「当然、冗談に決まってんじゃん?」   作:にゃんこぱん

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飯道

「おう、来たな」

 

「お疲れ様です、加賀さん。それに三笠さんも」

 

 軽く手を挙げて明日原を迎えた加賀の、もう片手にはビールの残ったジョッキ。どうやら明日原を待つ間に一杯やっていたらしい。向かいには三笠が赤い顔で座っている。

 

「お疲れ明日原! 随分遅かったが、どうしたんだ?」

 

「来季の活動費予算についての打ち合わせが長引きまして」

 

「……来季? だが、まだその時期じゃ……いや、そうか──まあともかく座れよ。何飲む?」

 

「生を。……三笠さん、顔赤いですよ。大丈夫ですか?」

 

「顔に出やすいだけだって。見た目ほど酔ってるわけじゃないからな?」

 

 トレセンから近場の飲み屋で、安くて美味しいところとなると、結局は加賀の好みに左右される部分がある。大抵こういうスケジューリングは加賀がやってくれる。今日の飲み会も、加賀が言い出してくれたものだ。

 

「でも明日原が来るとは意外だったな。今まではトレーナーの集まりとか、あんまり顔出さかっただろ? 今日だって結局加賀とのサシになると思ってたんだからな」

 

「おいおい、おっさんとのサシ飲みが嫌だってのか? 同期だろうが、付き合えよ」

 

「なあにが同期だよ。この三冠トレーナー共め、どんだけ獲れば気が済むんだ? 平凡トレーナーの分も残しといてくれよ」

 

「ハハ。あいつらは俺の言うことを聞くタマじゃねぇさ、ゴルシなんか特に酷ぇ」

 

「ゴールドシップ、デビューから順調ですね」

 

「逆に怖いくらいだよ。そのうちどデカいやらかしをしそうでな……」

 

 加賀と三笠は同期として気安い関係。明日原もトレーナーとしては後輩になるのだろうが、実績が重いのでその辺の力関係は微妙なところだ。しかし三笠はその辺りを気にしない貴重なトレーナーで、話しやすいタイプ。

 

 飲み会の目的などない。日々の疲れを飲みで解消させるのはアラサーのやり方だ。時代についていけない男たちとも表現できるかもしれない。

 

 明日原の注文が来たのを合図に、加賀が少し姿勢を正してジョッキを掲げる。

 

「ま、何はともあれジャパンカップお疲れさん。乾杯」

 

「乾杯!」

 

 名目上の音頭を取ってビールを流し込んだ。爽やかな喉越しが疲れを吹き飛ばすかのようだ。明日原でさえこの美味さには勝てない。

 

「まったく、ブエナビスタ完全復活ってヤツか? どーにも調子悪そうだったんだけどなー」

 

「高校生の心は秋の空、だ。言葉一つで絶好調にもなればどん底にも落ちる。ったく、おっさんには無茶な話だぜ」

 

「青春を見守るのも大人の役目というものでしょう。とはいえ、喜んでもばかりいられませんが」

 

「だな。うちのシオンも掲示板入っただけすげーよ。あのメンツの中で、ホントよくやってくれたよ……」

 

 トレーナーに担当のことを語らせると止まらない。三笠も落ち込みつつ、豪華メンバーの揃ったジャパンCで結果を残せたことが誇らしそうだ。

 

「んで──次ぁ有か。もう一年経っちまったんだな。光陰矢の如し、それでも年は取っていく……」

 

「言うなよ。あーあ、俺もそろそろ身ぃ固めなきゃなぁ……」

 

「三笠さん、結婚を?」

 

「ああ。今の彼女とな、結構真面目に考えてる。いい年だしな」

 

 ──何を隠そう三笠はトレーナーには珍しく彼女持ちである。これで結構、トレーナーの称号を活かして遊んでいる男だ。全てのトレーナーが見習うべきウマ娘との距離感を心得ている男。

 

