「作戦を説明するわよ。一回しか言わないから耳の穴カッぽじってよく聞きなさい」
トン、とハンドルを指で叩いて──ダイワスカーレットはさしたる焦りもなく、冷静に話し始めた。カーナビの時間は11時ジャストをたった今示した後、無機質に1秒ずつ時間を数えている。
「まず連中──明日原とあのヒトミミは最寄りの神社に初詣に来ている。間違いないんでしょうね」
「え、ええっと……はい。ナビに確認したんですけど、神社デートだって言ってます。写真送られてきてますけど……見ますか──」
アケノがおずおずと差し出したスマホを睨み込むように確認したスカーレットは、ふん──と鼻を鳴らした。
「ちッ……サイアク」
不機嫌さを隠そうともしないダイワスカーレットの姿にアケノはビビりっぱなしだった。
(……怖いよぉ! 怖いって、プレッシャーやばいよ! テレビで見てた姿と全然違うじゃん、これどうなるのぉ……!?)
大スターに会えた喜びとか興奮とか全部吹っ飛んでしまった。アケノはいつの間にかスカーレットの軽自動車に乗っていた──なんか、巻き込まれていた。ジョーダンを焚き付けたら、いつの間にか逃げられない位置に座らされていた。
「ジョーダン。あんたやる気ないんなら帰りなさい。アタシだけでも十分なのよ」
美しく、そして鋭い瞳がジョーダンを睨み付けた。
ジョーダンはどこか上の空のようだった。迷っているというか、気持ちのスイッチが入っていない──そういう印象を受ける。
「……え? ああ……っス──」
煮えたぎらないというか、ほとんど話も聞いていないジョーダンにスカーレットは一度溜め息を吐くと手を出した。具体的にはガッとジョーダンの頭を掴んだ。
「おい」
本職の人みたいなドスの効いた声。アケノはぎゅっと身を縮こませて耳を塞いだ。怖くて仕方なかった。
「今の状況分かってる? 気がかりなことがあるなら言いなさい。いい? アタシがアンタに見切り付ける前に、さっさとやる気スイッチ入れろっつってんのよ」
(ひえーっ! やっぱ東京には鬼がおるよーっ! 助けてお婆ちゃーん!)
アケノの内心の悲鳴をよそに、ジョーダンは感情が抜け落ちたみたいな風に口を開く。
「パイセンは、なんであっすーが好きなの?」
ジョーダンは、心底疑問に思ったみたいにそう聞いた。まるで状況が分かっていないかのようなジョーダンにアケノは思わず叫びそうになった。
(それ今聞くこと!? 今じゃなきゃいけなかったかなー!?)
「あいつがアタシの1番だからよ」
(いや答えるんかい!)
考えもせずに真っ直ぐに答える姿──ダイワスカーレットに迷いはない。常に自分を貫き続けた姿は定規のように真っ直ぐで美しい。
ちら、とアケノは冷や汗をかきながらジョーダンに目を向けた。いつも弄ってるアイフォンを構う気配もなく、意識だけどっか飛んでいるようにぼうっとした覇気のない顔。
(ジョーダンを焚きつけたはいいけど……まだ理由が見つかってないんだ)
いつもは明るいアケノの友人は、見てられないくらいに沈んでいる。スカーレットもそれぐらいのことは理解しているが、アケノと違ってスカーレットは優しくなかった。
本当に大変だと思う。誰だって恋をするし、恋をしたら望みは増えていく。好きな人とはもっと仲良くなりたいと願って当然だし、付き合いたいと思ったりイチャつきたいと思ったりして当たり前だ。
これまでの人生で積み重なった自己肯定感の欠如。GⅠで勝ったりと結果を残してきたためにそれは改善傾向が見られているが、こと恋愛に関してはジョーダンは本質的に奥手もいいとこ。明日原のスパダリムーブに対しての劣等感が拭えない──スカーレットの存在も大きい。人間もウマ娘もそう簡単に変わることは出来ないのだ。
ジョーダンは、自分が行動を起こしていい理由をまだ見つけられないでいる。
(……もしかしたら、噴火する前の火山みたいな感じになってるだけかも、だけど)
──あるいは嵐の前の静けさか。どちらにしろ冗談で済まされそうにはない。
ー ー ー
明日原景悟は静かに一礼した。
もしも神様が本当にいるのだとするなら、どうしてこのような試練を与え賜うたのか──おお神よ、なぜ我を見捨てたのか。神も仏もない爆心地みたいな現状を呪い、その恨みを込めて神前に頭を垂れて思った。
(マジで呪ってやるからな)
とても初詣で願うこととは思えなかった。もうちょい願い事とかあるだろうが、明日原にはそんなことを願う余裕などなかった。虚無顔の明日原の隣では桐生院(娘)が微笑んだまま目を閉じて両手を合わせている。非常に対照的だった。
2人きりにされているのが余計にダメだった。桐生院から放たれる幸せオーラにより自動的にラブコメの波動が形成されている。
新年の朝に吐く息は白く曇って、透明になって消えていった。首元に巻いたマフラー、目が合うと笑いかけてくれる。
後ろには参拝客の行列が出来ていたので、お参りを終えると歩き出した。どちらともなく口を開く。
「何をお願いしました?」
「……世界平和ですかね」
「スケール大きいですね! あ、でも私も似たようなものかも」
「なんです?」
「無病息災……今年も、みんなが元気で健康に過ごせますように──って」
彼女らしい願い。担当であるブエナビスタ、そして今年の3月に卒業するハッピーミーク。今年も元気いっぱいの生活が続きますように。
(それと、あなたとずっと一緒にいられますように──なんて、恥ずかしくて言えませんけど)
内に秘めた思いはもう隠す必要がなくなった。少しずつ伝えて、少しずつ距離を縮めて、いつかは一緒になれますように。
(揚げタコになりたい)
明日原はたまたま目に入った凧を見て思った。
