「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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夏合宿(サイドA):オルフェーヴルの長い夏休み -3

 

「……え? それマジ?」

 

 1人で考えても分からないような問題に当たった時、オルフェーヴルはとりあえずトーセンジョーダンに相談することにしている。

 

「えー、あー。えー。アケノー、聞いてたっしょー?」

 

「うん。えー、でもなー、これはなー……」

 

 先輩方はどうにも歯切れが悪い。ジョーダンのいる部屋は去年と変わらないらしく、和やかな雰囲気が漂っていた。

 

「どうするのが、いいのかなって……アタシは、どうしたらいいっスか?」

 

「うーん……。これトレーナーに言わなかったの正解じゃね?」

 

「私もそう思う。あー……でも被害が出てるのは問題だよ。知っちゃった以上、見てみぬフリは出来ない。けど……ジョーダン?」

 

「わーってるって。オルフェ」

 

「は、はい。なっ、なんスか?」

 

「これはねー……自分で考えて、自分でどうにかして解決しなきゃだわ」

 

「……えっ?」

 

「まああたしも前々から思ってたことだし。オルフェは変わんなきゃいけないかもなーって」

 

「…………えええっ!?」

 

「どうするのが正しいのか、もしくはあんたがどうしたいのか。自分で考えて、自分で決めな」

 

 丸投げ。あるいは相談放棄──トーセンジョーダンは少し困ったようにそう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 翌朝からトレーニングは続く。当然だ──しかしオルフェーヴルの動きは精彩を描いていた。分かりやすく言うと集中力を欠いていた。

 

 ランニング中も上の空、砂浜ダッシュをしている時もよくぼーっとしていたし、名前を呼んでも反応しないこと多数。

 

「オルフェ」

 

「……」

 

「オルフェ!」

 

「っ、はい! な、なんスか!」

 

 なんかあったなこいつ──

 

 ここまで態度や行動に出る性格も珍しい。何というか分かりやす過ぎて逆に安心する。変に隠されてトレーニングに影響することが全くないと言う点において、オルフェーヴルの指導は少し楽かもしれない。

 

「何かあったろ。なにがあった?」

 

「なッ、ななな、な──何にも無いっスよ!!」

 

「嘘つけ。その顔とそのセリフでなんもねぇ訳ねえだろ……」

 

「ないっス!! 何にも!! ないっスよ!!!」

 

「まあ……お前さんがそう言い張るのは別に構わんが、このままだと午後のトレーニングの量が倍になるな」

 

「うぇぇ!? ひ──酷いっス! な、何でそんなことするんスか!?」

 

「身の入らねぇトレーニングはただ体力を消費してるのと一緒だ。それでも効果がないとは言わねぇがなぁ、やるからにはきっちりやるべきじゃねえか? 特に三冠に王手かけてる状態じゃあ尚更だ」

 

 たらり。照りつける日光が汗を照らして一筋の光。加賀も砂浜と海の反射光に眩しそうに目を細めている。

 

「さ……三冠──っスか」

 

「そいつに挑戦する権利があるのは、今んとこはお前さんとアパパネだけさ。俺にとっても一つの挑戦ってことになる」

 

「加賀さんも……勝って欲しいって、思ってるっスか……?」

 

「妙なことを聞くモンだな。お前さんはそうしたくないってか?」

 

「……」

 

 沈黙を守るオルフェーヴルに加賀はため息をついた。

 

「ったく。ともかく一旦休憩だな」

 

 

 

 

 

 

「ま、なんとなく分かってたよ。お前さんは勝つことへのモチベーションが低い」

 

 温くなったスポーツドリンクを喉に流し込んだ。胸の辺りが少し冷えていく感じがする──加賀はのんびりと海を眺めて話し始めた。

 

「勝ちたいって思う理由がないんだろ? お前さんはなぁ、別に勝てなくてもいいんだ。負けても悔しいとは思わない。普通は思うもんだ。そのために散々苦労して鍛えて、試行錯誤してレースに臨んで、それで結果が伴わなけりゃぁ悔しいさ。負けるってことは、努力の過程が間違ってたってはっきりと突き付けられるわけだからな」

 

「努力の過程が、間違ってたって……?」

 

