新年明けまして、冬季休暇も終了。通常授業が戻ってきた。休み明けの抜き打ちテストとかいう負け確イベントにジョーダンは見事に敗北。
「うわ、ひっどい点数……どしたの。またバカに戻った?」
「……しゃーねーだろ。正月明けとか……不意打ちとか卑怯じゃん、だって……」
まあ割とクラス全員が死屍累々的な感じではあった。ゴールドシチーはふっと笑みを溢す。
「浮かれてたんでしょ」
「……なんで知ってるん?」
「いや、見りゃわかるでしょ。毎日楽しそうだよ、アンタ」
色々と吹っ切れたジョーダンは、これまで自身を押さえつけてきた様々な要因から解放された。有馬記念を通しての出来事も一段楽し、明日原とのあれこれに明確な方向性が与えられたことで悩みがなくなったのである。
そんなわけで、新年が明けてから明日原を振り回したり振り回したりしながら日々楽しく過ごしている。恋する年頃の少女は毎日がキラキラだ。
「でも点数はガチで悪いけどね。補習がんば」
「補習が1番ダルいわ……」
「一緒にいられる時間、減るもんね?」
「ばっ、そんなんじゃねーし!」
反射的に言い返したが、ゴールドシチーは口元の笑みを崩さない。見方によってはにやついているようにも見える。確信したシチーを前に何を言っても無駄と悟ったか、ジョーダンは一度似つかわしくないため息をついた。
「……悪いかよ」
「いーや、全然」
シチーはにやにやしている。ものすごくうざい──とかやってると、クラスメイトが歩いてきた。
「ジョーダン、お客さんだって。後輩の子みたい」
「お客さん? 誰?」
教室の入り口に目をやった。上級生の教室を前に気後れしているらしい一人のウマ娘の髪がドアから見え隠れしている。
「ちょい行ってくるわ、伝言あざ。シチー、メシ先食っといて。多分遅れる」
そう言い残して、ジョーダンはスマホをポケットに突っ込んだ。教室の入り口を潜って、右に目をやればそのお客さんである後輩が居る。相変わらずおどおどしているというか──自信なさげな感じだ。
「……ジョーダンセンパイ。ちょっと相談……いいっスか」
栗毛の小柄な後輩、今年からクラシック級に突入したオルフェーヴルが、目も合わせないままそう言った。
いじめられっ子。
オルフェーヴルは、一言で表すならそんなウマ娘だ。
ジョーダンとて、そんな深い部分までは知らない──ただ、一度それを見かねて口を出しただけである。クラスメイトとの言い合いだか言いがかりだか知らないが、オルフェーヴル1人に対して数人で因縁つけてわいのわいのとやってる場面に偶然通りがかっただけだ。
その時にはすでに皐月賞を獲っていたジョーダンは後輩たちにも名前は知られていたようで、それ以上のトラブルにはならなかった──が。
「……シンザン記念、出ます……今週末、っス」
「知ってる」
中庭のベンチに腰を下ろすと冷たい温度が伝わった。1月の澄んだ空から透明な日光が降り注いでいる。憎らしいほどの晴天と対照的に、オルフェーヴルの面持ちは硬い。
「応援行ったろ。頑張れよー」
「え……いや、京都……遠いんで、わざわざ来てもらわなくても……」
「いや新幹線で2時間ちょいなんだから、行くに決まってんだろ」
どんよりとしたままのオルフェーヴルを励ますように、ジョーダンはニカっと笑顔を作って、ぽんぽんと肩を叩いた。
「で、相談ってのはシンザン記念のこと?」
「……っス」
今年からクラシック級になったオルフェーヴル。しかし先行きはお世辞にも明るいとは言い難い──今世代はぶっちゃけかなりレベルが高いのである。ほとんどブエナビスタ1強世代であるジョーダンたちと異なり今期は粒揃いだ。
オルフェーヴルのジュニア期は、言葉を選んでも"散々"──レースになるとよく暴走して大敗する。
「……感情のコントロール、つか、自分……走ってる時の記憶、ないんス。ゲート開いたら、いつの間にかレース終わってて……」
それは二重人格に近い──何かがトリガーとなって、おどおどした普段の様子がひっくり返りものすごく凶暴になる。
