「……はい、えーっと、ここの部分ですね。早めに持ち出して外を行ったウインバリアシオンとは対照的に、あくまで内を割っていった、ここのシーンです。えー……」
「いや、両者良い判断だったと思います。オルフェーヴルとしてもね、もしかしたら外を行こうとしてたんじゃないかなとは思いますが、咄嗟の判断でしょう。ここの一瞬──ほんの一瞬で前に飛び出しているんですよね。そこから先は皆さんご存知であっという間でした」
「えーと、こちらが全選手の
「いやー、何というか……本当にオルフェーヴルが怪物的に強かったというのもそうなんですが、ウインバリアシオンもよく食らいついていったという。振り返ってみればこの2人のレースでしたね、あの雨の中……いやー、本当に名勝負でした。本当、日本ダービーの名に恥じない、見事なレースでしたね」
──その日の夕方、あるスポーツ番組から抜粋。
*
「……三笠ァ。正直に答えろ、オレが──アイツに勝つには、何が必要だ。ああ?」
勝負の直後、戻ってくるなりそう言った。ウインバリアシオンらしい行動だった。
三笠も三笠で、その勝負の余韻から戻りきれていない中正直に答える。
「分からん」
「チッ、そうかよッ! トレーナーってのは楽で良いなァ?」
「すまん。だが……遥か遠くじゃない。少なくとも背中に手は届いていた。もう少しで触れられる位置まで、君だけが届いていた」
「ざけんな。あんなもん──縮まる気がしねェよ」
限界のその先──そんな表現が似つかわしい。だが実際、それを目にするのはまた違う。どう違うのかというと──それを実際見ると、心が折れそうだ。
「正直言って同感だな。さっきから頭の中でシュミレートしてるんだけど、想像の中でも勝てそうにない」
「……化けモンと同じ世代に生まれたことを恨めってか?」
「試練というのは同時にチャンスだ、この世代の中で、オルフェーヴルを倒せるウマ娘がいるとしたら、君以外には居ないだろうな」
ダービーの中では唯一抜きん出た2人。
オルフェーヴルさえいなければ、ダービーはウインバリアシオンの圧勝で終わっていたことだろう。
「アイツに勝てってのか。あの怪物に──」
「もしくはこのままオルフェーヴルが三冠を獲るのを、指を咥えて眺めているか──どうする? 諦めるか?」
すでに勝てるビジョンは見えない。
オルフェーヴルのようなウマ娘が三冠を取らないのなら、逆に誰にその資格があるのか?
「……オレはな、もう憧れるのはやめたんだよ」
「じゃあどうするんだ?」
「──戦うに決まってんだろうがッ!!」
顔を上げて、遠くを想像した。
勝負の終わりはまた次の勝負の始まりでもある。菊花賞まで半年弱、その全ての時間を注ぎ込んで勝つ。
本当は少しだけワクワクする。挑戦者が1番楽しいのかもしれない──。
また新たな挑戦が始まる。
ー ー ー
ダービーの翌日──史上22人目の2冠ウマ娘となったオルフェーヴルは、猛烈にニヤついていた!
「ウヘヘ……ニヤニヤ、ニヤニヤ〜……」
眺めているスマホに映る記事──ダービーのものだ。オルフェーヴルの強さを讃える文面となっている。
「ふ、うふ、エヘ、エヘへ……」
「オイ……さっきから何をニヤついてんだ? 気持ち悪りィな……」
「ナカヤマセンパイ──アタシは今、最高に充実してるっス……最高に! 今アアアアァァァ!」
「うるせえ」
端的に言って非常にウザい。
つまりはこうだ──オルフェーヴルは、これまでの人生で初めて調子に乗っていた。
「アッハハハハ! どこもかしこもアタシのことばっかり書いてるっス! ナカヤマセンパイ、見て欲しいっスこれ、これ! これ! 三冠も確実だって! オルフェーヴルは史上最強のウマ娘になる可能性も高いって! これアタシのことっスよ!! このアタシのっスよ!!??」
「……アホらしい」
「アホらしくなんかないっスよ! 天才最強無敵頂点のこのアタシを止められるヤツなんか、もう居ないンすよォ〜!!」
──どうやら、ずっとこのテンションで行くようだ。
まあそういう時もある。持ち上げるのも面倒臭いし放っておこう。ナカヤマはそっと耳にイヤホンを嵌めて音楽を流し、ゆっくりと目を閉じた──
「あァ〜ッ! ダメっスよォ! アタシを無視しようってんスかァ〜!?」
「……」
めんどくさくなってスマホを操作。LINEの友人リストからトーセンジョーダンを選択。通話を開始しますか?