「大体お前らはどうなんだ? って……聞くまでもないけどな。加賀とか、マジでやべえことになってるよな?」

 

「……言うな。悩みの種ってやつだ──ウオッカに問い詰められてな、泣かれたよ……。あれはなかなか堪えた。どうやら俺も明日原を笑えんらしい。ナカヤマはもう何言っても聞かねえしな……」

 

「お、おう。……それで、明日原は? 卒業したら同棲するお決まりのパターンか?」

 

「いえ……」

 

 やんわりと否定する明日原から、妙な気配を感じて三笠は首を傾げた。どうにも、何かありそうな。

 

「……明日原。流石に受け入れてやれよ。ここまで散々引っ張ったんだろ?」

 

「いえ、そういう話ではありません。僕は有記念が終わったら、トレーナーを辞めるつもりなので」

 

 

 

 

-

 

 

 

 

「焼肉はダメ」

 

「なーーーんーーーでーーーっ! 行きたい行きたい行きたい行きたいですーッ!」

 

「ダメったらダメ! 桐生院さんに連れてってもらったでしょ!? 大体会計いくらになると思ってるの!? どーせまた財布忘れてきましたとか言うんでしょ!?」

 

「……お祝いなのに。アケノが厳しいです。うるうる」

 

「殺すぞ、ガキ──じゃない……自分の分は自分で払いなさい! お金あるでしょ!」

 

「人のお金で焼肉が食べたいんですゥー! おーいーわーいー! 何回やってもーいーのー!!」

 

 うるさい。実にうるさい──栗東寮、夜。ファッション誌を読んでいるジョーダンが、寝っ転がりながら騒音の元凶にじろっとした目を向けた。

 

「フツー、あたしの前でやるかぁ〜? エンリョしろよ、もう逆に居心地悪いわ」

 

「ジョーダンも行きます?」

 

「オゴリなら行く。つか、むしろナビがオゴるべきだろ……」

 

「むー……ま、いいですけどね」

 

「……ガ?※」

 

 ※ガチ?の省略形。それぐらい省略せず言え。

 

「え。ケチの権化が? 奢らないことで有名な、あのブエナビスタが……?」

 

「え、マジでそれね。いやでもどうせ支払い直前に財布ないですとか言い出すでしょ。それでなあなあにしようとするに──あたしの大切な1票を投じるッ!」

 

「私のことなんだと思ってるんですか……?」

 

「よし、じゃあアレだね。ナビのせいで苦労した人たちを集めて焼肉行こう」

 

「ちょっと! あれはアケノが余計なこと言ったせいでしょう! そりゃ、ちょっと意固地になってたのは認めますけど……」

 

「じゃ、食べ放題のないお店を予約しとくね! か・く・ご──してもらうよ。あー楽しみー! ナビの奢りなんて初めてじゃない?」

 

「うぐ……いいでしょう」

 

 ジャパンCが終わり、ブエナビスタはここ1番での復活を果たした──大舞台で勝ち取った栄光、これでブエナビスタはGⅠ五勝目。レースの歴史を見ても非凡な偉業となる。賞金、および報奨金もかなりの額を得ているはず。

 

 だからという訳ではないが、ここらで大事な友人への感謝ってものを伝えてもいいだろう。

 

「ま、終わったことについてはいいでしょう。それより大事なのは"次"ですよ──ジョーダン、本当に"次"で終わりにするんですか?」

 

 真剣身を帯びた言葉に、ジョーダンは軽く答えた。

 

「ずーっと前から決めてたこと。ケガしようが頼まれようが、3年間で終わる──だから、全力で走れる。高校生らしく、ね」

 

「……高校生、ねぇ。ま、言われてみればそうですね。トレーニングばっかでそんな意識ありませんでしたが」

 

 そのような観点で測るなら、ブエナビスタは日本一有名な高校生ということになるのかもしれない。そのことを対して気にかけていないあたり、やはり図太いというべきか。だがトーセンジョーダンも同じようなものだ。

 

