「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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イントロは終わり

 

 ──そして、運命の日がやってきた。

 

「秋の楯を懸けて──って、そーやって言うんでしょ?」

 

「へぇ。口上としては悪くありませんね。勝負なら当然、懸けるものが無くては」

 

「言っとくけど。あっすーに頼まれちゃったからさ、あたしはつえーぞ。多分──今までの、イチバン」

 

「ふーん。ま、私もここんとこいいとこ無しなんで。噛ませはゴメンです、ヒーローですから」

 

 10月30日──天皇賞・秋、当日。

 

 太陽が高く登っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……なんか言えし」

 

 部室──身体測定結果のレポートを、明日原が真剣な表情で読んでいた。身長、体重、健康状態等の把握はトレーナーとしての前提条件。最初の頃はジョーダンも恥ずかしがっていたのだが、今更どうこう思うこともない……はずだったのだが。

 

「──太りましたね」

 

「太ってねーよッ!!!」

 

 乙女の怒号が響き渡った。夏合宿を終えて秋一番に行われた検査の結果は、前回と比較してかなり異なっていた。

 

「伸びたのッ!! 身長がッ!!」

 

「はは、いえ。冗談ですよ、冗談」

 

「ジョーダンで済むかあッ!!」

 

 明日原が珍しく楽しそうに笑った。

 

 トーセンジョーダンも、簡単に心の奥底まで他人に気を許すことはないタイプだが、何だったら明日原の方がずっとガードが固い。そのため、他人を揶揄うことなど本当に珍しい。

 

 普段ならそれを嬉しく思うのだが──この話題だけは、許すわけにはいかない。

 

「──おい、明日原。ジョーダンだか何だか知らねーけど、二度とオトメに向かって太ってるとか……ゆーなよッ」

 

「心配は無用です。君以外には言いませんよ」

 

「……じゃあ、いい……──わけあるかーッ!!」

 

 明らかに揶揄われていた。ジェットコースターのように表情を変えて叫ぶジョーダンに、明日原は笑みを堪えられなかった。

 

「いや、しかし実際かなり筋肉が付きましたね。もちろん身長も伸びていますが……」

 

「……フクザツ。つか、ゴツく見えないよね?」

 

「安心してください。ちゃんと君は可愛いですよ」

 

「……あたしをからかって楽しい?」

 

「ええ。かなり」

 

「……んんんーッ! ムカつく! もうあっすー嫌いになったッ!」

 

 腕を組んでそっぽを向くジョーダンを見て、明日原はやれやれ系みたいな感じで肩をすくめた。からかいすぎた。

 

「はは。申し訳ない、ジョーダン。どうすれば許してくれますか?」

 

「……あたし以外の女のコと喋んないで」

 

「現実的に考えて無理です。他の案を」

 

「……じゃ、スタバで1番甘いヤツ買ってきて。ホイップとキャラメルドカ盛りのヤツ」

 

「ええ。練習後にでも行きましょうか」

 

「え、いいの? カロリーやべーんだけど、あれ」

 

 本番に向けて贅肉は可能な限り落とすべきだ。食事制限をするレベルで絞っているわけではないが、今はそのようなものを摂るべきではない──が、明日原はあっけらかんと言う。

 

「構いませんよ。筋肉もかなり付きましたから、基礎代謝も上がっています。それに君の消費カロリーから考えればもう誤差でしょう。日頃頑張っていますから、このくらいは」

 

「ん、ん〜……いや、やっぱスタバは楽しみにとっとく! あっすー、トレーニング行こ!」

 

「えぇ、行きましょうか」

 

 かつてのジョーダンの暴走とか、震災による関係性の変化を経て、明日原とジョーダンの関係はかつてないほど良好で単純なものに至った。

 

 それは、友人同士のような、トレーナーとウマ娘の関係。少なくとも引退するまでは、ジョーダンはこれ以上何かを求めるつもりはない。今はただ、レースに全てを注ぐ──そうしたいと思っている。

 

 これは一つの理想的な関係。あの日から始まった契約はいつの間にか形を変え、勝利を──その先にある何かを求めて共に歩むものになっていた。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 連日の広告は途切れることがない。駅に入れば大々的に映るのは、いつだってやかましくて自信満々なアイツ──

 

「私です!!!」

 

「もういいってコイツ。だいたいにゃアんでにゃーは広告出ないにゃ?」

 

