「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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秋嵐

 仏教に照らすなら、曰く──物事はすべて、その起原(=因)と、果を結ばせる作用(=縁)とによって、定められていること。転じて、物事の持っている定まった運命。

 

 あるいは理由、由来……出会いがもたらすねじれ。二つの想いが生む摩擦としてもいい。

 

 それが因縁──ねじれ、絡まり、解けない。望む、望まずに、関わらず。

 

 オルフェーヴルとウインバリアシオンがあの日に出会い、そして二つの舞台で戦った。

 

 因果は必ず果たされる。そういう意味なら、菊花賞という舞台は良い区切りだと言うことも出来る。

 

 その物語を語ることにしよう。

 

 まずは夏合宿が終わった9月の、ロードカナロアという少女が見ていた世界から。

 

 

 

 

 

 

 -

 

 

 

 

 

「ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ!!! 空木ちゃん! 空木ちゃん! 空木ちゃーん!!」

 

 空木(うつぎ)という女性トレーナーが運営するチームは、短距離に強いウマ娘が集まっている。専門性というわけではないが、やはり同じ距離適性のウマ娘を集めることは練習効率の向上など、メリットも多い。

 

「……き、聞こえています……よ。うぅ……声が、頭に響きます……」

 

 トレーナーが見れるウマ娘の数には限界がある。その限界を突破するとどうなるか、という疑問は、空木の顔に張り付いた隈の濃さを見ればよく分かることだろう。

 

 ウマ娘の熱意に押されて、採るつもりのないウマ娘を採ってしまった──その末路。しかも責任感の強い空木は手を抜くということが出来ず、連日の仕事と徹夜により倒れることも多い。今はまだ若さによりギリなんとかなっているが、そのうち本当に入院しそうだ。机に転がったリポビタの空き瓶が生々しい。

 

「ねえ前話してたローテの件だけど!! やっぱりカナロアはスプリンターズS出たいなって! 出たいなあって!!」

 

「ダメです……」

 

「出るの!! カレン先輩ブチのめすの!!」

 

「前にも、話しましたけど……まだ、厳しいです……」

 

「ぬぁ〜〜〜〜っ!! 殺すぞ〜!!!!!」

 

「う、うぅ……殺さないでぇ……眠い……」

 

 この押し問答も何度目か分からない。もっと目立ちたいカナロアと、身体の成熟がまだだと読んでいる空木の、見解の不一致というヤツだ。

 

「じゃ毎日王冠でもいーよ! 走らせろ!! 出して! 絶対勝つから!!」

 

「な……何度も、言っていますが……カナロアの適性距離は、1400mまでです。それ以上、伸びると……例え、メイクデビュークラスのレースでも、勝つのは……厳しい……」

 

「む〜〜っ!!」

 

「……焦らないで、ください……カナロア。あなたは、1200mなら……誰にも、負けることはありませんから……」

 

「んじゃスプリンターズ出してよ!!」

 

「い……今はまだ、無理をする場面では……」

 

 溜まりに溜まった疲労により弱々しく見える空木だが、それに反してさっぱり譲るという意思は見えない。この女、押しにはめっぽう強いのである。

 

「じゃあ! いつならいいの!?」

 

「ぅ……その、話をしようと思っていました。次走ですが……11月の京洛Sが、良いと思いまして……」

 

 京洛S、OP、京都レース場、1200m。

 

「……む……むむ。むむむ……」

 

「……不満そう……ですね……」

 

 ──ロードカナロアはここまで連対を外していない。その抜群の安定感と強さを思えば、とっくに重賞に出ていてもおかしくはない戦績を誇る。

 

 空木の判断が慎重過ぎると思う人も少なくない。

 

「……そこでの戦績次第ですが、その後のローテに……京阪杯を組もうと、考えていて……」

 

 GⅢ京阪杯。望み焦がれていた重賞の舞台──1200mでは数少ない重賞レースである。これで少しは溜飲を下げてくれると思っていた空木は、カナロアの顔色が明るくならないので訝しんだ。

 

「……あ、あの……一応、重賞なんですが……」

 

