オリウマ増えすぎてこれもうわかんねえな
水平線の向こうに、人はかつて無限を見た。
海原がどこまでも続いているのではないか──かつて人々はそう考えた。それも納得出来る。科学が地球を覆い尽くし、かつて神秘と呼ばれていたその青さを解明してもなお、海は雄大さを失ってなどいない。ずっと偉大なままだ。
海は広い。そして何も拒まない。
「夏だー!!!!!」
「夏だぁー!!!!!」
「夏だぁーーーー!!!!!」
叫ぶ言葉は数あれど、想いは一つだ。
「いやあっつぅ……」
「あつーーーーーい!!!!!」
ひたすら暑かった。
燦々と輝く太陽、砂浜に反射して眩しい。目を閉じても光を、熱を、夏の気配を感じる。いや感じるっていうか押し付けられているようだ。いやそれでは足りない。殴られているような暴力性さえ感じる、潮風の匂いと波が擦れる音、それが生み出す夏の存在感。というかもう暑すぎてどうにかなりそう。
7月。今年もまたこの時期が来た。
青春と呼ぶには暑すぎて、日常と呼ぶには真剣過ぎる、到底一コマでは済まない物語。全て語るのはちょっと長過ぎるので、まずは彼女たちの生活を追ってみることにしよう。
「えー。どうもこんばんは、アケノオールライトです。私は選手じゃないですけど、トレーナー見習いとしてみんなのサポートやケアを担当するよ! いわばマネージャーとして、みんなの生活を支えていくつもりです。困ったこととかがあったら、大体は2階の奥の部屋にいると思うので、遠慮せず頼ってください!」
ぱちぱちぱちー。
「えっと、それでは次に夏合宿の諸注意を伝えていくね。もう分かっている人も多いと思うんですけど、今年の夏も猛暑が予想されていて、日によっては35℃を超える日も予想されてるって。熱中症には十分に注意をして、こまめに水分補給をしよう! 熱中症はヤバいから。ホントに」
午前中、学園から夏合宿場へ移動した生徒たちは午後には部屋に荷物を下ろし、午後からは早速トレーニングに入る。と言っても初日なので慣らし程度で切り上げ、夕方には生活のための諸準備を始める。掃除当番、班の割り振りなど。
そんなわけで現在は全体ミーティング。
「トレーニングと猛暑による脱水はすごい危ないです。去年の事例では、トレセンだけで数十件の熱中症が発生してます。恥ずかしながら私もその1人でしてぇ……。それとあと怪我! 砂の上だからって油断しないこと! 怪我はホンットにダメだから! それと──」
学園行事の理想は、生徒自身による自治運営だ。トレーナーが楽をしたいだけとも言うが、とにかくアケノのようなサポート要員が中心となって合宿所の管理運営を行なっていくのが今年度のスタイル。
「──海難事故には、気を付けてね」
アケノの声が真剣になった。本気で言っている証拠である。
「一応この合宿所には風速計があって、そこの計測値が風速5mを超えた時点で、海辺でのトレーニングは全面的に中止。風速10mを超えた時点で、安全のためにみんな合宿所に戻って点呼を取ります。波に攫われたら怪我だけじゃなくて、命が危ない。みんなで確認しあって、絶対に行方不明者なんて出さないようにね」
いつになく真剣味を帯びた表情。学園から解放されてばかりで、そこそこ緩い雰囲気が漂っているのを引き締めるような、そんな言葉だった。
「日本では年間約700人が海難事故で行方不明になっています。穏やかに見える海も、甘く見ちゃダメ。というわけで、明日の午前中には海難事故防止の講習を受けてもらいます。じゃないとトレーニングは禁止!」
──といっても、結局毎年この講習は行われているので、ジョーダンなどはもうすっかり飽きてしまっているが。
「もちろん海は楽しい場所だし、この非日常を楽しむのはいいことだと思う。だけど同じくらい、危険な場所でもあるって覚えておいてください。特に危険なのは、もう自分は海に慣れていると思っている人!」
アケノの視線が、明らかに話を聞いていないジョーダンに突き刺さった。それを向けられて、"え? 何? 聞いてなかった" と当たりを見渡しているのがトーセンジョーダン。アケノはため息を吐いた。
「……まぁ、つまらない話はこのくらいにしようかなぁ。どうせ明日もっかい話すことになるし。えっと、じゃあ次はご飯とお風呂の時間について! 班の割り振りは渡したプリントの通りだけど、それぞれの仕事の持ち回りについて──」
ぐぅ。アケノにバレないようにジョーダンの背中に隠れて、ブエナビスタが船を漕いでいた。それは夢の世界を渡る一隻の船。乗り心地はよさそうだ。
