「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

6 / 83
もやもや

 

 

 芙蓉ステークス、トーセンジョーダン1着。

 

 2着とは3馬身差による決着だった。この結果を受けて、ジョーダンは順調に世間の評価を高めていく。まだまだ無名の選手にすぎないが、少なくとも有力株であることは間違いない。三冠トレーナー明日原の存在も大きかった。

 

「ね、ね、ね。ぶっちゃけ聞くけどさ。あっすーとはどんな関係なん」

 

「は? 何?」

 

「気になるじゃん。顔、結構カッコいいっていうか。クール系でしょ? てか付き合ってんでしょ」

 

「……!? は、はあ!? んな訳ないでしょ、あたしとあいつが!?」

 

 叫んだら目立った。授業の休み時間だったので、かなり目立った。まあそれでなくとも、ジョーダンは今朝からクラスでは注目されていた。OPとはいえ1着は十分な成果である。選抜レースといいメイクデビューといい、夏合宿での頑張り具合もあって実はこのギャルは結構すごいやつなのでは、という雰囲気が発生し始めていた。

 

「はいダウト〜。反応し過ぎじゃね?」

 

「……ちげーし。付き合うとかねーから」

 

「んなわけないっしょ。これ見てみろし」

 

 スマホに流れるのはレースの映像らしかった。この端末で撮ったものらしく、手ブレが発生していた。このレースは──。

 

「これ昨日のヤツ? これがなんなん?」

 

「いいから見てろって」

 

 怪訝な顔で見てみる。ジョーダンが1着でゴール板を駆け抜けた瞬間が映っていた。うわ、すげー顔してんなあたし。こんな顔してたのか──とか思っていると、画面の中のジョーダンは走り終わった後、外埒へ駆け寄っていく──あ。

 

「これ、あっすーでしょ?」

 

「………………」

 

 画面の中のジョーダンが尻尾をブンブン振りながら、すごいいい笑顔で明日原と何かを話していた。控え目に見てもものすごい嬉しそうで、その気持ちを共有していたようだった。

 

「…………別に、フツーじゃね。トレーナーだし、勝ったら報告ぐらいいくでしょ。ふつー……」

 

「そりゃそうだけど、無理があるじゃん」

 

 ジョーダンの言い分に筋は通っていた。だがそういう疑いの目で見れば、決して晴れない疑惑が発生しても仕方がない程度には喜んでいた。

 

「……マジでちげー。絶対ありえねーし、てかあいつ25よ? あたしシックスティーンよ? ありえんし」

 

 ──冷静にそう判断出来るだけの判断力は残っていた。

 

 というよりも、ジョーダン自身がそれがなんなのか分かっていないのだ。明日原という男は案外内面に踏み込ませない男で、趣味とか好きなものとかもよく分かってない。しかし話術というか、案外口が上手いところがあるので話していてもそれほど退屈ではない。少なくともウマトックはやってないらしいが、ジョーダンに影響されて最近初めてみたとのこと。

 

 頭のいい年上への憧れとか、レースで勝たせてくれたり、成長させてくれた感謝とか、4月の不甲斐なかった自分を拾ってくれたことへの感謝とか──基本的にジョーダンはいい子なので、貰った分を返したいだけなのかもしれない。

 

 ただこの感謝をどうやれば返すことが出来るのか。きっと明日原はレースで勝つことが何よりの恩返しですとか言うだろうけど、それだと返した分またこっちが貰うことになるので意味がない。

 

 好きと聞かれたら、嫌いなわけなくね? って答える。だけどそれが男女のものなのかどうかは分からない。今よりももっと仲良くなりたいか、とか聞かれても分からない。でも今の関係に満足していることは確かなのだ。

 

「……わかんねーもん」

 

 だから呟いた言葉だけが、唯一分かっていることだ。ジョーダンは無知の知を会得している。自分が知らないということを知っている。そして分からないままでもいいと思っている。

 

「どーせ苦しいだけでしょ、んなの」

 

 トレーナーとの恋愛とは、基本的に茨の道だ。アイドルとプロデューサーが恋愛するのと同じくらいの茨の道──とは言わないが、それなりに苦しい道だと言える。

 