 目立ちたい注目されたいと常々公言している彼女のことだ。GⅢとはいえ、間違いなく注目は集まるので当然カナロアも満足するものと思っていた空木は、何か嫌な予感を感じた。

 

「……あの」

 

 カナロアはテーブルに転がっていたテレビのリモコンを手に取ると液晶に向けた。ピッ。

 

『さて、来月末に迫りましたスプリンターズSの最新情報です! 今年はシンガポールのロケットマンが出走を表明しました。海外の強豪を迎え撃つのはこのウマ娘たち!』

 

「……ロケットマン、って誰ぇ?」

 

「はぁ……。本当に、短距離に関心がないんですね、カナロア……。香港スプリントで2着だったウマ娘、ですよ……」

 

「……香港スプリントって何?」

 

「うぅぅ……短距離では、世界一と言われているレースのことですぅ……。短距離版の凱旋門賞みたいなものですよ……」

 

 ロードカナロアの短距離に対するやる気がなさすぎる。それは一貫して空木の悩みだった。

 

「凱旋門、賞──」

 

 口の中で呟いた言葉は空木には聞こえなかった。

 

『エーシンヴァーゴウ、ダッシャーゴーゴ──そしてカレンチャン! カレンチャンは先日のキーランドCでも1着という成績を残しています!』

 

 聞き覚えのある名前にカナロアは顔を上げる。テレビに映るレース映像の中で、あの先輩は今日もカワイイ。つい目が奪われる。

 

『スプリンターズS、大いに期待が高まります。それでは続いて、クラシック三冠についてのニュースです! 早速ですが、あのオルフェーヴルのトレーニング映像からご覧頂きましょう!』

 

「……むぅ〜っ! もう、みんなしてオルフェのことばっかり! 空木ちゃんもそうなの!?」

 

「え、えぇ……と……どういう意味ですか……?」

 

「オルフェに期待しているって!? 大スターの誕生って!? ヒーロー誕生って!?」

 

「え、えぇ……それは、はい……三冠(トリプルクラウン)は、トレーナーならば誰もが一度は夢に、見るものですから……」

 

「つまり勝って欲しいってこと?」

 

「まぁ……そう、ですね。成し遂げて欲しいと思う気持ちは、ありますけど……」

 

 はっきりとした言葉になったことで、カナロアの不機嫌さは増すばかりだ。その不可思議な感情に空木は首を捻るしかない。

 

「……注目を集めるなら、短距離でもやりようはあるので……クラシック三冠ばかりを羨むことは、ないんじゃないですか……?」

 

 今のレース業界はクラシック三冠を最大限に盛り上げる方向へ動いている。三冠が生む経済的な効果はかなりのものだ。短距離がそれに劣っていることは、決して否定しきれない部分もある。

 

 仕方ないことだ。受け入れてやっていくほかに解決策はない──

 

「……そういうことじゃないよ」

 

「え……」

 

「みんなが好き勝手に言うんなら、私だって……好きにやってやるんだ」

 

 カナロアは呟いて背を向けた。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 階段ダッシュ。運動量がかなり多く、キツいと評判のトレーニング。しかし効き目は抜群──それを何度も繰り返す。

 

「……ッ、はァッ……はァ……ッ」

 

 もう限界だ、と思ってからどれだけ粘れるかがトレーニングの真髄だ。歩けなくなるくらいで丁度いい。

 

「お、やってなーい? やってるねー!」

 

 一人で黙々とトレーニングをこなしていたウインバリアシオンの元に客が来た。

 

「……何の用だ、テメェ──ロードカナロア」

 

「やだな〜。カナロアって呼んでって言ってるじゃん? もっと仲良く行こうよ。ね?」

 

「願い下げだ。どっか行け」

 

「一匹狼〜。せっかくチームに入っても一人で練習してるんじゃ意味なくない? ないよねー、ないと思うんだけどな〜」

 

「……カノープス(ウチ)の方針は自由にやろう、だ。何よりあんなヌルい連中と混ざってやるなんざ冗談じゃねェ」

 

「ふーん。でも客観視してくれる誰かの存在は必要だと思うけどな〜?」

 