「私が裏で止めてるからです!!」

 

「ンにゃァ〜……オイ。ころすぞ」

 

「冗談です!!!」

 

 栗東の拡声器改め、URAの広告塔ことブエナビスタである。

 

 愛嬌に勝る武器なし、とは誰の言葉だったか──怪我で沈むことなく第一線を張り続けることが第一条件、結果を出し続けることが第二条件、そして愛され続けることが第三条件。ヒーローの条件は厳しいのだ。

 

「どいつもコイツもケガばっかでやンなっちゃいますよ実際。それじゃなくても、最前線走り続けンのは勝つより難しいってんです。あーあ、ヒーローも楽じゃないなぁ〜」

 

「にゃあ。黙れや、タコ助」

 

「……私だって傷つくんですよ。ぐすん」

 

「にゃッ……ごめんにゃ、にゃかないで〜……」

 

 ガバッ──と、ブエナビスタが嘘泣きをやめてネコパンチに抱きついた。小柄なネコの肩にグリグリと額を押し付けて、嬉しそうにしている。

 

「ん〜〜〜……まッッ〜〜たくしょおがないですねぇ〜〜〜ッ、うりうりうり〜」

 

「……にゃァ〜、心配返せにゃ。いつもこうにゃ。にゃあマスコットじゃないにゃ。うっとおしい。ネコの額も三度までにゃ。もう二回いってるにゃ、次はないにゃ」

 

 ブエナビスタは本日、新たな宣伝用の写真を撮るためのスタジオへ移動中。通常はトレーナーも付き添うが、彼女はもう慣れているので一人でも問題ないのと、桐生院葵はチーム運営で忙しいため、こうして向かっている訳だ。ネコパンチは暇だったのでついてきた。

 

「まーまー。フラッペ奢りますから」

 

「にゃ。時間、へーきにゃ?」

 

「イヤだなぁ。私がカフェに寄る時間を想定していないとでも? 当然、気になるお店をリサーチ済み! ネコとのデートですからね!」

 

「ンにゃァ〜。ナビ、本番近いにゃ。カロリーにゃ」

 

「ネコまでアオイみたいなこと言わないで欲しいにゃー。私は太らないからいいんですー」

 

「それで負けたらダサいにゃ?」

 

「まーけーまーせーん!! はいわかりましたー! じゃあフラッペは無しでーすスタジオ行きまーす!!」

 

 ずんずんと肩を揺らして前を行くブエナビスタを、やれやれと首を振って追いかけるネコパンチ。中央線の乗客たちが、ヒーローの姿を見て驚いていた。

 

 ブエナビスタクラスになると知名度も相当なものだ。ファンも多い。芸能人などが外出するときは変装するように、学園のウマ娘も帽子を被るなどの軽い変装をする者は少なくない。そうでなければ、このように──

 

「あ──あのっ! ブエナビスタさん、ですよね……!」

 

 道を歩くたびに声をかけられて、嬉しさ半分と面倒半分の難儀な思いをする羽目になる。

 

 ブエナビスタは顔をファンの方に向けると、その存在を確認して1拍置いた。

 

「──いかにも。私がブエナビスタ……又の名を、秋天の覇者です」

 

「まだ秋天出たこともないにゃ。にゃァ〜、ごめんにゃ。ナビ、実物はちょっとアレなんだにゃ」

 

 珍しくネコがフォローに回るほどの口上を垂れ流したブエナビスタは、自信満々に胸を張っている。ファンは変わらず目を輝かせていた。

 

「サインですか? それとも写真? 握手でも、なんでも構いませんとも」

 

「い、いえっ──あ、あの、応援してます。秋天……頑張ってください! そ、それだけ伝えたくて……」

 

「……ええ。もちろん」

 

 ファンサービスでニコッと笑顔を振りまいて歩いていくナビの背中を、少し首を傾げてからネコは追いかけた。

 

「うっとおしくないにゃ? にゃーもファンに話しかけられるのは嬉しいけど、あんまり多いと威嚇するにゃ」

 

「私は思ったことありませんよ。重圧も感じません。ただ、その期待に応えようと気合いを入れ直すだけです」

 

「ふ〜ん……?」

 

 涼しい顔で前を歩くブエナビスタの右手が、ぎゅっと固く握られていたのをネコパンチは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 チーム加賀の部室は、実績のこともあり結構優遇されている。ふっかふかのソファーがあるところからして他と違うところだ(尤も、これは担当ウマ娘たちのワガママにより加賀が渋々購入した)。何よりも目を引くのは、ガラスケースに並んだトロフィーだろう。