 ただでさえアスリートなのだ。恋愛にかまけてレースに負けるなんてこともあり得る以上、基本的に歓迎はされないが、禁止まではしない。ただトレーナーとの恋愛は下手をすると犯罪になる(下手をしなくても犯罪になる場合もある)。

 

 ことトレセン学園はメディアの出入りが激しい。世間というものがその関係を受け入れるか、はたまたバッシングするかは紙一重の部分がある。ただ世間の認識としては、こいつらいっつも結婚してんな、という程度である。

 

 ただ、アイドル的な部分もあるウマ娘には男性ファンも多い。恋人がいるなんて知れたら、その怒りの矛先がトレーナーにも向きかねない。明日原もそれで一度(世間的に)死にかけている。教え子に手をつけた変態トレーナーという不名誉な呼ばれ方をせずに済んだのは、その汚名をスカーレットによる三冠の栄光で塗りつぶしてくれたからだった。

 

 特にウオッカとのライバル対決のストーリーは、世間にかなりの影響を与えた。その輝きはあまりに多くの人間を魅せ、URA前年度収益比は実に34%上がった。誰もが彼女たちの物語に夢中になった。そしてその物語の終着点は、彼女たちの他には明日原だけが知るのみだ。

 

「ほれ、次の授業始まんぞ。準備準備」

 

 ──そう。夏休みが明けてからジョーダンは変わった。

 

 具体的に言うと、授業中に寝る回数が減ったし、補習の回数が格段に減った。信じられないことに、ジョーダンの学業成績が向上していったのだ。

 

「……これも、例のあっすーのせいでしょ。ぜったいそう」

 

 頭のいいトレーナーだとはよく自慢されていた。それでも正直、ジョーダンまで影響を受けて頭が良くなってほしくなかった。永遠にバカでいて欲しいと密かに思っていたのだが、どうにもこのバカは成長していくらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日原と距離を取ろう。

 

 ジョーダンがそう思ったのは、特別な理由があるわけではなかった。ただ少し気分転換というか、もう少しビジネスライクな関係になってみてもいいのではないか、という思いがあった。

 

 明日原にはダイワスカーレットという傑出した担当ウマ娘がいた。きっと相当仲が良かったのだろう。スカーレットは明日原のことを最高のトレーナーと呼んで憚らなかったようだし、ものすごい綺麗な人だった。引退後の写真を見たが、ツインテールを下ろした姿はもはや少女ではなく、1人の女性だった。

 

 つまりなんのことはない、ジョーダンは明日原に引け目を感じていた。明日原は相当に優秀なトレーナーだ、それは自分が1番よく分かっている。だからこそ、明日原に自分は見合わないのではないかという自信のなさから現れる不安が存在していた。

 

 期待してくれるのは嬉しい。でもそれに応えることが出来なかったら? 明日原はいつも、君にならば出来ますと言ってくれる。でも自分は──本当のことを言えば、その言葉を信じることが出来ないのだ。

 

 自分がそう大してすごくない、等身大のウマ娘であることなど1番よく分かっている。それも含めて明日原は自分に期待してくれている。だから怖いのだ、その期待を裏切ってしまうことが。

 

「ジョーダン、今週末一緒にレースを見に行きませんか?」

 

「え、マジで──……いや、いい。誘ってくれたのはありがてーけど、やめとくわ」

 

 トレーニングの後、明日原の誘いを断ったのはそういった思いがあったからだった。

 

「? そうですか、残念です」

 

 本心では行きたかった。だが一緒には行きたくなかった。明日原には悪いが、1人で行ってきてもらおう──と思っていたが、ジョーダンは明日原が呟いた言葉を聞き逃せなかった。

 

 仕方ない、たづなさんでも誘って行くか。

 

 小さな言葉で、そう聞こえた。明日原にしてみれば、ジョーダンには聞こえないほど微かに呟いた独り言だ。実際ヒトミミが相手であれば何か言ったかな? と思う程度の囁き。しかし悲しいかな、ジョーダンはウマ娘だった。ウマ耳がピクリと動いた。

