「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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ライバル

 

 "スカーレットか!? ウオッカか!? オークスか!? ダービーか!? トリプルティアラか!? だが譲らない、譲らないぞウオッカッ! 逃げるダイワスカーレット、縮まらない! 差が縮まらないぞッ! 逃げる逃げる逃げる! 絶対に1着は譲らないと言わんばかりにッ!"

 

 

 

 

 明日原は夢を見ていた。

 

 

 

 

 

『トリプルティアラ。チューリップ賞ではギリギリに差し切られた。あいつの瞬発力は強い、だからあたしも対抗していくわ』

 

 君の武器を鍛えるべきだと伝えた。

 

『武器?』

 

 ロングスパートで勝とう。1ハロン前から仕掛ける。ラスト3ハロンでは、ウオッカには敵わないだろう。だからラスト4ハロンで勝負するんだ。

 

『……桜花賞、勝てるの?』

 

 勝とう。

 

『分かったわ。……一つだって渡してやらない。1着はあたしよ、首を洗って待ってなさい──ウオッカ!』

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の三年間は、ウオッカと共にあった。

 

 

 

 

 

 

 

『……うそ、ダービーに行く? な、なんで?』

 

 ティアラ路線、オークスは歴史あるレースだが……クラシックの格としては日本ダービーの方が上だ。ダービーを獲れればもう辞めてもいい、そう言うトレーナーもいる。

 

 ウオッカはトリプルティアラじゃなくて、正真正銘の日本一を目指したんだ。

 

 君が望むなら、今からでもオークスからダービーに変えられる。君の判断に任せるが、君自身の意思で決めるんだ。

 

『あたしから、逃げたの? トリプルティアラはもう獲れないからって……』

 

 それは違う。きっと桜花賞で勝っていても、ウオッカは同じことをしていた。ウオッカが最初からクラシック三冠へ行かなかったのは、きっとティアラに君がいたからなんじゃないかな。

 

 けど、ダービーに挑んだのは……その方がカッコいいから。

 

『何よ……何よっ!? あいつ……カッコいいから!? じゃあ……じゃああたしとの勝負はどうなるの!? あいつのいないオークスなんて……っ! そんなの、ただ勝ったって……意味ないじゃないっ!』

 

 それは違う。

 

『え……?』

 

 ウオッカは秋華賞には戻ってくる。

 

『戻って──』

 

 ウオッカは凱旋門賞にも挑戦するそうだ。つまり彼女は、より大きな舞台に挑戦したいと思っているんだろう。菊花賞かとも思ったが……まあ加賀さんに聞いたんだ。秋華賞には出る、そこで大きくなったオレの力を見せてやるって。

 

 君はどうする、スカーレット。

 

『……なら、待ち受けてやるわ。世界だかなんだか知らないけど、そんなとこばっかり見てると足を掬われるのよ。オークスを獲って、それで秋まであいつを待つわ。そして、戻ってきたあいつを完膚なきまでにボッコボコにして、あたしの栄光は本物になるのよ』

 

 ……それでこそだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウオッカは駆けていた。

 

『さあ外マツリダゴッホ、内はエイシンディクティ、間キャプテントゥーレ3人並んでいる。さあ外に持ち出して追い込んでくるのはヤマニンキングリー、大外からサクラメガワンダーそして間からスクリーンヒーロー追ってくるスクリーンヒーロー!』

 

 ここだ。仕掛けどころだ。

 

『ウオッカは内を狙って今、5、6番手の位置まで上がってきた! 前を狙っている! さあ先頭はカンパニーだ先頭変わるか! カンパニー先頭だ! カンパニーか! さあ外から──いや』

 

 そうだ。開いてら、ぶち込んでやる。差し切ってやる。絶対に負けるか、絶対に勝ってやる。1着は譲らねえ、ぜってえに譲らねえ。

 

『内を突いてウオッカだ! 内を内を突いてウオッカ! カンパニー! ウオッカ! 間にはスクリーンヒーロー!』

 

 カンパニーが先頭を行く。だが差し切れねえ、なんで──。

 

 ウオッカはその白昼夢に目が眩んだ。過去の幻影が走っている。

 

 "スカーレット逃げるッ! ダイワスカーレット逃げているッ!"

 

(違ぇ。このレースは秋華賞じゃねえんだ、今は天皇賞秋……訳分かんねえスカーレットの幻覚がどうして現れてんだよ)

 

 ""スカーレットか!? ウオッカか!? オークスか!? ダービーか!? トリプルティアラか!?"

 

 レースが生み出す極限状態の産んだ幻影のスカーレットがウオッカの先を行く。現実のカンパニーにピッタリと重なって逃げている。差し切れない、差し切れない──。

 

 "だが譲らない、譲らないぞウオッカッ! 逃げるダイワスカーレット、縮まらない! 差が縮まらないぞッ! 逃げる逃げる逃げる! 絶対に1着は譲らないと言わんばかりにッ!"

