「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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春を前に

 

 

 

 

「ということで今回は、京都記念で、優勝していくことにするわね……」

 

 ──出し慣れてない低音。どう聴こうとも一般男性のそれではなく、年頃の少女の声。

 

「二ヶ月ぶりの重賞、アガるわね……」

 

 大胆不敵に口元を歪め──

 

「いや何してるの!?」

 

 アケノのツッコミが炸裂した。鏡台には録画中のスマホ、その画角に入り込んで来たアケノに軽く目をやって、ブエナビスタはふざけている雰囲気を解いた。

 

「何って、うまつべに上げる用の動画撮影ですよ。やっぱ今の時代発信しなきゃダメですからね!」

 

「そうかもしれないけど、今のは絶対違うでしょ!?」

 

「おおっと、カメラが回っていますよ。発言には気を付けてください」

 

「どの口で……はあ。全く、久しぶりのレースだから心配して来たのに、なんかバカらしくなっちゃった。その様子だと大丈夫そうだね」

 

 ──2月20日。

 

 GⅡ京都記念、1番人気ブエナビスタ。

 

「ライバルは居ますが、まあ問題はないでしょう」

 

「……ジャガーメイル先輩は強敵じゃない? 典型的な晩成タイプじゃん、あの人」

 

「おや。もしやアケノは、私が負けると心配しているんですか?」

 

 揶揄うような言葉。当事者から出てきたとは思えないほど自信に満ち溢れた、一周回って潔い堂々とした姿勢はまさに現役最強バの一角にふさわしい。

 

「……ううん。信じてるよ、ナビ。頑張ってね」

 

「当然ですとも。何せ私はドバイを控えています。島国のGⅡ程度で足踏みしていられません。アオイもなかなか立ち直りませんし、ここらで私が一発示してやらなきゃと思っていたんですよね」

 

 ブエナビスタ陣営は3月下旬に行われる国際GⅠ競争:ドバイシーマC(クラシック)への出走を表明。海外への進出に期待が高まっている。

 

 1番人気はその表れ。現役最強の女王、その背に背負う夢と期待。

 

「ま、見ててくださいよ」

 

 軽い口調と裏腹に、その身に纏う雰囲気は王者そのもの。

 

 ──そして見事、ブエナビスタはその人気に応えてこの京都記念で一着を飾った。

 

「さあ! 私は帰ってきましたよ!」

 

 王者の帰還、それは示された。

 

 見事ウイニングライブでのセンターを飾ったブエナビスタ。それを見ていた桐生院は少しだけ笑顔になったと言う──。

 

 その後の話。

 

 ライブを終えたブエナビスタが鼻歌を歌いながら、レース上の廊下を歩いていると、腕組みをしながら壁にもたれ掛かっているウマ娘が1人。

 

 彼女はブエナビスタを横目で確認すると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「あれ。誰かと思えばディザイアちゃんじゃないですか。何してんです? こんなとこで。ライブはもう終わりましたよ?」

 

「……バカ言わないで。アンタのライブなんか見るわけないでしょ」

 

 レッドディザイア──ティアラ路線にて、ブエナビスタに立ちはだかった最後の壁。いわゆるライバルが鋭い目つきでブエナビスタを睨んだ。

 

「おっと、こいつは失礼。ディザイアちゃんはいつも私の横で踊ってましたもんね。そりゃ見れませんか」

 

「……よく言うよ。秋華賞じゃ、センターに立ってたのはアタシだった」

 

 交差する視線には火花が散っている──と言うわけでもない。一方的にレッドディザイアがブエナビスタを嫌っているだけである。

 

「んもー、可愛くねーヤツですねー。笑ったら可愛いんだから、ちょっとはそうしたらどうです?」

 

「か、かわっ……!? アンタ何言ってんの!?」

 

 揶揄われた怒りか、レッドディザイアの表情が歪む。それと心なしか顔が赤くなっている。

 

「へへへ。そう、そういう顔です。写真撮っちゃお」

 

「やめろバカ! 消せ、このッ!」

 

「いやでーす。もうバックアップ取りましたー。消えませーん」

 

「ふざけんな! このッ、逃げんなバカビスタ! 消せーッ!」

 