 

「あ。あー、あー、あーーーーー。そうだったー、そうだったわ〜。ねー、やっぱレース行けるわ、今週末っしょー? うん、行きまーす、けっちぇ〜〜」

 

 壊れた会話botかな? 明日原はそう思った。いきなりどうした。

 

「ジョーダン──」

 

「けって〜、おっけー、何時集合ー? てかどこのレース? 共有よろ〜」

 

「あの」

 

「送っといてー、んじゃぁ〜」

 

 くるりとジョーダンは背を向けた。クールダウンまで終わったので、もうこれは解散的な流れになっていた。これ幸いとトレーニング場からジョーダンは逃げ出し、後には明日原だけが残された。

 

「……な、……なんぞ?」

 

 思わずジョーダンの口調が移ってしまうくらいには、謎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末、東京レース場。

 

 GⅡとはいえ、毎日王冠はさまざまな伝説を生んだレースである。そして今回も新しい伝説が生まれようとしていた。主役としてスポットが当たったのは、他に誰が居ようか──ウオッカ。

 

 中距離の王、現役最強馬ウオッカ。ヴィクトリアマイルを制し、安田記念を制した。3月のドバイ遠征では残念な結果に終わったが、日本に帰ってくるなりすぐに最強の名声は確たるものとなった。当然1番人気。

 

 2番人気にはヤマニンキングリー。今年に入ってから4度のレースをしたが、必ず2着以内に入っている。先日の札幌記念を制したことも高評価につながっていた。シニア級1年目であり、レース歴はウオッカの一つ下だ。

 

 3番人気にはスマイルジャック。去年のダービーで2着、他はあまり振るわない結果だが、今年8月のGⅢ関屋記念で勝っている。

 

「……へー、シニア級4年目の人とかもいるんだ。えーっと、あたしから見れば──」

 

「5年先輩ですね。メテオバーストとカンパニー、それとハイアーゲーム。経験豊富なウマ娘です」

 

「でもぶっちゃけ、長く走ってるってだけであんまり勝てないってことでしょ?」

 

「言葉を選ばないのであれば、そういうことです。名バほど早い引退をするというのは嫌なジンクスですが、ただ……長く戦っているからといって弱いわけではありません。何せ、勝負に絶対などはないのですから」

 

 ──休日の東京レース場には、実に13万人が詰めかけていた。

 

 恐ろしいほどの人がいた。GⅡのレースにここまで人気が集まるのは単に──。

 

「ウオッカ。今日の主役は彼女です。少なくとも、観客にとっては。マイルの女王を一目見るために、朝から並んでいた人も多いです」

 

 ──明日原たちは当然のように関係者席からレースを見ていた。

 

 ウオッカのトレーナー、加賀と交流のある明日原が入れてもらった。そのおかげでジョーダンは人で溢れる観客席で見なくて済んだ。

 

「で、あたしはウオッカ先輩をきっちり観察すりゃいいんよね?」

 

 ジョーダンは当然そうだと思って確認したが、明日原は虚を突かれたように目をパチクリして答えた。

 

「いえ。今日は……ただ純粋に、彼女の舞台を見に来ただけです。たまにはいいでしょう、1人の観客としてレースを楽しむというものも。君は選手側ですが、観客としての視線を知るいい機会です。遊びに来たくらいの気持ちで、気軽に楽しみましょう」

 

 ──明日原はなんか数字とかが書かれた変な紙を握ってそう言った。不良少年時代の名残か、それとも生来のものか。プライベートではもしかしたら、明日原は結構だらしないヤツなのかも知れない。ジョーダンは冷ややかな目で明日原を睨んだ。

 

「で、誰に賭けたん」

 

「ふ……聞くのは野暮というものです。なに、当たったら夕食でもご馳走しましょう」

 

 なんか明日原がダメな大人になっていた。様子が普段と全く変わっていないことから、かなり慣れていることが予想できる。余計にダメだった。

 

「一つアドバイスをしましょう。レースを楽しむコツは、失ったらかなり痛いぐらいの金額を賭けることです。そうするともうレースから目が離せなくなります」

 