「努力の過程に意味があったかもしれない。負けることで生まれる意味ってのもあるのかもしれない。だがそいつは目に見えない部分だ。俺たちの心ってのは不良品でな、目に見えない部分を無いものとしちまう。見えないってことは、存在していないのと一緒なんじゃないかってなぁ。そのせいで、目に見えないものを殊更有り難がる割には、目に見える結果だけを追い求めるようになる」

 

「……よく分かんないっス」

 

「ハハ、分からなくていい。お前さんが欲しがっているものは、目に見えないものだってことさ」

 

「それは……そうかも、しれないっス」

 

 自分を変えたい。

 

 変わったかどうかは自分が決めることで、それを認めるのも自分だ。オルフェーヴルの目標は内側にある。勝利という外側の結果でない。

 

「加賀さんは……誰かに嫌われたりしたら、どうするっスか?」

 

「そいつは難しい問題だな。そいつがお前さんが悩んでいる理由か?」

 

「なッ、悩んでないっス!」

 

「分かった分かった。そうだな、だけど別に俺なら何にもしねぇよ。人に好かれたりするために自分を変えようとしてもロクなことにならねぇ。胸張って嫌われることにしてる。運だけトレーナーとか言われてもな」

 

「運だけトレーナー……って、そんなこと言われてるっスか!?」

 

「言うやつは言ってるな。ま、実際事実だしなぁ」

 

「そ──そんなわけないっス! アタシが今までやってこれたのは……っ!」

 

「ハハ。気持ちは嬉しいが、そいつを言うのは菊花賞のウィナーズサークルにしといてくれや」

 

 ぽんぽん。親が子どもにやるように軽くオルフェの頭を加賀は撫でた──こんなことばっかりやってるからトレセンは婚活会場とかうんぬんかんぬん……。

 

「お前さんの面倒を見ることにした時は、こんなビビりのチビが三冠っつー偉業にまであと一歩になるなんて想像もしていなかったし、ナカヤマのヤツを預かることになった時も、まさか凱旋門賞に挑むことになるなんて想像もつかなかった。そん時の俺に言っても信じねぇだろうさ」

 

「……」

 

 オルフェーヴルはまだ自分の中の気持ちの整理をつけられずにいる。そんな様子を察して加賀が問いかけた。

 

「走んのは嫌いか?」

 

「……嫌いじゃ、ないっスけど」

 

「じゃあ競うのは嫌いか? 勝つのはどうだ。負けんのは?」

 

「それは……」

 

 答えに迷う。勝つことや負けることそのものではなく、それに付随する感情が苦手だ。もっと単純だったなら、答えももっと簡単だろうか。

 

「ライバルが必要なのかもな。お前さんには──」

 

「ライバル?」

 

「クラシック走ってるヤツでお前さんをライバル視してねえのはいねえ。だが……才能ってヤツは孤独なもんかもな。お前さんの心中なんか誰も理解しちゃくれない。みんなお前さんに勝つ方法ばかり考えてるからな。そうじゃねえか?」

 

「そ、……そうかも……しれないっス。アタシは……そりゃ、ここまで勝てて嬉しいのは、そうっスけど……」

 

 速さはそのウマ娘から平凡であることを奪った。そして残ったのは勝利と孤独だけ。

 

「そうさな。こいつはお前さんの問題だ、俺が口出しし過ぎんのもよくねぇ。だから一つだけおっさんからアドバイス」

 

 成長することは変わっていくこと。羽化を待つ蝶を見守るように、加賀は笑みを零した──。

 

「とりあえずコミュ障を治せ。話はそれからだな」

 

「……アドバイスに!! なってないっスよ!!!」

 

 なんかいい話を聞かされて期待していたのに無理難題を投げられたオルフェーヴルの叫びが、波の音とトレーニングの掛け声に紛れて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チーム加賀の現状は──何というか、カオスだった。

 

「オイ加賀ぁ! なぁに休んでんだ! オマエも丸太を打つんだよ! オラァ!」

 

「はぁ!? ちょ、やめろ! 離せ!」

 

「うるせーい! おりゃぁー!」

 

 加賀が海に投げ込まれた。下手人は──ゴールドシップ。大きな水飛沫が打ち上がった。

 

「ぶはぁッ! てめぇゴールドシップ、何しやがる!」

 

「うるせー! オマエはあの島まで泳ぐんだよ!」

 

「どの島だ!」

 

