最近はなんか変じゃね? あたしに勝って欲しいっていうか、勝ってもらわなきゃいけないっつーか……競バやってる時みたいな、微妙に引き攣っててコーフンしてる顔してんぞ、今」

 

 思わず明日原は自分の顔を確かめるように片手で抑えた。バカな、表情には出していなかったはず──それを見て、ジョーダンは呆れたようなため息を吐いた。

 

「つって、ジョーダンよ。でもマヌケは見つかったってか」

 

「はッ……! か、カマを掛けられた……!?」

 

「そ」

 

 どうやら何もかもお見通しのようだった。

 

「で、何」

 

「……有が終わったら白状します。今は君の集中を余計なことで削ぎたくありません」

 

「あっそ」

 

 最近、というかクラシックに上がってからジョーダンはいろんなところで明日原に冷たかった──が、尻尾はフリフリと不規則に揺れているところに本心はしっかり現れていた。夏合宿ではあんなことしたのにどうして素直になれないんだろうね、不思議だね。

 

「もうミーティング終わり?」

 

「ええ、夜はしっかりと休養を取るように。朝は8時集合で」

 

「はーい」

 

 明日原は帰り支度を始めるジョーダンを横目に、トレーナー室から見える空を見上げていた。夕方も過ぎて、冬の空は鮮やかな海の色に染まっている。月が出ていた。

 

「結局、クリスマスも練習でしたねぇ……。調整期間でしたし、遊んでくれても構わなかったんですが」

 

「は? ナビやミーク先輩がぎりぎりまで追い込んでんのに、あたしだけ遊べるわけないじゃん。何言ってんの?」

 

 ジョーダンの意識はすでに有に向き切っていた。そういえばクリスマスだったな、という程度の意識で、アスリートとしては十分すぎる心構えだった。

 

 それに──。

 

「ま、いいでしょ。どーせあっすー、あたしが遊んでても仕事するだろうし」

 

「誤解のないように言っておきますが、僕は別に仕事中毒(ワーカーホリック)ではありません」

 

「え?」

 

「え?」

 

 何言ってんだこいつという顔をしているジョーダンと、そんな顔をされたことに驚く明日原。咳払いの声が響いた。

 

「いや……言おうか迷ってたけど、あんたのそれ、病気じゃね? たぶん仕事依存症だと思う」

 

「……仕事以外にやることがないだけです! 僕は病気じゃない!」

 

 あまりにも切実な叫びだった。つい叫んでしまったのはおそらく図星だったからだろう。物悲しすぎる。いっそ哀れだった。

 

 かつては趣味もあったように思うが、トレーナーになってから仕事しかしてないのでどこかに起き忘れてきたのだろう。もう悲しいかな、忘れてしまったのである。

 

「……がんば」

 

 優しい瞳だった。明日原は珍しく、がっくりと肩を落とすしかなかった。

 

「まー、明日を楽しみにしとけって。最高のクリスマスプレゼントにしてやっからさ」

 

 残念ながら明日にはもうクリスマスは過ぎているだろうが、それは些細なことらしかった。

 

 明日原はふと、散らかった机の上をガサガサと漁って、封筒のようなものを取り出す。

 

「プレゼントで思い出しました。どうぞ、君へのクリスマスプレゼントです」

 

 危うく忘れるところだった、と呟きながら明日原はそれをジョーダンへと手渡した。

 

「え、マジで!? なになに、金!? 現ナマ!?」

 

「そんな親戚のおじさんみたいなプレゼントがありますか……」

 

 クリスマス調にラッピングされた封筒を受け取って、ウキウキしながらそれを開いた。中から出てきたのは──。

 

「……なにこれ?」

 

(しおり)です。読書はいいですよ」

 

 明日原はそう言うが、ジョーダンのテンションは一気に下がったようで──

 

「親戚のおじさんみたいなプレゼントじゃん……うわ、いらねー……図書カードと並ぶくらいいらねー……なんか無駄に装飾凝ってんのいらねー……本とかぜってー読まねー……」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

 微笑みながら言う明日原に、ジョーダンはかなり苦い顔をしながらも、それを鞄の中へと仕舞った。

 

