「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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あたしにも

 

 

 

 夏合宿を終えて、明日原のトレーナー室にはソファーが追加されることになった。いやどういうことだ。全く訳がわからない。

 

「いやー。寮戻んのだりーし、授業サボって寝れる場所とか欲しーじゃん。つーわけで買って来たわ」

 

 流石の明日原も閉口した。

 

 レース賞金というものがある。レースで勝てばURAから賞金がもらえるのである。どうしてエンターテイメントに賞金があるのかは紛れもないレース業界の闇である。競バというものがこの世界に存在しているのかどうかは少しグレーとさせて頂きたい。

 

 ただ1番人気、2番人気というものは何を持って決定しているのか。単勝オッズ2.2倍とかそういう単語はこの世界に存在するかもしれない訳である。

 

 で、トーセンジョーダンは随分前にメイクデビューを勝った。賞金はそれほど高くないが、ソファー1つ程度であればノリで買ってきてしまった。普通に肩に担いで持ってきてしまったので、もはや明日原にはどうすることも出来なかった。

 

 明日原がコンビニ飯を食べていると、昼休みなどにはたまにジョーダンがやってくる。大体四日に一回くらいのペースだった。そう来ては、部屋に転がっているレース雑誌を読み漁っては帰っていくのだった。

 

「……年度代表バ、ねー。ね、やっぱすげーの?」

 

「ええ。ノーベル賞くらいすごいです」

 

 明らかに言い過ぎだったが、明日原もジョーダンの言語センスを理解できるようになっていて、若干引っ張られている気がしないでもない。ダービーを獲るのは一国の大統領になるよりも難しいという言葉もあるように、まあ近い言葉ではあった。

 

「何すればなれるん、これ?」

 

「すごいレースでたくさん勝てば選ばれます」

 

 IQの低い返事が帰ってきた。そのうえで的を射ていた。

 

 URAが年度末に選出するURA最優秀賞はそれぞれジュニア、クラシック、シニア級からそれぞれ2人ずつ選ばれることになっている。短距離部門とかダート部門とか障害競走部門とか色々あるが、その中で最もすごいウマ娘が年度代表馬に選出されることになる。

 

 さらにその中でもすごかったらURA顕彰バとして選出されて、めっちゃすごい──みたいなことを、噛み砕いて説明した。

 

「ふーん……。去年の年度代表馬、ウオッカ……あ、ウオッカ先輩か。えっと、あの人って今は──」

 

「現在はトレセン学園特別在学課程に居ますね」

 

 トレセン学園は中等部と高等部が存在しているが、デビューから長くレースで現役を張っていると高等部の三年間を卒業してしまう場合がある。高等部は一般の高校と同じ学力基準であり、三年間のカリキュラムが組まれているのである。

 

 そのため、高等部3年を過ぎてもシニア級で戦い続けるウマ娘たちへの救済策として、特別在学課程が用意されている。レースに出続けるならばトレセン学園のトレーニング環境はほぼ必須と言っていいためにこのような制度になっている。無論、高等部3年を区切りとしてレースを引退、卒業していくウマ娘も多い。

 

 特別在学課程は高校4年生的なもので、シニア級で4、5年目を戦うウマ娘たちが在籍している。

 

「知ってるの?」

 

「彼女を知らないトレーナーはモグリです」

 

「へー。えーっと、ウオッカパイセンってすごいねー。G1のレースで1着ばっかじゃん……いや、そうでもなかったりする、まあまあ負けたり勝ったりしてんねー」

 

「時代を代表する名バですね」

 

 どことなく他人事のように明日原はそう言った。微かにこの話題を嫌がっているようにも感じたが、トーセンジョーダンは閃いてしまった。

 

 先日の夏祭りでの言葉からわかった事実、明日原はトレーナー四年目。そしてウオッカ先輩のデビューは4年前。つまり重なるのだ。思いついたことはすぐに口に出てしまうタイプのトーセンジョーダンは躊躇しなかった。

 

「ねえ、ぶっちゃけアレでしょ? あんたの前の担当とウオッカ先輩って同時期にデビューしたんでしょ?」

 

「……否定はしません」

 

「へー、そーなんだ」

 

 とすると、なんとなく聞いて欲しくなさそうな理由も想像がつく。つまりちょーすごいウオッカ先輩に担当ウマ娘が勝てなかったから、あまり好きな話題ではないのだ。

 