「あんだろあっちによー! オラ泳げ! アタシが見守ってやっからよ!」

 

「島なんか見えねえよ! っつーかそのボードはどっから持ってきた!?」

 

 ゴールドシップのしでかすことと言ったらバラエティ豊かで、毎回ロクなことがない。

 

 これまで学園でさまざまなウマ娘に向けられていたその破天荒は、現在加賀が一手に引き受けることになっており、筋肉痛が絶えなかった。

 

「やってられるか! あとボート返してこい!」

 

 浜へと戻ろうとした加賀に、ゴルシがニヤニヤしながら言い放つ──。

 

「オイいいのか? オマエのノーパソのHDD、海水に叩き落としてもいいんだぜ?」

 

 片手に握る電子部品──コイツならやりかねない。加賀の顔色が変わった。

 

「マジでやめろ! 学園からの支給物なんだぞ!」

 

「──じゃ、泳げ」

 

「なんでだよ!!」

 

 普段は事務仕事やメディア対応やら、なんだかんだと暇のないトレーナー業ではあるが、夏合宿中はそれらの雑務から解放される。そのため比較的暇な期間のはず──そんな加賀の認識とは裏腹に、加賀結局ゴルシが満足するまで泳がされることになる。

 

 そんな加賀横目に砂浜を走るオルフェーヴル。いまいち集中できない──。

 

「オルフェ〜? 集中しないとぉ……めっ! だよ!」

 

「……っス──」

 

 砂浜ダッシュ。瞬発力とトップスピードを鍛えるトレーニングだ。ここは流石にロードカナロアの分野、心なしかイキイキしていないでもない。

 

「じゃあよーい……どん!」

 

 それにしても目を見張る初速だ。静止状態から走り出しているはずなのに、1秒後にはトップスピードに入っている。並のウマ娘にはできない芸当──これが短距離専門(スプリンター)。僅か6F(ハロン)を全力で駆け抜けるということ。

 

「……──」

 

 オルフェーヴルが静かに息を吸い込んで集中した。見据えるは背中、思いっきり追い抜くつもりで砂に踏み込んだ──が、縮まらない。全く差が縮まらないどころか、全力で走っているにもかかわらず差は広がっていく。

 

 どうして考えて気がつく──最高速(トップスピード)が違う。足の使い方からして違う。体の使い方が、根本の考え方が違う。

 

(追いつけない──)

 

 それはオルフェーヴルにとって初めての経験だった。純粋な最高速で敵わないという経験がいっそ不思議に感じられたのだ。

 

 1セット終わった時、カナロアに聞いてみた。

 

「どうやったら、そんな風に走れるっスか……?」

 

「えー? やだなーもう、そりゃあもうカワイイを意識してぇ……」

 

「い、いや……速いなぁ、って。思って……」

 

「あっそっち?」

 

 スプリンターとは、どのようにして走っているのだろうか? ロードカナロアの答えは単純だ。

 

「どうやってって言われても、普通に走ってるだけだよぉ」

 

「普通……って──」

 

「普通だよぉ、普通。ただその普通が私とキミで違うってだけで」

 

「……き、距離適性の、コト……っスか?」

 

「マイトレーナー空木ちゃんによるとね、足の筋肉の作りが違うんだって。なんかぁー、短い距離が得意な筋肉ちゃんとー、長い距離が得意な筋肉ちゃんがあってー。この2つのバランスが距離適正を決めちゃってるって言ってたかなぁ」

 

 人間の縮尺で表現するならば、速筋繊維と遅筋繊維というものが該当する。これが先天的な要素で、この二つの筋肉の配分は後天的に変えられるものではない。

 

 大抵の場合、この2つの筋肉はほぼ半々で、どちらかに偏っていることは稀だという。陸上の分野ではそれが才能と言われるものの正体と言われることもある。

 

「もしかして、もしかして……短距離に興味ある? あるの? あるんだね?」

 

「えっ、いや、それは、別に……」

 

「じゃあカナロアちゃん特別コーチング! その1……でけでけでけ、でん! ズバリ、短距離のコツ!」

 

 普通に興味ある話題が出てきた。オルフェーヴルはごくりと唾を飲み込んで続きを待った。

 

「多分だけどね、オルフェは速く走ろうとする時とか、踏み込むって感覚じゃない? そうだよねぇ、そうじゃないかな?」

 

