「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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3月 ⑤

 

 

 日常が続く。正確には、期末テストの日程が当たり前のように続く。これを日常と呼ぶのなら、そうだったのかもしれない。どれだけ続くか──薄暗い雲が晴れない。太陽は未だ見えず、冬の風に身を凍える。

 

「──だから、ぜったいやってやるって言ってんにゃ! おみゃーらの耳は飾りだんだにゃ!?」

 

「話を聞きなさいって。いい? 日経賞は卒業式の日と重なってるの。みんなに見せるって言ったって、心意気は立派だけれど……」

 

「そんなの知らないって言ってんだにゃァ──っ!」

 

「うーん……──やっぱり無理なんじゃないかなぁ〜……」

 

「知らない知らない知らにゃい! やるっつったらやるんだにゃ! にゃーはね、にゃーはね! ウソついたことないの! 一回もないの!」

 

「イタズラもするし冗談も言う、の間違いでしょう? 私たちだって、そんな否定するつもりもないけど、でも客観的に厳しいって言ってるのよ」

 

 カノープスは荒れていた。正確には一匹のネコが騒いでいた。

 

「うるさいんだにゃ、しゃらっぷらいなう! 黙れにゃ! にゃーはね、見せてやるんだにゃ、ナカヤマに! ジョーダンにっ! 見せなきゃいけないんだにゃぁーっ!」

 

「うーん……ジョーダンはねー。レース場には、呼んでも来ないんじゃないかなー……」

 

「来させるの! 引っ張ってでも連れて来るにゃ! 気絶させてでも連れてこいにゃーっ!」

 

「えー、だってジョーダンは送辞やるんだよ〜? ジョーダン、そういうのほっぽれるタイプじゃないし、時間だってダダ被りなんだからー……」

 

 宥めるアパパネとルーラーシップを、ワンダーアキュートはお茶を啜りながら眺めていた。プレハブ小屋のドアが開いた。

 

「お、みんな揃ってるな──」

 

「! トレーニャー!」

 

 カノープスを預かるチーフトレーナーの三笠が現れた。新しい相手を見つけてネコパンチが駆け寄っていく。

 

「おおっと、どうしたどうした」

 

「トレニャー! あのね、あのね!? にゃーはね、日経賞出るから!」

 

「おっと……マジで? 日経賞って言うと──」

 

「来週末ね。一応聞いておくけど、代替日程に変更とかなかったのかしら?」

 

「ああ、まあ……色々ごたついてたけど、25日と26日に重賞を詰め込んでなんとかするらしい。中山が震災でやられちまったんで、阪神2400でやることになった」

 

 例年中山レース場で開催されていた日経賞は芝2500mだった。そのため100mの距離減少──これがどのように働くのかは未定。

 

 三笠がパイプ椅子にもたれかかった。疲れた顔が隠しきれていない。

 

「……お疲れのようね?」

 

「そりゃ疲れもするさ……。このご時世でどうにかして今週からレースを再開しようって、俺たちトレーナー陣まで方々を走り回ってる。これじゃどっちがウマ娘か分からんぜ……」

 

「? トレーニャー、ウマ娘だったの?」

 

「そうかもなぁ……」

 

「そんな訳がないでしょう……」

 

 震災によって中断されたレースが再開する。3月19日から27日まで開催される合計5日間の日程は"東方関東大震災被災地支援競バ"という名目を与えられた。その通称は──

 

「"復興シリーズ"、かい。一体どうなるかねぇ……」

 

 急須を傾けて三笠の分のお茶を出しながら、ワンダーキュアートが不安を交えながら呟いた。

 

「ま、お前らが心配することじゃないさ。俺たちトレーナーも、JRAの職員さんたちも、これまでのレースを取り戻すために全力でやっている」

 

 希望はまだ見えない。まだ暗く澱んだ雰囲気は残っているが、それでもトゥインクルシリーズは前へ進もうとしている。

 

「……上手くいくかにゃ?」

 

「やるしかないさ。っと……そうだった、ネコ──日経賞に出たいのか?」

 

