「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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夕暮れ、逡巡、風の音

 取材、取材、取材。

 

「そーですねー。もう自分でも信じられないくらいの力が出たんですー。後から映像見返したんですけどー、あたしこんな速かったんだってびっくりしちゃって」

 

 取材、取材、取材。

 

「えっ、いやいやいや。レコードなんて狙って出せるもんじゃないですよー。ただ全力で走っただけなんですからー。や、でも2000mではあたしが日本一早いっていうのは、ケッコウ気分いいでーす」

 

 取材、取材、取材。

 

「あー、あの大好きだぞ宣言はぁ〜……。や、なんかあたしも感極まっちゃって。……いやー、付き合ってないですよ、まさかー。本当に、トレーナーにありがとうって伝えたくって。……へ? あ、愛してるかって……ちょ、ケーゴッ、こいつ叩き出してッ!」

 

 連日の取材依頼が殺到している。まあGⅠを勝つと主要な出版社からは大体お決まりの人が取材に来る。乙名史とかいう変態も来たが、妙に神妙な様子だった。

 

 それでも雑誌や新聞社からにとどまらず、テレビからのオファーも来ていた。これは普通のことではない。その理由は単純で、ジョーダンが成し遂げた歴史的な快挙が原因となる。これまでの2000mコースレコードホルダーは3年前のウオッカの記録だったが、そこから1秒の更新となった。とんでもない塗り替えだ。

 

 最も速いウマ娘が勝つと言われている皐月賞勝者が見事に最速を証明した形になった。

 

「……ちょっとけーご? 取材多くね? ダルい記者まで来たんだけど」

 

「後ほどクレームを入れておきます。まあいいでしょう、注目が集まっていることはある種の名誉です」

 

「オメーも受けろよ! あたしばっかに喋らせんな!」

 

「面倒です」

 

「──おい」

 

「冗談です。まあ許してください。君のことを、なるべく多くの人に知ってほしいと思ったもので」

 

「……言い方ズルっ。はー……。まー、いいけどさ……。あといつからトレーニングしていいの?」

 

 明日原のトレーナー室。ソファーにだらっと体を預けてジョーダンは聞いた。

 

「明日から再開する予定です。正直、僕はまだ心配しています。レコードは喜ばしいことですが、体への負担は相当なものだったはず。ここのところ取材漬けだったのは、君が勝手にトレーニングしないようにするためのものでした」

 

「え、そんなに信用ないの? あたし」

 

「今すぐにでも走りそうな顔をしていますよ、今も」

 

「……う。まぁ……そろそろいいでしょ。1週間も走ってないと、もう限界」

 

「休暇だと思ってください。休めるうちに休んでおくことです、ジャパンカップまでのトレーニング計画はさらに負荷を上げています」

 

「おー。どんとこい、ってカンジ?」

 

「レースのことしか頭にないようですね。いつの間にこうなったのやら……」

 

 少し前までは明日原がそうだったのだが、そのレース脳がジョーダンに移ったかのようだ。明日原は苦笑いをした。

 

 もう少しだけジョーダンを見守り、そして手助けをするために、明日原はまたキーボードを叩いた。

 

 

 

-

 

 

 

 ジャパンCへの意気込みを聞かせてください。

 

「必ず勝ちます。ここで言う必ずってのは、単なる修飾の言葉ではないです。文字通り、必ず──です」

 

 おぉ、と記者たちが色めき立った。ブエナビスタの真剣な気迫が言葉に込められている。気持ちの強さは今までの比ではない。

 

 何か特別な理由があるのですか?