「あ、屋台……何か食べますか? りんご飴とか一緒に食べませんか?」
「それはいいアイデアですね」
残念ながら自動翻訳みたいになってしまったが、桐生院は浮かれていたので気が付かなかったらしい。私が買ってきますね、と言い残して屋台へと歩いて行った。
明日原はどうしてかまともに力の入らない全身を引きずる気にもなれず、人混みを避けて隅の方で突っ立っていた。
──突然視界が途切れて口元を布のようなもので塞がれたあたりで明日原の記憶は途切れている。
「……あれ? 景悟さん、景悟さーん。あれー……? どこですかー……」
シュバっと横からブエナビスタとハッピーミークが現れて呟く。
「……想定より、早かった」
「ですねぇ。で、どこ行きました?」
ブエナビスタは桐生院が握っている2人分のりんご飴の片方を勝手に奪って頬張った。ハッピーミークがアイフォンを起動し、マップアプリを起動。明日原の服にはGPS端末が仕込まれている(当然だが本人は気づいていない)。
「そう簡単に、逃げられると思うなよ……」
「え? え? え?」
「さてやりますか。ダラダラ続いた恋のダービーにも決着をつけてやりましょう」
ー ー ー
──スケジュール。
1、午前11時。隙をついて明日原を誘拐。スカーレットの車にハイエースして速やかに神社から立ち去る。
2、現在正午。スカーレットの実家へ向かっている←イマココ
「イマココ、じゃありませんよ……」
「仕方ないじゃない。桐生院本家が本腰入れる前に体制を整える必要があるんだから」
「こう……なんか、話のジャンル変わってません?」
流れていく景色を見ていた。フェンスで区切られた道路、街は見えない。
「……とりあえず、葵さんに連絡を入れます。突然居なくなったら心配するでしょうし」
「どーせミークあたりが付いてんでしょ、心配いらないわ」
どうしてこうなったのだろう? 明日原はもう何百回目の自問自答を繰り返した。
追い詰められているというか、ここまできたらなるようになれみたいな気持ちがないでもない。というかこういう話に実家とか両親が絡むと冗談で済まされない度(トレーナー固有の尺度)が2〜5倍にまで跳ね上がる。
ちら──と、後部座席を見た。ものすごい暗い顔で顔を伏せるジョーダン、割とキツめの目で明日原を睨むアケノ──そっと目を逸らした。
(どうしよう……)
ブエナビスタの策略により桐生院とのデート中にジョーダンに遭遇した時の気まずさと言ったらなかったし、まさか倒れるとは思わなかったし。明日原とて、ジョーダンが倒れた時は流石に心配したし付き添おうともした。正直気が気でなかった。
しかしブエナビスタがいいからデートしといてくださいの一点張りでジョーダンを連れていってしまったおかげで明日原はとんでもなく後ろめたい。顔とかまともに見れない。メッセージとか入れようかとも思ったが、マジで何を伝えていいのか分からなかった。
「というか……本家って、マジで言ってます? お母さん忙しいんじゃ──」
「お義母さん?」
「いえお母さん……」
ダイワスカーレットの本家は実はかなり大きな家であり、トゥインクルシリーズでも結構な存在感を放っていたりする──特にここ十数年の勢いが強い。スカーレット一族と呼ばれるその一家は所謂名門というヤツであり、余計に胃が痛くなる要因となっている。
「正月くらい家にいるわよ。連絡して事情を伝えたら"是非話がしたい"って」
「………………」
「安心しなさい。悪いようにはしないわよ」
ぎゅっと胃の辺りを抑える明日原にカラカラと笑ったダイワスカーレット──。本家まではそう遠くもない。
「……用事を思い出しました。すみません、ここで構わないので下ろしてくれませんか?」
「アンタ、嘘付く時右のほっぺ触る癖あるわよ」
「うそぉ──」
「嘘よ」
はっとして頬を触る明日原と、まるで車を止める気配のないスカーレット。完全に理解されていた。流石に重ねた時間が違う。
「あのー、私たちのこと忘れてませんかー……?」
アケノが居心地悪そうに口を開いた──。おそらくこの一件での一番の迷惑を被っているアケノオールライト。ちらりと横のジョーダンの昏い顔を盗み見て表情を曇らせ、ついでに明日原をひと睨み。車内の空気が一気に重くなった。
「……ああ、そうだジョーダン? アンタ、ウマッターでもウマスタでもいいけどなんか投稿しときなさいよ」
重苦しい空気など全く意に解さぬスカーレットは子供を注意する母親みたいな感じでそう言うが、ジョーダンはわずかに顔を上げるばかり。相変わらず何を考えているのか分からないような表情でぼんやりとしている。
アケノはまだスイッチの入り切っていないジョーダンを心配そうに見て考えていた。
(本家とかちょっと何言ってるか分かんないけど……このままだとジョーダンは蚊帳の外になっちゃう)
時速90kmで流れていく窓の外は首都高──みるみるうちに府中から遠ざかっていく現在地が危機感を募らせていく。実家とか持ち出すのは正直この上なく大人気ないとは思うのだが、手段を選ばないという気持ちも理解出来なくはない。
問題は明日原だ。さっきからジョーダンに何か話しかけようとする素振りは見せているこのクズ男が誰を選ぶのか──それが問題で、最も重要なポイントとなるだろう。
「今、パイセンのウチ行ってんスか」
唐突な言葉の意味を図りかねる──。
「そうだけど?」
「連れてってどーすんスか」
「別に、安全な場所ってだけ。桐生院なんて何してくるかわっかんないんだから」
(そんなノリなの? 言っちゃなんだけどただの痴情のもつれだよねこれ。安地とか必要なの?)