オルフェーヴルはマスクの下に暗い表情を隠して俯いていた。
「コントロール出来るようになるってのが、課題なんスけど……何も成果なくて、こんなんでまたレース走ンの、不安っス……」
要は常時掛かり気味となるわけで、スタミナ管理が重要となるレースにおいては致命的な弱点だ。
「オルフェ……あんた、ホント大変よな」
こんな性格では日本社会はさぞ生きづらい──ジョーダンとて、全く優等生というわけではなかったが、自分以上に息苦しい日々を過ごしてきたことは想像に難くない。
「加賀っぴにはなんて言われてんの?」
「……どうにかしろ、って」
「マジで!? やべーだろアイツ! 何考えてんの!?」
あだ名だのアイツ呼ばわりだの言いたい放題なジョーダン。とは言っても仕方がない部分も大きいことも確かだ。どっちかというとオルフェーヴルの問題は精神科とかそういうところで対応するべきものだし、トレーナーは決して心理療法士とかではない。よしんばそういった知識に深くとも、1日やそこいらで解決できる問題でもない。
「それで……ジョーダンセンパイは、走るとき……何考えてんのかなって」
「あたしぃ? 参考になる?」
沈黙。それが返答──それを見て小さく息を吐いた。
「考えてることっつっても……みんなの位置とか、ペースとか……あとは、ぜってー勝つぞーってことぐらい……?」
オルフェーヴルは意外そうな顔をしていた。マスクで分かりづらいが、豆鉄砲で撃たれた鳩みたいだ。お察しの通り、ジョーダンのことを何にも考えていないヤツだと思っていたらしい。
「……おまえ、けっこー失礼。あたしはよくバカとか言われっけど、バカだからって何も考えねーってことじゃねーし。むしろバカだから人一倍考えなきゃいけねーの」
ぽん、とオルフェーヴルの頭を叩いた。
「いーよ。レースまで一週間ねーし、どんだけやれるか分かんねーけど、ちょっと色々やってみっか」
「え……手伝ってくれるンスか?」
「ん」
「や……そんな、センパイに迷惑掛けられないっス、そんな……」
おどおどと遠慮がちに身を引くオルフェーヴル。確かにこいつはいじめられっ子っぽいわ、とジョーダンは思った。
「いいじゃんやろうぜ。てかあたしよく知らねーんだよね、あんた全然マスク外さねーじゃん? 二重人格っつっても、どんなもんか知らねーし。ちょうどそこに加賀っち歩いてんじゃん、試してみてよ」
「い、いや、ダメ……ダメ、っス、そんな……危ないし、加賀さんに危ないことするかも、だし」
「加賀っちー! ちょいー!」
聞いちゃいなかった。
ジョーダンがブンブンと手を振って呼んだのはコンビニ袋をぶら下げて歩く加賀彰宏(30)。夏に誕生日を迎えてついに三十路に突入し、そろそろ健康診断の結果が焦げ臭くなってきている。
JKに元気よく呼ばれて加賀はジョーダンたちを確認し、嫌な予感を感知して露骨に嫌そうな顔をした。
「……なんだよ? 言っとくが俺は朝から何も食ってなくて死にそうなんだ。長くなりそうなら放課後にしてくれ」
「大丈夫だって、ほら──」
ジョーダンがサッと動いてオルフェーヴルのマスクに指を掛けて外そうとするが、咄嗟に抵抗が入る。グググ──と、マスクを抑えているのはオルフェーヴル。ギョッとしているのが加賀。
「止せッ、止めろ! 何考えてんだ!」
「センパイ、マジやめて……力強っ!」
正直に言おう。ジョーダンはちょっと面白がっていた。噂には聞いていたが、二重人格なんて普通に生きていればそうそう出会うこともない。
が、相当強い抵抗にもしかしたら本当に危ないかもしれないと思い直し、力を緩めた。
「ごめんって、ジョーダンだよ」
悪びれずそう笑ったジョーダンに雰囲気が多少は緩んだ。
「っはー、おいジョーダン。マジでやめろよ、ホントやめろよ。洒落にならん」
「っスよ──」
ホッと息を吐いたオルフェーヴル──今だ。
ジョーダンはサッとオルフェーヴルのマスクをずらした。素顔が現れる。
