『えー、それでは来週に迫りましたジャパンCについて、ブエナビスタ選手に意気込みを伺いたいと思います!』
『……こんにちは、ブエナビスタです。いつも応援ありがとうございます』
『非常に多くの声援を寄せられていると思いますが、勝算についてはどうでしょうか!?』
『もちろん……えと、はい。ライバルは……手強いウマ娘ばかりですから、厳しい戦いになると思います。距離もちょっと長いですからね。ですが……』
『日本の代表として、ファンのみんなに朗報をお届けできればな、と思います』
『ありがとうございます! やはり、トレーニングでお疲れのご様子ですね?』
『……はい。あはは、あんまり情けない姿は見せたくなかったんですけどね。けど、本番までには調子を取り戻して見せますから』
『期待しています! それではスタジオに戻りましょう──』
ブツッ。チャンネルを切ったナカヤマの隣で、ネコパンチが眉を顰めていた。
加賀が机で作業をしている部室。ブエナビスタが出演する番組を備え付けのテレビを見ていたネコは、いつになく深刻な表情だ。
「にゃー。あれやばくね? どうしちゃったのにゃ」
「つくづく不器用だな、ナビは。その可愛げは嫌いじゃないがね」
「ンなコト言ってる場合にゃ? にゃあ、ちょっとナビのとこ行ってくるにゃ」
「今はトレーニング中だろ?」
「にゃあ、だから逃げらんにゃいにゃ。ニャカヤマも行くにゃ?」
ボフッとしたソファーから立ち上がっってネコが振り返る。ナカヤマは少し考えて首を振った。
「にゃー。にゃあ、そのままトレーニング行くから。夜はゴハン行こうね、ニャカヤマ」
「外食ばっかりだと飽きるンだがね」
バタン。ドアが閉まった。
「……なァ加賀」
「なんだ」
「私もナビにいろいろ言ってやるべきだと思うかい?」
「……驚いたな、お前さんが俺に助言を求めるとは。友達への接し方は、まだまだ年相応ってヤツかね」
パソコンから顔を上げた加賀は、どことなく嬉しそうだ。親のような気持ちさえあった。
「ブエナビスタの嬢ちゃんも難儀だな、友達がほっといてくれなきゃ、もっと簡単に考えられたんだろうけどよ」
「いいから答えな。おっさんの人生経験とやらが役に立つ数少ない場面だろ?」
「いちいち刺して来んなよ……」
30歳を超えると友達の数は極端に減る。人によっては居ないことも珍しくはない。加賀も例外ではない──人間関係は永遠の課題だ。どれだけ文明が進歩しても、これだけは変わらないだろう。だから悩む。
「そうさな。俺としちゃ、お前さんには貴重な友人を大切にしてほしい。だがそのための具体的な行動には正解ってヤツがねぇ。お前さんも大概、口で語るのは苦手な方だろ?」
「オイオイ。口喧嘩でオマエが私に勝てたことあったか?」
「そういうのばっかり得意だから、励ますこととかが苦手なんだろうが……。まぁ……そうだな。言って聞かせるばかりが励ましじゃねぇだろう。いっそアレだ、一緒に走ればいいんじゃないか? お前さんも食ってばっかだと太るぞ」
「……最後のが余計だ。まだお仕置きが足りねェと見える」
「やめろッ! 俺ぁもう十分だ、平穏な人生ってヤツを歩みたいんだよ!」
"お仕置き"の具体的な内容はさておき、ナカヤマはふっと笑って立ち上がった。
「だがまあ、悪くはねェな。オイ加賀、もう走っていいのか?」
ナカヤマフェスタは凱旋門賞ののち、故障が見つかっている──回復には向かっているものの、完全な状態でもない。
「ケガ自体はそう大きいもんじゃねえ。内出血で済んでるからな。先日の検診でも問題はなかったし、多分大丈夫だろ。だが違和感があるならすぐ走るのをやめろ」
「過保護だねぇ。親気取りが」
「俺はお前さんのトレーナーだ。お前さんがもう引退していてもな」
その答えを気に入ったのかは分からないが、ナカヤマは機嫌良さそうに歩き出した。
-
日々が過ぎていく。11月のレース戦線は異常なし。
11月6日、GⅡアルゼンチン共和国杯。
トレイルブレイザー、ようやく重賞を掴む。勢いのままにジャパンCへの出走を表明、09世代の一員として声を上げるか。
11月13日、GⅠエリザベス女王杯。
スノーフェアリー、イギリスからの殴り込みが決まった。三冠アパパネは海外の強豪に譲る形となった。
「……先輩みたいに、上手くは行かないわね。もう、ちゃんと手本を示してくれないからよっ」
11月20日、GⅠマイルチャンピオンシップ。
期待されながらも上手く結果を出せていなかったエイシンアポロン、初のGⅠに手が届く。マイラーとしての史上の輝きをようやく掴んだ。
11月26日、京成杯。
ロードカナロア、これで4連勝。圧倒的、圧倒的、圧倒的──遠くに見据えるのは高松宮記念。その先に待つ、あの光を目指して。