 

 聞いたこともないウマ娘の、小さな小さなトロフィーから始まって、それは重賞の荘厳なものへと変わっていく。阪神JF、日本ダービー、安田記念、天皇賞・秋、ヴィクトリアマイル……ウオッカのなぞった軌跡。その後には、ナカヤマフェスタのものとか、現在進行形な暴君の三冠記念のやつとかが飾ってある。

 

 ジョーダンがガラスケースの前に突っ立って、秋天のトロフィーを眺めているのを見つけたのは、ナカヤマだった。

 

「泥棒なら勧めねェぜ。そいつが欲しいんなら、正々堂々勝ち取るこった」

 

「! ……ナカヤマかい。ビビらせんなし」

 

「無理な話だ。ここはウチの部室なんでな」

 

「ん……」

 

「暇つぶしなら付き合おう。引退してこっち、体が鈍って仕方ねェ」

 

「怪我治ってないっしょ。運動すんなよ」

 

「トランプでも構わねェぞ? もちろん、チップには相応のモンを賭けてもらうがな」

 

「出た出た……」

 

 珍しく苦笑いをして、ジョーダンはナカヤマフェスタの対面に腰を下ろす。それを了承の合図ととって、ナカヤマがトランプのカードケースを開いた。

 

「ブラックジャックだ」

 

「うい。チップは?」

 

「どっか行った。3回勝負だ」

 

 慣れた手つきでカードを配り、ゲームが始まる。

 

「珍しく浸っていたじゃないか。そんなにあれが気になるか?」

 

「トロフィー? そりゃ……まーね」

 

「もうちょいだったな。秋天は」

 

「そ」

 

 天皇賞・秋は今月末だ。調整を軽めに終えて、少しずつ体を万全に整える。今日の練習も、1時間ほど流して上がってきただけだ。走りたくてウズウズするのにも慣れたものだが、ジョーダンはどうも浮かない表情に見える。

 

「ん〜……もう一枚」

 

「ほらよ」

 

「……だーッ! オーバー!」

 

 ブラックジャックは21を越さないようにカードを引くゲーム。21を越した時点で負けが決まる。ジョーダンはカードを机に放り投げた。

 

「クク。そういや、まだ賭けの内容を決めてなかったな。何を賭ける?」

 

「ん〜……あたしが勝ったらナカヤマは1週間ニット帽外して、三つ編みでガッコー来て、語尾にニャンって付けて過ごすこと」

 

「……ッ! へェ……じゃあ、私が勝ったら1週間スマホ没収だな」

 

「は? やばいってマジで……」

 

 双方にとってかなり重たい内容になってしまった。最も内容の深刻度合いは釣り合っている。勝負の緊張感が一気に増した。

 

「ワンモア……っしゃァ!」

 

「ブラックジャックか……ッ! やるねぇ、だが豪胆さと無謀は紙一重だぜ、どこまで虚勢が張れるかねェ……!」

 

 ハウスルールにより、ブラックジャックが出た時点でプレイヤーの勝利は確定する。これでカウントは1−1。最後の勝負のカードが配られた。

 

 二人の額には冷や汗が滲んでいる。

 

 ジョーダンのカード、2枚の合計は20。ほぼ勝ち確の数値だ。これ以上捲る必要はない──

 

「ダブルダウン。もう一枚ちょうだい」

 

「ッ──オイオイ、オイオイオイ……どうするってんだよ、ジョーダン……!?」

 

「賭けの内容追加。週末にファン感あんじゃん──次のカードがA(エース)なら、ナカヤマはチアリーダーの格好でファン感来て。衣装はあたしが用意するのを着ること」

 

 ファン感──ファン感謝祭。例年4月に行われるトレセンの恒例行事だが、今年は震災の影響があり延期になっていた。自粛すべきとの意見もあったが、生徒たちの強い希望により開催が決定し、そして今週末に迫っていた。

 

 そしてジョーダンの賭けには、さすがのナカヤマフェスタも度肝を抜かれた。そんなことをする羽目になれば、もうナカヤマフェスタはいろいろと大事なものを失うことになる。

 

 しかし、ナカヤマフェスタは凄惨に嗤う──

 