アケノは訝しがるが、実際侮ってはならない。恋は時に人もウマ娘も暴走させる──力づくで奪うことが可能なウマ娘たちにはその手段がある。過去の事例は数多く、そしてウマ娘同士での
変則的ではあるが、桐生院の背後には結構おもしれータイプの女が2人もついている。備えるに越したことはない。
少々の沈黙が訪れた。エンジンの音以外に何も聞こえない──嫌に息苦しい空間。
アケノは意を決して、ぐっと手のひらを握り、はっきりと明日原に向けて言葉を放った。
「明日原トレーナー、一つだけいいですか」
アケノにしては珍しい、明確な強い意志──もっと正確に表現するならば、強い怒気の込められた言葉だった。明日原は何も返事をしなかったので、アケノは続ける。
「ジョーダンに言うべき言葉、ありませんか……!?」
──怒りと軽蔑を混ぜて、半分ほどキレながら放たれた言葉。時間はあったはず、そしてそのための機会が全くなかったとは言わせない。電話、最低でもLINEの一通くらいは送れたはず。なのに完全に放ったらかしである。最低だった。
倒れた担当放って女と初詣とは随分いい身分だなこの野郎──仮に立場とか後腐れとかそう言った面倒なものが全てなかったとしたら、アケノはそんなことを言っていただろう。
ほんの僅かにジョーダンが顔を上げて、無表情のままアケノを眺めていた──。
「……そうですね。君の言う通りです──」
割とあっさり自分の非を認めて謝罪しようとした明日原を遮ったのはスカーレットの他にはあり得なかった。
「なんも必要ないでしょ、勝手に倒れただけじゃない。他に誰も助けてくれる人が居なかったのならまだしも世話焼く人は周りに居んでしょ? 担当ウマ娘つったって、別に恋人じゃないのよ」
「そういう問題じゃないと思います! だって──」
「そういう問題。なぜならトレーナーになんでもかんでも期待していい訳ではないし、トレーナーはずっと側にいる訳じゃないから」
「それにしたって──明けましておめでとうくらい言ってもいいじゃないですか!」
そういう問題だろうか、と明日原は思った。
「……それもそうね。言ってないの?」
「……」
桐生院家の圧力に飲まれて忘れていたとは口が裂けても言えないし、なんだったら今も気まずくて仕方ない。普通に謝りたかったのだがスカーレットに機会を潰されてしまって引くに引けない。大人は情けない。
「……あけおめです、ジョーダン」
聞いたことないほど暗いあけおめだった。
「うん……ことよろ」
地獄みたいだ、と思った。今年の正月はどこ行ってもこんな感じだな、とも思った。
首都高を走行中──突如として着信。ジョーダンのポケットからお馴染みの着信音が重苦しい車内を染め上げる。
『もすもーす。別に用件とかありませんけどもー、とりま右見てくれます? きっと退屈はさせないと思いますよ!』
なんとなく予想していたが、
右と言われても車内だ、道路があるだけである。それを伝えようとちらりと右を見ると──やはりどうと言うことはない、車が走っているだけだ。
「……今、首都高なんだけど」
『まあまあ、そう言わずに〜。よーく見てみるべきです、ねえ?』
「なに──」
別に見たって仕方ない、白い車が一台走っているだけだ。アホな勘違いでもしているであろうナビを鬱陶しそうにあしらおうとするが、その白い車の窓越しに見える誰かに目を疑った。
『あ、やっと見てくれましたね! そうですそうです──追い掛けて来たんですよォ! 鬼ごっこしましょー笑うっと負けよー』
瞬間的に、ジョーダンは叫んでいた。
「ダスカ先輩横! 右! 居る! 白いヤツ!」
「なぁんですってぇ〜!?」
窓を開く──1月のツンとした冷気が時速90キロで車内の暖かさを奪っていった。でもそんなことは今は問題ではない。真横のレーンを走るレクサスの窓も同様に空いていて、ティアラ二冠ウマ娘の憎たらしい顔が見えた。これで世間的には愛嬌◎で通ってるからどうかしてる。トレセン7不思議の1つに数えていいかもしれない。
「おいゴラァ! 降りろォ! 免許持ってんですかァ!」
なんか叫んでる。楽しそうだ。
「ナ〜ビ〜!?」
青筋を立てた珍しい表情のアケノがジョーダンより先に窓に乗り出して叫んだ。風の音にかき消されないくらいの大声である。
「私ねぇ、今回は結構怒ってるよ!?」
「げっ、アケノ! 居たんですか!?」
「居たんですかじゃないでしょ!? やっていいこととダメなことがあるの! 今回ばかりはタダじゃおかないからね、覚悟して!」
ここで意外な事実が判明する。畜生生物ブエナビスタはこれまで割とやりたい放題やって来たが、ここに来て弱点──アケノオールライトの存在が明らかになった。ナビは怒ったアケノに弱い──が、ただで引き下がるわけにはいかない。
「し、仕方ないですよぉ! だってどのみち通る道じゃないですかそんなの、早いか遅いかの違いだけです!」