 ひょいひょいと交わすブエナビスタと、スマホを破壊せんと追いかけるレッドディザイアの追いかけっ子が当分繰り広げられた。結局写真は消した。

 

「……で、結局なんです? 私になんか用ですかね。お腹減ったんでさっさと済ましてほしいんですけども」

 

「こっちのセリフだよ! ……確認と、宣戦布告をしに来たんだっつーの」

 

「ほえ?」

 

「ドバイシーマ、アタシも出ることにした」

 

「……ほー?」

 

 ドバイシーマC(クラシック)。世界から強豪が集う舞台。日本からでも限られたウマ娘しかチャレンジできない、夢の舞台である。

 

 その言葉が意味するのは──

 

「また私と()ろうって訳ですか」

 

「……見てろ。世界の舞台でもアンタをぶっ潰して、世界中に知らしめてやる。アンタより、アタシの方が強いって」

 

 レッドディザイアは気合十分。前走はジャパンC、ハッピーミークの独壇場の中で、クラシック級ながら3着まで食い込んだ実力は本物。

 

 秋華賞こそ勝利したものの、世間的にはブエナビスタの方が上だという評価。ティアラ二冠は伊達ではない、だからこそ示さなければならない。

 

「ふーん」

 

「反応が薄いっ! 何だよアンタ、その気の抜けた返事は!?」

 

 まるで興味のなさそうな態度にそう叫んだ。少々コミカルだった。

 

「アンタねえ! アタシのライバルって自覚がないわけ!? 今日のレースもそう! やたら楽しそうに走ってたけど、レースは真剣勝負なんだよ! もっと真面目にやれ!」

 

「うえー、やですー」

 

「ッ……! この、この、この……!」

 

 まるで手応えがない。暖簾に腕押し、何を言ってもこんなやる気のなさそうな返事しか返さないブエナビスタに再びレッドディザイアはガチギレ寸前。手が出そうだ。

 

「まあまあ、落ち着きましょうよ。あ、このあと勝利の焼肉なんですけど、ディザイアも来ます?」

 

「なんでアタシがアンタの勝利をお祝いしないといけないんだよ!? 絶対行かないからっ!」

 

「えー。来ないんですかー?」

 

「絶対行かないよッ! あーもう、本当に嫌いだアンタ! 話してると気が抜ける……!」

 

 これ見よがしにため息を吐いて、レッドディザイアは背を向けた。

 

「どこ行くんです?」

 

「帰るんだよ! 今日は夜練だから!」

 

「ふーん……? あれ、ディザイアちゃんもしかしてそれ言うためにわざわざ京都まで来たんですか?」

 

「は、はあ!? そんな訳ないでしょ! ついでだよついで!」

 

「ついで? 何のついでですか?」

 

「何って、そんなの……な、なんでもいいだろ!?」

 

「あ、分かりましたよ。私のレース、見に来たんですね?」

 

 ──ズバリと言い放たれた言葉が図星。レッドディザイアは確かに、そのためだけに現地にまで足を運んだのである。

 

「ちッ、違う! 訳わかんないこと言わないでくれる!?」

 

「またまたー。可愛いやつよのう、もっと素直になってもいいんですよー?」

 

「黙りなさい! もう帰る、これ以上アンタになんか言われたら頭おかしくなりそう!」

 

 赤い顔でそう吐き捨ててズンズンと帰っていく彼女をブエナビスタはニヤつきながら見送った──が、急に立ち止まったレッドディザイアに首を傾ける。

 

「……でも、アンタが元に戻ってよかったってことだけは、伝えとく」

 

 どんな表情をしているかは分からなかったが、声色からなんとなく分かったような気がする。

 

「去年の秋頃のアンタは、正直見てられなかったから。……それだけ。じゃあ」

 

 去年の秋頃はブエナビスタの低迷期。勝利だけを追い求めて自ら潰れていく姿は、誰しもの目に写っていたのだ。

 

 大勢に心配をかけたことを今更ながら少し反省して、ふっと口元を緩めて言った。

 

「うるせーですよ、このツンデレ!」

 

「誰がツンデレだ、このバカぁ──ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 水曜日の放課後。

 