「ふんだ。トレーニャーまで反対するなら引っ掻いてやるにゃ」

 

「好きなようにしろよ。手続きは済ましておく……だけどあんまりトレーニングは見れないな」

 

「えーっ! トレーニャーなのにーっ!?」

 

「すまん。調整は間に合わせるけど、当面は……そうだな、ウインバリアシオンに付き合ってやってくれ。あいつは今張り切ってるし、きっといい練習相手になるだろう」

 

 同じくカノープス所属のクラシック級ウマ娘ウインバリアシオン──

 

「……イヤにゃ。ネコはあいつ嫌いにゃ」

 

 彼女は少々()()な性格をしている。クラシックの前哨戦であるきさらぎ賞を4着に敗れてからこっち、その性格には拍車が掛かっている。ただでさえ粒揃いの世代に生まれ、結果を出せていないことが彼女を急かしている。

 

 そんなウインバリアシオンだが、オルフェーヴルと同じ高等部2年に所属している。2人の間にはかなり前にトラブルがあった──そのことでネコパンチとウインバリアシオンはケンカになり、それ以来仲が悪い。

 

「……まあ、無理もないけれど」

 

 静かにアパパネが溜息をついた。

 

「ごめんねぇ、あたしが芝も走れたら、協力してあげられるんだけどねぇ」

 

「う〜ん、じゃあぼくと一緒にやろうよ」

 

「にゃあ?」

 

 ルーラーシップ、同じくクラシック級。これまでは3戦2勝、制したレースの格こそ重賞には届かないが、決して弱いわけではない──彼女のとある癖を除けば。

 

「ぼくも出るよ、そうだなぁ〜……毎日杯にしよ〜! みかさ〜、いいよね〜?」

 

「まあその辺りが妥当だろう。もともと俺もその辺を考えていたしな」

 

 どんどん話がまとまっていった。出走レースを決めるのはそう軽くない出来事なのだが、カノープスは大所帯だ。今部室にいないメンバーを含めると8名のウマ娘が在籍している。何よりカノープスの方針は『自由にやろう』だった。

 

「わかったわ。私もアナタたちの練習に参加させて頂戴、気合を入れ直したいし」

 

「みんなやる気が入っているねぇ……。うんうん、いいことだ──」

 

 ネコパンチがぐっと拳を振り上げて叫んだ。

 

「にゃぁーっ! カノープス、いくぞーっ!」

 

『おーっ!』

 

 ──ひとつ、肝心なことを忘れたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いち、に。さん、し。ご、ろく、なな)

 

 1人で走るのが好きだと思っていた。

 

 競い合うのは怖いけど、1人は気楽で、好きなように走れて気持ちがいい。

 

「ラスト一周! いいペースだ、続けていけ!」

 

 そう思っていた──オルフェーヴルは汗を滲ませながらも真剣な表情でラップ走をこなしていた。これまでの彼女からすれば厳しいペースだが、今日はどうにも弱音を見せる気配がない。

 

(いち、に。さん、し。ご、ろく。なな)

 

「スパートだ! 3秒上げろ!」

 

(3秒──なら、この3F(ハロン)はジャスト33秒で振り切る……いち、に。さん、よん。ご、ろく、なな──)

 

 ぐっ。蹄鉄がターフに足跡を残す──息を吸い込んだ。

 

(はち)

 

 瞬間、彼女は加速する。冷たい風を切り裂く疾風となり、芝を駆け抜けてゴール板へ。そのままペースを乱さずゴールイン──加賀がストップウォッチを見下ろして小さく感嘆の声を漏らした。理想的なトレーニング成果だった。

 

「いいタイムだ! どうしたお前さん、完璧じゃねえかよ。変なモンでも食ったってのか? ハハハ」

 

「え……あ、はい……っス」

 

「……マジで食ったのか」

 

 トレーニングの成果とは裏腹にオルフェーヴルは上の空。加賀の話などさっぱり聞いていなかった。

 

「まったく……まあいい。10分休憩だ、汗拭いときな」

 