「……ま、貰うだけ貰っとく。あんがと、ね」

 

「ええ。プレゼントのお返し記念、期待しています」

 

「……うん。大丈夫、絶対ガッカリさせたりしない。それじゃあ、また明日」

 

 軽く手を振ってジョーダンは歩いていく。

 

 その瞳の中に、確かに燃ゆる決意を宿して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 有記念・私の友達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンファーレが冬の空に鳴り響く。

 

 歓声と拍手がそれに応える──。

 

『年末の中山で争われる夢のグランプリ、有記念。あなたの夢、私の夢は叶うのか』

 

『ブエナビスタは威風堂々、1960年、スターロッジ以来、49年ぶりのティアラクラシック級有記念制覇なるか。史上初、シニア一年目不在の有記念です』

 

 薄い曇天を背景にして、ゲート入りは順調に進んでいる。

 

 一歩一歩を踏み締めるような、そんな堂々としたブエナビスタは真っ直ぐとゲートへ入っていく。トーセンジョーダンはゲートの中で軽く緊張を吐き出すように息を吐いた。

 

 1番人気、ブエナビスタ。

 

 ハッピーミークを抑え、ブエナビスタはデビュー以来続けている1番人気記録を更新、10連続での1番人気となる。人気においては圧倒的だった。ハッピーミークを相手取ろうとも、人々は彼女に期待している。1枠2番、運は彼女に味方した。

 

 2番人気には当然ハッピーミーク。ブエナビスタ単勝2.1倍、ハッピーミークは2.2倍なので人気はかなり拮抗している。3番人気トーセンジョーダンは単勝5.3倍──。

 

 発走時刻:15:25。

 

 芝:良。

 

 天候:晴。

 

 中山レース場、右周り。

 

 芝2500m。

 

 第55回有記念。

 

『クラシック級による世代交代か。それとも、歴戦の古バの意地か!』

 

 ゲートが開いた。

 

『第55回有記念、スタートが切られました!』

 

 栄光と、プライドと、その他いろいろ積み重ねてきたこれまでの全ての過去と、これから積み上げていく未来を賭けて── 

 

 さあ、勝負をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ先に飛び出したのはリーチザクラウン。それはいい、だが最初から度肝を抜く作戦を目にした。

 

『おっとハッピーミーク後ろに下げました、エアシェイディもすーっと後ろに下げた! なんとハッピーミーク最後方だ、最後方からのレースとなりました!』

 

 スタート1秒で、明日原は名状し難い嫌な予感を感じ取った。横で並んでいる加賀も言葉を失っているようだ。

 

「……マジかよ?」

 

 ハッピーミークの脚質適正は差しか先行だと言われているし、明日原もそう思っていた。

 

 だが、差しにしては場所が悪い。レース上手のハッピーミークなら、最低でも中団に着けるはずだ。つまり差しではない。あの位置は意図的なもの──

 

「追込……!?」

 

 だとすると想定が根本から崩れる。何の考えもなしに、ハッピーミークが動くはずがない──作戦がある。そしてそれが何なのかまだ判明していないのである。

 

「……中山の直線は短い。スローペースになりがちな有において、後方勢は不利になりがちです」

 

「どうした急に」

 

「完全に実力が同じというウマ娘がいた場合、有で勝つのは先行策を取った方です。中山のコーナーの小回りさは差しの邪魔になる──」

 

「とも言い切れないのがレースだがな。ただ難しいぜ、有はペースが毎年毎年違ってくる。誰にとっても仕掛けどころが難しい。何せ」

 

 "中山の直線は短い"──2人の声がハモった。

 

 考えていることは大体同じだ。まさかこのラストランで奇襲を仕掛けてくる大胆さ──そして、それが通用するのかどうかを考えている。

 

「しかし、アレですね」

 

「ああ……こいつはなんだ、去年の焼き移しだな。妙に展開が似てる気がするぜ──」

 

「……まさか、まさか。本当にやるつもりでしょうかね」

 

 ぐっ……と、変な緑色の紙を握り締める明日原と加賀。その横ではナカヤマフェスタとオルフェーヴルが真剣にレースを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり先頭はリーチザクラウン、そして3バ身離れてテイエムプリキュア抑えました──』