「ナビは?」

 

「んー。そうですね……私もそうしよっかなーって」

 

「えぇ!? ちょっと、そんな気軽に決めないでよ! 色々あるんだからね!?」

 

「色々って?」

 

「そりゃ色々だよ。言っとくけどねえ、現役最強のヒーロー様が引退してほしくない人なんて一杯いるんだからね? ナビが引退を発表なんてしたら、きっと私にも、ナビが引退しないよう説得してくれーって頼んでくる人が来るだろうからね」

 

「そんなのいんの!? はー、引退するかしないかなんてあたしらの勝手でしょうが」

 

「広告効果ってヤツかなぁ。まったく、ただ足が速いだけなのにね」

 

「やっぱ可愛さですね。それに憧れるに足る格好良さ。CMのオファーが止まらなくてですねぇ、アオイが専属マネージャー雇おうか悩んでましたよ。ま、今更そんな怪しいの来てもお断りですがね」

 

「贅沢だな〜。でも引退?」

 

「ま、勿体無いと言えば嘘になりますがね。どの道終わりは来るんです、それに──今は大学生活ってモンに興味がありましてね。人生の夏休み! 大いに興味がありますねえ!」

 

「こんなキャラなのにずっとストイックなのちょっと頭がおかしくなりそう……」

 

 トレセンからの大学進学は独自のルートがあったりなかったりする。学力が高い場合はトレーニングと並行して受験勉強する剛の者も居たりするが、一定以上のレース成績を持っている場合はトレセンから推薦が出たりする。進路は人それぞれだ。やはりと言うべきか、レース関係業界への就職にはかなり太いコネがある。

 

「大体、そんなテキトーな考えで進学しないの。ちゃんとやりたいことのために、学びたいことを学ぶ場所なんだよ? 将来苦労するよ、そんなんじゃ」

 

「お金ならあるんで」

 

「サイアクだよ……。それで、ジョーダンはもう決めたの?」

 

「んー。夏休みごろからぼちぼちね、景悟に相談してて」

 

「ちゃんとしてんなぁ。それに比べてこっちは……」

 

「……なんですかァ? 私の方はちゃんとしてないとでも言いたいんですか? 私だってちゃんと考えてるんですがね」

 

「へー。じゃあ、どうするの?」

 

「さっきも言いましたよ。アケノォ〜……私は結構頑張ってきたんですよ? だから、ちょっとダラけたいんです。そんでその後のことは知らん!」

 

「……ま、らしいっちゃらしいけどね」

 

 輝かしきヒーローたちの未来予想図は人それぞれ。そこだけを切り取れば、年相応の少女たちだ。この点に関しては学園のサポートが厚く、本人の希望に出来る限り沿った進路を取れるよう尽力してくれる。

 

「ま、先のことはいいですよ、どーなるかもわからんですし。それよりも──目先のことを考えたいです、私は」

 

 有記念。

 

 一年の──いや、この三年間の集大成となる、年に一度のお祭り騒ぎとなる。すでにファン投票サイトは開設されており、現役ウマ娘たちへの投票が行えるぞ。

 

 そのうち、二人の引退が世間に公表され、そしてドラマチックに騒ぎ立てられるだろう。実際にそれはドラマチックだ。

 

 有記念で引退、など──本来とても贅沢なことだ。本人の気持ちに体が追いつかなくなった時、レースを惜しみながら引退していくウマ娘の、なんと多いことか。怪我や身体能力の低下、あるいは気持ちが折れる。

 

 そんな中で、ケガで泣きながら終わるでもなし。ただ走り切りたいという純粋な理由で追われることが、どれだけ貴重なのか──それで終わるというところに、人々は劇的な物語を見出す。

 

「一勝一敗。そんで決着は有記念の引退レース。出来過ぎだよ、マンガやドラマじゃあるまいし。こんなことってあるんだね」

 

「最後はぁ〜あたしが勝って終わりま〜ッす」

 