ジョーダンとて、有馬での賭けに恨み辛みはないではない。何勝手にそんな賭けしてんのとは思うが、付き合うとか付き合わないは明日原の勝手だ。それに明日原はジョーダンの勝利に賭けた──それに応えられなかった自分が悪い。負けた悔しさはもう割り切った。
それはそれとして、ジョーダンは今も普通に引きずっているが。
「そういうことじゃないの! つか伝え方ってもんがあるだべ!? やっぱその曲がった根性叩き直さないげねが!?」
アケノから秋田弁が飛び出した。相当頭に血が上っている証拠である。
「何喋ってっか分かんねーですよ! つか私はアオイの味方です! 随分前に面白い方の味方とか言いましたがウソです! 私はこれでもアオイの願いを叶えたいだけなんですよぉ!」
誤解されることも多いのだが、ブエナビスタは実は桐生院のことは相当好きだし感謝している。ブエナビスタがやらかす案件ではよく桐生院が方々に謝って回っていたりするし、その度に説教は途切れないのだが、決して見捨てようとはしない桐生院にはハッピーミーク同様深い敬愛と尊敬を──
「こんの嘘吐きは……! どうせメディアにバラす算段でも立ててるんでしょ、証拠音声とか録音してるんでしょ!?」
「何を根拠に! 憶測でものを言うべきじゃありませんよォ!」
「っ、絶対やってる──」
トレセン関係の恋愛沙汰はそれなりに取り沙汰される。それが祝福かバッシングになるかは世間的な好感度とその時の状況によるが、今回みたいな泥沼の場合はどうだろうか。少なくとも一週間ほど世間を退屈させないくらいにはなるだろうか。
「どーせまた乙名史記者でしょ、こっそりリーク始めてるんじゃないの!? 確認してもいいんだからね!」
「し、知らないですねそんな変態記者! 誰ですか乙名史って、カマかけようってったってそうはいきませんよ! つかこっちはおしゃべりしに来たんじゃないんですよ!」
速度を上げた横の車が前に着く。映画とかでよく見る車を強制的に停めるアレ──それを躱すためにスカーレットはハンドルを切る──が。
「ッ、囲まれてる!? チッ、どこまで行っても鬱陶しい連中ね……ッ!」
横にもう一台、ピッタリとマークしてくる車両。運転席に目を凝らすと芦毛の人物が確認出来た。サングラスを掛けたハッピーミークがハンドルを握っている。逃げ場がない、かといって減速するのは向こうの思う壺──となれば。
スカーレットはアクセルを踏み込んだ。呼応して力強くエンジンが鼓動する。
「──チキンレースと行こうじゃないの。我慢勝負なら負けないわよ……ッ」
「あッ、安全運転でお願いしますよッ!?」
「アンタはそれより自分の心配をするべきね!」
それを今してるんじゃないかと言う前に、フロントガラスに車体が迫って来て明日原は竦み上がった。シンプルに命の危険を感じていたが成す術もない、衝突まであと3、2、1──前方のレクサスが避けるようにレーンを変更し、危険は過ぎ去った。前が空いたその隙を逃さず急加速し包囲から脱出する。
「はッ、ビビったわね。根性無しはすっこんでなさいっての──飛ばすわよ、舌噛むんじゃないわよ!」
軽自動車のエンジンが唸った。楽しいドライブはまだ始まったばかりだ。
「アオイ! どうして避けたんですか!?」
「衝突したら危険ですし……うう、まさかぶつかるのも躊躇しないなんて……」
「ぶつかってやったら良かったんですよあんなの、路肩停めてあの男を奪えば済む話じゃないですか! 覚悟決めたんじゃないんですか!? あいつをモノにするんでしょう!?」
「う、ううぅ……そうです、私だって……絶対負けないんですから!」
ぐん、と加速していく高級車。ゴールまでの距離は長くない、悠長にしていられない。残された時間はそう長いものではないのだ。それは誰にとっても。
ー ー ー
元旦の首都高を暴走する3台の車両がデッドヒートを続けている。可愛らしいカラーの軽自動車に乗るのは今回の景品こと明日原を始めとした4名、それを追う国産高級車二台にはそれぞれ桐生院葵とブエナビスタ、そして単独での行動となるハッピーミーク(免許取得後1週間)。快調に飛ばして行きます。
「おい明日原ァ! 出てこいやーッ!」
衝突スレスレまで近づいた窓から大声が飛び出した。
「呼んでるわよ?」
沈黙が返答。そもそも高速走行中の車内からどう出ろと──。
「はいはい分かってるわ。大丈夫よ、もう鬼ごっこはおしまい」
インターの出口へ軽自動車が向かっていく。インターを降りた先は都心部に比べればかなり緑豊かな街。郊外へと走らせていくスカーレットたちを追っていく2台の車。賑やかだった。
「いいわ。どうせ決着はつけなきゃだし、全員まとめて招待してあげる。ようこそ──スカーレット家へ」