 

 1度目の4コーナーを曲がってホームストレッチ、リーチザクラウンの単逃げに追走する形で中団はまとまっている。先行勢の少し前にアンライバルドが抑えて、外につけているのがブエナビスタ。

 

 その後ろ、内でトーセンジョーダンは走っていた。

 

(……7、8、9、10、11……)

 

 横目にブエナビスタをマークしつつ、バ群に囲まれ、前の13番シャドウゲイトの真後ろにピッタリとつけて風の抵抗から逃れている。

 

(11ちょい、11,1か2……速くね? ぜってーはえーわ、釣られてんな)

 

 体内時計とハロン棒を照らし合わせて導き出した結論──このレース、全体的に掛かり気味となっている。

 

(前の方見えねー。やっぱ単逃げ系? 後ろのミーク先輩がこえーけど……まだ抑えとこ、抑えるべきだよね? ナビは先行から……削れてくれりゃあいいけど、それで倒せるんなら苦労しねーって話だよな)

 

 ジョーダンはしばらくじっと構えることを選択。元々悪くない枠を引けた優位をそのまま生かし経済コースを走る。

 

(でも今回は前につけてんだ。やっぱ前のエリ女でミスったからかな)

 

 正面スタンドを通過していく──大歓声が、つい背中を押してしまいそうになるが、もはやトーセンジョーダンはそんな歓声は聞こえてはいない。集中しながら、今は周囲の観察に意識を飛ばしていた。

 

(……後ろが怖ぇ。ナビが前ならあんなバカ末脚は残ってないっしょ。いや甘く見てるんじゃねーけど、エリ女みたいな脚は残らん……はず。つかミーク先輩と……えーっと、エアシェイディ先輩だ。無駄に飛ばしてるクラウンが下がってくるかはぶっちゃけ賭け。下がって来んかったら終わりみたいなとこあるけど、多分下がってくる……)

 

 同じようなことを明日原も言っていた。

 

「前半58秒6……! 飛ばしてますね、ジョーダンの位置は悪くない……」

 

 前半のハイペースは後方勢に有利となる。このハイペースはブエナビスタに逆風となるはずだ。そんな考えが頭によぎるが──。

 

(急ぎますねぇ。ですが誰がついてくもんですかね──あーもう、釣られてんじゃねえですよ走りにくいなぁ! あーあ、どうせこのハイペースじゃ先行勢は丸ごと落ちてくるだろとか思われてんでしょうが残念。私はスタミナあるんで)

 

 前には3人──1人先頭を行くリーチザクラウン、そこからだいぶ離れてミラビランベリ、テイエムプリキュア。そこから更に3バ身ほど離れて13番シャドウゲイト。

 

(残り1000m──さあかかってきやがれ中山のボケ坂ヤロウが! 下りで距離を詰めていきますよ……!)

 

 中山名物お馴染みの急坂に差し掛かる。前半のハイペースで削れたスタミナを更に削る坂、ここからレースは後半戦、本番となる。

 

 坂に差し掛かったところで歓声がどよめき始めた。

 

(……? なんか事故りましたか……?)

 

『そして10番のスリーロールス、インコースからイコピコも行った。更にはネバブション、更に4番マイネルキッツちょっとこの辺りもたついている──スリーロールス後ろに下がった! スリーロールス故障発生か!?』

 

 目に見えて減速していく1人のウマ娘──その表情は硬く、歯を食いしばって少しずつ減速していく。菊花賞バ、スリーロールス。左浅屈腱不全断裂を発症し、競走中止。

 

 一年前のメイクデビューでぶつかり合った4人のウマ娘──アンライバルド、リーチザクラウン、ブエナビスタ、スリーロールス。数えきれないほどあるメイクデビューの中で、後にクラシック戦線を戦うことになるこの4人──伝説のメイクデビューと呼ばれたあの日。

 

 メイクデビューでぶつかり合った4人。デビューを勝ったのはアンライバルド、後に皐月賞2着となった。ティアラ路線へと向かったブエナビスタは、おそらくもう戦うことはないと思っていた──だが、その4人は有記念で再会を果たした。