 

「はい。理由は2つほど──1つは、トーセンジョーダンへのリベンジです。秋天の雪辱を晴らします。もう1つは……ずっと憧れていたレースだからです」

 

 詳しくお聞かせください。

 

「私がレースを志したのは、12年前──スペシャルウィークさんのジャパンCをこの目で見たからです。ずっと──憧れていたレース、憧れていたウマ娘に近づくために。みんなに夢を与えられるヒーローになること、それが私の走る理由ですから」

 

 なるほど。では、絶好の機会というわけですね。

 

「もちろん。応援してくれるみなさんに、最高のエンターテイメントを提供してみせますよ……なんちゃって」

 

 はは、と会場の空気が緩んだ。おちゃらけるブエナビスタの瞳の奥底に、燃え盛る炎が灯っていることに気がついたのは、一体何人だろうか。

 

「──当日をお楽しみに。ジャパンCは今月末、11月27日開催予定です! ぜひ東京レース場までお越しくださーい!」

 

 頼まれてもいないのに宣伝までちゃっかりこなすところに、ブエナビスタのメディア慣れが現れていた。お茶の間のヒーローは、少なくとも表面上は絶好調。フラッシュが瞬いて、彼女の笑顔を拡散する。その裏側にどれだけの想いがあるのかなど、写せるはずもなく。

 

 

 

 

 

 

 もちろん、ジャパンCは海外、というか主にヨーロッパからの殴り込みも大歓迎。最も注目されているのは、Danedream(デインドリーム)だろう。何せ去年の凱旋門賞の覇者(レコード勝ち)、今年に入ってからはGⅠベルリン大賞、GⅠバーデン大賞を連勝。ドイツの希望である。

 

 とはいえこれは日本のレース。海外の強豪も怖いが日本のウマ娘も怖い。なんちゃらジョーダンを始めとして、春天のジャガーメイル、秋天3着のペルーサ、秋華賞のレッドディザイア、ローズキングダムもここのところ勝ててはないが、ポテンシャルは計り知れないところがある。

 

 それと──ウインバリアシオンがジャパンCへの出走を表明した。

 

 菊花賞からのレース間隔を考慮して休養に入ったオルフェーヴルと対照的に、あくまで貪欲に行くウインバリアシオン。ローズキングダムと並んでクラシック級の逆襲か。

 

 舐めてかかると痛い目を遭いそうなメンバーが揃っている。そんな中で思いっきり大言壮語をカマしたブエナビスタ、そしてそれが許されるのが彼女という存在だ。

 

「はっ、はっ、はっ──ッ、うぉらァァァァアアアアア!!」

 

 トレーニング。最も重要な日々の積み重ねをアケノはストップウォッチ片手に見守っていた。

 

「アケノさん、今のタイム見せてください」

 

「はいっ、どうぞ! 桐生院トレーナー」

 

「ありがとう。……うん、まだやれそうですね」

 

「え……フルセット(追い込み)トレーニング、もう5セット目ですよ!? これ以上はオーバーワークなんじゃ……」

 

「一般的には、その見解は間違ってないと思います。だけど……今回は、ナビの頑丈さに甘えます。ギリギリまで体を追い込んで鍛え上げる必要があります」

 

「……それは、分かりますけど……あれ以上は、脚が……故障するんじゃ……」

 

「トレーナーの仕事はそこを見極めて……その結果に責任を持つことです。確かにセオリーで考えれば、こんなことは許されないこと。それでも、リスクは取ります──限界まで考えるんです。脚への負担と、効率を天秤に掛けて、過去のトレーニングの結果を判断材料にして、どのぐらいの負荷を、どれだけ続ければ限界を越えるのか──」

 

 脚にどれぐらいの負荷がかかっているのかを定量的に評価することは、そこまで難しいことではない。問題は、どれだけの負荷に耐えられるのかということ。それにモチベーションの問題もある。苦しいだけの日々は、どれだけ強固な意思でも消耗させる。

 

「メンタルケアもその一部で、欠かすことはできません。ですが……それは、私よりもアケノさんに任せた方が良さそうです」

 

 アケノがナビのマネージャーをしているのにはいくつかの理由がある。一つ目、アケノがトレーナー志望であることから、葵の元で現場での経験を積むことは将来必ずプラスになるとの判断。二つ目、これが最も重要なことだが──ナビの力になりたいから。