「いえいえ、有は私に譲ってくれても構いませんよ?」

 

「とか言ってると足元掬われるんでしょ。下の世代はすごいからね」

 

「ハン。あのなんちゃらフェーヴルですね、かかって来いって感じですが」

 

「でも、オルフェーヴルってまだ出走表明出してないよね。もしかしたら出ないかもよ?」

 

 重賞等の特別競走では2週間前に事前の出走登録が必要だ。登録を行ったウマ娘のうち、ファン投票で選ばれた上位10名が特別出走権を得る。

 

 よって、特別出走権を得るであろうウマ娘は早い段階から記者を通して出走表明を出す。レースまであと1ヶ月もない。数名のウマ娘はすでに出走を表明しており、ジョーダンとナビもそのうちするだろう。

 

「んー、まあ流石に出ると思うけど……」

 

 ジョーダンは雑誌を閉じた。

 

 

 

-

 

 

 

 ナカヤマフェスタ、孤独のグルメvol.2。本日のグルメ道はつけ麺道。

 

 トレーニングから解放されたナカヤマは、ちょっと危ない系の雀荘や現金を賭ける感じの賭場に出入りすること多数。その後、孤独のグルメを楽しむこと数え切れず。

 

「……セ、センパイ。お金、どこに入れるっスか……?」

 

「……オマエ、ラーメン屋とか来たことねえのか?」

 

「うぅ……」

 

 孤独のグルメ道はいつだって道連れがいる。気ままに一人で楽しみたいナカヤマの思いは、基本的にいつも邪魔されることで有名だ。

 

「ったく……」

 

 面倒そうにして、ナカヤマは野口をもう一枚入れて食券機のボタンを押した。二人分の食券を取り出すと、店の奥に歩いていく。

 

「え、あれ……センパイ、2人前食べるっスか?」

 

「察しの悪ぃ後輩だねェ。今日のとこは貸しにしとくよ」

 

「え……あっ、オゴリっスか? やったっ」

 

 別にナカヤマは面倒見がいいわけではないが、オルフェーヴルの後輩属性の強さについ先輩らしいことをしたらしい。食券を店員に渡し、オルフェーヴルに向き直った。

 

「それで、オマエがこの私に相談とはな。これも成長と呼べるのかね」

 

 トレーニング終わりのオルフェから珍しくラインが飛んで来たのはついさっきだ。ナカヤマは相対的に比較して、あまり相談相手として適切とは呼べない。面白がってまともな解決法をアドバイスすることはあんまりない。例外はある。

 

 それでも、ある程度チームの先輩としての役割を果たそうとしているところは、加賀の面倒見の良さに影響されてのことだ。ウマ娘はトレーナーに似る。

 

「……相談したいのは、有のことで」

 

 オルフェがポツリと話し出した。

 

「出ようか、迷ってて」

 

「…………。なに?」

 

「い、いや……上手く言えないっスけど、なんか……怖くて」

 

「……私を呆れさせるとはな。加賀の苦労が偲ばれるね」

 

 世代最強の実力を持ちながら、全くやる気のないウマ娘。加賀が最も苦労したのはこの点だろう。

 

「……ジョーダンセンパイと戦うの……なんか、想像つかなくて、最後って言ってたっスけど……信じられなくて」

 

「感情が現実についていかない、と」

 

 本当にロクでもないことばかり言うウマ娘だ。ナカヤマにとってはどうでもいいことだが、大抵のウマ娘は有に出るか出ないかなど選べない。有記念の方がウマ娘を選ぶのだ。

 

「その気持ちが何なのか分かるか?」

 

「……」

 

「惜しんでいるのさ。オマエは変わって欲しくないと思っている。無意味にもな」

 

「……そう、っス」

 

「ジョーダンと戦うことで今が終わることを先延ばしにしている。本当に甘ェ。クク、嫌いじゃないがね」

 

「……甘いって言われても、仕方ないっス。気持ちに、ウソはつけないっス。アタシ──ジョーダンセンパイの最後のレースは、勝って欲しいっス」

 