 

 あの時とは違う。あの時負けはしたが、今ではブエナビスタは世代の代表となっている。そんな彼女は、どよめく観客とレースの雰囲気を感じ取り、わずかに後ろを振り返った。苦悶と悔しさの顔で、去っていくバ群へとスリーロールスはわずかに手を伸ばした。追いつけないライバルたちに、まるで──行かないでと願うように。

 

 後の話だが、菊花賞バ:スリーロールスはこの有記念を最後にして引退することになる。

 

(……さようなら、スリーロールス。あなたを置いて私は行きます)

 

 餞のように、少しだけそう心の中で呟いてブエナビスタはまた前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──坂を下る。

 

(リーチザクラウンは下がってきた。それはいい──っし、外からぶっちぎんのが差しのダイゴミっしょ! 先頭まで4、いや3バ身。残りは600ちょっと! ブッ差してやる……!)

 

『さあ──まもなく3コーナーに掛かる、先頭はリーチザクラウン、ミヤビランベリ、そして外から捲って上がってきたトーセンジョーダン! トーセンジョーダン早くも捲った、アンライバルド続いた! ブエナビスタはその前に行っている!』

 

 ワアアアアアアアアアア────!

 

 4コーナーから直線へと集団が入ってくる時、観客は叫ばずにはいられない。あと20秒足らずで決着が着く──今年が終わる。その終わりに、最高のドラマを求めている。

 

『さあブエナビスタは、いつの間にか外目に持ち出しているぞ!』

 

(ヒーローの凱旋ですよぉッ! もっと歓声、足りませんよ! 言っときますが私絶対逃げ切るんで、誰が相手でも絶対負ける気とかないんで! 脚残ってんですよこっちはよぉ! スペックが違うんですよそこいらのウマの骨とは違うんですよ! お前らとは違うんです私は強いんです絶対絶対勝つんですッ!)

 

(動け動け動け動け動け動け動いてる動いてる動いてる脚動いてる、脚ちゃんと残ってる……! 直線だ、さあ勝負だ、勝負だ勝負だあたしが勝つってことはあたししか勝たんってことだろJK、いいから道開けろ! ナビ! あんたにだけは絶対負けねーから! あたしあんたにだけは絶対勝つって決めてんだから!)

 

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア────!!!

 

『4コーナーをカーブして! いろんな情念渦巻いて! 直線コースに出てきた!』

 

 中山のボルテージは最高潮、ここに至っては分析や戦略などはもはや意味を成さない。それを前にして出来ることは、ただ叫ぶこと。

 

「ジョぉぉぉぉぉぉぉぉだぁぁぁぁああアアアアア──────んッ! 行けェ──! 差せ差せ差せ差せ差せェ──ッ!」

 

 血走った目のやばい顔をした明日原が叫ぶ。完全にやばい人だったが、会場の20万人も皆叫んでいるので大して目立つこともない。変な紙きれを握り潰さんとしている姿も、そう大して珍しくなかった。

 

「ミーク! ミーク! ミーク! ミーク! ミーク! ハッピーミーク! ハッピーミーク! ハッピーミーク!」

 

 恐怖と興奮で正常ではなくなった加賀。オルフェーヴルも冷や汗を流しながら食い入るように見つめている。

 

『先頭は! トーセンジョーダンか! ブエナビスタか! 競り合っている! 叩き合いだ、先頭2人の叩き合いだ!』

 

 集団から抜け出した2人が潰し合うように駆けていた。追い抜くとも詰め寄るとも言い難い微妙な差で、全く引かずに走っていた──僅かに、ハナ差でトーセンジョーダンがブエナビスタを()()()()──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 //

 

 

 

 

 

 

 

 ──固有領域(スキル)・YEAH☆VIVID TIME!