なんかめっちゃでかい豪邸が視界を埋め尽くして、これ以上ないくらい存在を主張している。絵に描いたみたいな上流階級の家に思わず圧倒される。車のまま敷地内へと入っていき、広々とした駐車場へ──。
「うわ、ガチもんのお嬢様だったんだ……」
庶民代表のアケノが小声で慄いていた。こんなバカでかい家が実在したとは──。
明日原は何回か訪れたことがある。その時のストレスを思い出して早くも苦い顔。車から降りたくなさそうだ。
「ほら。ぐずってないでさっさと降りなさい。パパとママに連絡入れておいたから──あ、お昼まだでしょ? 食べて来なさい、用意するわ」
「……」
スカーレットは車を降りて玄関へと先導するが、当然タダで通るわけがない。チーム桐生院がいるからである。
「──悪ぃが、こっから先は一方通行です。侵入は禁止ってんで、尻尾巻いて引き返しやがれ!」
「……往生、しやがれ」
前面に出てガンを飛ばしてくるヤンキー2人組とその後ろでポケモントレーナーみたいになってる桐生院。ロケット団でもいいかもしれない。
「明日原ァ。これはマジではっきりして欲しいんですがね、手前ェは一体誰選ぶつもりなんですかァ〜? 風見鶏決め込んでっからンなコトになってんですよォ〜?」
(ガラ悪っ……)
じりじりと距離を詰めてくる三下ムーブのナビ。口調こそアレだが言ってることは割と正論であり、必然的に明日原へ注目が集まった。ぎゅっと胸に手を当てて明日原を見つめる桐生院、真剣な表情で視線を向けるスカーレット──そして、何を考えているのか不安定な、普段の様子からはかけ離れた表情のジョーダン。
「……いくつか先に言っておきたいのですが、僕はこのカオスな状況をどうにか穏便に収めることしか考えていません。僕にとって最も優先するべきことはジョーダンのトレーナーを続けることであり、週刊誌だかにすっぱ抜かれるのが1番嫌なことで、避けるべきだと考えています」
ウマ娘は別にアイドルでもなんでもないのだが、レースは所詮人気商売みたいな側面があるし、アイドル的な側面があることは確かだ。誰がはっきりと言ったわけではないが、なんとなく公式な恋愛はご法度的な空気が流れている。
ウマ娘とトレーナーはよく恋愛しがちで、それ自体は非難されないし、されるべきではない──が、いわゆる健全なお付き合いの範囲から逸れると一気に問題化する。トレセン上層部ではいわゆる
トレセンはメディアとも付き合いがあるし、テレビへの出演も少なくない。特に可愛らしい容姿の多いウマ娘のことだ、案件が顕在化すればトレーナーへの
「けっ。結局我が身可愛いだけじゃねーですか」
「まあ否定はしませんが……」
ただ、明日原がトラブルに見舞われるということはジョーダンにも被害が及ぶということでもある。担当であるジョーダンを守るため、とも表現出来るところだ。
「ムカつきますねェ。なァに被害者ヅラしてんのか知りませんが、世間体とかンなのはどーでもいいし、関係もないです。こんなのポケモンの最初と一緒じゃないですか。そこに3体のポケモンがいるでしょう? じゃあ1匹選べって話です、ゲーム始まんないでしょうが」
「うわ、ポケモンとか懐かしい……。キモリ選んだなぁ」
ものすごく身も蓋もないことを除けば、さっきからナビが珍しく正論しか喋ってない。明日原はミズゴロウだった。
「はっきりしろってんです。誰ですか?」
ここへ来て、ついに明日原の逃げ道が無くなった──。どうやら腹を決めるしかないらしいと悟って、明日原は口を開く。
「では、スカーレットで」
ぐっとスカーレットがガッツポーズをした。よっしゃとか聞こえた。だがそれ以外の2人の反応が顕著──。固まったのちに段々と顔を伏せて早くも泣きそうになっている桐生院を見てブエナビスタがキレた。
「てめェッ、殺してやる──ッ! なァにが不満なんですゥ──!? 胸ですか!? やっぱ男はおっぱいが好きなんですかぁ!? アオイは確かにそこのメスと比べりゃンな大きかねーですがね、努力してんですよこれでもォッ!」
お願いだからそんな言葉を大声で叫ばないで欲しかったが勢いは止まりそうにない。瞬く間に明日原に詰め寄り胸元を掴み上げてブンブンと振り回すブエナビスタ、本当に殺されるかもしれない。
「……やっぱ、おっぱいなん?」
ジョーダンの泣きそうな声とか聞きたくなかった。アケノが静かにブチキレている──少しでも半端なことを言ったら殺されそうな殺気を感じた。
「…………いえ。それは、別に……関係ありませんけど……」
「あ、ああああやっぱりだ! ナビ! こいつおっぱい派だってー!」
ついにアケノまで明日原をこいつ呼ばわりし始めた。これまではそこそこあったであろう多少の尊敬とか威厳はついに地の底に堕ちて久しい。
「はぁぁぁぁ!? とんだ変態野郎ですねぇ! ダスカ先輩を担当してた3年間、頭ん中じゃ煩悩まみれだったってことでしょぉー!? 通報しますねー!」