「……。いや、そういうのいいんで」

 

 やっぱりこいつはバカだ。ジョーダンはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東京レース場第11レース、第60回毎日王冠。注目は言うまでもありません。4枠4番ウオッカ、1番人気。今年に入ってGⅠを2勝しています。調子良さそうですねぇ』

 

『加賀トレーナー、過労で倒れたって聞きましたけどね。いやー、回復してくれて良かった良かった。元気そうな様子が見えますね』

 

『ええ。今年三つ目の重賞を狙いに行きます。2番人気には5番ヤマニンキングリー、つい先日札幌記念を制覇してきたばかりです。3番人気には7番スマイルジャック、ダービー2着の意地を見せるか』

 

「ねえ、2番人気のやつと3番人気って、この前ウオッカ先輩が言ってたやつでしょ?」

 

「ええ。マークしていたようですね」

 

 ウオッカは元々そんなことはしなかった、と言うよりはそれらはトレーナーの役割だった。ただ加賀の無理がたたったために、自分からその役割をこなした。

 

 レース前の貴重な二週間のうち、一週間のトレーナーの不在。病院からトレーニングの指示は飛ばしていたらしいが、これが不確定要素になるだろうか。

 

 ただ順当に行けばウオッカが勝つ。90%ウオッカが勝つ、そういうレースだ。

 

 ただしかし、レースに100%があるのならわざわざ勝負する必要などない。どうなるか分からないからレースをする。最強はウオッカだ。それは疑わない。だが勝つのはウオッカとは限らない。それがレースの本質であり、面白いところだ。

 

『さて、過去マークしたGⅠ6勝のうち実に5勝をここ東京レース場、府中で挙げたウオッカです。秋の開幕戦はどのようになるのでしょうか。11番のナムラクレセントが今ゲートに入って東京芝1800毎日王冠──スタートしました』

 

 明日原が数字の書かれた変な紙切れをグッと握りしめた。選手たちは数々の(結構身勝手な)夢を背負って出走した。

 

『さあ、ウオッカ好スタートを切りました。先頭を進みます、すでに半バ身のリード。すぐ後ろにヤマニンキングリー、続いてアドマイヤフジ。ナムラクレセントも前へ前へと着けている。スマイルジャック、サンライズマックス、そしてカンパニーといったところ』

 

 実は出走の瞬間から歓声が爆発していた。ジョーダンはさっきから耳を押さえて驚いている。これがGⅡの舞台。OP戦とは比べ物にならない叫び声の爆発が聞こえた。

 

『後方集団はメテオバーストとダイシンプランです。さあ向こう正面の直線コース入っていった。ウオッカ、リードを1バ身へと広げます。逃げ切るつもりでしょうか、迷いのない走りです。2番手にナムラクレセントが行きました。その後ろからプレッシャーをかけるのはアドマイヤフジとヤマニンキングリー』

 

 ウオッカが先頭をいく。好スタートからの先行策はどうにも既視感があるというか、複雑な気持ちだ。明日原の考えすぎかもしれない。

 

『2バ身後ろ、カンパニーがいます。そして夏、重賞を勝ったスマイルジャック。そこから3バ身切れました、内からマッハヴェロシティ、外にはサンライズマックス。その後ろ後方集団にハイアーゲームとメテオバースト。シンガリはダイシンプランという体制! 最終コーナーに間も無く差し掛かります』

 

 ──レース中盤はもうとっくに越した。ここからは後半戦になる。明日原が息を呑んだ。相変わらず歓声はうるさかった。

 

『先頭はウオッカが行きます。ウオッカのペースだ、ひたすらにマイペースで飛ばしていきます。外からヤマニンキングリー、スマイルジャック。差し迫ってくるぞ』

 

 コーナーを終える。直線コースへ入る。

 

『600の看板を通過しました、第四コーナーから直線! 大歓声が迎える東京レース場! ウオッカはまだウマなりだ! ウオッカはまだ押さえている、押さえているぞ! カンパニーやってきている! ナムラクレセント! ヤマニンキングリースマイルジャック!』

 

 ──うわあああああああああああああああ──!!!