 

「大切なんだよ、全部……これまで苦しんできたことも、生きてきたことの大体は痛いことばっかりなんだから。痛くて辛いことであたしらは出来てんだから」

 

「結果だけが全部なら、あんたのこれまでは寂しすぎるじゃん。あたしはトモダチにどう伝えればいいかわかんない、けど──」

 

「あんたの言葉で、一度あたしは救われたんだよ。本当なら、ありがとうって伝えたかった」

 

「トモダチだよ、ナビ」

 

「トモダチでライバルなんだ。だから、あたしは負けたくないんだよ」

 

「苦しんだことも、一緒に笑ったことも……全部、本当に大切なことで、忘れちゃいけないことで、否定しちゃいけないことで、捨てちゃダメなんだ。それ背負って走るより捨てた方が簡単だし、身軽になるけど」

 

「そうやって逃げた先で、誰が一緒に笑ってくれんの? 1人は寂しーじゃん、捨てたら悲しいじゃん。せめてあたしは、もう誰かを1人にさせたくない。もうあんな風にさせたくない」

 

「だから今もこうやって、必死こいて走ってんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『トーセンジョーダン躱した! 追い縋る! 追い縋るブエナビスタ!』

 

 ブエナビスタの中で、何かのスイッチが──

 

 

 

 

 

 

 

「いやだ」

 

「いやだ、いやだ」

 

「ヒーローは勝つんですよ。最後には絶対に勝つんです。選ばれた側のウマ娘なら、そうしなきゃいけないんです。じゃなきゃアケノは何のために去って行ったんですか」

 

「私が受け継ぎます、あの弱虫の夢は私が代わりに叶えます。それが私の義務です、あの弱虫に夢を見せた者としての意地でしょう……!?」

 

「アケノはあれで私に憧れていたんです。なら期待に応えないといけないんです。そうじゃなきゃあの弱虫の挫折に誰が報いてやるんですか。私が勝たなきゃ、アケノが見た夢は一体何だったんですか。ヒーローになるんです、私があの弱虫のヒーローになって──」

 

「──見ていてくださいよアケノぉ! 私が最強だって証明しますから、もう誰にも負けませんからぁッ!」

 

 トーセンジョーダンが、少しずつ離れて、走っても追いつけない。差が縮まらない。

 

「動いてくださいよ、前に行くんですよこの役立たず、走れないならぶっ壊れてりゃいいんですよ! まだ壊れないならもっと速く走れ、どうして肝心な時にポンコツなんですか!? どうして──」

 

「1着じゃなきゃ意味ないんですよ、行け、行け、行け、行けって、行けって……!」

 

 真っ白な世界は形を変えず、曖昧なまま存在している。

 

 微かに見えたはずの輪郭は、霧のように消失していった。

 

「いやです、いやだ、やめて……」

 

 領域──その場所に至るには、資格が足りないと示すように、掴もうとしたはずの誰かの手は最初から無かったみたいに消えていた。

 

「行かないで──」

 

 ブエナビスタは泣きそうな顔のまま、去っていく誰かに手を伸ばした。

 

「置いていかないで下さい、アケノ。寂しいじゃないですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トーセンジョーダンは駆けて行く──栄光のゴール板へ、誰にも邪魔されぬ光の向こうへ──

 

『外から! 外から! 外から──』

 

 加賀がもやは言語としての体裁を成していない何かを叫んだ。

 

「きああああああああああああああ来たああぁぁあああああああ差せええええええええええええええええェッ!!」

 

 ブエナビスタとトーセンジョーダンが競り合っている外から、ものすごい追い込みを見せているそのウマ娘の名前は。

 

『ハッピーミークだ! ハッピーミーク先頭、ハッピーミークだ! ハッピーミーク先頭に立った!』

 

 ミサイルみたいに突っ込んでいたハッピーミークが、トーセンジョーダンにお疲れ様と言うように横を通り過ぎていった。

 

(えええええええええ嘘でしょおおおおおおおおおおおおおはああああああ!?)

 

 驚愕に、目を見開く他ない。

 

(想いとか、どうでもいい……です。強いヤツはそういうのとか関係ない……ので!)

