「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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3月 ②

 

 

 

「わ、私はっ、G1を勝てるようなウマ娘になりたいって、小さな頃から──」

 

 がたん。机のペットボトルが落ちてそんな音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 デスクの机が揺れる。嫌な時間での揺れ。なんだか不吉なものを感じた。

 

(……わざわざトレセンの受験の日に起きなくったって──)

 

 

 

 

 

 

 

「揺れてますね──」

 

 トレセンの事務で仕事に向き合っていた大人たちが顔を上げて、そんなことを呟いた。地震大国日本人、慣れていないわけではない。

 

「大きいね、テレビ付けて。NHK」

 

『緊急地震速報です。スタジオでも大きな揺れを──』

 

「……え?」

 

 キャスターの声の裏側で、スタッフらしき人の焦った声が入っている。普通ではあり得ない、東京の映像も揺れていた。

 

「……津波は?」

 

『上から落ちてくるものや、倒れてくるものから身を守ってください──』

 

「あ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒然。何かが壊れていく。 

 

「──福島レース場は!?」

 

「繋がりません……」

 

「盛岡と水沢は──連絡を入れた方が……知人が働いています」

 

 怒号。何かが駆り立てられる。時間がない、と思った。

 

「生徒の避難を急いで、寮長に連絡を!」

 

「受験生たちは──」

 

 人の出入りが激しい。今この瞬間にも急変する状況に引っ張られて、

 

「東北の協賛企業いくつある!?」

 

「東北遠征中のチームの安否、監督者は誰──」

 

 

 

 

 

 

「! 駿川さん、ちょうど良かった! 外出してる子たちの安否、リストどこありました。寮長の子にも連絡取れなくて──」

 

「すぐにURAに連絡を取って下さい」

 

「え?」

 

「明日明後日のレース開催について、今すぐに……」

 

 騒然とするオフィスで、一際大きいどよめき。テレビの方から──

 

「原発!!」

 

「原発が……煙、出てる」

 

 

 

 

 

 

 

 テレビが映す──鮮明すぎるほど鮮明な、現地の状況。見たことのない津波の高さ、

 

「……明日原さん?」

 

 余震の収まらないトレセン、忙しく駆け回る事務員や教師たちの流れの中で、明日原は立ち尽くしている。

 

「ああ……いえ……」

 

 辛うじて返した返事は無意識的なもの。

 

「繋がらないんです」

 

「……電話回線、もうダウンしてますよ。メールなら少しは使えるって……」

 

「……ああ、そう……か。それは、そうですね。公衆電話……どこにあったかな」

 

 そう口にしながらも、明日原は電話を掛け続けている。

 

「────」

 

 空を見た。青かった。

 

 

 

 

 

 

 

 3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震による津波被害、及び福島第一原子力発電所事故に係る全ての災害──東北地方を中心に日本国内を襲ったマグニチュード9の大地震が、各地に壊滅的な被害をもたらした。

 

 東北地方を中心として、12都道府県で18,425人の死者・行方不明者が発生。トゥインクルシリーズも多くの影響を受ける。

 

 翌12、13日に予定されていた中山、阪神、小倉レース場の全競走の中止が決定された。中京記念、阪神スプリングジャンプ、中山ティアラステークス、フィリーズレビューは開催中止、競技日程は変更されることとなる。

 

 URAが当初発表した代替日程は、震災の被害が日を追うごとに明らかになるにつれ大幅な変更を余儀なくされる──。

 

 この震災で、福島レース場はスタンドの天井が一部崩落するなどの激しい損害を被ったほか、原発事故の影響を受け、これの対処を余儀なくされた。後の話になるが、福島レース場が営業を再開するまでには約一年間を要することになる。また、中山、東京レース場でも震災の被害が発生。

 

 未曾有の事態にこの国に住む全ての人々は選択を迫られることとなった。

 

 この震災の名前はまだ決まっていない──

 

 

 

 

 

 

 

 

  ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 会えるかな、と思ったけど、明日原はトレーナー室にはいなかった。

 

 普段から使っているマグカップが床に落ちて割れていたが、他にも揺れでぐちゃぐちゃに散らかったモノがただそこに存在している。

 

 卓上にはアナログの小さな置き時計があった。ちょうど目覚まし時計のような形をしていて、明日原と出会った時から置いてあったものだ。今は床に落ちて、打ちどころが悪かったのか秒針が止まっている。机から落ちたくらいの衝撃で壊れるものなのかと思ったのだが、デスクトップも床に倒れていたので、押し潰されたのかもしれない。

 

 止まったままの時計。止まったままのトレーナー室。昨日の昼までは綺麗に片付いていたはずの居場所。

 

 なんとなく、置き時計を拾い上げて机に置いた。"この部屋の時間は止まっている"、それが事実なような気がしたので、それをそのままにするべきだと──正確には、そうすることしか出来ないと感じた。

 

「……ジョーダンか?」

 

 開けっぱなしだったドアから声を掛けられて振り返る。ナカヤマフェスタが立っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々物が多かった加賀のトレーナー室は余計にぐちゃぐちゃになっていた。

 

「……ナカヤマはなんでここに来たん?」

 

「さてな。多分……オマエと同じ理由だよ」

 

 そう言われても自分の感情など分からなかった。ナカヤマもきっとそうだろう、と思った。

 

 通知が鳴ったのでふと確認すると、中学時代の友人から身元を心配するLINEが飛んできていた。表示される名前に懐かしさを覚える。故郷は──きっと大丈夫だろう。震源からは遠いし、津波の心配もない。