「……ここから。ここから始めるんだ、私。まずは──あの生意気なセンパイを叩き潰す。まず、それから始めよう。さっ、カナロア号はっしーん!」
そして──
11月27日。ジャパン
因縁の東京レース場、秋晴れの爽やかな日のことだった。
-
「初めてだね。ナビが1番人気を外すの」
控え室、アケノが意外そうに言う。極力プレッシャーをかけないために、軽い雑談のような感じで。
「……ドバイん時も、でしたよ。ま……期待が薄い分、ちょっとは走りやすいですけどね」
明らかに逆効果だった。話題振りをミスしたアケノが顔を引き攣らせる。
1番人気はトーセンジョーダン、レコード勝ちのインパクトは強い。
2番人気デインドリーム、流石に凱旋門賞の覇者の重み。
3番人気ブエナビスタ、なんか明らかに調子が悪そう。
「けど、3番人気ってのは、流石に初めてですが」
はぁ、とため息を吐く。ブエナビスタのコンディションはそれはもう良くないの一言で、メンタルに起因している以上、的確な解決はできなかった。葵もアケノも手を尽くしたが、今日まで改善されるには至らなかった。
これはブエナビスタ自身の問題で、ブエナビスタ自身が乗り越えなければならないこと。
「……今日まで、色んな暇人が来るわ来るわ……トレーニングの邪魔ばっかされましたよ」
「うん、知ってる」
「ナカヤマに至っちゃいいから走れの一言ですよ? 何がしたかったんですかアイツは」
「あはは、ナカヤマらしくない強引さだったよね」
「うざったい後輩も、ディザイアのバカも、自分のトレーニングしてりゃァいいのに……どいつもこいつも、好き勝手なことばかり言いやがる。信頼って名前の理想を押し付けやがって……私のこと、なんだと思ってるんですか」
ぶつぶつ。
「……アケノは、私がヒーローじゃ嫌なんですか?」
「ッ──そんなワケないよ。あなたはいつだって私のヒーローだった……けど、その思いが……重圧になってるって思った。負けたら、次は頑張ろうって出来る。でも……ジャパンCは、ナビにとって特別なんでしょ? 余計な荷物は少ない方がいいよ」
「……期待してください、私に。そうしたら、ヒーローとして頑張れます。信じてるなんて曖昧な言葉は、嫌です」
これで良かったのか、アケノはずっと迷っている。余計なことなんてしない方が良かったかもしれないと思わなかったわけではない。
だけど、アケノは自分の心に従った。ブエナビスタにもそうしてほしい。
「ナビ。私はいつだって、あなたを信じてる。だけど、あなたはそれに応えなくていい」
「……アケノ」
「私が憧れたのは、周りのことなんてちっとも気にしない、ただ自分のためだけに走っているあなただよ。ヒーローなんてならなくていい、私はあなたに期待なんてしないッ! ただ信じてるって伝えるの」
「……」
「もうこの際だから全部言っちゃうけど! 憧れなんか捨ててしまえばいいんだ──憧れてちゃ越えられないよッ!」
「ッ、違うッ!」
「違わないッ! あなたはスペシャルウィークよりもずっと強い、私はそう信じる──ジョーダンを見て、ブエナビスタ。あなたが戦ってきたトーセンジョーダンを見てッ!」
畳み掛ける──何も言わせない。否定なんかさせない。ここまで来たらもう、言いたいことは全部言ってやる。
「憧れじゃダメなんだよ、ナビ──越える時が来たんだよ、その憧れを!!」
「アケノ、私はッ────」
「──怖らがらないで。恐れないで。振り切って。乗り越えて──」
ぐッ、と手に力が入る。ナビの肩を掴む。目を逸らさない──
「私はどんなナビのことも大好きだよ。勝ったって負けたって、ヒーローじゃなくたって──私はあなたの友達だからッ!」
より良い結果。
「だからッ! 私は何回でも言ってやるんだ──信じてるよ、ブエナビスタ!! マイ・ヒーローッ!」
迷い、迷い、迷い──それは、どちらかを選ぶこと。ヒーローという仮面か、ただのブエナビスタ。
アケノは信じていると言った。
桐生院葵はそれを見守り、出走時間が迫っていることに気がついた。信じよう──それがただ一つ、今できること。
「時間です。行きましょう──ナビ。私も、あなたを信じていますよ」
──ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
「逃げずに来たこと、褒めてやんよ」
「……ジョーダン」
「"勝たなきゃいけない"。それとも"勝ちたい"?」
「負けは、しません」
「……なぁに? まだ迷ってんの。やって見せろよ、ヒーロー?」
答えもない。それでも──トーセンジョーダンは堂々と、ライバルとして立ちはだかってやろう、と思った。
その迷いも越えてみろ、ヒーロー。
「……やってやりますよ。私が──」
レースが始まる!