 

 難しい表情を浮かべているアケノに、葵は表情を緩めた。

 

「メンタルケアなんて言うと、ちょっと身構えちゃうかもしれないですけど、やり方は人それぞれです。アケノさんは、あの子の友達として──話を聞いて、そしてあなたの考えを伝えて、っていう、単なるコミュニケーションでいいんです」

 

「そんなことでいいなら、言われなくてもやりますけど……」

 

「友達という関係性は、あなたが思うよりもずっと貴重で得難いものなんです。もしもナビが思い詰めていたり、あるいは何か問題があると思うのなら……あなたが判断する伝え方で、それを伝えてあげてください」

 

「……分かりました。けど、桐生院トレーナーではダメなんですか?」

 

「……トレーナーは完璧な人間なんかじゃないんです。特に私は、この仕事を続ければ続けるほど、自分の未熟さを自覚します。このことについては、私よりもあなたが適任だと判断します」

 

「……分かりました」

 

 並走していたチーム桐生院のジュニア級の子たちをぶち抜いてナビが走り切った。

 

 

 

 

「お疲れ様、ナビ」

 

「疲れたです。メシ食べるですメシ。アケノー、おんぶー」

 

「自分で歩きなさい。もう、汗はちゃんと拭いて。風邪引いたらパーだよパー」

 

 アケノが母親のようにアケノの汗を拭って、食堂へと連れて行った。学園の中でも注目されているナビには、主に下級生を中心にファンが大勢いたりする。

 

「ブエナビスタせんぱーいっ!」

 

「おうおう、ジャリガール共め」

 

 手を振り返して愛想を振りまくと歓声が上がった。人気者め、とアケノは内心で毒づいた。

 

「かっこいい……! やっぱりヒーローは違うなぁ……。オーラが出てる!」

 

「こっち向いてくださーい!」

 

 親しみやすさと愛嬌、そして圧倒的な強さ。ブエナビスタを構成する3つの要素。だが、アケノはそれが全てだとは思わない。

 

「はいはーい! ヒーローだぞー。応援よろしくぅ! キミたちの声が私の力になるのです!」

 

「やってないで。行くよ、ナビ」

 

「はーい。ご飯なんです? また豆ばっか定食じゃないでしょうね」

 

「気に入った?」

 

「誰が。タンパク質だかヘルシーだか知りませんが、私の体はお肉で出来ているんです。食の質の劣化は、深刻なモチベーションの低下を招きますよ、マネージャー?」

 

「もう、食う専のくせにワガママなんだから。ちゃんと唐揚げ定食だよ」

 

「やりぃ!」

 

 食券をカウンターへ持って行くと、先に並んでいたウマ娘がいる。どうにも見覚えのある真紅の髪──レッドディザイアである。彼女は話し声に気がつくと振り返った。

 

「……なに。アンタなの?」

 

「なにとはご挨拶ですね。私がここにいたらダメなんですか?」

 

「別に。好きにしたら」

 

「出た。素直になりましょうよ〜、ディザイアちゃん〜」

 

「相変わらず、うるっさいッわね……」

 

 彼女の悪態には妙な愛嬌がある。撫でられるのを嫌がる猫のような愛らしさがあり、ブエナビスタはそれを気に入っていた──

 

「ディザイアさん。せっかくだしさ、一緒に食べない?」

 

「はぁ? 誰が」

 

「一緒に食べてくれたら、私も嬉しくってナビの弱点とか言っちゃうかも」

 

 アケノがおどけて言う。ナビはそれを意外そうに見て、ニヤッと笑った。

 

「アケノ〜。ダメじゃないですか? 私の弱点を知られたら、今度のレースで負けちゃうかもしれないじゃないですか〜」

 

「……ふーん? いいわ。茶番に乗ってあげるけど、その弱点とやら、ちゃんと吐いてもらうわよ」

 

 

 

 

 

「ディザイアさん、食べる量少なくない?」

 