 

 ぼんやりとしていると、ナカヤマはしゃがみ込んで、床に散らばったものを片付け始めた。とっ散らかったボードゲームの残骸、棚から投げ出されたトロフィーと分厚いファイル、コーヒーで汚れたままのコップが割れて破片が散らばっている。元通りに戻すには少し時間が掛かるだろうことが推測された。

 

「……片付けるの?」

 

「暇なら手伝え。代わりに後で明日原(そっち)の方も手伝ってやる」

 

 当たり前のように──事実当たり前なのだろう──そう口にするナカヤマ。手は止まっていない。

 

「どうした。やらないのか?」

 

 何も返事を返さないジョーダンを不審がって振り返る。ジョーダンはポツリと言う。

 

「辞めるんでしょ、トレセン。なんでそんなことしてんの」

 

 暗い顔で、そんな何処か諦めたようなことを言うジョーダンを、ナカヤマは少し見つめた。それから視線を床に戻して答える。

 

「どうせ居なくなるなら、後のことはもうなんだっていい……そんな風に見えるか」

 

「だってもう関係ないじゃん。居なくなるんなら同じでしょ」

 

「この場所にはそれなりに思い入れがある。このまま去るのは寂しい」

 

「……寂しい? なにそれ」

 

 イライラしていた。

 

 頭の中でぐるぐる渦巻く答えのない問い──これからどうなるのだろう。本当にこの国は大丈夫なんだろうか。安心して生活できるようになるのか。レースは元通りになるのか?

 

 毎週末必ず開催されていたレースが、今日は行われなかった。次もどうか分からない。あるいはずっとそうかもしれない。それは誰にも分からない。それが怖い──不安から出た八つ当たりでジョーダンは呟いた。

 

「自分のことしか考えてないんだ、ナカヤマは」

 

「……は?」

 

「あたしたちのことなんかどうでも良かったんでしょ?」

 

 自分は何を言っているんだろう。心の中にいる冷静な自分がそんなことを思う。

 

「あたしたちがどう思うかなんてどうでも良かったんだね」

 

 これは失望、あるいは本当にただの八つ当たり。どうしてかテレビの映像が脳裏に張り付いて離れない。昨日からずっと──何かにぶつけないと正気ではいられない。

 

「オマエ──」

 

 片付ける手を止めて立ち上がり、ナカヤマフェスタは振り返る。

 

「もう走らない、なんて……なにそれ。じゃああたしらは何なの? 必死こいて走ってたあたしらは何なの? バカみたいじゃん」

 

 付き纏う暗い影。振り払っても──どこにぶつければ分からない感情の渦は、きっとトレセンの誰もが思っていたことだ。

 

「今朝のツイッター、内容とか誰がとか忘れたけど……炎上してた。フキンシンとか言われてて──あたしのとこにもいくつかDM来てた。賞金の寄付をしてくれませんかとか、被災者に向けて応援のメッセージを送れば励みになるとか」

 

 スターウマ娘はそこらのサラリーマンなど比較にならないほどの()()を得ている。それはファンも知るところ──ジョーダンは有名人だ。

 

「別に金が欲しいから頑張ってきた訳じゃない、けどこういうときに寄付するために頑張ってきた訳でもない! なんで知りもしない誰かにそんなこと言われなきゃいけないの? こんな考え間違ってる? おかしい? フキンシンなの?」

 

「知るか、ンなこと」

 

「あたしだって分かんねーよッ! だいたい何で今日のレース無くなったの? イミフじゃね?」

 

「中山も東京も被害を受けた。そもそもテレビ付けりゃ分かンだろ……全部がめちゃくちゃになった。こんな状況で呑気にレースなんざやってられるか」

 

「なんで? やればいいじゃん。あたしらは走るのが仕事でしょ。トレセンはそのための場所なんじゃないの?」

 

「チッ……私にそれを言わせるか? 今の状況でレースなんざやってみろ、批判殺到じゃ済まないだろうさ。最悪トレセンが潰れるかもな」

 

「なんで? 悪いことなの?」

 

 何に怒っているのか分からない。だが確かに苛立っていた──ナカヤマも、そんなジョーダンにイライラしている。

 

「自分で分かってるだろ。さっきから何だ? 分からない? ウソは良くねェな、本当は分かってんだろ?」

 

「ッ、分かんないって──分かんないって言ってんじゃんッ! もう分かんないよ、全部メチャクチャで、楽しいこととか嬉しいこととか全部無くなった! フキンシンとかイミ分からんし、ちょっと何か言っただけで炎上するなら──あたしらみたいなウマ娘は生きてるだけでフキンシンじゃんッ!」

 

 足を奪う──息を奪うような、呼吸を奪うような。走るという行為を奪い去られ、陸に打ち上げられた魚のような──そんな何か。

 

 "おまえには何が出来るんだ?"──そう世の中に問われているようで、そしてジョーダンはその答えを持ち得えなかった。走ることしか出来ない。そして、今の世の中に必要なものが"それ"でないことぐらい、ジョーダンにも分かっている。

 

「今でも……走りたいって思ってるの、間違ってる?」

 

「ガキみたいに聞いてばかりか。自分の頭で考えろ、そんなこと」

 

 ナカヤマフェスタはそんなジョーダンに背を向けて、また片付けの作業に戻った。元通りに戻すには少し時間がかかる。

 

 

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