ジャパン
『さあ、始まりました──第31回ジャパンカップ。スタートしました!』
ゲートが開く。始まった──先頭を取ったのはミッションアプルーヴド、アメリカから極東に栄光を求めてやってきた。外から内に寄せてトップに躍り出る。それに続くのは──
「ッ、かせねぇ──よ」
トーセンジョーダン2番手。ミッションアプルーヴドの更に外から寄せてきた。今回の作戦は先行策。ミッションアプルーヴドがそうしなかったのならトーセンジョーダンが逃げていた。しかし先頭で張り合うまでもしない。
(なんてね。勝手に走ってろ、最後にはあたしがぶっちっちゃうぜ)
内にはトレイルブレイザー、トゥザグローリー並んで、内に囲まれて──ブエナビスタがその背中を追う。視線の先にトーセンジョーダン、何を思うか。
(……見てな、ブエナビスタ。気ぃ抜けたままなら、今日の1日ヒーローはあたしがもらっちゃうからね)
前回同様の差しで行かないのにはいくつかの理由がある。今回の作戦立案にはジョーダンも参加し、色々ワガママ──もとい、意見を出した。
『スタミナを温存する必要があります。どうにか内に潜り込んで足を溜めたいところですが、今回も外目ですからね。ポジション争いには不利な位置です、いっそ最後方からやってもいいほどです』
そうしなかった一つ目の理由。
(ナビには、あたしの背中を追わせたい)
『……なるほど。つまり、勝ちたければ乗り越えてみろと言うことですか? やれやれ。勝ち方を選べるとは、君も偉くなったものですね』
まったくもって同意だ。本当にそう思う──だけどやりたいようにやる。明日原は苦笑いしながら作戦を考えてくれた。
『では、まあ消去法で先行になりますね。君の枠運がもう少し良かったら、楽な道もあったかもしれませんが』
何言ってんの、抽選したのは景悟でしょ。
『……まあ、僕と君の運ということにしておきましょう。さて、今回のレースにはいくつかのパターンが考えられます。誰が前に出るのかは、少し読めない部分がありますが……もし誰も逃げそうにないなら、君が前に出てください』
うい。
『そして誰かが君より先に前に出るなら、ほどほどに追走。序盤は少し早めになります──東京2400mはスタミナとの勝負。釣られるだけ損です──折り合いつけつつ、後方にはプレッシャーを掛けていきましょう』
……むずくね?
『君が言い出したんでしょう、前で行きたいと。体を張るのは君の仕事ですよ、ジョーダン』
(……それは、そう。あたしのワガママだかんね──仕方ねぇか)
明日原の指示で間違ったことなど一度もない。負けたのは、こちらがそれに応えられなかった時だけだ。
(越えてみろ、ブエナビスタ)
3コーナー。隊列は纏まっている──先頭の二人を除いて。引っ張っていく背中を見ていた。レッドディザイア──後方9人目、中団の中。気掛かりはずっとある。
(……先行? どうしてわざわざトーセンジョーダンはそんなことを……無駄なことを。いや、今はあれに釣られず、可能な限りスローでいく)
予定に変更はない。焦ってはいけない──そう思いながら、レッドディザイアはブエナビスタの背中を追ってしまう。
(──あの顔は何?)