「……私は──オマエのことを見くびっていたよ。トーセンジョーダン……だが分かってんだろうな? 望みには代償が伴うぜ、そうだな──目には目を、チアリーダーにはチアリーダーを……!」

 

 裏返したカードをテーブルに伏せる。ナカヤマの額には流石に冷や汗が浮かんでいるが、それは躊躇していることを意味しない。口角を上げて笑うナカヤマの仕草は、極限のスリルに興奮している証だ。

 

「そっくりそのまま返してやるよ。チアで来るのはアンタの方さ……!」

 

「……カード、開けっぞ」

 

「開いて見せろよ。ンな度胸があるんならなァ!」

 

 カードが開いた。

 

 

 

-

 

 

 

「……で、結局何の用でわざわざウチに来たんだ?」

 

「やー。いや、ヒマだったから。あっすーには身体休めろって言われてたんだけどさ、落ち着かねーんだわ。マジで。かと言ってさ、遊びに行くのは気が抜けんだよなー、あたし。そーゆー切り替え下手だもん」

 

 ぐでーっとソファーに沈みながらジョーダンがぼやいているのを、ナカヤマは聞いてはいたものの、意識の半分は手に持ったグルメ雑誌に持って行かれていた。

 

「……この秋はブリしゃぶか。クク、悪くねェな……」

 

「おい。聞けよ。あたしの話」

 

「ックク! 止せよジョーダン、無駄話で腹は膨れねェ。だろ?」

 

「まぁたそーゆーこと言って。こっちは本番前なんですけど。気持ち入れるために贅沢切ってんですけど!」

 

 ぐぅ〜……。

 

 腹の虫が鳴いた。ジョーダンが悔しそうな顔をしているので、おそらく音の元は彼女の方だろう。

 

「んふっ……口でどう言おうと、身体は正直みたいだが……クッ──あはははっ!」

 

「わ、笑うなぁッ!!」

 

 ひとしきりナカヤマがジョーダンを笑った後、手を振って謝罪の意を示した。その後には、大抵ナカヤマフェスタはこう口にする。曰く──

 

「いい頃合いだ。メシに行かねェか?」

 

「……」

 

 ジョーダンは本番前に外食をしたり、ちょっと値の張るお菓子なんかを食べることを禁じている節がある。性質としては願掛けに近いものだ。自分にとっての楽しみを代価にすることで、レースでの勝利を少しでも近しいものにしたい──少々オカルト的であることを除けば、一般的な等価交換の概念をなぞっている。

 

「気にしているのかい? いいじゃないか、ジンクスに頼らなくても──運は天任せだが、地力はそうじゃない、ただの積み重ねだ。今更揺らぐモンでもなし、付き合えよ。卒業まであと何回こんな機会があるかも分からねェんだ」

 

「……ナカヤマが気まぐれ起こしてどっか行かなきゃ、卒業したってメシくらいいつでもいけるっしょ。ハァ〜……」

 

 苦いため息と共にジョーダンがソファーを立った。ナカヤマはニヤッと口元を歪める。

 

「そーゆー言い方は卑怯じゃん。……アケノとネコ誘うでしょ」

 

「おいおい、食いしん坊プリンセスが可哀想じゃねェかよ?」

 

「ヤだ。割り勘にされたらお小遣いなくなっちゃうじゃん。駄々こねてひっかぶせてくるもん、あの自称お茶の間のヒーロー」

 

 ブエナビスタの畜生振りにもようやく報いが与えられる日が来たようだ。食べ放題で出禁になること数知れず、割り勘で喧嘩になること数え切れず。別にレース賞金があるんだから気にしなくていいはずだが、それはそれ。ブエナビスタは下らない小競り合いが大好きなのだ。

 

「それに、最大のライバルとテーブル囲んで楽しくゴハンなんてゼーッタイムリ。秋天が終わるまでナビは敵なんだから」

 

「……クク。分かったよ、そうしよう」

 

 ジョーダンがナカヤマに振り返って言った──夕日を僅かに反射する瞳、かつてとは見違えるような煌めきを宿すそれに、ナカヤマはゾクリとして、思わず笑っていた。

 

 




前回投稿いつだよ
もうすぐこの作品終わるって言ってたやつ出てこい はい おれです すんません

作者から年末の挨拶:
コロナかかって風邪引きました。季節の変わり目にはみなさん気をつけてくださいね
良いお年を……
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