 

(やめろ、行くな。逃げるな、オレから逃げるな。どうして追いつけないんだ)

 

 差が縮まらない。スカーレット(カンパニー)との差が縮まらない。

 

(オレじゃダメなのか? オレじゃ、お前に追いつくことは出来ないのか? どうして追いつけねえ。トレーニングと才能と執念と、あと何が足りねえ。何を捧げりゃお前に追いつける。なあスカーレット。教えてくれよ)

 

『さあこの三人の争いだ! 先頭は3番の──カンパニーだ! カンパニーゴールインッ!』

 

 "ダイワスカーレットゴールインッ! ダービーウマ娘を抑えてトリプルティアラを達成しましたッ!"

 

(追いつけなかった。差し切れなかった。1着じゃねえってことは、もう何の意味もねえってことじゃねえか。そうだろスカーレット。お前ならそう言うだろ)

 

『カンパニーです! カンパニーやりました! シニア級4年目にして、初のGⅠ制覇を達成しましたッ!』

 

 "ダイワスカーレットやりましたッ! 史上3人目となるトリプルティアラ達成ですッ! スティルインラブ以来の、三年振りの偉業を成し遂げましたッ!"

 

(なあスカーレット)

 

 レースを終えて、腕を振り上げたカンパニーを呆然と眺める。現実だった。

 

(お前はまだ、オレのことをカッコいいと思ってくれてんのか)

 

 ウオッカ、秋に敗れる。毎日王冠に続き、天皇賞・秋までもカンパニーに敗れる。

 

(教えてくれよ)

 

 幻影の中のスカーレットが静かに腕を振り上げて、指で1番を作って掲げていた。ウオッカはずっとそれを目指して走り続けて、ついに追いつくことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー ー ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伸びねえな」

 

「……ああ、伸びてねえ」

 

 加賀の言う通りだった。練習タイムの話だ。

 

「全盛期はすぐに過ぎ去る。怪我もしやすくなるし、何より速くねえんだ。ウオッカ」

 

「……分かってる。なあ加賀、オレはあとどんくらい走れる」

 

「まあ、そうだな……ぶっちゃけそろそろキツイな。来年はもう無理だろ、何なら今年のGⅠ二つとった6、7月がピークだったと思ってる。当然、判断はお前さんに任せるが……」

 

 加賀は言葉を続けた。

 

「今のカンパニーはヤベえな。まさか選手6年目で全盛期が来やがるなんて想像もしてなかった。だからレースは怖えわ、全く……」

 

 同感だった。

 

「だがウオッカ、お前さんが勝てねえってことじゃねえ。ジャパンカップだ。なに、負け続けんのは初めてじゃねえだろ? その後には勝ってきたんだ、気い入れ替えて仕上げてくぞ」

 

「ああ……分かってる」

 

 ずっと考え込んでいるウオッカを見て加賀はそっと目を閉じた。これは本格的にヤバいかもしれない。

 

(……どうすっかね)

 

 悩んだ後、加賀は明日原に連絡を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって明日原のトレーナー室である。

 

「全く、まさか本当にカンパニーが来るとは……と、感慨に浸っていたいところではありますが、そうも言っていられません」

 

 こっそりウオッカに賭けていた明日原が沈んだ調子を切り替えて言った。ホワイトボードに書き込まれた予定。

 

 11/28、ラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークス。芝2000m、GⅢ。

 

 ジョーダンはジトーっと明日原を睨んでいた。こっそり賭けていたことなど、意気消沈具合を見れば一目瞭然である。NIKKEI杯に向けて仕上げていたのでジョーダンは土日も練習を詰め込んでいたのだが、休憩時間に中継で見ていたところをしっかり目撃していた。ネットでバ券が買える以上、明日原の犯行は明確だった。

 

「さて、NIKKEI杯まで残り25日を切りました。これからのトレーニングですが、基礎的な体力ではなく並走をメインに行って行きます。実践を意識したトレーニングを増やし、実戦への慣れを作っていきましょう」

 

「いくら賭けたの?」

 

「……ニンテンドースイッチ程度ですかね」

 

 3万程度。だがジョーダンは鋭かった。

 

()()()()?」

 

「…………3つほど」

 

 ジョーダンは台パンして叫んだ。

 

「んな大金賭けて負けてんじゃねーよこのバカ野郎っ! カンパニーパイセンが来るかもしれないって分かってたろ!? てか競バ禁止つったろッ! あたしのレース近ぇのに何してるわけ!?」

 

「返す言葉もありません」

 

「……あのさ。あんたのことに口出しするケンリとかあたしにはねーけど……あんま担当ほっといて遊ばんでよ。あたしは頑張ってんのにさ」

 

「……申し訳ない。心を入れ替えます」

 

 正面からブチギレられるよりも、正直こうやって少し悲しそうだったり寂しそうな顔をされるのが1番心に刺さる。明日原はかなり心から反省した。

 

 頭を下げる明日原を見て、ジョーダンがふん、と鼻を鳴らしたタイミングで明日原に着信が入った。

 

「失礼……加賀さん。どうしました? ……ええ、見てましたが。ええ、……えーっと……なるほど? 了解しました、構いません。ちょうど僕も、彼女を呼ぼうと思っていたところですので」

 

 彼女? 彼女って誰?