 そういうことなら、深掘りするのはやめておこう。明日原の前任が誰だったのか正直気にはなるが、可哀想なので調べるのはやめておくことにした。

 

 唐突にドアが開いた。ノックもなかった、乱暴な入室だった。

 

 入ってきたのは、顔を半分ほど覆う黒髪に一筋だけ混ざった流星が特徴的なウマ娘だった。かつては首のあたりまでだった()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トーセンジョーダンはぼけっとしながらその人物を見ていたが、はっと顔を戻してURA発行雑誌のページを確認した。そうしたら同じ顔だった。

 

「よぉ、明日原。邪魔するぜ」

 

「……久しぶりですね、ウオッカ。元気そうで何よりです」

 

 ……!? 驚きながら明日原を見て、それからウオッカを見てというのを何度か繰り返した後、ついにジョーダンは脳がフリーズした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪りぃな、突然」

 

「いえ……。ジョーダン、彼女にお茶を出してもらえますか」

 

「え、うん……」

 

「いや、いい。悪ぃよ」

 

 そう断ってウオッカは明日原のデスクの前まで歩いて行った。初対面ではなさそうな様子で、妙な緊張感があった。

 

「先日の安田記念、見事でした。随分前の話ですが」

 

「へっ、あったりまえだ。オレは"ウオッカ"だからな、敗北なんて有り得ねえ」

 

「ええ。それで用向きは如何ですか?」

 

「ヤマニンキングリーとスマイルジャックのデータ、集めてたろ。貸してくれ」

 

 単刀直入に切り出したウオッカの纏う雰囲気は、かつての未熟なものではない。研ぎ澄まされたそれは王者だけが纏うものでしかなかった。

 

「加賀さんは?」

 

 加賀とはウオッカのトレーナーだ。王者の相棒に相応しい優秀なトレーナーである。だが3年目から担当を三人に増やしていたと聞いている。

 

「過労でぶっ倒れちまった。あのバカ、オレもいんのに2人もジャリンコ抱えちまってよ。一週間は病院から戻らねえから、とりあえずデータだけは集めとくことにした」

 

「……カッコ悪い真似は、しないのではなかったのですか?」

 

「オレは絶対に1着を取る。手段は選ばねえし、後ろを追ってくる連中は怖えからな。だから、対戦相手のデータ集めるなんてセコい真似してでも勝つ。あんたなら分かるだろ」

 

 一言一言に込められた重みが違っていた。かつての彼女を知るものならば──。明日原はぽつりと呟いた。

 

「……変わりましたね、ウオッカ」

 

「ああ。それとあんたもな、明日原」

 

 何が起こってるんだろう。トーセンジョーダンは所在なさげに視線を泳がせてみたが、特にでしゃばる幕などどこにもなくて黙っていた。

 

「……。毎日王冠、ですね?」

 

「ああ」

 

「後ほどデータをまとめて送っておきます。加賀さんのメールアドレスで構いませんか?」

 

「ああ、サンキュ。それと──」

 

 ウオッカの瞳が居心地の悪そうにしていたトーセンジョーダンを捕らえた。目があった。そうすると磁石か何かで惹きつけられるように、目が離せなかった。

 

「そっちがあんたの新しい担当か? 爪の先とか、すっげえキラキラしてっけど」

 

「え、あ、はい。トーセンジョーダン、です」

 

 水を向けられて、とりあえず自己紹介をしてみた。だがなんというか、どうにも締まらない。ウオッカは陽気にニカっと笑った。

 

「おう。オレはウオッカだ、知ってるかもしれねーけどな」

 

「いずれ彼女の名前が日本中に轟きます。あなたや、()()と同じように」

 

「次の世代ってか。……確かに、いい目してんな。()()()()()()負けず嫌いの眼だ。……どことなく似てる気もする。気づいてっか、明日原」

 

「……確かに、瞳は似てるような気もします。ただ彼女と出会ったのは偶然ですよ、特に意識もしませんでした。戦い方も全く異なります」

 

「そうか? まあ……わりぃ、邪魔したな。じゃな」

 

「ええ、では」

 

 嵐のように過ぎ去っていった現役王者ウオッカ、その残った気配は強烈なものだった。トーセンジョーダンは当然問いかける権利がある。

 

「……ねえあっすー。聞かんつもりだったけどさ、あんたの前任のウマ娘って誰なん?」

 

「調べればすぐに出てきますよ」

 

「いや、あんたのことなんだから言えばいいじゃん。流石に気になるわそんなん」

 

 明日原は数秒悩んで、額に指をつけて観念するように呟いた。

 

「……ダイワスカーレット」

 

 ──マジで?