 

 13万人の歓声が迎えた。

 

「ウオッカ──っ! 頑張れ──っ!!」

 

 明日原が誰に賭けていたかはすぐにわかった。その横で加賀も叫んでいる。

 

「勝てぇぇっ、勝てえええええっ──ごほっ、ごほっ」

 

 あ、咳き込んだ。病院上がりだしそんな叫ばなくても──と思って、明日原の方を見ると必死に叫んでいた。

 

「ウオッカぁぁぁっ! ウオッカぁぁぁぁあああああっ!!」

 

 ジョーダンのことなど見ようともしないで、本命バに声援を送るダメ人間が居ただけだった。

 

(……他のやつ、応援してる)

 

 ざわり。

 

『さあウオッカ上げてきた、追い上げにかかった! スパートをかけたぞ! ウオッカが先頭だ! だが懸命にカンパニー! 懸命にカンパニー! 三番手にはアドマイヤフジ! 差が詰まらない! 懸命にカンパニー! 懸命にカンパニーやって来ている! ウオッカ先頭! ウオッカ先頭!』

 

「いけええええええええっ! 頑張れぇぇぇぇええええっ!」

 

(……その顔で。その声で……あたし以外を、応援してる)

 

 ずきり。

 

『懸命にカンパニー! さあ来るカンパニーが来る!』

 

 ウオッカとカンパニーの距離が縮まっていく。2人とも負けられない。負けるつもりなど一ミリもない。だが詰めていく。カンパニーが詰めていく。歓声が増していった。

 

『────カンパニーが差したぁッ!』

 

「うわあああああああああああああっ!』

 

 明日原がバ券を放り投げて叫んだ。どう見たってダメな大人だった。

 

『カンパニーだッ! ウオッカ2番手ッ! どうだ見たかとカンパニーッ! 右手を掲げましたッ!』

 

 カンパニーの掲げた右手に、彼女のこれまでの全てがこもっているような気がした。安田記念でウオッカに敗れ、宝塚記念でドリームジャーニーに敗れて……前年には天皇賞・秋でウオッカに敗北している。その雪辱を今果たし、彼女はようやく取り戻したのだ。

 

「ウオッカぁぁぁぁぁぁぁああああ! すまんンンンンンンンンッ!」

 

 加賀──アラサートレーナーが迫真の表情で叫んだ。自分が倒れなければ──その思いで一杯だった。加賀の頭上にもバ券がひらひらと舞っている。加賀は無論自分の愛バの単勝に全賭け(オールインワン)していた。

 

『見事にウオッカを制しました、カンパニー! さすがはカンパニー! ウオッカも見事な走りでした! 今日の芝勝ちタイムは1分45秒3! 上がり3F (ハロン)は33秒6! なんと33秒6の末脚をカンパニーは差し切りました! いや、見応えのあるレースでした──』

 

「…………ああ、僕の……夢が、終わった……」

 

「う、うおお、うおおおおお……。ウオッカ、すまん……俺が、俺が不甲斐ないばかりに……。今日から……生活、どうすりゃいいんだ……」

 

 ダメ人間2人を冷ややかな目で見下ろしながら、ジョーダンはまだ消えない歓声を聞いていた。カンパニー、4番人気。シニア級4年目、長く戦い続けて──見苦しくても、勝った。最後には勝った。

 

 何も感じなかったわけではない。ただあのウオッカ先輩が負けるとは思わなかった。それも2番人気や3番人気ではない、4番人気に負けた。3番には10番人気のハイアーゲームが入っている。事前人気なんか当てにならないのだ。ジョーダンは一つ学んだ。

 

 いつか、こんな舞台に立てるだろうか。13万人の観客が見るに相応しい自分になれるだろうか。全く想像がつかない。今だって、テレビを眺めているような気分なんだ。

 

「…………。帰りましょうか、ジョーダン」

 

「はいはい……うわ、辛気くさっ。なに、ちょっと負けたくらいで落ち込まんでくれる? カスが感染るんですケド」

 

「…………」

 