──それを認識した直後、加賀が背を向けて走り出した。迷いのない逃走である。
「加賀ァァァァァアアアアアッ!!! テメェ、逃げてんじゃねェぞボケがァァ!!!」
普段からは想像出来ないような目つきで加賀を追いかけたオルフェーヴルは一瞬でその背中に追いつくと、加賀を地面にねじ伏せた。ジョーダンはポカンとしている。
「おッ、落ち着け! よせ、止めろ!」
「テメェなんだそのヒゲ、剃れやカスがッ! ナメてんのか!? 誰のトレーナーやってるか分かってんのか!? ああ!?」
「落ち着け、頼むから落ち着け! 騒ぎを起こすな!」
「騒ぎとか関係ねえンだよ! テメェが今話してんのは誰だァ!? オレだろうがボケが!」
「ちょ、分かった、分かった! 分かったから! 今度はなんだよ、まだ文句あるのか!?」
目の前の事態について行けない──二重人格とは聞いても、まさかこんなことになるなんて思わなかった。本当に性格がひっくり返っているのをアホ面で眺めるほかない。
「文句ぅ? 文句だと? おいゴラ、ないとでも思ってんのか? オレぁテメェのアホヅラ見てるだけでイラつくんだよ、ナメやがって……」
「ちょいちょいちょい、ステイ、ステイだオルフェ! いやホントに、マジで頼む!」
「あ"あ"!?」
怒鳴り声がものすごい。いつもからは想像できない荒々しさで加賀を掴み上げるオルフェーヴルと、冷や汗が止まっていない加賀──30歳の男が命乞いでもしているような光景は若干シュールだ。
「オレに指図すんじゃねえよ! オレのご主人様はオレだけだ! 覚えとけちょびヒゲ野郎──」
突然すっと言葉が切れて、静寂が戻ってきた。
「……あれ、自分……え、加賀さん、どうしたんスか……?」
こっそりオルフェーヴルの後ろに回り込んでいたジョーダンが隙を見てマスクを元に戻したのである。マスクが鼻にまでかかった瞬間にバッタリと勢いが消えた。面白いくらいの変わり様だった。
自らの手で地面にねじ伏せた加賀の引き攣った顔、そしてこの状況──オルフェーヴルの顔がみるみる青くなっていった。
「あ、あわわ……じ、自分、またなんかやっちゃいました……!? じ、ジョーダンセンパイ、自分今何してたんスか!?」
「え、えーっとね、えぇーっと……うーんと、あー……なんも!」
「そ、そんな訳ないっスよね!? か、加賀さん……だ、大丈夫っスか、怪我とか──」
びくびくしながら加賀を起こして、オルフェーヴルは焦りと不安で一杯だった──。
「すんません、ほんとすんません! 自分、いつもこうで……デビューんときも、これでやらかして……」
「あー、加賀っちをぶん投げたヤツ?」
──そう。
オルフェーヴルはメイクデビューを1着で勝利したその勢いのまま、ターフまでオルフェーヴルを迎えに来た加賀を投げ飛ばしている。担当が勝利して笑顔を見せていた加賀にハグするような動作でぶん投げた姿は今でもウマチューブとかで検索すると出てくる。それで加賀は腰をやった。
「……心配すんな。もう一年近くお前さんのトレーナーやってんだ、慣れてるよ」
ため息を吐きながらそう言う加賀。全体的に担当のクセが強い。振り回されるのは慣れっこだ。
「分かったろ、ジョーダン。こいつのマスクを迂闊に外すんじゃねえぞ」
「りょ……ねえ、でも……なんでオルフェは真っ先に加賀っちの方に向かっていったん? 横にあたし居たのに」
「そりゃアレだ。暴君状態──マスク外した状態のことを俺は暴君って呼んでんだが、暴君の頭ん中には人物ごとに苛立ちゲージが設定されてるらしくてな。周囲にいるやつの中で1番ムカつくやつに襲い掛かるっぽいんだが、どうやら俺が1番ムカつくらしい」
「……え、嫌われてんの? ターフ生える」
「ち、違うっスよ! 嫌ってなんかないっス! 加賀さんは色々嫌なウワサ流れてた自分を拾ってくれて、世話焼いてくれて……」
「でも真っ先に襲い掛かるんでしょ? やっぱアレじゃね? 心の底では実は……的な」