「そいつが多すぎるのよ。どこにそんな入ってるんだか」

 

「私は普通ですよ。みんなが食べなさすぎるだけですから」

 

 喧騒に紛れるカフェテリア。トレセンの食堂はトレーニング帰りのウマ娘たちで賑わっていた。人間の一食分の量を一息で頬張り、山のような食事を消化していくブエナビスタの食事風景は、まるで合成映像のようだ。イカれてる。

 

「それで。こいつの弱点ってなに? 頭?」

 

「ひつへいは!」

 

「飲み込みなさい。みっともない」

 

「ごくん。失礼な! 私は成績結構いい方ですよ!」

 

「ナビの弱点はね〜、まあエネルギー効率が悪いことかな〜」

 

「見たら分かるわよそんなの。……まさかそれで終わり?」

 

「あと、ワサビがダメとか?」

 

「へぇ? それはいいことを聞いたわ」

 

「ぬ。アケノ〜、それは秘密ですよ?」

 

「いいじゃん、苦手なものの一つや二つ、誰にでもあるって」

 

 もぐもぐ。

 

「それで、ディザイアさん。トレーニングの調子はどう?」

 

「敵情視察が目的だったの? そんなことを聞かれてベラベラ喋ると思う?」

 

「やだな、ただ雑談だよ。探ろうなんて思ってないよ」

 

 もぐもぐ、ごくん。

 

「そうですよ。そもそも私の方が強いんですから、探る理由もないですし」

 

「……その割に、秋天では負けていたようだけれど」

 

「フン。譲ってやっただけです」

 

 もぐもぐ。

 

「二度同じことはさせませんよ。今回は、誰にも譲るつもりはありません。誰が相手でも、私は同じことを言います。もちろんあなたにもです、レッドディザイア」

 

 食器から顔を上げてディザイアを見据えるブエナビスタの瞳には、強い輝きが灯っていた。かつてない真剣な眼差しを見て、ディザイアは驚いているようにも見える。

 

「……アンタがそんなに真剣になるところ、見たことないけど」

 

「ぬ。いつだって私は真剣でしたけど?」

 

「見た目は結構おちゃらけてるからね。でも、ファンが多いのはそんな部分だと思うな。私はそういうナビのギャップ、好きだよ?」

 

「うへ。アケノちゃんはデレ期ですね〜」

 

「調子に乗らないの。ちょっと褒めるとこれなんだから」

 

 アケノとナビは相変わらずだ。マネージャーとして、葵の手が届かない部分を補うため、もう四六時中一緒にいると言っても過言ではない。

 

「そうね。アケノオールライトの言う通り、調子に乗らないことね──いい加減、あなたを引き摺り下ろしてあげる」

 

「そりゃ楽しみです。ですが、ヒーローの称号はそう軽いもんじゃありませんよ」

 

「……ヒーロー、ね」

 

「なんです?」

 

 意味ありげなレッドディザイアの呟き。

 

「アンタがそのヒーローだかを言い出したのは、去年の今頃からでしょ?」

 

「えぇ。それが?」

 

「……別に、何でも。私には関係のないことだし」

 

「引っかかりますね。はっきり言っても怒りませんよ」

 

「ああそう? じゃあ言うけど。アンタの"それ"は、"原点"じゃない。そうでしょ」

 

 ブエナビスタが図星を突かれたように表情を消した。

 

「……どうでもいいことだけど。アンタの本当の望みってヤツは、『ヒーローになること』なワケ?」

 

 食器の擦れる音や、話し声が妙に目立った。

 

 

 

-

 

 

 

 

「あの、加賀さん……最近のメニュー、緩くないっスか?」

 

「ん? おぉ、前に説明したろ。今の期間は半分は休養期間だからな。体が鈍んねぇくらいで丁度いいんだよ」

 

 チーム加賀。今日も今日とてナカヤマフェスタはどっか行って、ゴールドシップもどっかいったのでオルフェーヴル一人。

 