「それと、そこで寝ているブエナビスタちゃんには後でお話があります。聞こえてないだろうけど、覚悟しておくよーに!」
ちゃんと見つかってた。
ー ー ー
ある一室は──気まずかった。とても気まずかった。その気まずさ、息苦しさと言ったらかなりのもので、他の部屋と比較して空気が薄過ぎる。
「……スゥ────」
息を吸う音が目立った。
「その……──あ、いや、あの……ウインバリアシオン、さん」
「……」
顔色を伺う低姿勢のウマ娘。下がり眉に怯えた瞳。今をときめく二冠ウマ娘オルフェーヴルである。対して、段ボールから生活用具を取り出して部屋作りをしているのはダービー二着のウインバリアシオンだ。今日は特に不機嫌そうです。
「クソが──なんで……テメェと一緒の部屋なんだよッ!?」
「ひぃえぇぇぇぇぇぇぇぇ! ごめんなさいごめんなさい! アタシのせいじゃないですぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「うっせェ! 叫ぶな、周りの迷惑になンだろうが! 謝んじゃねえよいちいち癪に触る野郎だなァ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「叫ぶなっつってンだろうが!?」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「っせェよ!」
以下無限ループ。
「あ、あのー。そのあたりにして欲しいなーって、あのー、えーっと」
「あァン!?」
「ぴえっ!」
──さっきから居心地悪そうにしていたウマ娘。ぴょこっと耳が動いた。
「け──ケンカはだめっ! 禁止ですっ!」
「ちッ。ケンカだァ?」
「仲良くやっていきましょうよぅ。ね?」
「仲良しこよしなんざまっぴらだ。つか……テメェ、ロードカナロアだな。ちッ」
「ええっ、舌打ちされたよぅ……。でもでも、私のこと知ってたんだね! 嬉しいなっ!」
「……」
「あれれー? 無視はひどくない? ひどいと思うよー? ひどいと思うなぁーって。ねー」
いっそ清々しいほどの対称性というか、溢れ出るふわふわしたような、キラキラしたようなアトモスフィアを放つそのウマ娘。ロードカナロアというらしい。よく手入れされた髪、きめ細やかな肌──見るからに垢抜けている。
言ってはなんだが、ウインバリアシオンは凡百のウマ娘の名前など覚えていない。だが少なくとも、記憶の片隅に残してはいた。つまり最低限の実力は備えていることの証拠でもある。
(だ──誰っスかぁ……? そういえば自己紹介とかなんもしてないし、誰も言い出さないし……うぅ、見るからにアタシとは住んでる世界が違う……。キラキラしてるぅぅ……!)
もちろんオルフェーヴルは彼女が誰なのかなど知らない。あまりにも周囲とのコミュニケーションが欠落していた結果である。こうしてぼっちはぼっちのまま、ぼっちであることを変えられず生きていくのだ。
そして、この相部屋にはもう1人住人が居る──相部屋は4人か5人だ。ここ1班のメンバーはオルフェーヴル、ウインバリアシオン、ロードカナロア。そして最後の1人はさっきから一言も発さず、黙々と荷物を整理している。
「ねー、キミもそう思うよねー?」
ロードカナロアが最後の1人に水を向けた。
「……フンだ」
明るい声の主を一瞥だけして、最後の1人が鼻を鳴らした。友好的とは言えない反応だった。
「……あれれれー? もしかして、あんまり機嫌良くない? なんか気に障ったならごめん
っ! 仲良くなりたかっただけなんだよぅ」
ロードカナロアの精一杯のフォローにも沈黙というよりは黙殺。
「……それとも、えーっと。あんまり仲良くしたくない感じ? 虫の居所バッドネス的な? オーマイグッネス的な? それともそれとも──」
「うるさい。ボスに話しかけないで」
「……あれれ? インタビューの時はカワイイなぁーって思ったのに。うぅ、私の青色計画が始まる前から雲行きダークネスだよぅ」
──気まずいことない。本当に気まずい。オルフェーヴルは今からでも家に帰って引き篭もりたかった。
(……インタビュー? こっちのフキゲンなひと、なんか強いウマ娘っぽいっスか? 怖いから話しかけれないけど……)
コミュ障とは──まず、他人の名前が分からない。というか覚えてもいないので会話に困る。オルフェーヴルは陰の者だった。
「……っ!」
ぼんやりと事の推移を眺めていたオルフェーヴルに鋭い視線が飛んできた。最後の1人、自らをボスと呼んだウマ娘が睨んだのだ。それも相当強く。
(睨まれた!? あれぇ!? アタシなんかしたぁ!?)