『もしもし、何?』
「オルフェがめんどくせェ。暇なら相手してくれ」
『えー……気になるけどごめん、今外に居んだよね。ナカヤマが相手したってよ』
「面倒くせェ……」
──加賀のトレーナー室はいつも賑やかだ。ボードゲームが色々あるために遊びに来るウマ娘が多いのだが、現在は2人だけ。
いつになく張り切った加賀がスカウトに出ているため、当分はナカヤマがオルフェーヴルの相手をしなければならないらしい。
「だいたい何だ、今更一人称変えられてもな。後輩キャラは卒業ってことで良いのか?」
「自分はいつまでも後輩キャラじゃないっス──間違えた、アタシは、っスッ!」
「そうかい。ったく、仕方ねェ。少し遊んでやるよ」
「お……やるってんスか! 良いっスよ、相手をしてやるっス!」
「こっちの台詞だ。さてと、オマエの自信は果たして張り子の虎か、それとも本物か……薄皮1枚剥がしてやるよ、暇つぶしにはちょうどいい」
すぐに汚くなる机の上から一つ遊び道具を手に取った。
第1
「ふーん……右か」
「っ!? ち、違うっスよ。ジョーカーは左っス」
「つまり私から見て右ってワケだな?」
「えーっと……っス、はい。そういうことっスね──あ。違うっス! 違うっスよ!」
ぺらっ。あっさりと奪い取られたハートのK。
第2
「む、むむむ……」
「そこ開いてるだろ? 置けば一気に逆転出来るぜ?」
「あっ、ホントっス! そりゃっ! へへ、ナカヤマセンパイもバカっスね〜、わざわざ敵にアドバイスを送るなんて〜……」
ニヤニヤとナカヤマを見ていたオルフェーヴルの顔色が数手繰り返すと変わった。
「……あれ? アタシの置けるとこないっス。なんでっスか?」
「何でかねェ」
「あれ、あ、ちょ。あの、センパイ、あっ、ヤダ、やめて〜!」
リザルト、23個差。
第3
「ふふふ、食らえっス──自分が編み出した必勝戦法、行くっス! 下町ロケット!」
「棒銀か。なら、そうだな……コイツはどうだ?」
「……!」
僅差で決着。良い勝負だった。
第4
「どっちだ?」
「裏っス」
表。
「むむ……今度は表っス!」
「残念でしたと……さ」
裏──
「まだやるかい? これ以上負けを積む前に諦めといてもいいと思うがね」
「今日のアタシが負けるはずないんスよッ!! こんなのなんかの間違いに決まってるっス、たかが3回負けたくらいで諦めるアタシじゃないっスよ!! 次っス、表ェ!!」
「意地張ンのも良し悪しだ。ほら、裏だろ?」
裏、表、裏──敗北、敗北、敗北!