「え……な、なんで分かるっスか?」

 

「カナロアちゃんエスパーだから。なんでもお見通し」

 

「え……ええええええ!? ホ、ホントっスかぁ!?」

 

「うん。ほんとだよ?」

 

「……す、すごい……っス……」

 

 カナロアは1つ学んだ。オルフェーヴルは少しアホっぽくて面白いかもしれない。

 

「話を戻っしんぐするねー。短距離ではねぇ、"潰す"の」

 

「つ、つぶす……?」

 

「そ。地面を思いっきりぶっつぶーす! 全体重をかけて、思いっきり──ほら、さっきまで走ってたとこの足跡。見て?」

 

「あ……」

 

 カナロアの言う通り、並んでいる二つの足跡の違いは明白だ。比較的浅い片方の足跡に対し、もう片方は、一つ一つがまるで鉄球でも落ちてきたかのように凹んでいる。

 

「走る時のイメージって、普通はバネとかゴムじゃない? そうだよね、オルフェもそうでしょ?」

 

「ほっ、ホントにエスパーっス! すごいっス!」

 

「えへん。もっと褒めて?」

 

「すごいっス! て、天才っス! すごいっス!」

 

 褒め言葉のボキャブラリーが少なすぎる。それでもカナロアは気を良くしたのかドヤ顔で続けた。

 

「ふっふっふ。短距離は違うのだよ。短距離──っていうか、カナロアちゃんのイメージはズバリ、ボウガン!」

 

「ぼうがん」

 

「弓とかって言うひともいるねぇ。引き絞ってぇ……ぶっぱなーす!」

 

「……ぶ、ぶっぱなす……!」

 

「それかハンマーでぶったたくとか、地球を蹴り飛ばすみたいな、そんな感じのフィーリング。さっ、じゃあ早速やってみよー!」

 

「えっ、あ……ら、ラジャー!」

 

 早速立ち上がってトレーニングを再開した2人。少しずつ仲も縮まって来たようだ。

 

 一方加賀は──

 

「いや呑気にトレーニングやってねぇで助けろーッ!! オルフェー!! 気づいてくれぇーッ!!」

 

「うるせぇ! オマエはまだ行けるはずだ! アタシを、いやエデンを信じろー!」

 

「ちくしょーッ!」

 

 アホなことをしている2人を、砂浜からナカヤマフェスタが笑いながら眺めていた。チーム加賀は今日も賑やか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日のお昼ご飯は唐揚げ定食。タンパク質たっぷりだ──夏合宿三日目。

 

 オルフェーヴルは少しずつ自分がロードカナロアと一緒にいることに慣れ始めていて、そんな自分に驚いていた。

 

「ね。オルフェってさぁ、趣味とかある?」

 

「し……趣味は、いや、アタシの趣味なんて、つまらないことばっかりっスよ……?」

 

「またそんなこと言ってー。なぁに? 蟻の観察とかじゃないよねぇ?」

 

「や……マンガとか、ソシャゲとか……っス」

 

「あっ、割と普通……インスタとかは?」

 

「アカウントだけ、センパイに作ってもらったっスけど、全然……」

 

 ロードカナロアの高いコミュニケーション能力のおかげでオルフェーヴルは普通に話せているが、もしもこれがウインバリアシオンだったとしたら一言も話せないだろう──。

 

「一応はやってるんだね、フォロっときまーす。相互しない?」

 

「そうご……?」

 

「お互いにフォローし合うってこと」

 

「……? えっと、ふ、フォローってどうやってするっスか?」

 

「えっ、SNS原始人だぁ……」

 

「い……インスタみたいなキラキラしたやつは、苦手で……」

 

 信じられないものを見る目でオルフェーヴルを見つめるロードカナロア。とりあえずインスタの検索欄からオルフェーヴルをフォローして、そのフォロワー数に目を剥いた。

 

「……うそん。フォロワー数、54万……? こ……これが、二冠バ……!」

 

「54万……えッ! な、何の話っスか!?」

 

「っていうか投稿ぉっ!! キミぃ、SNS舐めてんの!? こ……ッ、こんなッ! こんな、しょっぱい投稿で……!」

 

「えっえっ、あ……アタシ怒られてんスか?」

 

「いやいやいやこれは、とても華のJKじゃない……こんなことは許されない! 例えお日様が許しても、カナロアが許さないかな!」

 