「走りたいレースがあるんなら調整はする。まあ、ジャパンCに出たいっつーんなら、スケジュール的にちょいきついが、まあやれないこともないだろ。ちょっと感覚が短いのが心配だがな。なんかあったか?」

 

「……や、なんていうか……これでいいのかな、って」

 

 オルフェーヴルのローテは基本的に本人の希望を元に決定される。クラシック三冠路線も、オルフェーヴルの変わりたいという想いを元に加賀が決めた。

 

 三冠を達成してから、次走は決まっていなかった。候補として、秋シニア三冠路線に殴り込みということも出来るには出来たが──

 

「なんだ? まだ迷ってんのかよ、お前さんは」

 

「……う」

 

 そうしなかった理由がある。

 

「まぁ、なんとなく分かるぜ。ジョーダンのレースを見守りたいんだろ?」

 

「……っス」

 

 トーセンジョーダンはオルフェーヴルに大きな影響を与えたウマ娘だ。変わりたいと思って、最初に思い浮かんだのはトーセンジョーダンだ。私生活でも、色々相談に乗ってもらったり、遊びに連れてってもらったりお世話になっている。

 

 クラシック三冠戦線を終え、オルフェーヴルはシニア級混戦戦線に参加することが出来るようになった。だが──戦う決心はつかない。

 

 元々、ウマ娘に特徴的な闘争心のないオルフェーヴルだ。勝ったらファンの人たちが喜んでくれるので勝つ努力はするが、他のウマ娘と比べて勝利への執念は圧倒的に薄い。そのくせバカみたいに強いので始末が悪い。

 

「ま、どうするのもお前さんの自由だ。だが後悔はしないようにな。ジョーダンと戦える機会は、多分今年いっぱいになる」

 

「……やっぱ、そう……っスよね」

 

「ケガがなけりゃ、ジョーダンは有にも出るだろう。そんで、それが最後の機会だ」

 

「う……」

 

 ジョーダンは今年で引退し、卒業する。具体的なレースは決まっていないが、ほぼ確定だ。本人の口からそう聞いた。

 

 憧れのウマ娘と走る最後の機会。そう言われると、オルフェーヴルはなんとも言えないモヤモヤしたものが心中に湧き上がってくるのを感じた。

 

「ウインバリアシオンな。ジャパンCに出るらしいぞ」

 

「えッ!」

 

「元気だよな。三笠のヤツも張り切ってたぜ」

 

「……シオン、さん──」

 

 先日の菊花賞で激闘を繰り広げた、ウマ娘の名前。知り合いなどという浅い関係ではなく、友人と呼ぶほど仲良くない。そして──ライバルと呼ぶには、オルフェーヴルは強すぎる。

 

「気になってんだな。あいつのこと」

 

「……まぁ、はい……」

 

「やれやれ、全く──だったらトレーニング場に行ってみろ。んで、話をしてこい」

 

「えッ! い、いやー……それは、ちょっと。だ、だいたい話って、何を話せば……」

 

「調子はどうだとか聞けばいいんだよ。多分だが、向こうが勝手に話してくれるだろうぜ。いいから行ってこい」

 

 半ば追い出されるように部室を後にしたオルフェーヴルを見送って、加賀はため息をついた。いつまでも手のかかると苦笑いして、また仕事に戻った。今の加賀の仕事は──ゴールドシップの次走、ラジオNIKKEI杯について考えることだった。

 

 次世代。そんな単語が、加賀の頭に浮かんだ。

 

 

「チッ! 何しに来やがった、テメェ……」

 

 ほら見ろ。すぐ舌打ちされた。ウインバリアシオンは見るからに不機嫌そうだ。

 

 カノープスの練習場では、同じくネコパンチやアパパネ、ルーラーシップらがトレーニングをしていた。オルフェーヴルの姿を見るや、ウインバリアシオンはそこから抜け出してきたのだ。

 

「い、いや〜……。ちょ、調子は、どうー……かな、って」

 