 

 積み上げてきた時間が違う。ずっと長く戦ってきた。

 

(わたしは、そんな苦しみなんてとっくに通り過ぎてんだ……。なめんじゃねー、ひよっこどもめ)

 

 ハッピーミークは、最初からこのために動き、マークされない最後方から徐々に追い上げ、そして──今。

 

「……ぶい!」

 

 渾身のガッツポーズと共に、半バ身突き抜けて──

 

『ハッピーミーク1着ッ! そして2着にはトーセンジョーダンッ! ブエナビスタは3着に敗れましたァ──ッ!』

 

 ゴール板を、彼女の長い現役生活の終着点を、一陣の風の如く駆け抜けて行った。

 

「ああああああああああああああああああああああアアアアアァァァァ──!?」

 

 夢と書かれた変な紙が、たった今それが破れたことを示すように紙吹雪となって頭上を舞った。歓声と絶叫、耳を塞いでも鳴り止まぬ人々の声。

 

 第55回有記念、決着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに横にいて欲しかったのかもしれないが、結局1人を望んでいたのかもしれない。桐生院は黙って立ち去っていった。何か慰めの言葉を言っていたような気もするが、言葉程度で慰められるのなら幸せだろう。

 

 ただ、誰かが隣にいたとしても、孤独は埋まらなかっただろう。

 

「……ヒーローは孤独ですね。私はそんなのにもなれませんでした。弱い私を笑ってください、アケノ……」

 

 歓声と栄光に飾られた道を走り続けるその孤独を誰が知る。

 

 1日とて欠かさず積み重ねられた努力の跡も、煌びやかなレースの裏に積み重なった重圧と絶望を誰が知る。

 

「ごめんなさい。あなたの夢、叶えられませんでしたぁ……ッ」

 

 ブエナビスタは、結局ヒーローにはなれなかった。

 

「勝てなかった、勝てなかったっ! 私、負けたんだ、負けたんだ……っ! 勝たなきゃいけなかったのに、また……私、何してるんですか。弱いままです……っ! どうして、どうしてこんなに弱いんですか……っ!?」

 

 涙が溢れた。真正面からぶつかり合っての敗北への悔しさ。アケノへの罪悪感、絶対に勝たなきゃいけないという自らの思いすら裏切った、裏切らざるを得なかった弱い自分への失望。

 

「負けて、負けて、負けて……っはは。これじゃ一体、何のために走ってたんだか分かりませんね」

 

 そう呟いて、心底疲れたように椅子へと座り込んだ。悔しさと虚しさが胸の奥まで埋め尽くして、体はちっとも動きそうにない。

 

「……着替えないと。ウイニングライブがある……笑え、笑うんですよ……。笑顔、作って──」

 

 ウイニングライブなんて出たくない。叶うのなら、もう帰りたい。こんな気分のまま歌え踊れなんて言われたって、どうしようもない。けどそれでもやらなきゃいけない。

 

「……そうか。今まで私が負かしてきた連中も、こんな気分だったんですか。よく歌えましたね、こんな気分で……負け犬共のド根性ってヤツですか。私には無理そうです──」

 

 ブエナビスタはそれでも、ふらふらと立ち上がってクローゼットへと向かう。その途中で、コンコン、と扉が鳴った。返事はしなかったが、そっちをぼんやりと眺めていると、もう一度ノックされた。

 

 それでも何もしないでいると、遠慮がちに扉が開いた。その向こうに──

 

 ──マフラーで首元を隠したアケノオールライトがどこか緊張したような、それでいて穏やかな表情をして立っていた。

 

「──……久しぶりだね、ナビ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が真っ白になった。あまりに突然の出来事に、ブエナビスタは驚きに目を見開いて立ち尽くす。掴んでいたハンガーが指からするりと滑り落ちて、床に落ちてカタン、と音を立てた。

 

「あ……アケ、ノ?」

 

 信じられないものを見るように、信じたくないものを見るように。

 

「どう、して……」

 

「見てたよ。すごいレースだった。いっぱい叫んだし、感動した。ほんとだよ?」

 

 少しだけ悪戯っぽく喋るアケノと対照的に、ナビは言葉を奪われたようにうまく話せない。

 

「なんで、私に……今更、私に会ったって──」

 

 震える声で、まるでアケノを恐れるように顔を伏せる弱々しい姿のナビを前に、アケノは一歩近づいて不意に言う。

 