──10回も連続で負けるのは、明らかにおかしい。
「イカサマしてるっス! ぜ〜ったいズルしてるっスッ!!」
「ハハ、気づくのが遅ェよ。良いか? こんなゲームでコインを相手に握らせて見ろ──」
「イカサマしてるのに堂々としないで欲しいっス!! ズルはダメっスよ!!!!」
「勝負ってのはな、それが始まる瞬間まで含めて勝負と呼ぶのさ。よく言うだろ? 準備が7割って」
「ぐぬぬ……ペラペラとよく喋る口っスね……!! だいたいゲームで勝ったからって何スか、もしレースだったらナカヤマセンパイなんてけちょんけちょんに出来るっスよ!!」
「大した自信だ。欲しがってたもんが手に入って良かったじゃねえか」
「うるさいっスね! 表出ろっス、ウマ娘たるもの──口じゃなくて脚で語れっス!! どっちが強いのか教えてやるっスよ!!」
「やめときな。今のオマエじゃ私には勝てねェよ」
「へーんだ! アタシは天下の二冠ウマ娘っスよ! センパイだからって、調子に乗るのもここまでっス!!」
「あくまでやりたいってんなら止めねェが……ックク、遊びの続きだ。少しじゃれあってやるさ」
吐いた唾は飲めない──結局そういうことになった。
「えー、なになに? レース?」
「オルフェーヴルが走るらしい。ナカヤマフェスタ……っていう、同じ加賀トレーナーのウマ娘。先輩だとよ」
「へー……。せっかくだし見ていこ。特にオルフェーヴルの走りは──」
急遽ターフを貸し切られて行われることになった模擬レース。そしてトレーニング中のウマ娘たちが集まっていた。
レース場として使えるコースの数はトレセンとて限られる──そこでトレーニングをしていたウマ娘たちの邪魔をすることにも、当然なる。
「えー。トレーニングの邪魔しないでよー。わたしたちが先に予約してたんだからねー」
言い分も最も。彼女たちが正しい──
「ああ、分かってるさ。じゃあこういうのはどうだ? このレースに、アンタらも参加してみるってのは」
「えー?」
ナカヤマフェスタ対オルフェーヴルのレース──しかしレースは一対一ではないのが普通だ。多くの戦法と思惑が重なり合う複雑なもの。
「アンタらにとっても、そう悪い話じゃないはずだぜ」
「ナ、ナカヤマセンパイ! か、勝手に──」
勝手に話を進めていくナカヤマにオルフェーヴルが口を挟もうとするが、返される言葉が鋭い。
「速さを競うだけなら直線コースで走ってりゃいい。だがオルフェ、オマエは"レースで勝負"っつったんだ。オマエが言ったんだぜ」
「た、確かに……ぐ、ぐぬぬ……!」
「それとも、やっぱり人見知りは抜けねェか? オマエの自信も、所詮は内弁慶だったってワケか?」
「そ……そんなワケないっスよ! 誰が相手でも、アタシが勝ってやるっス!!」
(チョロいなこいつ)
オルフェーヴル側の話がついたところで、今度はトレーニング場にいたウマ娘たちの話だ。
「で、どうする?」
「うーん……オッケーです! 分かった! みんな、今をときめく二冠バと戦えるチャンスだー! 練習の成果出してくぞー!」
『おー!』
──顔ぶれの中には知った顔が混ざっている。重賞への出場経験があるウマ娘だ、そう優しくないだろう。
「話は纏まったな。じゃ、ゲート出そうぜ。
「おー。本格的だねー」
特にこのウマ娘──セイウンワンダーは決して甘くない相手だ、何せGⅠホルダー。
「よーし、じゃあみんな! 準備準備ー!」
倉庫にしまい込んであるレース用ゲートは、使用に関して一応許可がいるのだが、よくこうやって勝手に出されて使われることが多い。セイウンワンダーの掛け声でチームが慣れた様子で準備を始めてくれた。その様子をニコニコしながらセイウンワンダーが眺めている──
「しかしいいのか? 一応アンタ、チームのボスだろうに。トレーナーに怒られねェのか?」
「ウチは自主性がモットーだよー。ナカヤマこそ、後輩指導なんてガラじゃないでしょー」
「こっちも自主性がモットーなんだよ」
「放任主義って言ってなかったー?」
「同じことさ」
同期としての関係は気安いものだ。クラシック三冠を共に競った仲──というと、バチバチなライバル関係に見えるが、ナカヤマフェスタもセイウンワンダーもそこに執着まではしていない。レースを離れればただのクラスメイトだ。
着々と進んでいくレースの準備、そして──主役となるオルフェーヴルへと視線が流れた。