「否定はしねェ。トレーナーの必要性ぐらい分かってらァ」

 

 シオンは誰かが来た程度でトレーニングを中断したりはしない。普段なら無視して続けるところだ。

 

「で、何の用だ。くだらねェモンだったら階段(ここ)から突き落とすぞ」

 

「きゃー暴力的ー。カナロアこわーい」

 

「……チッ」

 

「あっちょっと冗談! 冗談だって! 練習に戻らないで!」

 

 ロードカナロアとウインバリアシオンの性格的な相性は最悪だ。しかしそれでも関係が破綻していないのは、お互いにその強さを認めているからだ。

 

 慌てて引き留めたカナロアをシオンが険しい顔で振り返る。その瞳に込められた執念を感じて、カナロアは顔から緩さを消した。

 

「シオンちゃんさ、オルフェに勝ちたいじゃん?」

 

「……」

 

「ならさ、手伝ってあげちゃう。私!」

 

「いらねェ。帰れ」

 

「ちょいちょいちょいちょい。まーまーまーまーまー。騙されたと思ってここは一つ。いや二つ! カナロアちゃんは役に立つよー! 今ならマッサージとかもしちゃうよー!」

 

「黙れ。それとも、オレの邪魔をするのか?」

 

 あまりにガチな声色。怒っている場合はわかりやすいが、キレるとむしろ静かになるタイプのシオン、それを察してカナロアが慌てる。

 

「や違うの! マジ! マジで協力しに来たの!」

 

「あ?」

 

「……オルフェに勝ちたいんでしょ?」

 

「テメェには関係のねェ話だ」

 

「あるよ! だって──確かめたいんだ、私!」

 

「何言ってんだ?」

 

「諦めさせてよ。私には無理だって──レースで示してもらわないと納得出来ない! それぐらい圧倒的じゃなきゃダメなんだよ!」

 

「……」

 

 あえて脈絡のないことを言い出すカナロアの意図ははっきりしている。前置きや説明ではなく、ただ想いを伝える──そうでなければシオンが納得しないと分かっているのだ。

 

「それと、普通にオルフェはムカつくから倒して欲しい!!」

 

 そしておそらくこっちが本心。この辺りにロードカナロアの畜生振りが伺える。

 

「……知るか。テメェの事情なんざ」

 

「むむむ……もー! これだからオラオラ系の方は! 大体さぁ、そんなガムシャラにやって勝てると思ってんの!?」

 

「あ?」

 

「考えよーぜ!? どーせ自分一人の力でーとか思ってんだろーけどさ! オルフェはそんなことないんだよ!?」

 

「……テメェとやるメリットがねェ」

 

「うるせー!! このカナロアを捕まえといて! あんまりカナロアちゃんを舐めんなよ!」

 

 中長距離への憧れ。クラシック三冠へ挑戦できることへの羨望──本当の意味でそれらと決別し、あの先輩と戦うために必要なステップ。

 

「言っとくけど、カナロアちゃんはキミのこと嫌い! 自分が主役ですみたいな顔してさ! 協調性もなければ会話も出来ないし! オルフェ以外は眼中にないって感じで! 気に食わないよね、気に食わないよっ!」

 

「チッ、うるせェな。青春ごっこは他所でやれ」

 

「そーゆーとこだぞ!! だから友達居ないんだよ!! どーせ負けるよこのままだと! ダービーみたいに、追い縋って結局最後は届かずに!」

 

「……あァ?」

 

「噛ませだよ、噛ませドッグ! そんでルーザードッグ(負け犬)ゴーストレート! はいゲームオーバー! それで次こそは、次こそはやってやるってなる!」

 

「……ケンカならよォ。最初ッからそう言えよ。てめェのそういうまどろっこしいトコ、うざってェんだ……」

 

「分からないの!? みんな──キミに()()()()()()()()って思ってる! いい感じに強くて、青葉賞から這い上がってきたっていうストーリー性があって、それで最後には負ける! そう望まれているの、キミはッ!」

 

 カナロアの怒号が神社に響き渡る。

 