久しく忘れていた感覚が蘇ってきた。胃が痛くなる感じの、レースに出走する前の緊張感的なアレが体を支配して、冷や汗がダラダラ流れる。
「うぇ〜ん。みんな仲良くやりましょうよぉ〜。あっ、自己紹介とかする? しちゃう?」
唯一の救いはロードカナロアというらしいウマ娘だ。この中でただ1人明るそうな性格らしい。
(自己紹介! いいと思うっス! するべきだと思うっス!)
悲しいかな、そう思っていても口には出せない。
「──必要ねェ」
(はいっ!?)
「こんだけのメンツだ。知らねェとかありえねえだろ」
(アタシはアンタ以外知らないんですけどォ!)
そんな冷や汗ダラダラなオルフェーヴルには気づかないウインバリアシオン。ロードカナロアがむっとして言い返す。
「そういう問題じゃないと思いまーす。だってこれからしばらく一緒に暮らすんだもん。知ってるだろうから自己紹介はしないとか、そういうのは良くないなぁーって。ね?」
「ね? じゃねェよ。やりてェなら勝手にやってろ。オレは結構だ」
「うぇぇ〜ん! ひっどぉーいよ! ね、ね、ね! キミ──オルフェちゃんもそう思うよね、思うでしょ、思うんだったら言ってあげてよぉ! ダメだぞ! って。ね〜!」
がしっ、と両手を重ねてオルフェーヴルにそんなことを言う。初対面とは思えない距離の詰め方に恐怖すら感じる。
「…………」
「え? あれ、無視……?」
そんなこんなで固まってしまったオルフェーヴル、可愛らしく首を傾けられフリーズから復帰。
「あっ、いや……あ、アタシは……」
「アタシは?」
「そ、その、正直、ウインバリアシオンさん以外は、名前──わ、分かんないんで、自己紹介、とか、その──」
その時、まだオルフェーヴルが喋り終えてもいないその瞬間、部屋の中が一瞬だけ殺気で満たされたような気がした。ハッとして顔を上げると、注目が自分に集まっていることに気がつく。ウインバリアシオンも、ロードカナロアも、そして最後の1人も、全員がじっとオルフェーヴルを見つめて(睨んで)いる。
「……あっ、ごめんね! そうだよね、クラスとかも違うもんね! ほら、やっぱり自己紹介した方がいいじゃんね! じゃあ私から──」
ゴゴゴゴゴ──擬音が聞こえる。
何か暗い迫力が発せられている。
「ロードカナロア、
何かがおかしいな、と思った。何がおかしいのだろうと思ったら、手首が痛いのだ。ロードカナロアに握られている手首がだんだんと痛みを訴えるようになってきて、
「
口元はにっこり笑顔でも、まるで目が笑っていない。ただオルフェーヴルを覗き込むようなその視線が示していた。
(…………あれれれれれ? もしかしてアタシ、嫌われてるっスか?)
痛みを訴えるように手首を少し動かすと、ロードカナロアがパッと手を離した。
「あっ、ごめんね。痛かった? いやーごめんね、やっぱり大スターと話すと緊張しちゃってさー。
「え、っと。た、多分……?」
「そっか」
すん。貼り付けた笑顔が一瞬だけ抜け落ちる瞬間があったことを、オルフェーヴルは気がついていたが、怖かったので気のせいだと思うことにした。
「いやいや、やっぱり天下の二冠さんと話すとキンチョーしちゃう! ついつい手に力が入っちゃって。あーも、ダメだぞー? この手が悪いのですねー、この手がねー」
(絶対ウソだ! 絶対ウソだ、絶対ワザだーーーーーー!!)