 アカウント名:Orfevre。フォロー:2、フォロワー:540k。投稿件数──3。前回投稿日は1ヶ月前で、唐揚げ定食の写真が一枚。ファンのコメントがいくつか付いている──。

 

「ちょっと。エマージェンシーかな、これちょっとエマージェンシーだね。いい? 耳ぃかっぽじって聞きな? LESSON1……」

 

「れ……れっすん? あ、あの。アタシは、別に、そういうのはやらなくてもいいかなぁーって……」

 

「黙って聞いて? あのねぇ、自分のことを知ってもらうってことはねぇ、とぉ──っても大事なこと。ファンっていうのはね、何もレースだけを見てるんじゃない。足の速さだけが重要じゃないんだよ。ファンはストーリーが大好きなんだよ?」

 

「す、すとーりー……?」

 

「そ、インスタの機能の方じゃなくてね。例えばどうしてそのレースを選んだのかとか、どんな気持ちで、どんな背景があってそのレースを選んだのか、それを知らなかったら本当のレースが見えてこないでしょ?」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「そう──だって考えてみてよ、知らないウマ娘たちが競い合っているのを見たって、フツーの人には全然面白くないワケで。出場しているウマ娘のことを知って、好きになって、友達みたいに思ってもらってこそ、みんなが楽しめる舞台が出来る。ここテストに出るからね、じゃあ本題」

 

「えっ、あ、え、えっとぉ……」

 

「『LESSON1』──『投稿にはハッシュタグを付けろ』」

 

「えっ」

 

「復唱」

 

「え、えっ?」

 

「復唱。して?」

 

「え。え、れ、レッスン1、と……とうこうには、ハッシュタグ、を、つ……つけろ」

 

「……ま、初回だから許してあげる。いい? 一つの投稿につきハッシュタグは最低5つ以上つけるの。とりあえず投稿してみろ! ほらピース! カナロアとツーショットだ!」

 

「えっあっ、ぴ、ぴーす……!」

 

 突如向けられたインカメラにぎこちない二本指。オルフェーヴルは、こうしてロードカナロアに振り回されながら、少しずつ変わっていくことになる──。

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋が荒らされることはしばらくなかった。しばらくというのは3日間くらいしかなかったが、オルフェーヴルはその間平和に過ごすことが出来ていた。悩みもあれど、時間が少しずつその悩みを薄れさせていたことは確かだ。

 

 そして何より、ロードカナロアという友達が出来たことが最も大きいことだっただろう。

 

「ね〜……オルフェ、オルフェ。このマンガ、次の巻貸して〜」

 

「じ、自分が読んでるから……ダメっス」

 

「むー……。じゃあ一緒に読もうよ。1ページ目から」

 

「え、い……いいっスけど、アタシ読むの遅いっスよ……」

 

「いいよいいよ、私もスローリーだし、そっちの方が長く楽しめてお得じゃん。お得じゃない?」

 

 部屋には──2人だけの話し声が響いていた。ウインバリアシオンがベッドの上で並んでマンガを読んでいる2人を一瞥だけして、風呂道具を持って部屋を出ていった。

 

 結局のところ、オルフェーヴルは現在を楽しんでいた──いろいろと大事なことを忘れながら。

 

 

 

 

 

 

 夏合宿8日目。

 

 ロードカナロアはもうすっかりチーム加賀に馴染み、オルフェーヴルとトレーニングをするのが日常的になった。朝から晩まで2人は大体一緒にいることになって、端的に表現して仲がすごく良くなった。

 

 今日も朝から走り込み。海を眺めながら走ることのできるコースを自分のペースで走り抜く。とにかく走って、走って──辛くて苦しいと思っても、走り続ける。走るとは孤独なものだ、マラソンの類は特に。

 

 だが、これまでは振り返っても誰もいなかった背後に、へろへろになりながら走るロードカナロアの存在が、オルフェーヴルの心に大きな影響を与えていた。こういうのも──誰かと一緒に走るのも悪くない。そういうふうに思うようになっていた。

 

 が──。

 

「……ふぅ〜む、こりゃアレだな。カナロア……お前さん、ちと……馴染みすぎてんな?」

 

「コミュニケーションには自信バッチリ! 心の奥までお見通しがトレードマーク、カナロアです!」

 