「やったれやったれー!」
敵しかいない。いよいよ本格的にどうしようも無くなった状況を前に"どうしよう"しか考えられなくなった明日原の横に嬉しそうなスカーレットが立っていた。
「……実際どうだったわけ? あんた、あたしのことそういう目で見てたの?」
「……まさか」
「ふーん。ふーーーーーーん? へー、あー、そう。そうだったんだ。ふーーーーーーーーーーん。へー……ふふ、えへへ、なーんだ。あんたもケダモノだったってわけね」
(チーズ蒸しパンになりたい)
消えてなくなりたかった。口先だけの誤魔化しですら通用しない。もしかしたら自分の吐いた嘘は何一つ騙し通すことはできないのかも知れないが、流石にこれは明日原に罪があるとは言い切れない部分もないことはない。プールでのトレーニングとかでは正直無理だろとか思ってた。
「聞いてたでしょミーク! 諦めなさい! 指咥えて見てなさいよ、そんで3人で水族館でも行ってりゃいいんじゃない!?」
勝者の圧倒的な余裕を見せつけて高らかに叫ぶスカーレット──完全に見下す体制に入った。女王の表情である。
「結局、最後まで勇気出せなかったくせに。策略家を気取ってるけど、関係性に甘えてきたのはスカーレットも一緒……だよ」
負け惜しみとばかりに、ハッピーミークは言いたい放題である。スカーレットは図星を突かれて顔を真っ赤にした。
「は──はぁぁぁぁぁぁぁ!? あ、あ、あ、あんた言っていいことと悪いことが……ッ!」
「どうせ、こんなの結果論なんだから……。だいたい、勝った気でいるけど……まだ何も始まってないし、終わっても──ない」
「勝手に言ってなさいよそんなの! 賭けで付き合ったとかどうとか言ったって別れるのは自由じゃない! あんたに明日原の人生についてどうこう言う権利なんかないわ!」
「そうとも限らない」
「限るわよッ!」
「ううん。あおいは私のトレーナーで……あすはらは、あおいと結ばれるんだよ」
「結ばれないわよッ!」
「結ばれる。普通に考えて、ヒトミミはヒトミミ同士でよろしくやるべき」
「あーもうッ! ごちゃごちゃうるさいわね、こいつはアタシのなのよ! もうとっくに予約済みだったのに、なんで後からワラワラ出てくるわけ!? ギャーギャーやるぐらいだったら、このダイワスカーレットのために大人しくファンファーレでも吹いてるのがお似合いよ!」
「……ちょっと優しくされたぐらいで、好きになったくせに……」
「あーッ! その話やめなさいあんた、ほんとぶっ殺すわよッ!? 明日原ぁ! 聞いてないわよね!?」
聞いてないと言えば無理があるし、何よりものすごく興味を引いた。スカーレットは永遠にかかり気味だったが、実はその原点については明日原はよく知らないのである。
「知ってんですよこっちはよォ! ダスカ先輩、メイクデビューで勝ったとき頭ぽんぽんって子供みたいに撫でてもらって顔真っ赤にしたってことぐらい、オセアニアじゃ常識なんですよォ!」
「やめなさいマジでやめなさいほんと黙りなさいよマジで黙りなさいアンタッ! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
(そんなことしたっけ……)
というか頭ぽんぽんはどう考えたってヤバいだろう。スカーレットは当時高1──少女漫画でもあるまいし、というか一歩間違ったら普通にセクハラなヤツ。もう5年以上も前のことなので覚えていなかったのが不幸中の幸い、あるいはその逆。
「だいたい昔のことなんて関係ないわッ! アタシがこいつの1番で、もう話はお終いなんだから!」
「そうとも限らない。あすはらはあくまで3人の中なら誰が1番か、と言っただけ……。現実問題で誰と結ばれるかは、また別の話──そうでしょ? あすはら」
「んなわけないでしょッ! こちとらもう同居の準備始めてんのよ、子供は何人欲しい!?」
「落ち着いてください、お願いですから落ち着いてください」
冷や汗が出始めた。もしかしたらまた何か選択を間違えたかもしれない──
「そう──悪いことは言わないから、あおいにするべき。そうじゃなくても……最低限度の義理は通してもらう」
「義理?」
「けじめをつけろ」
ハッピーミークの視線の先にボロ泣きしている桐生院の姿がある。嗚咽を噛み殺してボロ泣きしている姿は見ているだけで、こっちまでなんか泣きそうになってくる。
明日原と桐生院は付き合っている──スカーレットを選ぶのならその関係を解消しなければならない。それがミークの言っているけじめ。
「うぅっ、ぅえっ、ぅぁ、っ……っ」
エグいくらいの泣き顔は想いの裏返しだ。それだけ自分のことを思ってくれていたのだ──と、好意的に解釈してもいいが、だからなんやねんという話である。
(どうしよ……逃げたい。逃げられるか……?)