「私ね、トレセンに戻ることになったんだ」

 

「……え?」

 

「お母さんと話し合ったんだ。トレセンを卒業して、専門学校にいく事になった。つまり、少なくとも……もう1年一緒ってことになるね」

 

 その言葉を理解するまでに、しばらく時間が掛かった。

 

「少なくとも1年間は走れないんだけどね。それでも……レースに関わりたい。これから先も、レースに関わって生きてたいの」

 

 サポート科への転入。怪我がありふれているトレセンでは、その後のサポートは充実していて、走れなくなったウマ娘にも数多くの選択肢が残されている。進学するにしても就職するにしても、トレセンならそれなりの未来が提示されている。

 

 アケノは、少しだけバツが悪そうにはにかんで言った。

 

「ねえナビ。今更あんなこと言っておいて図々しいんだけど……さ」

 

 ほとんど呆然としながら、ナビはその言葉を聞いていた。

 

「酷いこと言ってごめんね。仲直りしよう?」

 

 それは──喧嘩をした友達同士が言う、これ以上ないほど当たり前で、そして大切な言葉。

 

 ブエナビスタはまだ俯いたまま、小さな声で答えた。

 

「……アケノ、私は……私も、弱虫です。アケノのことをどうこう言う資格なんて、私にはなかったんです。もう一度あなたと一緒にいる資格なんて、私にはありません……」

 

 何もかも自分の責任だ。無責任な言葉で惑わして、将来を滅茶苦茶にした。ならばせめて、その挫折を肯定する何かを成し遂げなければならなかったのに、それも出来なかった。

 

「ううん。いいんだ」

 

 アケノは何もかも吹っ切れたように、優しく首を横に振る。

 

「む、無理です。私には……そんな権利、残ってないんです……」

 

「……ねえ、ナビ。ナビはどうして走ってるの?」

 

 ブエナビスタの中に根を張るそれを解すようにそう聞く。

 

「え……?」

 

「どうして勝ちたいって願ってるの? 教えて」

 

 数秒間黙って、ぽつりぽつりと下を向いたままブエナビスタは呟き始めた。

 

「私は……すごいウマ娘になりたいと、昔から思っていました。小さな頃に見た、スペシャルウィークさんの背中に憧れて……でも、本当は違った。違ったんですよ」

 

 それは懺悔にも似ていた。

 

「私はただ……ヒーローになりたかった。あなたのヒーローになりたかったんです」

 

 誰に語るべくもない、薄汚い本性を──

 

「でもそんなの、ただの建前です。……本当は誰だって良かったんです。ちょうどいいところにアケノがいたから、都合よく振る舞っただけです。人から憧れられる自分になりたいってだけの、ただの自己中な願いのために、私はあなたの前を歩くヒーローのフリをしました。その結果でアケノを追い詰めることになるなんて、想像してませんでした。私はバカだったんです……」

 

 結局アケノの存在など自己承認欲求を満たすための道具に過ぎなかった。心のどこかで、そんな風に見下していた。それに気がついた時、ブエナビスタは自らを心底呪った。

 

「だから……アケノと一緒になんていられません。ずっと謝りたかった……ごめんなさい、アケノオールライト。私のせいで──」

 

「……ううん。っていうか、ナビに責任なんてないよ。私が望んだことで、私が選んだことなんだから、全部私の責任。それを勝手に奪わないでよ、これは私の人生で……失敗も挫折も絶望も全部私のもので、誰かに背負わせたくない」

 

 挫折を乗り越えたわけではない。だけど、あれほど嫌っていた故郷は無性に懐かしくて、そう捨てたものではなかった。

 

 帰るべき故郷があるということは、思ったよりも悪くなかった。だからこそアケノは故郷を、過去を、そして弱さを許すことが出来た。

 

「それとも、もう私とは一緒に居たくない?」

 

 優しさの中に不安が混ざる。拒絶されるのは怖い──ブエナビスタは顔を歪めて答える。

 

「……友達なんかじゃなかったんです。アケノといると、胸の辺りが痛いです……」

 

 泣きそうな声だった。

 