「ギャラリーなんざ一切関係ねェだろうが。関係あンのは、菊花賞のターフの上で走る連中だけだ。オレに関係あるのは、そいつらだけだ」

 

「ッ、そういう態度が気に食わないのっ!!」

 

「さっきから何だ? うるせェな」

 

「そもそも観客あってのレースじゃん! スターをスターにするのはファンの存在でしょ!? トレーナーとかスタッフさんとか、そういう人たちが協力してレースを作り上げてる、ただ速さを競うだけならその辺の河川敷で勝負でもしてなよ! じゃなきゃ無責任でしょ!?」

 

「知るか。菊花賞への出場権は、オレが勝ち取ったモンだ。ごちゃごちゃ言われる理由はねェ」

 

 ウインバリアシオンには迷いというものが無い。ただまっすぐに、勝利だけを目指している。憧憬を捨て、慢心を捨て、年頃の高校生が望む楽しく充実した生活などには目もくれない。

 

 その姿が、酷くカナロアを苛立たせた。

 

「キミを応援している人たちだっているんだよ!? その人たちのことも、どうでもいいって言うの!?」

 

「オレはただ、強くなってアイツに勝つだけだ。それ以外のことなンざ、どうだっていい」

 

「ッ、この……ッ」

 

 余裕が無いとか、そういうことではない。ウインバリアシオンは望んで余裕を捨て去ったのだ。全ては勝つ為に──飢えるために、自分を追い込むために。

 

「応援だのファンだの、下らねェ。関係ねェ──ダービーの日、オレは誰にも望まれなかった。誰もオレに期待なんざしていなかった──アイツと違ってな。まァ結局オレは負けたが……断言するが、あのバケモンの強さは応援されていたからじゃねェよ。アイツはただ、強ェから強いんだ」

 

 砕けない精神、揺れないメンタルの源──周りのことなど、どうだっていい。目の前のライバルだけが全て。だから揺れない。

 

「ッ、あーそうですか!! そーいう感じね!! そーいうこと言うんだ! まぁこんなのを応援するファンとか居ないよねー!! キミほど応援しがいのないヤツも居ないもん!!」

 

「……」

 

「ファンレターとかもらったことなさそうだもんね! オルフェはいっぱい貰ってるって言ってたけどね!」

 

「ケッ……まァ、否定はしねェ。オレのファンなんざ見たこともねェ。だが、そんなモンが勝敗に関わることはねェと──証明してやるよ。簡単なこった」

 

「……そんなんだから、ムカつくんだよ」

 

 カナロアはずっと怒っている。苛立って──どうしようもない。1人きりで戦うことを、それを受け入れていることも、何もかも。

 

「ほんと、お似合いの悪役(ヒール)英雄(ヒーロー)──だけど、それじゃフェアじゃない。私は納得出来ない……そんなのを見ても、私が納得出来ないの」

 

 顔を上げた。きっと誰が何を言おうと、ウインバリアシオンは変わらない澄まし顔で、練習を続けるのだろう。黙々とやるべきことをこなし続けるだけなのだろう。1人で、変わらずに……それはそれで、強い在り方だ。

 

 それでもカナロアはその姿を、寂しいと感じたのだ。

 

「……誰か1人くらい、キミのことを応援する人がいてもいいよね、いいでしょ。うん……だから……応援してくれる誰かの存在を、キミが知らないのはフェアじゃない」

 

「何ブツブツ言ってやがる? つか、もういいか? 用済んだならいい加減帰れや。邪魔だ」

 

「うるさーい!! だから最初っから言ってんでしょ!? このカナロアが! シオンちゃんの味方になってあげるって言ってんの!!」

 

「いらねェ」

 

「キミの気持ちなんか知らないよ!! 私がそうするって言ってんの!!」

 

「あ?」

 

「……キミがどう思おうが私の知ったことじゃないけど──いい? これから私とキミはね、一緒にオルフェをぶっ倒すんだよ。覚悟してね」

 

 ロードカナロアは、ウインバリアシオンの前に現れた──まるで嵐のように。

 

 楽しい楽しい、怪物退治の始まりだ。

 

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