まともな神経を持ち合わせているのであれば罪悪感に押し潰されるだろう。その上担当から向けられる殺気でさっきから心臓の動きがうるさい(巧妙なギャグ)。
逃げることを決意した訳ではないが、明日原は周囲環境を確認するために視線を配った。最寄り駅までそう遠くはない、大通りもすぐそこ。そしてそれらの情報を確認している最中にもう一つ見てしまう。
「……やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ」
ぶつぶつぶつぶつ──瞳に溜まった涙は溢れ出しそうで、ぼんやりと明日原を眺めていた。目が合った。ハイライトがオフになっていた。
「嫌だよね、行ってほしくないよね。苦しいよね、悲しいよね」
迷い、迷って、迷い続けて答えは出ない。アケノオールライトがジョーダンの耳元で囁いている──
「欲しいんでしょ? 私は相応しくない、なんて言い訳はやめて素直になろうよ……それは怖がってるだけ。ジョーダンは拒絶されるのが怖いんだよ……私には分かる」
「……………………あたし、は」
どうなりたい訳ではない。何かして欲しいことがある訳ではない。根底にはずっと劣等感が眠っている。自分なんかが明日原に釣り合う訳がない、こんなバカが彼女だったら明日原が笑われる。それが嫌だった。
「怖いよね。優しさが辛いんだよね。本当は自分のことを嫌ってるんじゃないかって不安なんだよね。拒まれたらどうしようって、もう逃げ場所がないぞって……だから何も伝えられなかったんだよね。仕方ないよね」
それでも嫌なのだ。想いを寄せるひとの心を奪われるのは──それが自分のものではなかったとしても、目に見えなくなる場所まで自分を置いて行ってしまうのではないかと。
「でもね、その問題を解決する必要はないんだよ」
「え……?」
「教えてあげる」
──チーム桐生院からの殺気に呼応するような、異様な圧力が放たれていた。
「いい? よく聞いてね」
──男の人ってね、ウマ娘には力じゃ絶対に勝てないんだよ。
オトコノヒトッテネ、ウマムスメニハチカラジャゼッタイニカテナインダヨー!
それは誰の声だったのだろうか。果たして誰が言っていたのだろうか? 体の内側で誰かが喋っているみたいだ。
だからねー、もし拒絶されちゃったりしてもさ、力づくでやっちゃえばいいんだよー! キミもそうでしょ? 本当は、よわっちく抵抗するあの人を押さえつけて、力任せにぐちゃぐちゃにしたいんでしょ?
やっちゃいなよ!
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明日原が駆け出した。
(不味い。この場所に留まるのはマジでヤバい。殺される)
かつてない危機感と治らない鳥肌が警告している。後ろを振り向く手間すら惜しい。一直線に大通りを目指して走る──トレーナーとしての知識、最も早いフォームで脇目も振らずに腕を振る。
「あーッ! 逃げるな卑怯者!! 責任から逃げるなアアアアアッ!! 煉獄さんは逃げなかった、最後まで責任を果たしたんですよォォォォォォッ!!」
「猗窩座だって逃げて生き残ったんですよ、僕は逃げる……ッ!」
「待ちなさい明日原ァ! 何逃げてんのかしら!?」
「……逃さん、から……ゼッタイ……!」
追いかけたのはダイワスカーレットとトーセンジョーダン。元担当と現担当にガチの顔で追いかけられる明日原はなかなか愉快な様子だ。当たり前だが、スタートダッシュの速さで生じた明日原のリードは3秒くらいでゼロになった。ウサインボルトでさえ時速約38kmだというのに、どうして逃げ切れると思ったのか。
「アンタなんで逃げられると思ってんの……!? 悪いのはこの逃げようとした足? それともまだ現実を分かってない哀れな精神構造かしら!?」
もみくちゃになりながら明日原はアスファルトに組み伏せられた。抵抗しようともがくが、どこで習ったのかスカーレットが関節を極めてくるために動けない。その上ジョーダンまで腕を掴んでいる。目が怖い。
「なんで逃げたん」
ぼそっとジョーダンが問い詰めるような口調で明日原の顔を覗き込んだ。下手なホラーより怖い。
「……離してください」
「どうして逃げたんって……聞いてんじゃん」
ほんの少しだが全力疾走をしたジョーダンはわずかに息が上がっている。そしてそのせいか、頬が紅潮しているようにも見える。吐き出す息は白く曇っていた。
「答えてよ──」
こんなやばいジョーダンの表情を見たのは久しぶりだ。定期的にこんな感じになるの本当に勘弁してほしい。本気で身の危険を感じている明日原はもはやなりふりは構っていられない。