 放り投げられたタオルを受け取ってドリンクを一口。それを飲むためにマスクを外しても、オルフェーヴルは変わらないままだ。首を傾げてその様子を眺める加賀だが、軽く息を吐くと視線を移した。

 

「……それで? お前さんは見てるだけかい? ナカヤマよぅ」

 

 ナカヤマフェスタはさっきからじっとオルフェーヴルの練習風景を眺めていた。まったく口も挟まず、ただ観察していたのである。こんなことは初めてだ。

 

「……なァ加賀、オマエ煙草吸ったろ」

 

「あぁ? あぁ……朝方の一服ぐらい許してくれや。臭うか?」

 

「いいや……」

 

「? そうか」

 

 理想的なトレーニングとは裏腹な表情のオルフェーヴル、そして変なナカヤマフェスタ。2人を軽く見回して肩をすくめる三十路の男。

 

 思春期の娘の思考などトレーニング理論などよりもよほど難しい。根性と情熱のスポ根でぶつかっていくのは加賀のやり方ではなかった──必要な時に必要なものを与えるのは、きっと自身の役目ではない。今のナカヤマフェスタを取り巻く環境を考えてそう思った。

 

「なァ、オルフェ──」

 

 荒れた息を整えるオルフェーヴルが名前を呼ばれて顔を上げた。

 

「出ンのか? レース」

 

「え──っと、っス……はい。スプリングS(ステークス)に」

 

 春のクラシック前哨戦に向けて準備を進めているのはどのウマ娘とて同じ。皐月賞への優先出走権を得るためにトライアルとして選んだのはスプリングS(ステークス)、スタミナとメンタル不安への対策として1800mという短めの距離を選んだ。

 

「じ、自分は……勝つっス」

 

「ほォ、こいつは大きく出たな。なら賭けるか?」

 

「へ──?」

 

「オマエが勝てば……いや、やっぱりなんでもない。忘れろ」

 

 すぐに賭け事を持ち出すのはナカヤマの悪い癖だが、一度口にした言葉を自身で覆すのは珍しい。そんなナカヤマに驚いたのち、オルフェーヴルは意を決して言い放つ。

 

「……ナカヤマセンパイ。自分が勝ったら、ジョーダンセンパイたちに謝ってほしいっス」

 

「あ?」

 

 思わず疑問の言葉が口をつく。その短い言葉でも、以前までのオルフェーヴルであれば怯えていただろうに、今はただじっと対峙している。言葉の代わりに沈黙が、沈黙の代わりに冷たい風が吹いた。

 

 静寂を破ったのはナカヤマだった。ふっと面白がる表情を作って言う。

 

「いいぜ。オマエが勝ったら、な」

 

「……約束、っスよ」

 

「約束でもなんでもしてやるさ。勝つために必要な"執念"ってヤツが、オマエにはねェ。賭けてもいい」

 

「……」

 

「そう睨むなよ、ハハハ……まったく怖ェ怖え。そのツラ構え、普段からしときなよ。舐めてくる連中が減るぜ?」

 

 余計に睨む瞳が強くなった。口元を薄っぺらく歪めて、ナカヤマはどこぞへと立ち去っていく。去り際にヒラヒラと手を振って──。

 

 ナカヤマの背が小さくなっていくのを眺めながら、加賀が口を開いた。

 

「……いいのか? お前さんにしちゃあ随分な大口だった……ああいや、普段からそういうことはもっと口に出して言っていいと思うが」

 

「…………」

 

「オルフェ?」

 

 まるで動かずナカヤマの背中を睨み付け続けるオルフェーヴルに、加賀がハッとして言葉を失う。

 

(こいつ……まさか、そこまでの気持ちだってのか……!? マジか、あのビビりのオルフェが……)

 

 少し見ないうちに随分変わったなと本気で感心していると、わずかな声が漏れた。

 

「こ────」

 

「こ?」

 

「怖かったっスよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………っ!! 心臓飛び出るかと思ったっスよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」

 

 ものすごい情けない声だった。よく見ると少し涙目だ。

 

「………………」

 

 人間もウマ娘も簡単に変わることはできない。加賀は小さくため息を吐いて空を仰いだ。

 

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