 

 ジョーダンは知っていた。レース雑誌を読むようになってからよく見かける名前だったためだ。クラシック三冠路線か、それともティアラ三冠路線か。それは大きな話題となり、現在のクラシック戦線でも、ジュニア級の注目ウマ娘も特集されていたりするが、何より目にするのは四年前の3冠バ、ディープインパクト。

 

 レースに出るようになったジョーダンは知っている。夏合宿で他のウマ娘たちと競ったり、あるいは様々な雑誌を読んでその偉大さを少し理解できるようになった。メイクデビューでさえギリギリだった自分とは違い、4バ身5バ身突き放しでデビューするとか。それをG2とかG1でやることの凄さとか。

 

 だから、ジョーダンは信じられなかった。

 

「2年前のトリプルティアラ(三冠バ)じゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * 明日原による回想。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふーん、あんたが私のトレーナー? まあ、悪くないじゃない』

 

 ──あれ、こんなんだっけ。こんな感じだっけ? 絶対違うよね。明日原の記憶に変なノイズが混ざった。

 

『アタシの同室にウオッカってヤツがいるのよ。ほんっと信じらんない、夜遅くまで音楽聴いてて、イヤホンから音がすっごい漏れてきてうるさいのよ。しかも曲のセンスも悪くって、もう耳が腐りそうで……』

 

 彼女を語る上で、押さえておくポイントはたった二つである。

 

 1つ、"1着"にこだわる努力家のウマ娘であること。

 

 1つ、ウオッカというライバルがいたこと。

 

『早起き勝負から、選抜レースまで……いっつもあいつが邪魔をしてくる。明日原、とりあえずあいつに勝つところからよ。あんたもアタシの相棒なら、相応しい力を見せてよね』

 

 ウオッカは終生のライバルとも言うべき──。

 

『クラシックは当然ティアラに行くわよ。ウオッカも来る、だから正面からあいつを叩き潰す。そして1番を掴む。アタシの栄光は、あいつを倒してこそ価値がある。そうでしょ』

 

 ジュニア級からそんなことを言い続け、言い続けて──。

 

 彼女たちは、伝説になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * 回想終わり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……スカーレットさんはもう引退、してんよな。つか……あたしでもヨユーで知ってるすげーウマ娘じゃん……。ねえ、あっすーってもしかして、すげーヤツなん?」

 

 ちょうど半年ほどの付き合いになる明日原の正体が、三冠バのトレーナーだったなど……いや、逆になんで知らなかったんだと不思議に思うくらいにはすごかった。

 

「僕の力など大したものではありませんでした。彼女が成し遂げた全てのことは、彼女自身の力によるものです。僕は横にいただけに過ぎません」

 

 その言葉がどこまで本当なのかはジョーダンにはわからなかったが、本人は本気でそう思っているようだった。

 

「ウオッカパイセンとも知り合いなん?」

 

「まあ、あれだけキャットファイトしてれば、自然と」

 

 むしろ仲が良かったのはウオッカのトレーナーである加賀だった。なんか……こう、お互いの飼っているペットが喧嘩している時のような、申し訳なさが共通していた。ウオッカもスカーレットも我の強いウマ娘だったため、苦労人だったのは共通していたのである。

 

「……昔のウオッカはこう……もっとアホっぽかったのですが。大人になってしまったようです」

 

 随分な言いようだったが、明日原は少し寂しそうだった。

 

「ねー、スカーレットさん? は今何してんの? 引退したんでしょ?」

 

「大学へ進学しました」

 

 彼女の引退によって引き起こされた騒動で、明日原は相当に酷い目に遭った。その落とし所を迎えるまで、明日原と加賀によって胃薬が何本消費されたことか。

 

 明日原をトレセンから引っ張り出して旅行に連れて行く程度のものであればまだ可愛いものだったが、いかんせん彼女は掛かっていた。4月までに式を挙げるわよ! とか言われて、明日原は自身のガバを悟った。担当の好感度がカンストしているなどと、明日原は夢にも思っていなかったのである。

 

 偉業を成し遂げたウマ娘とトレーナーは、大抵の場合はクソ強い絆で結ばれている。赤い糸のようなか細いものであればまだ手も打てるのだが、大抵は手錠だ。それもウマ娘の方がトレーナーの手首に片方を"がっちゃん"と付けるタイプの手錠だ。