それを確かめるような度胸が自身にないことを恨めしく思った。
(……あ、ああ。ど、どうしよう)
ちらっ。ウインバリアシオンの方を見るとバッチリ目が合ってしまい、舌打ちされて視線を逸らされる。
今度はロードカナロアに視線を戻すと、今度は完全に無表情な彼女と目が合ってしまい、一瞬ののち笑顔を作って軽く手を振って来た。
最後の1人──名前も知らないそのウマ娘の方を見るとまた目が合った。明確に睨まれている。
友好的な反応とは言えない──いや、もういい加減認めよう。
(これから2ヶ月ほど共同生活をする仲間たち全員がアタシのことを嫌っています。マジで助けてください、ジョーダンセンパイ──……)
うみねこの鳴き声が聞こえた。もうこれはいよいよやってられない。
(どうなる、アタシの夏合宿)
夏合宿(サイドA):オルフェーヴルの長い夏休み(休めるとは言ってない)
「お、おはようございまーす……」
寝起き。
寝食を共にするということは難しいことだ。それもこんなプライバシーもへちまもあったものではない一室に詰め込まれて共同生活。それも思春期の少女たちが──。
例えばアラーム。生活習慣は人それぞれだ。オルフェは割と寝坊しがちだが、この日ばかりは緊張と共に目を覚ました。初めての経験だった。
アラームは一つ。初日故か、他の全員も目を覚ましたらしい。
「……ちっ」
(また舌打ちっス……)
朝から泣きそうだ。ウインバリアシオンのことはまだ分かる、というか。多少なりともどのような性格なのか知っているので、舌打ちぐらいならば平気だ。だが他の2人は全く知らない。仲良くなろうにも、明らかに嫌っている。
「……あ、あー。と、トイレどこだったかな、あー」
気まずい空間から逃げるようにそんなことをわざとらしく呟く──呟かざるを得ない。
こんなんでこれからやっていけるんだろうか。そんな心配は、(残念ながら)見事に的中することになる────。
日中はいい。どうせトレーニングでずっと砂浜の上だ。
問題は夜。食事も入浴も終えた後の、寝るまでの自由時間だ。
「オイ……テメェ、動画うっせェよ。音量下げろや」
「えー? あー、ごみーん、下げるねー」
「……変わってねェよ!」
「えー、小さくしたって。ねー?」
「変わってねェよ! イヤホンでもしてろ!」
「うるさーい。シオンちゃんうるさーい」
「オイテメェ、今オレのことなんて呼んだ?」
「シオンちゃんだけど?」
まるで悪気のなさそうなロードカナロア。ウインバリアシオンの額に青筋が浮かんでいるのをオルフェーヴルは見逃さなかった。
「もう一度そのフザけた呼び方してみろ。ブチのめしてやる」
「えー。こわーい、ごめんってー。ねー許してシオンちゃん! お願いっ!」
「……表出ろや」
怒りのあまり、ウインバリアシオンの口元には笑みが浮かんでいる。誰がどう見たってブチギレていた。そのまま寝っ転がって動画を見ていたロードカナロアを掴み上げる。
「うえぇぇなになになに!? か、カナロアちゃんなんかしちゃいましたぁっ!?」
「なんか、だと? クソお花畑ヤロウが──」
「いやいやいや暴力反対、はんたーい! ダメだよー! ダメでーす! はいそこ見てないで助けて! 今すぐー!」
「黙れ。テメェ、オレにケンカ売りたかったんだろ? だったら初めからそう言えばいいのによォ……」
「いやいやいや! 売ってなーい! カナロアショップは本日閉店! へいてーん! 何にも売ってないよー! 売り切れちゃったよー!」
「ハァ? なァに言ってんだか。吐いた唾ってのはなァ、飲めねェんだよ。そのおカワイイ顔面の形変えてやらァ」
「顔を殴るのはやめてー! お願いです、このファザーとマザーとマイゴッドから頂いた国宝級の顔を殴るのはやめてーっ! あと吐いた唾って飲めなくない? 汚いし。汚いよね、汚いと思います! ね!」
「……ブッ殺す」
「やっ、やめて欲しいっス! ダメっスよッ!!」
冗談抜きで殴る気だったウインバリアシオンを必死に止める羽目になり、終いには──
「うるッさい! いつまで騒いでるの!? 静かにして!」
隣の部屋から苦情が入り──
「騒ぐのは別に否定しないけど限度があるでしょう!? いいかしら、私たちは集団生活を送っているのよ。早めに休んで眠りたい人もいるし、静かに勉強したい人もいる。どう振る舞おうがあなたの勝手でしょうけど、少しは周りの都合を考えて欲しいわね」
「はい、はい、すみません……」
「私たちはトゥインクルシリーズの未来を背負って立つ存在よ。特に貴方──オルフェーヴル。貴方のような象徴的なウマ娘がこんなふうに夜まで騒いでいるのは関心しないわね。貴方を目標にトレセンへ入学するウマ娘も現れることでしょう。その子たちに胸を張れる立ち振る舞いを考えるべきじゃないの?」