「参ったな。俺ぁてっきり数日で音を上げるだろうと思っていたんだが、甘かったらしい」

 

 午後5時、練習終了。チーム加賀は放任主義なので(というか担当があまり言うことを聞かない)、ミーティングはあんまりしない。が、ロードカナロアは加賀に呼び出されていた。その背後にはオルフェーヴルも付いてきて、首を傾げている。

 

「まぁ……なんだ。あんまはっきり言うのもなんだけど、空木ちゃんも困ってるしな。そろそろ戻ってもいいんじゃねえか?」

 

「……。えー、それは、ちょっと」

 

 オルフェーヴルは久しぶりに思い出した。ロードカナロアは何か目的があってチーム加賀に──というかオルフェーヴルに近づいたのだ。

 

「分かってるだろ? 才能ってのは使わねぇと錆び付く。周りの連中との差ってのは、ちょっとずつでも確実に縮まっていって、いつかは追い抜かれちまうぞ」

 

「……え〜? 加賀さん、私がいるのは嫌なのぉ〜? 嫌い〜?」

 

「いやいや、別に……好きなようにやればいいとは思ってるよ。だけどなぁ……ニガテを伸ばそうったってなぁ。それで伸びたヤツなんざ見たことねぇし、そんでもって、伸びたところで大していいこともねえさ。そうじゃねえか?」

 

「……むー」

 

「………………えッ! か、カナロア、帰っちゃうんスか!?」

 

 ようやく事情を理解し始めたオルフェーヴルとは対照的に、カナロアは苦い顔をしていた。

 

「帰んないよ! だって、まだToDoリスト残ってるもん。私、まだ──」

 

「あのなあ。お前さんの脚じゃ中長距離は無理だ」

 

「ッ!」

 

「腹決めて諦めろ。無理なもんは無理だ」

 

 ぽりぽりとこめかみを掻きながら、はっきりと加賀が言い放った──相も変わらず暑苦しい炎天下。汗が滲んだ。

 

「……いいもーん! 私、やりたいようにやるもん!!」

 

 そう叫ぶや否やロードカナロアは走り去っていった。オルフェーヴルの真横を横切って──その時に頬に光っていた水のようなものは、多分涙ではなく汗なのだろう。

 

「……あの、加賀さん。今の……」

 

「オルフェ。お前さんはロードカナロアが何て呼ばれてっか知ってるか?」

 

「え?」

 

「"天才"ってな。GⅠ制覇も夢じゃねえだとか、カナロアが勝たなきゃ他に誰が勝つんだとか、気の早え連中が囃し立てやがる」

 

「……知らなかったっス」

 

「お前さんはどう思う?」

 

「ど、どうって……そんなこと、言われても」

 

 本当に困る。なんか意味深にそんなこと聞かれても、それは自分のことじゃない。なんか嫌な予感がする。

 

「お前さんにひとつ頼みがある」

 

 ほら来た。

 

「ロードカナロアの、"中長距離への憧れ"を断ち切ってくれ。お前さんにしかできないことだ」

 

「な……なんっスか? あ、憧れ……?」

 

「まあ俺も人の心の中までは読めねえ。けど、大舞台への憧れが抜けないんだろう。はっきり言えばロードカナロアはGⅠ級ウマ娘だ、そいつは間違いない。だが短距離路線じゃどれだけ強くたって、GⅠに出られるのは来年3月の高松宮記念だ。実力はあるのに、舞台が追いついてねえんだよ」

 

「……そ、それは……けど、なんでアタシに……」

 

「お前さんのことを羨んでるのさ。だが、誰しも与えられた才能で戦うしかない。お前さんが短距離を走れないのと同じで、あいつも長距離は走れねえ。短距離は誰しもが走れる訳じゃない。あいつにしか出来ないことは確かにある」

 

「そ……それは、っていうか──加賀さんが説得すればいいじゃないっスかぁ!? あッ、アタシがカナロアに何か言ったって、何様だって言われるに決まってるっス!」

 

「いやいや、友達だろ? 遠慮せずぶつかってこいって。上手くいったら回転寿司にでも連れてってやる」

 

「そ、そんなこと言われてもぉ……」

 

「大丈夫だ、心配するな。さ、追いかけてやれ」

 

「う、うぅぅぅ……」

 

 そういうことになった。

 

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