 今日のジョーダンはとことんまで容赦なかった。全てにおいて明日原の責任だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜飯にマック(マックイーンではない。チェーン店の方だ)に寄った。

 

「……そんな目で見ないでください。正直、堅いレースだと考えていました。勝てていれば、高級焼肉などにでも連れて行けたんですが」

 

「いい。競バで勝った金でメシとか奢られても反応に困るわ、んなの」

 

 呆れを通り越して無表情になったジョーダンは、豪快にバーガーを齧った。最大サイズが3つほどジョーダンのトレーに乗っていた。

 

「そう毛嫌いできたものではありませんよ。実益が絡まなければ、URAはトゥインクル・シリーズを維持することなど出来ません。それはトレセン学園でも同様です」

 

 汚い大人の事情だった。ジョーダンにとってはどうでもいいことだ。誰がどんだけ賭けようが、自分の知ったことではない。だが。

 

「てかさ。レースじゃトレーナーもギャンブルしていいわけ?」

 

「まあ、黙認はされています。抜け道などいくらでもあるので」

 

「じゃあさ。いつか……あんたが、あたしの勝ちに賭けることだってできるわけだ」

 

「ええ。そのつもりですが」

 

 挑発するつもりで言ったのに、明日原は平然と返してくる。

 

 それはトレーナーにとっては伝統行事のような部分がある、通称"担当賭け"。自分の信じた愛バに夢と希望(比喩表現)を託す。今日加賀がやっていたもので、大抵の場合は負ける。勝っても負けてもロクなことにならず、加賀の行く末は大体想像がつく。なにせ担当ウマ娘の方は大抵結構な額の賞金を持っているため、担当トレーナーを『買っていく』事例なども稀に発生する。紛れもないトレセン学園の闇であった。

 

「……マジで言ってんの? あんた相変わらず脳みそバグってんね。全くウケねーわ」

 

「ええ。ですが、それで君が勝つなら安いものです」

 

「とか言いながら、今日はウオッカ先輩をめっちゃ大声で応援してたじゃん」

 

「まあ。君もやってみるといいですよ、かなりドキドキするので」

 

 多少は言っていることも分からないではなかった。ただ見ていただけのジョーダンも、少なくとも全くの平生では居られなかった。それだけは確かだった。

 

「あんた……今度から競バ禁止。担当が実はこんな頭のわりーことしてるとかガチで信じられんわ。二度とやるなよ。あんたそれで身とか崩しそうだし、マジで」

 

「普段はやりませんよ。今日は特別でしたから、応援の意味も込めていたんです」

 

「特別?」

 

「ええ。少々の負い目と、あとは身勝手な期待を。スカーレットはウオッカの宿命のライバルでした。ですがスカーレットはもう引退し、だというのにウオッカは今も走り続けています。多少の責任は感じています。ウオッカはあの時から"1着"に縛られている」

 

 自分の知らない明日原の過去、その断片。ダイワスカーレット、さまざまな雑誌や記事でその名を目にする。偉業を知っている。けど会ったことがない。どんな人なんだろう、と思った。

 

「まあ、それをどうにかするのは加賀さんの仕事ですし……。まあ、長く走っているとライバルに出会うこともあるでしょう。君もいずれ出会うことでしょう──走り続ける限りは、必ず」

 

 そんなことはどうだってよかった。ジョーダンにとって大切だったことは、本当は一つだけだったのかもしれない。

 

「あんたさ。あたしが──すっげー大切なレースに出たらさ。応援してくれるよね」

 

「応援などでは足りません。僕の全てで以って、君の力になりましょう。そしてレースでは君に聞こえるように、思いっきり応援を叫びます」

 

「……それ。今日のあんたの応援の声より小さかったら、ぶっ殺すかんね」

 

「はい、そうしてください。僕もまだ死にたくはありませんので精一杯応援しますよ、ジョーダン」

 

「あっそ。勝手にやってろ」

 

 言葉とは裏腹に、明日原からは見えないジョーダンの尻尾はフリフリと小刻みに揺れていた。

 

 




地雷原の上でタップダンス
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。