「……離してくださいッ!」
叫ぶや否や体を捻って抜け出し体制を取り、拘束を抜けだすために一気に力を込めて暴れた──
「答えろっつってんだろ!?」
ばごっ。あまりにもあっさりと潰えた企み。パワーの前に小細工は無力。正気を無くしたジョーダンが冷や汗と共に僅かな笑みを浮かべている。
「逃げられると思ってんじゃねーよ……明日原。あんたもう逃げられん、つか絶対逃さん。 言ったでしょ……!? あたし言ったじゃん! あたしなんてやめといた方がいいって言ったじゃん! 後悔したって遅いって言ったのにさぁ! あんたはあたしに手を差し伸べたんだ、もう逃げらんねーって言ったのにさぁっ!」
「い、言いましたね、言いましたよええ、でもまさかこんなことになるなんて思いませんよ! 普通に考えてそうはならないでしょう!?」
なっとるやろがい。
スカーレットが勢いを取り戻してきたジョーダンに忌々しそうに叫び散らした。さっきからもう人様に見せられない眼をしている。
「ほんッとうにしつこいわねアンタはぁッ! アンタが明日原に出会う前からアタシはずっと我慢してきたのよ、こいつが面倒な性格してるから仕方なくアタシは大人になるまで堪えてたのにッ! そしたらいつの間にか新しい女が居るしッ! もうなんなのよ、散々よッ! すっこんでなさいよこのおたんこにんじんッ!」
「パイセンこそ引っ込んでろよッ! どうせパイセンは1人でも生きてけるんだからさぁっ! ゼッタイ渡さない、渡すぐらいなら全部ぐちゃぐちゃにしてやるからっ! こいつは
「頭にメロンパンでも詰まってんじゃないの!? アタシが何年間この瞬間を待って、これから先に備えて考えて想ってッ! もうアタシん中じゃ決まってんのよ、いいじゃないアンタは結局助けてくれるヤツが周りにいるんだから、それで満足してなさいよ!」
「邪魔ですどけデカパイが! おめーらには慎ましさも遠慮もありませんねえ、これだから卑しい女ってのはキライですよッ!」
肉弾戦が始まった。明日原にも被害が及ぶ。痛い痛い痛い、人の体で綱引きをやるのはやめてほしい。死ぬぞ。
「やめッ──ぎゃァァァァァァァァァ!! 離してください、僕は自由だァァァァァァ!!」
「そんなワケないっしょ!? 逃げられないつってんじゃん、抵抗すんな! 叫ぶな、あーもう、口塞いでやる……!」
「あーッ! ダメですダメです、夏合宿の再現なんかさせませんよぉ!」
「どさくさに紛れて持ってこうとするのやめなさいよ! あんたほんと可愛げも隙もないわね! 降着するだけはあるわ! 性根が腐ってるんじゃないのかしら!?」
「うっせーですねェ! さすがミスパーフェクトは口喧嘩まで一等賞ってワケですかァ!? おめーはデカパイぶら下げてそこらへんの男釣ってりゃいいんですよ! こいつクズ男なんだから諦めたほうが絶対将来幸せですよォ!?」
「あんたんとこの桐生院だって似たようなもんじゃないの!? 箱入り娘が夢見てるだけなのよ! こいつ繕ってるだけで本性結構ゲスなんだから! あたしのこれは言わばゴミ掃除よ! 廃品回収と同じ! むしろ感謝してほしいぐらいね!」
「ちょ、千切れる、千切れます! 離してください! 離してください! 千切れるって! 痛い痛い痛い!!」
「うっせーよ! つかナビもダスカパイセンもなんなん!? さっきから言ってることやべーんだけど!? マジであっすーのこと好きなん!?」
「あんたも同じよ! てか否定できるもんならして見なさいよ!」
(明日原が期待を込めた瞳でジョーダンを見上げる)
「まあ、クズ……って言われたら……そうかも、だけど」
「ジョーダン!?」
「う、うっせーなさっきから! ジッサイそうなんだからしゃーなくね!? てか──あーもう、暴れんじゃねーよ大人しくしろ!」
「やめっ、むぐ!? ん"ー! ん"ー!」
「暴れんじゃねーよ! 人間がウマ娘に勝てるわけねーんだからさぁ!」
「そうよ! ヒトがウマ娘に勝てるわけないんだから!」
「そうですよこの下等生物が!」
「メディアの前でそれ言うの絶対やめてくださいね!? 本能寺くらい燃えます! あ、ちょ、やめ──」
「そんなことより自分の心配でもしてなさいよこのおたんこなす!」
「ギャアアアアアアアアアアア!」
断末魔を残して明日原は頸動脈を締められ、哀れにも気絶。人類とウマ娘のパワーバランスの縮図が現れているようで、あまりにも哀れだった。これもうわかんねえな。
正直すまんかったと思っている