 いつもの授業終わりの少し気だるいような、解放されて嬉しいような、そんな気分が溢れる教室。早い時間からトレーニングを始めているウマ娘たち、お出かけに行くクラスメイトたち。声で溢れる。

 

 2月末、学期の終わり。卒業を控えたウマ娘たちが青春の終わりを惜しみつつ、残された時間を精一杯楽しもうとしていた。その余波はトレーナーにも襲い掛かったり襲い掛からなかったりしていたのだが、それは関係のない話──。

 

 明日原のトレーナー室では、カタカタとパソコンを叩く音がいつものように響いている。トレーナーはこの時期になると年間報告書を書かなければならず、これも評価の一環となるためそれなりに忙しかった。

 

 カタカタとキーボードを叩く側で、トーセンジョーダンと言えば──

 

「……うへへ、えへへ。えへへへへへへー……」

 

 明日原にひっつきながら、猛烈にニヤけていた。

 

「にへ、にへへへ、んー、うへー……」

 

「いつまでやってるんですか……」

 

 初めの頃こそ結構困ったりしていた明日原だが、これが1週間も2週間も続くと慣れてきた。一周回って呆れている。

 

「うへ、うへへへー。ねー、ぎゅってしてー」

 

 精神年齢が下がっている気がしないでもなかった。小さな子供にそうするように、キートップを叩く手を止めてハグ。鋼の意志が役に立っている。

 

「……えへへへへー。あっすー、あったかーい」

 

 こんな調子だ。果たして自身の選択は本当に正しかったのかと過去の選択を呪わないでもなかった。

 

「ジョーダン……そろそろトレーニングの時間です。やりますよ」

 

「えー、寒いからやだー……。やりたくなーい」

 

「動けばすぐ温まりますから」

 

「えー……。じゃあなんか、やる気出ること言ってよー。動きたくねー」

 

 灯油ストーブの暖かさが沁みる。1月よりマシになったとはいえ今日はよく冷える、ジョーダンの言い分も理解出来なくはない。

 

「やる気出ること……はぁ、まったく。じゃあこういうのはどうです。先日、僕の母親から電話が来ましてね──」

 

 明日原の母親。まるで想像も付かないその姿。

 

「テレビを見たのでしょう。まさかこんな形で親に知られるとは思いませんでしたが、それはともかく。ジョーダン……君に一度会ってみたい、と」

 

「え? それ──」

 

「まあ、僕も数年ほど帰っていませんから、たまには帰ろうかと思っていたところです。で、まあ……なんですかね。3月のどこかで福島に帰省する予定なのですが、よければ君も──」

 

「行くっ!!」

 

「……連絡しておきます。で、トレーニングのやる気は?」

 

「……出た! やる!」

 

「はいはい。では行きましょうか」

 

 飴と鞭という訳ではないが、自身のプライベートを餌にしていくことに慣れていっている。不味い傾向だとは思いつつも、まあなるようになるだろといつもの甘い考え。

 

 そんなこんなでこのペアはやっていくのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

「にゃーにゃにゃにゃーにゃー、にゃーにゃにゃにゃーにゃ、ふんふんふ〜ん」

 

 楽しげな鼻歌の主は猫目のウマ娘。学園でもネコとして有名なネコパンチ。勝率はあまり高くないが、本人の愛嬌も相まってファンも多く、人気はそこらのウマ娘より高い。その上バンバンレースに出るタフさと体力を持つ。

 

「にゃんにゃかにゃんにゃー、ふふんふふんふ〜ん……にゃーの耳はネコの耳〜、どんな悪事もお見通し〜」

 

 ネコのうた(作詞・作曲ネコパンチ)の流れる廊下。昼休みを行く彼女の足どりはいつでも軽やか。すれ違う生徒たちもそれには慣れたもので、野良猫にそうするように頭を撫でて行ったり、ハイタッチしたりしていた。

 

「ぷちゃへんざ〜、えでぃばでぃへんざ〜にゃかにゃかにゃかにゃか〜……にゃ、あれはニャカヤマ!」

 

 機嫌良く歩いていたネコパンチの視線の先に、特徴的なニット帽の後ろ姿。中等部であるネコパンチは高等部のナカヤマフェスタとはなかなか会えず、3ヶ月以上まともに喋る機会がなかった──というよりも、避けられていたと言った方が正しい。