「……やめようや。あんまりいじめるとおじさん泣いちまうぜ」
多少は冗談めかした加賀だが、拭い切れない切実さが見え隠れしていて切なかった。JK2人で寄ってたかっていじめたら本当に泣くかもしれない。
「……あ、でもさー」
ふと気になって、ジョーダンは聞いてみた。
「マスク外すとさっきみたいになって、うまいことレースで走れないんでしょ? だったらマスク着けたまま走りゃいんじゃね?」
「……そりゃそうさ。だがマスクが呼吸の邪魔をするし、何よりの問題は──オルフェがビビって走れねえ。お前さんも分かるだろ? レース中、特に本番での走ってる周りの連中の迫力とか、絶対に自分が勝つっつー怖いぐらいの思い──そいつにビビって道譲っちまうんだよ、こいつ」
「オルフェ……おまえ……」
「そ、そんな目で見ないで欲しいっス……だって怖いし、調子乗ってるとレース終わった後とか、どっか呼び出されていじめられそうだし……」
繰り返すが、オルフェーヴルは生粋のいじめられっ子である。小柄な印象も相まって小動物のようでうさぎみたいにびくびくしている。
「……そんで、マスクを外しゃあこの性格が全部ひっくり返るって寸法だ。ぶっちゃけお手上げだから……ジョーダン。お前さんにも何かアイデアなり考えがあれば教えてくれや──あ、やべ。時間ねえ。じゃあな、また放課後だ」
「あっ……っス、はい」
加賀は足早に去って行った。
──よく晴れていた。雲一つない、澄み切った空だ。1月でも暖かい。
「ねーオルフェ、今日か明日オフになんない?」
「え……? えっと、頼めば……多分、なるっスけど……」
「じゃあ明日さ、特訓しない? さっきみたいな状態でも冷静にレース出来る様になるのが目標なんでしょ?」
「え……っス、けど、せ……センパイだって、練習とか、あるだろうし……」
ものすごく遠慮するオルフェーヴル。ジョーダンはニカっと笑って肩を叩いた。
「あたしはいーの。次のレースは4月だし、ヒマっちゃヒマなんよ。で、やる?」
「や、やる……って言ったって、何……やるんスか……?」
「んー……マスク外して過ごしてみる、とか?」
「うぇぇぇぇ!? ダメ、まじダメっス、そんなことしたら大変なことに……!」
「だめ。ムリヤリやってみんのもいいと思うんよね。明日ちゃんと来いよ」
「ムリムリムリムリムリっス! ムリっス!」
全力で抵抗するオルフェーヴル、しかしジョーダンの強引さが上回る。
「ムリっていうの禁止。次言ったらしばく」
「ひぇぇぇぇ……──」
ー ー ー
──そんなこんなで、シンザン記念がやってきた。
まあ今年のクラシックはレベルが高いと言われ続けた通り、皐月賞に向けて集うウマ娘たちは気合十分。1月のクラシック前哨戦には火花が散っている。
「……一緒に観に行こう、と──まあ分かります。分かりますけど……明らかに多いですよね。こういうところから噂は広がって、いずれ山火事を起こす訳ですから……」
「なぁに? じゃあアタシに帰れって言うの?」
「……いえ、まあ……その、少し離れて頂けると幸いというか、はい」
「あっすーは人の目気にし過ぎ。いちおー変装はしてるんだし、気にしなくていいって」
「そういう問題でもなく……葵さんも何か言ってください……」
──地獄のトリプルブッキング。ここは京都レース場──本日のメインレース、日刊スポシンザン記念(GⅡ)の舞台である。
明日原といえば、両手に花を通り越してなろう系ハーレムみたいになっていた──が、実際にその立場になってみると嬉しさよりも肩身の狭さが際立つ。気まずさともつかない居心地の悪さ──それとなく逃げようと思っても、両腕を塞がれている。
「……ジョーダンさんとスカーレットさんばかりずるいです。私も──」
腕2本に花が3つでは持ちきれないという訳ではないのだが、桐生院は少し不満げだ。いつもはいる担当2人は着いて来ていないが、それで心細さを感じていては話にならない。