 

 明日原は平然としていた。電話を切って、また通話を掛けた。数コールのあと繋がった。

 

「もしもし、僕です。久しぶりですね、()()()()()()。一つ……いえ、二つほど頼まれてくれませんか?」

 

 ──ダイワスカーレット、襲来。

 

 どちらにせよ11月はジョーダンにとっても、ウオッカにとっても苦難の一ヶ月となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイワスカーレットよ。よろしくね」

 

「え、ええと、トーセンジョーダン……っす。よろしくおなしゃす……うわ、マジでホンモノだ……」

 

 握手を交わしながら、ジョーダンはまだ信じられなかった。

 

 象徴的だったツインテールを下ろして、大人っぽい私服に身を包んだダイワスカーレット──てかでっか。こりゃデッカいわスカーレットだわ。どこがとは言わんけど。

 

(マジでキレイなんだけど。え、無理じゃね? これで成人してないってマ? フツーに犯罪っしょ)

 

「前のオープン戦見たわよ。なかなかいいじゃない。明日原が面倒見てるだけはあるわね」

 

「っす、え。マジっすか!? 見てたんだ……」

 

「せいぜいがんばんなさい。明日原の評判を落とさないように、ね」

 

 ──早くもダイワスカーレットが仕掛けた! 明日原の心の中の実況がそんなことを叫んだような気がした。

 

「……あたし、でっかくなるんで。勝って勝って勝ちまくるんで──引退したパイセンと違って、あたしまだ現役バリバリなんで。……三冠だか何だか知らねーけど、もういねーヤツが口出すなっつーか」

 

 ジョーダンがスカーレットを睨んだ。それを聞いてスカーレットは不敵に笑ってジョーダンを見下ろした。身長差があるために、ジョーダンが睨み上げる形になる。

 

 しばらく睨み合っている間、明日原は胃の痛みを堪えるためにゲンドウポーズで顔を伏せていた。うっかりするとエヴァに乗れとか言いかねなかった。

 

 ふっ、とスカーレットが笑って緊張を解いた。

 

「ふーん、なかなかいいわね。根性あるじゃない。ね、明日原?」

 

「……試すのはやめてください。僕の胃が千切れますよ」

 

 え、試されてたの? ジョーダンは冷静になって、自分がいきなり先輩に喧嘩をふっかけかねなかったことを思い出して血の気が引いた。というか今ので正解だったと言う事でいいのか? 血の気が多すぎんか?

 

「え……ちょ、説明欲しいっす」

 

 明日原は一切の説明もしなかった。ただ電話から一時間ほどして、ダイワスカーレットが学園に来た。それだけだった。

 

「ラジオNIKKEI杯はジュニア級とはいえGⅢ、重賞です。デビュー戦やオープンとは格が違います。オープン戦を勝ってきたウマ娘が集うレースです。つまり強敵揃いということになります。重要なのは勝負勘です。どこで仕掛ければ勝てるのか、そしてどうやって追い抜くのか」

 

 それはジョーダンも分かっているし、並走トレーニングにも納得している。今まで根性だけでなんとかやってきたが、これから先はそれだけでは足りないということなのだろう。

 

「ジョーダンの脚質は割と幅広い──先行が最も得意ですが、やろうと思えば差しも逃げも出来なくはありません。そしてスカーレットは逃げと先行のスペシャリストです」

 

 大体言いたいことはわかった。

 

 まさかとは思うが、三冠バと一緒にトレーニングしろってことなのだろう。マジかよ。血の気が引いた。

 

「それと差し──どのようなレース展開になるか読みづらいところであり、今はジュニア級です。色々試しながら、場合ごとの勝負の仕方を体に叩き込んでいきます」

 

「っても、アタシは差しなんてできないわよ。アテはあるんでしょうね」

 

「ええ」

 

 ──明日原が言うと同時にドアが開いた。

 

「よお、来たぜ明日原────」

 

 ウオッカだった。ジョーダンは混乱の極地にいた。嫌な予感が駆け巡った。は? ウソでしょ? マジで言ってんの? どうなってんのマジで、やべーでしょそれ。ウソでしょ……?

 

 一方のウオッカも言葉を失った。

 

「あら、ウオッカ。久しぶり、元気にしてる?」

 

 目を見開いて立ち尽くした。後ろに立っている加賀がマジかこいつみたいな目で明日原を見ていた。

 

「スカー、レット」

 

 ──終生のライバル。歴史に刻まれたライバルがそこに立っていたのだった。

 

 

 

 

 

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