 

「ふんふんふ〜ん。ネコロケット、追跡開始〜」

 

 連絡を入れてものらりくらりとかわされ、会いに行ってもすぐに居なくなるナカヤマへの仕返しとして、ごく普通の選択として尾行を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 思えば、ナカヤマフェスタのことなどあまり知らない。

 

 ナカヤマフェスタは過去なんか語らない。隠しているわけでもなく、単純に興味がない。ナカヤマフェスタにとって重要なのは、目の前の熱い勝負だけ。

 

 ネコパンチはナカヤマフェスタのことをそう認識していた。だからこそ意外に思った。

 

「こっちは……いいな。寒さでヘタってくれなくてよかった」

 

 独り言をブツブツと呟きながら葉っぱの剪定をして、備え付けのジョウロに肥料を混ぜて水やり。手慣れた手つきで行っていたのは花の手入れ──。

 

「……少し赤色が寂しいか? 春も近いし、何か植えてみるか……」

 

 目を丸くしてそれを眺めているネコパンチ。壁から普通に顔を出しているので、ナカヤマが振り向いたら普通にバレる位置なのだが、どうやらその気配はない。

 

 そんなことをしていると、反対側の方からぬるっと別のウマ娘が現れた。芦毛の眩しさが映える変人ゴールドシップである。

 

「ナカヤマはっけ〜ん。楽しそうなことしてんな、アタシも混ぜろよ〜」

 

「……ゴルシか。手伝ってくれるのか?」

 

「おう。スコップ貸せや、ハーブ植えてやる」

 

「やめろバカ。花壇がめちゃくちゃになる」

 

「ハハ、冗談。アタシでもそんなことはしねーよ」

 

 仲のいい様子の2人。ゴールドシップのことは知っている。学年不詳、正体不明──まだ未デビューなのに、模擬レースを走れば圧勝したり大敗したりと気分屋。何人ものトレーナーが彼女をスカウトしようとして、落とし穴に落ちたりメントスコーラをやらされたりして失敗している。

 

 破天荒で有名なゴルシだが、珍しく何かおかしなことをする様子はない。それどころか丁寧な手つきで花壇の手入れを手伝っている。雑草を引っこ抜いたり。

 

「それにしても久しぶりだな。今度はどこに行ってたんだ?」

 

「んー、どこだろーな。宇宙ー」

 

「真面目に答える気がないのは分かったよ」

 

 あまり会話がない。ただ淡々と作業する2人の姿を、やはり物珍しげにネコパンチは眺めていた。

 

「なあナカヤマ」

 

 唐突にゴルシが口を開いた。

 

「……なんだ?」

 

「スミレは結局どうなったんだ?」

 

「何言ってる。スミレの季節はもう少し先だ」

 

「そういうことじゃねーよ。分かるだろ?」

 

 2人の間には少し暗く、不思議な雰囲気が形成されている。お互いに目も合わせようとしない。

 

「花は枯れる。当たり前のことだよ」

 

「……いつだ?」

 

「去年の暮れさ。冬の寒さが堪えたのかもしれない。あっさり枯れたよ」

 

「そっか」

 

 その言葉の意味は分からない。だけど、何か重要で、大切な気持ちが込められているような気がした。

 

「……春になりゃ、また咲くか?」

 

「ああ。暖かくなれば、また咲くよ。スミレは強い、心配するな。ヒトがわざわざ手入れなんざしなくたって、キレイに咲いてくれるさ」

 

「ふーん……。なあ、アタシ好きだったよ、あの一面の花。叶うんなら、もう一回見てーな」

 

 作業を終えて、ジョウロを備え付けの小屋に片付けながら、ナカヤマは答えた。

 

「……また見られるさ。春になれば、な」

 

 立て付けの悪い小屋の木扉を閉じた音がした。ネコパンチは思わず近くの物陰に隠れて、そのまま歩いていくナカヤマフェスタを見送る。なぜだか話しかけられなかった。

 

 花の香りがした。少し肌寒かった。

 

 スミレの香りがしたような気がした。

 

 

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