ブエナビスタらしからぬ、暗い顔──うざったいほどの太陽のような、笑顔ばかり振りまいた。誰にでも──レッドディザイアにも。
(鬱陶しい。気に食わない。嫌いだ、アンタなんて)
隊列に動きはない。ポジション争いが終わってペースが落ちた今は、可能な限り無駄のないフォームで消耗を抑える。
(勝ちたい。ずっとアンタの2番手なんて冗談じゃない。アンタと走るたびに、私のプライドは壊れていく)
──焦がれ、焦がれ、焦がれ。恐れ、妬み──憧憬。
憧れた、なんて──死んでも、認めてやらないから。
(いつまでもそんな情けない顔をするなら、私が──アンタの目を醒ましてやる)
死んでも認めない。
あなたを"友達"と思ってるなんて。
──向こう正面では膠着状態。
状況が動いたのは3コーナーからだ。
後方15人目に控えていたウインバリアシオンが、外を回って位置を上げてきたのは──仕掛けるには早すぎるタイミング。
(今しか、ねェ──)
彼女がそう判断したのは──自身の能力の不足を自覚しているからこそだ。直線勝負で躍り出るには──レースのペースを上げていくしかない。あとはもう野となれ山となれ。
(トーセンジョーダン……やっと、テメェんとこまで来てやったぞ。"いつか"じゃねェ……今だ──)
外を回って前へ、前へ、前へ。中団を横切る。
前に──見えた背中を、追いかけていた──トーセンジョーダンの背中を捉える。コーナーを行く背中に──今、届いた。
("ウマ娘なら足で語れ"、だっけかァ? 望み通り──)
「──語ってやるよ」
横に並んだウインバリアシオンの姿を、トーセンジョーダンが見た。その表情には、予想外の行動に出るウインバリアシオンに驚いているようにも、喜んでいるようにも見えた。なぜなら──笑っていた。
「遅かったじゃん? やってみなよ」
ジョーダンは話していたのか定かではない。だがウインバリアシオンにはその声がはっきり聞こえて、心が熱くなるのを感じた。
「頂点、気取ってんじゃねェ……ッ!」
どこまでも壁として立ちはだかるジョーダンを──乗り越えたい。渇望はどこまでもウインバリアシオンの魂を焦がす。燃え尽きてやる──灰になったその後でも。
勢いのまま順位を抜かし、ミッションアプルーヴドに並んで──4コーナーの終わりはすぐそこだ。あとはもう体力勝負、根性勝負、自分を信じるだけ。
(弱ェからなんだ。挑まねェ理由にはならねェ、戦わねェ理由には──ならねェ)
やってやる。
(上等だよッ! 掻っ攫ってやる──)
「見せてやるよォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
先頭を取ったまま、ウインバリアシオンは最終直線へ突っ込んでいった。
先頭集団、逃げを打ったミッションアプルーヴド、並ぶウインバリアシオン、内にトレイルブレイザー、外にトーセンジョーダン、その斜め後ろバ群に囲まれてブエナビスタ。
後方の面々も懸命に追い上げ始めた。まだデットヒートは始まってもいない。
「にゃぁーっ! いけーっ! にゃぁーっ!」
声援。その叫びに込められた想いと期待の無責任さ──でも、なんと言われようともネコパンチはやめないだろう。
後方──デインドリームが上がってきた。距離はある、ここから伸びる末脚は既に証明されている──それでもまだ遠い。
(……声がうるさい、です)
体が──染み付いた練習と、張り付いたレースのための思考回路が勝手に体を動かす。ブエナビスタにやる気があろうと無かろうと、声援が聞こえるともうそうなってしまう。
体に染み付いている。
毎日──毎日、走って、シミュレーションも数えきれないほどした。走って──ただ、走って。走って、走って、走って。
誰よりも早く起きて、朝、外に出る。爽やかな朝日に目を細めて、朝練へ出た──毎日、毎日。クリスマスでも、正月でも、休みなく。
毎日、毎日、毎日、毎日、毎日──飽きもせず、飽きもせず、飽きもせず。
(うるさい──うるさいです。何もかも……私の気持ちも知らないで、好き勝手に言いやがって……。どうして? どうして……私の望みは……私の、想いは──)
囲まれている。いい思い出がない。大事な時に限って内目の枠を引くから、いつも最後は囲まれている。鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい──
(邪魔をするな。私の邪魔をするな。私の──道を、塞ぐな)
いつの間にか──トーセンジョーダンが、目の前を走っている。
(……ジョーダン? なぜ、そこにいるんです?)