「はい、はい、ごめんなさい……」
「……今後は気をつけて欲しいわね。分かった?」
「はい、はい、わかりました……」
なんでアタシが怒られているんだろう。オルフェーヴルの心中はそんな悲しみと憤りでいっぱいだった。ちなみに今オルフェーヴルを叱っていたのは隣室のアパパネだ。同じ二冠ウマ娘なのに怒る側と怒られる側になってしまった。
パタン。静かに、しかし心なしか乱暴に閉じられた扉。足音が遠ざかると同時にロードカナロアが口を開いた。
「も〜。静かにしなきゃダメだよ〜? オルフェちゃんも〜、気をつけないとー。ねー」
(誰のせいでこうなったと……)
きっと悪気はないのだろう。ナチュラルな煽り性能が高すぎるだけで、きっと本人は普通に話しているだけなのだ。オルフェーヴルはそう思うことにして、もう疲れたのでそのまま布団に倒れ込んだ。
今日はもう寝よう。
「……言っとくがな、話はまだ終わってねェぞ」
「えー、怒られたんだからもう水にフラッシング。イェア、グッナイベイビー。あ、そろそろ寝ていい?」
「相当オレを怒らせたいと見えるなァ。上等だよ」
(もうやだこの部屋……誰か助けてぇ……)
オルフェーヴルの目尻からこぼれた涙が布団に染み込んで、少し暑苦しい夜で──夏。
今をときめく二冠ウマ娘の苦難は続く。というかもう夏合宿が嫌になって仕方ない。
「ふあー、眠いよー」
「てか夜更かししすぎー。トレーナーに怒られろー」
「えー、助けてよー。お願いー」
(いいなぁ、みんな。仲良くて──)
ざわざわとした朝の食堂。別に好きなようにしていいのだが、オルフェーヴルには友達がいない。ジョーダンとかの先輩との繋がりはあるのだが、同世代だとまともに話せる人が少なすぎる。
横を見て──1人のウマ娘がどんよりとした雰囲気を纏って歩いていた。背もオルフェーヴルより少し低く、顔つきからして自分よりも一世代ほど若い──中等部だろうことが読み取れる。何を隠そう相部屋の1人(名前不明)だ。
部屋が一緒なので、朝食へ向かう道でたまたま一緒になってしまった。気まずいことこの上ない。
「あ……あの」
少し勇気を出して口を開いた。それが自分に向けられたものと分かったのだろう、その小さなウマ娘がわずかにオルフェを見上げた。
「朝ごはん、一緒に……い、一緒に! た、食べないっスか……?」
「……」
明らかに睨まれていると分かっていても、オルフェーヴルは我慢強く返答を待った──が。
「ゼッッッタイ、イヤだっ!!」
ずんずんずん。大股で歩き去っていくそのウマ娘(名前不明)をポカーンと見送った。見送るしかなかった。
「ぁ……あ、ぅ……うぅ、ぐずっ……ふぇぇぇぇん……」
ここまで明確に他人に拒絶されたのは初めてだ。オルフェーヴルはちょっと泣いた。朝から泣いた。朝ごはんは涙の味がした。
「あっ、おはよーぅ! オルフェちゃん、隣いーい?」
「……もう、どうにでもなれっスぅ」
表情筋に笑顔を貼っつけただけのルームメイト、ロードカナロア。笑顔だが裏にある圧にはずっと慣れない。正直何を考えているのかわからないし、嫌うならはっきりと態度に出してほしい。嫌われているはずななのに表面上だけニコニコしていると怖い。
「? まあいいや、ねえねえオルフェちゃーん、今日ヒマ?」
「えっ? ひ、ヒマって……トレーニング、っス」
「ふーん。ねえねえ、私も混ぜてくれない?」
「えっ?」
「トレーナーの許可は取ってるからさ。ねね、お願い!」
「ま、混ぜて──って、そう、言われても」
現在のオルフェーヴルはチーム加賀の一員。凱旋門賞を目指すナカヤマフェスタ、三冠を目指すオルフェーヴル、そして仮入部中のゴールドシップから構成されている。加賀のことだから頼めば多分大丈夫だろうが……。
何故、そんなことを頼むのだろうか?
「ねぇねぇお願い! 一生のお願い! お願いお願いお願いがい!」
「う……い、いい、っスよ……」
どうして自分はこんなに押しに弱いのだろうか。いっそ悲しくなった。
「やった! じゃあ今日からしばらくお願いしまーす!」
「……し、しばらく?」
今日だけではないのか? 自分の認識が間違っていたのか? そう思ったが──
「あれれれ? あー、ごめんごめん。そう! 言い忘れていました! けど! 些細なことだもんね、迷惑はかけないから!」
(ワザとだ……! 絶対にワザと言わなかったんだ……!)
「あれれれれ? どうかしましたぁ?」
(このひと、怖いよぉぉぉぉぉx……!)
「いやぁ光栄ですなぁ。あのオルフェーヴルさまと一緒にトレーニングができるとは〜。ではでは、これからよろしくぅ!」
そういうことになった。