「私もだよ。ナビが辛そうに走ってるところを見ると、すごい嫌な気分になる」

 

 泣きそうな声だった。

 

「また、間違えるかもしれません。気が効かなくて、思いやりもないです。自分勝手で……」

 

 泣きそうな声だった。

 

「みんなそうだよ。それでも、また一緒に遊んで笑って、方向は違っても一緒に頑張りたい。友達ってさ、そんなに難しいことじゃないと思うんだ」

 

 もう、とっくに涙は止まらなかった。

 

「友達になるのに、資格なんていらないよ。同じ弱虫同士、これからも一緒にいよう?」

 

「これから……」

 

「終わりじゃないよ。これからだよ、負けたって……まだ、終わってないんだ。私も、ナビも。次があるんだ」

 

 そう言って、アケノは涙に濡れた下手くそな笑顔を作った。ナビも真似をしようとしたが、笑うこともできそうに無かった。

 

「……頑張ります、私……これから頑張って、頑張って……今度は、ほんとのヒーローになります。アケノ……それで、許してくれますか……?」

 

「ううん。ヒーローになんてならなくていい。友達、でしょ……?」

 

 その言葉にハッとして顔を上げた。

 

 どうしてか分からないけど、鼻の奥がツンと痛くて──

 

「だからナビも……一度逃げた、弱い私を許してくれる?」

 

「許すも何も──」

 

 ぎゅぅ、と抱きしめて。

 

「友達、でしょう……?」

 

「……うん」

 

 それで限界だった。

 

「うぅ、うぁぁぁぁぁああああああああ────…………うわぁあああああああああああああっ! 寂しかったです、寂しかったぁ──っ!」

 

 子供のように泣きじゃくるブエナビスタを、アケノは優しく抱きしめていた。

 

「うん、大丈夫……。ライブ、ちゃんと観るよ。実は家族と一緒に来てるから──」

 

「うわぁぁぁん──っ! は、恥ずかしいです、やめてぇぇぇぇぇぇ……」

 

 いろんな意味で涙が止まらなかった。

 

「お母さんに自慢するんだ。そこで踊ってるの、私の友達なんだって」

 

「……ずるいです、そんな風に言うの」

 

 少しだけ泣き止んだナビが、鼻水を啜って呟いた。

 

「うん。でも……あはは、ナビの畜生ぶりよりマシだと思うな」

 

「ほんと……失礼ですね。そんなアケノは、今度私と一緒にラーメン巡りの刑です。都内の家系全部経営破綻させるまで帰しませんからね……」

 

「そういうとこだよ……」

 

 

 

 

 

 そんな会話をドア越しに聞いていたトーセンジョーダンが、やれやれと疲れたように嬉しそうなため息を吐いた。

 

「はぁ、いや来てんなら言えよマジ。あー、しれっとあたしもあの中入っていけねーかなー……」

 

 そう呟いていると、向こうから走ってくる人影──

 

「あ、ジョーダン!? アケノ来てるにゃー!?」

 

「ネコっ!? ばっ、大声出すなって──」

 

 外でこんなことやってると、すぐ内側にバレて扉が開いた。

 

「え、ジョーダン?」

 

「あ、あはは……おひさし──うぐっ!?」

 

 勢いよく飛び込んできたネコパンチがトーセンジョーダンごとまとめて扉の中に雪崩れ込んだ──。

 

「にゃあ、おかえりにゃー! あとレースおつかれー! 2着と3着とかマジ笑わせるにゃ、あんだけ大口叩いといてこれとかおみゃーらほんと口だけだにゃー!」

 

「ネコォ──ッ! このッ、バラバラにして食べてやります! あッ……貴様ァァァ!! 逃げるな卑怯者ォォォ!!」

 

「にゃははー捕まるかにゃマヌケ共! アケノー、動画回しといてー!」

 

「ネコ鍋にしてやる……。今腹減ってっからさ、なんでもいいんだよねぇ……!」

 

 瞬く間に騒がしくなった控室にキレたハッピーミークが突撃して、最終的にスタッフにガチ説教されるまでそれは続いた。

 

 いつまでも続いていた。

 

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