「あァ!? なんでテメェにそんな心配されなきゃ行けねェんだよ」

 

「ひぃっ! ご、ごめんなさいっス! アタシもう帰るっスから!」

 

 速攻で逃げようとするオルフェーヴル。やっぱり自分には荷が重かったと諦めて逃げようとしたが、ウインバリアシオンが舌打ちして言う。

 

「オイ待てッ!」

 

「ぴぃっ! な、なんスか……?」

 

「……テメェ、次走は」

 

「え……き、決めてないっス、けど」

 

「あぁ? チッ……なんでジャパンCに出やがらねェ」

 

「え……っと……」

 

「出れるだろうが。ンで、勝ちも十分に狙える。故障でもしてんのか?」

 

「いや、そうじゃないっスけど……」

 

「じゃァなんだ?」

 

 鋭い視線。オルフェーヴルが答えに窮しているのは、なぜウインバリアシオンがそんなことを聞くのか分からなかったからだ。しかし、睨まれれば答えるしかない。

 

「み……見ていたかったからっス、ジョーダンセンパイのレース……」

 

 シオンは黙ったまま続きを促すように睨む。

 

「ジョーダンセンパイ……かっこよくて、アタシの憧れっス。だから……見ていたくて。一緒に走るのは、決心が……つかなくて」

 

「……そうかよ」

 

 甘えたことを言っていると、オルフェーヴルもなんとなく分かっている。だが、シオンはそれに文句をつけたりはしなかった。

 

「オレは、憧れじゃ済まさねェ」 

 

「……!」

 

「何もかも越えてやる……戦って、はっきりさせてやる。弱いままいるオレを、オレは許せねェ……アイツが卒業する前に。機会は有限だ、時間もな──だから、ジャパンCに出ることにした」

 

「……そう、なんスね。でも……ジョーダンセンパイは、強いっス」

 

「だろうな。だが、時間はオレが強くなるまで待っちゃくれない。いつかはアイツより強くなって見せるだとか眠たいことは言わねェ……例え弱いままだろうが、今のオレをぶつける。"いつか"なんざ、一生待ってたって来やしねェ。こっちから行くしかねェ。そうだろ」

 

「……シオンさんは、勝てないままで終わったら、どうするっスか?」

 

「はッ……どうもしねェよ。現実を否定したって仕方ねェ。受け入れて鍛え直すだけ──それに、越えようとしなきゃ、一生そのままだ」

 

「……そう、っスか──」

 

 三冠勝負はオルフェーヴルの完勝だ。だが、オルフェーヴルにはない心の強さをシオンは持っているように見えた。折れない心、現実を受け入れて、その上で戦い続ける意思の力。それは──とても、尊いように見えた。

 

「……アタシは、もう少し時間が欲しいっス。だけど──」

 

 だから。

 

「シオンさんのこと、応援するっス」

 

「………………。………………あァ!?」

 

「ひっ!?」

 

「テメェ……クソが。あぁ……イヤな感じだぜ、クソッタレ。テメェなんぞに応援されるのは、ゾッとするぜ。なぁ?」

 

「う、うぅ……迷惑、っスか?」

 

「オレが迷惑だっつったら、テメェは止めるのか?」

 

「それは……止めない、っス、けど……」

 

「じゃ、好きにしやがれ……チッ、話し過ぎた」

 

 話が一段落着いたのを見て、シオンは背を翻してトレーニングに戻った。時間は有限だ。しかし、一度だけ振り返った。

 

「テメェも、いつまでも迷ってねェでさっさと決めろ。時間は待っちゃくれねェ。特にテメェみてェな、ウジウジしたヤツにはな」

 

「……っス──トレーニング、頑張って……っス」

 

「テメェにそれを言われる日が来るとはな。分からねェモンだぜ、クソが」

 

 また走り出したシオンの背を見送って、オルフェーヴルも踵を返す。また新しい宿題が見つかったことに困りながら。

 

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