 

 実際、身構えているときには死神は来なかった。

 

 最終的にはせめて成人するまでは、と誤魔化し誤魔化し、なんとか大学へ放り込んで先延ばしにした。それは所詮爆弾の導火線を伸ばしただけで、いずれ爆発することには違いなかったのだが、明日原はそうするしかなかった。この件に関して、明日原は考えることを放棄しているのである。

 

 今のところ、スカーレットは大学生活を満喫しているようだった。たまに連絡が来て、写真とかを送ってくれる。正直彼氏とか作って安定して欲しいところではあるが、自分の愛バをよくわからん男に渡すことを想像したらしたで辛い気持ちになるし、しかし結婚だけは勘弁してほしい明日原は崖っぷちだった。

 

 トーセンジョーダンはスカーレットとは違う。ギャルだし、たまに彼氏ほしーとか言ってるし、明日原のような20過ぎたつまらん男に興味などないだろう。レースとは所詮人気商売なので、週刊誌にスッパ抜かれる危険もあるので在学中の過度な恋愛は避けてほしいとは思うが、まあそれさえ避ければ学外に彼氏の1人や2人程度作っても構わないと思っていた。

 

「引退ねー……」

 

「君にはまだまだ先の話ですね。選択肢はそう狭くありませんから、心配することはありません」

 

「ふーん……。スカーレットパイセンとは今も仲良いの?」

 

「ええ……いえ、まあ。メッセージはやりとりしますが、今年の3月以来顔を合わせたことはありません。これでも僕は、君のことだけで結構精一杯なんですよ」

 

「……ふーん。じゃ、これからも頑張ってあたしを勝たせてちょ」

 

「ええ。ああ……そういえば、今更ながら言い忘れていたことがありました。今後のローテに関してのことです」

 

 ジョーダンの顔つきが変わった。

 

「ん。教えちょ」

 

「12月のホープフルステークスを目標にしましょう」

 

「……! G1……ってこと!?」

 

「ええ。そしてそのための前哨戦として、11月末にあるG3ラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークスに挑みます」

 

「い、いきなり重賞!? ま、マジで!?」

 

「いえ。デビューを果たしたとはいえ、今の君では出走条件が足りていません。そのため、三週間後に開催されるオープン戦、芙蓉ステークスで勝ちましょう」

 

「……! 三週間、後」

 

「はい。今年の前半はトレーニングばかりしていましたが、ここからは年末までレース続きです。芙蓉ステークス、ラジオNIKKEI杯、そしてホープフルステークス」

 

 重賞に挑む。これから、この自分が──想像しただけで鳥肌が立った。体が浮き立つような気分になる。

 

 不安と興奮、その二つが混ざり合って自分でもよくわからない。明日原も平常の様子ではなく、嬉しそうにしているように思えた。

 

「世間はまだ君のことを知りません。今の世間はウオッカ一色と言っても過言ではない。ですが時代は巡ります。スカーレットが駆け抜けた時代はやがて過去と呼ばれるようになり、そして新しい時代が来ます」

 

 明日原はホワイトボードにその三つのレースを書き込んだ。その横に大きな字で、1着と書いた。

 

「今はまだ、世間は君のことを知りません。ですが年が明ける頃には皆知ることになるでしょう。トーセンジョーダン──君の名前を。時代を作りましょう、君にならば出来ます」

 

「……ほ、ほんとに。ほんとに、そう思ってる?」

 

「はい。君にならば出来ます」

 

「……、あーっ、〜〜〜っ!!」

 

 ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしって、ジョーダンは自分の頬を一発叩いた。

 

「っし、やる。やってやる。あたしには出来る、出来る、出来るっ! そうなんでしょ、明日原っ!」

 

「はい。君にならば出来ます」

 

 迷いなく言い切る明日原が言うのなら、きっと出来る。劣等感は拭いきれない、でも今まで勝ってきた。ならなんとかなる。きっとなんとかなる。やってみせる。

 

「っし、あっすー。今日のトレーニング、遠慮せんでいいからな」

 

「ええ。そのつもりです」

 

 ジュニア級後半、ジョーダンの挑戦が始まろうとしていた。

 

 




物語上の都合により、ウオッカとスカーレットの学年が変更されています。
デビュー時点で、ウオッカとスカーレットは中等部→高等部1年だったことになりました。
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