「桐生院トレーナー? 公平なじゃんけんの結果です。分かっていますよね?」
珍しく優等生モードを発動しているスカーレットがいい笑顔で振り向いた。
「それは……そうですけど、いつまで引っ付いてるんですか! け、景悟さんもそろそろ迷惑なんじゃないですか!?」
(僕のために争わないでとか言おうかな。人生で一回ぐらいは言ってみたいセリフ堂々1位)
明日原は相も変わらず現実逃避気味なことばかり考えている。シンプルに知能が下がっている。
「そんな訳ねーじゃん。あっすーが嫌がるはずねーもん」
今だ。明日原はすかさず口を開いた。
「僕のために争わないでくださ──」
が、タイミングが悪くジョーダンの言葉が被さる。
「そういう問題じゃないです! 周りの人の迷惑も考えなきゃいけないんですから!」
「メイワクなんて掛けてないっしょ。ひっついてるだけだし」
「そうですよ。それよりも桐生院トレーナーこそ、大声で迷惑なのではないですか?」
完全外面モードを貫くスカーレット達にぐぬぬ、と悔しげな顔をする桐生院。周囲の観客たちからは4人とも変な目で見られていた。当たり前である。
「……僕のために──」
再トライした明日原だが、今度は桐生院の言葉に被せられて上手い具合にかき消された。騒がしいスタンド席では小さな言葉など雑音に紛れてしまう。
「公共の良俗を考えてくださいと言っているんです! こんな場所で……!」
「コーキョーのリョーゾク? ムズいー言葉とか分かんないんでー、簡単な言葉にしてくださーい」
「この……! 景悟さん、いつまでされるがままなんですか!」
「…………僕の──」
「明日原さんの意思です。事実、彼は私たちの手を振り解こうとする素振りも見せないんですから──そうですよね? 明、日、原、さ、ん、?」
本気で猫を被ったスカーレットだが、明らかにバカにしている。そして明日原は一言も発せない。もしかしたら何か言おうとしたことすら気づかれていないかもしれないし、もう無視されているのかもしれない。
「……そろそろ始まりますよ、シンザン記念」
何かを諦めた明日原が疲れたようにそう言った──ファンファーレはいつも丁寧に、しかし荘厳に奏でられる。
手拍子が淀に反響していた。レースが始まる──。
レースの内容に関しては、申し訳ないが割愛させて頂く事にする。このレースにおいて、過程はあまり重要ではない──結論だけ示すが、オルフェーヴルは2着に敗れる。鋭い末脚を発揮したが1バ身半届かず──。
「いや、悪くねぇ。全く悪くねぇぞ。負けはしたが、可能性が見えた。雲行きが怪しいかとも思ったが、可能性は十分すぎるくらいにある」
これはレースが終わった後の加賀のコメントだ。以前なら突っ走って自滅していたところをセーブして、メンバーの中での上がり最速を叩き出して2着。このレースは決して勝つことが目的ではなかったオルフェーヴル陣営にとってこの結果は追い風。
それともう一つ。レースが終わった後も、明日原がずっと固まって動かなかった。視線はずっと1人のウマ娘に釘付けになっていて、呆然としているようにも見えた。
「ねぇ、いつまでそうしてんの?」
ジョーダンが聞いても上の空。うんともすんとも言わず、ようやく意識が戻ってきて一言。
「……今年のクラシックが、今から楽しみになってきました」
「は? え、1着の……えっと、レッドデイヴィスのこと? そりゃ、確かに強かったけど、そんな?」
「いえ、彼女も……いい走りでしたが、そうではなく──」
心ここに在らずというより、それはまるで心を奪われたよう。
「いえ……そうですね。ジョーダン、いつか……彼女と戦う日が来るでしょう」
「カノジョ? 誰?」
「オルフェーヴル。僕には……光り輝いて見えた」
などとわけの分からないことを抜かす明日原が、両脇を即座にどつかれたのは言うまでもない話──だが確かに、新しい時代が到来しようとしていた。
皐月賞はオニャンコポンで行きます!!!!