「で、キミが噂のオルフェーヴルかー。テレビで見るよりカワイイねー、ネコちゃんみたい。わたしはセイウンワンダー、今日はよろしくねー」
「は、はいっ! オルフェーヴルっス!」
「うむ、知っておるぞー」
──どうやらオルフェーヴルが自信満々なのは気安いウマ娘に対してだけらしい。それを確認してナカヤマは少し呆れた。
「ま、今日は胸を借りるつもりで、いや貸すのかな……えーっと、わたしの方が先輩だしー、うーん……ま、どんと来い! って、感じで来なさーい!」
「元はと言えば私とコイツの勝負だったんだがな」
「ターフでは問答無用でぃーす。さあ各バ出走の用意が整いました〜」
どうやら準備が完了したらしい。セイウンワンダーが先にゲートへと歩いて行った。それに続いてナカヤマたちも──。
ざわざわ、ざわざわ。
ゲートイン完了。スタート──
レースの過程は割愛させて頂こう。別に書くのがめんどくさい訳では決してない。重要なのはいつも結果──結果だ。
結果として、オルフェーヴルは荒れた息のまま、驚愕の目でナカヤマフェスタを見上げて、そしてカラカラに乾いた口からは何も言葉が出て来なかった。
ただ見上げていた──悔しさと衝撃で、ただ息を吸って吐く。それだけを繰り返している。
「イカサマだと思ったか?」
「はァッ、はァッ……ッ、なんで……!?」
「ハハ、良いカオだ。見違えたぜ、オルフェ」
クラシック級とシニア級で、一学年違うから勝てない──とか、そういうことではない。もちろん並みの実力であればそうだろうが、オルフェーヴルは二冠バだ。そこいらのウマ娘とは格が違う。
──例えばオルフェーヴルに勝ったからと言って、ナカヤマフェスタが日本ダービーで勝てるのか? それはまた別の問題だが、オルフェーヴルは現に敗北した。
「まァ、イカサマじゃなくてもタネはある。まず1つ──オマエの体からはまだダービーの疲労が抜け切っていない。特に不良バ場のダービーはどうも縁起が良くねェ。負担は相当なモンだろうさ」
それは推測ではなく、実体験に基づく言葉だ。ナカヤマフェスタも去年の泥んこダービーに出場し、4着で終えている。その時の負担とて──。
「勝負に臨むってのは、一から十まできっちりと数えてからでなきゃ具合が悪ィ。三つも数えねェうちに飛び出すのも勝手だが、わざわざ鴨がネギ背負ってやって来てんだ。勝手にハンデを抱えたオマエを差し切るのは、そう難しいことじゃない」
"今のオマエじゃ私には勝てねェよ"──ナカヤマフェスタはそう言った。それはそのままの意味──。
「納得、出来ないっス──センパイっ! 今まで手ェ抜いてたんスか!?」
「さて、知らねえな」
敗因──その一つはオルフェーヴルの疲労。だがそれで全部ではない。
そうやっていると、走り終えて疲れた表情で、ぱたぱたと手で顔を扇ぐセイウンワンダーが来た。
「いやー、やるもんだねー。もう参ったよー……」
「そういやアンタと走ったのも久しぶりだったか? ワンダーさんよ」
「まーねー。いや、ほんと嬉しいよー、フェスタが引退しなくてさ」
「ったく。やめようぜその話、もう良いじゃねえか?」
「はいはい、まったく、フェスタちゃんは照れ屋だねー」
──そのままなんかいい感じに終わろうとしているナカヤマを許せず、オルフェーヴルはまだナカヤマを睨み続けていた。それに気がついたナカヤマが振り返って、やはりというか薄く笑う。
「牙は隠しとくモンだよ。勝ちたいってンなら尚更な」
「……!」
そう言って歩いて行った。レースは終わり、余興も終わりだ──。
「まったくさー、フェスタも甘いねー。ここで牙隠すって、ここで見せちゃったら意味ないじゃんねー?」
「そいつはご愛嬌。黙っといてくれよ?」
「えー? 黙ってて欲しいのー?」
「わざわざこの機会を与えてやったんだ。チャラだろ?」
息を整えてその背中を目で追っていた──。
ー ー ー
後日。
「ねー、めんどくさいオルフェってどんなのだったん?」
「あ、い、いや。違うんスよ! アタシはあの、いや──」
「調子に乗っていたのさ、コイツ」
「えっと、あの、違うっスよ! 今はそんな、アタシなんて全然なんで!」
「……え、なんでちょっと嬉しそうなん?」
「それは──アレっス、その……牙は隠すモノ、っス! ね、ナカヤマセンパイ!」
「ふっ……」
何処か得意げな2人に、ジョーダンは首を傾げたのだった。