ジョーダンが加速した。一気に引き剥がしていく。右も左も囲まれていた逃げ道に、一つだけ──前が開いた。
それはまるで、ついてこいと言っているようで──いや、聞こえた。
「来いよヒーロー、レッドカーペットを敷いてやっからッ!」
(うるさい──)
縛られている? ヒーローにならなくていい? アケノの言葉、表情、信じてる──
(何が信じてる、ですか。──私の何を信じてると? アケノ、あなたは私に何をして欲しいんですか。信じてるんなら、勝ってくれの一言を言えばいいんです。そうしたら私は、強い私になれるのに──)
体が動かない。前へ行かない。
──怯えないで。
(うるさい)
──恐れないで。
(うるさい)
──振り切って。
(うるさい)
──乗り越えて。
「──うるっせェんだよぉぉぉオオオオオオオオオオオオオ──ッ!!」
固有スキル:未だ見えぬ絶景へ
「ヒーロー、英雄……」
「ファンのために走ろうって、あの子のために走ろうとか、散っていったウマ娘たちのために走ろうとか──」
「一切合切しゃらくせェなぁ!! クソがァ……どいつもこいつもッ! 私の!? 大いなる悩みなんざァ!? 知ったこっちゃねェですってことですかァッ!!」
「あァ分かりましたよッ! やりゃァいいんでしょォ!? 私が戦うのはァ! ファンの為とか、他人のためとかァ! そんな御大層なモンのためじゃアなくってェ!? 私が──私がぁアアアアアアアアア!!」
「手前ェら全員叩きのめしてッ!! 私が1番強いってことをァ!!
「教えて差し上げましょう──」
「この、ブエナビスタがぁぁぁァァァァアアアアアア────!!!」
-
ウインバリアシオンには、遠ざかっていく二つの背中に──何を思ったのだろう。
(まだ、届かねェのかよ……。どういう加速してやがる、マジで同じ生き物なんだろうな?)
懸命に粘る彼女をあっさりと突き放していく。
(──見せてくれよ。オレたちは、どこまで強くなれるんだ?)
レッドディザイアは、この2400mという距離に適応できないことが悔しくて仕方なかった。
(……どうして私は、アンタについていけないの。どれだけ走っても──遠く、遠くて……嫌になる)
ティアラを争ったはずなのに、気がつけばブエナビスタは手の届かない場所へ走っていった。
(……そうね。アンタは──そうやってバカみたいに笑って走ってるのが、似合ってるよ)
お、やっと来た。楽しそうに走ってんじゃん?
楽しいですとも。楽しいですね。だって、私が1番強いんだから。
や。あたしのが強ェーから。
いーや。今日のところは……私の勝ちです、ジョーダン。
-
『ブエナビスタッ! ブエナビスタです! ブエナビスタ一着でゴールインッ!!』
──ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
声援──巨大な爆発。
「ナビ……っ、ナビ、ナビが──やったよ、やったんだぁっ!」
「にゃァッ! たまにはやるにゃあっ!」
「……振り切ったか。手間ァかけさせるぜ」
──ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
「はぁっ、はぁっ……っぷー。あーあ、余計なことしたかも」
ジョーダンの独り言は、それでも嬉しそうだ。なんか色々あったみたいだが──こんなに楽しそうに走るナビの姿は、もうずっと見たことはなかった。
だからまあ、レースを楽しめるように戻ってくれて、良かったと思うことにしよう。
「いえーいッ! 私がサイキョー! いやっほーいッ! 勝つって楽しーっ!」
……。
「……オイ、あんまチョーシ乗んなよ。オメーのために色々苦労したの、アタシらだかんな」
「言ったでしょ。余計なお世話ってんですよ、そんなの。私のことなんてほっときゃ良かったのに」
「出来っかよ。ま、アケノに感謝しとくんだな」
「……はん。ま、一応ちゃんと言っときますけどね」
ナビは一応姿勢を正すと、ジョーダンに向き直った。
「ありがとうね、ジョーダン」
「……。…………え?」
珍しくジョーダンは目を丸くした。何を言っているのかよく分からない。
「……あ、いや。勘違いしないでくださいね。勝たせてくれてサンキューってことですからね!? そこんとこ勘違いしないでくださいねー!?」
「え。今更ツンデレ系で行くの? ムリだって……」
「だァれがツンデレですってェ!? ざっけんなコラァッ!!」
「いや、ムリでしょ……」
──いつになく楽しそうにしているナビの姿。ムカつくけど、太陽のような笑顔。昔のナビを見ているようだった。
第31回ジャパン