「…………」

 

 ナカヤマが思わず口を閉ざし、オルフェを横目で見る。

 

「……ックク。退屈しないね、全く」

 

 勝って欲しい、有には出たくない──つまりそれは、オルフェーヴルが有に出たら勝ってしまうという傲慢さ。オルフェーヴルは自らの実力を弱いなどと思ったことなど一度もない。レースにビビっていたのは、単に大勢の前に出ることが怖かっただけ。

 

「? なんの話っスか?」

 

「いいや、何でもねェよ」

 

 おまたせしましたー、つけ麺二つでーす。

 

 ナカヤマはフ、と口元を緩めて割り箸を割った。これでかなり評判らしく、味には期待している──見た目はいい。美味いつけ麺特有の見た目と、仄かに香るスープの匂い。

 

 ずるるっ。オルフェーヴルもおずおずと真似て食べ出した。

 

「……お、美味しいっス!」

 

「クク、当たりだ」

 

 ずるる。目を輝かせたオルフェーヴルが、どんどん食べ進めていく。小動物のような食べ方だった。あっという間に完食。

 

 ナカヤマが店を出たのに続いて、店を出た──

 

「それで、結局オマエの望みはなんだ?」

 

「望み……アタシの?」

 

「選ばないってのはナシだ。出るのか、それとも出ないのか。有馬記念に出ないっつーのは、現状維持じゃない。そいつも立派な選択だってコトは、忘れちゃいけねェな」

 

「……」

 

 やはりというか、オルフェーヴルの表情は晴れない。何かを考えているらしいが、ナカヤマフェスタにとってはわかりやすすぎる感情の機微だ。ある一つの感情を読み取る。

 

「"選べない"と思ったな?」

 

「……え。な、なんで分かったっスか?」

 

「言ってなかったか? 私はエスパーなのさ」

 

「えーッ! そ、そうだったんスか!?」

 

 今時幼稚園児でも信じないだろうが、この純粋さはもう可愛いと評価していい。対人関係の積み重ねがないウマ娘には冗談というものが通じない。ナカヤマはそんなことには構わずに、真面目な顔をして続けた。

 

「だから、オマエが情けない甘ちゃんだってことはよく分かる。走るのに理由が必要なのさ。それも、いちいち人から教えてもらわないといけない。感情に無自覚で、それを表す言葉を知らねェ」

 

「……加賀さんにも、似たようなことを言われたような気がするっス」

 

「ふ……──なら、やる気の出る魔法の言葉をくれてやるよ」

 

 コツ、とナカヤマが足を止めて問い掛ける。穏やかな雰囲気のまま、オルフェーヴルのことを見極めるような眼を向ける。

 

「ジョーダンは、オマエと戦いたいだろうな」

 

「……!」

 

「理由の説明は必要かい?」

 

「え……はい、じゃ……せっかくなんで」

 

 ポケットに手を突っ込んでナカヤマがため息を付いた。せっかくってなんだ。カッコよく決めたつもりだったのに、つくづくオルフェーヴルはマイペースと言うか……。

 

「……。知ってるだろうがアイツは世話焼きでね。特にオマエのことは、色々グダグダ言ってやがったよ。三冠を獲っても、どっか放って置けない部分があるだとかな──オマエのことを心配しているのさ。あたしが卒業した後、大丈夫か、ってナ」

 

「アタシの……」

 

「つまりだ。舐められてるのさ、オマエは。いつまでも手のかかるガキだと思われている。世話を焼いて、見守らなきゃいけないと思われている……ま、私も同意見だがね」

 

「……」

 

「そうじゃない、と言いたいか?」

 

 オルフェーヴルは答えに詰まったように沈黙する。ナカヤマはふっと笑うと歩き出した。ここでいつまでも答えを待つほどナカヤマは優しくはない。答えを急かすように、オルフェーヴルが歩き出すのを待たなかった──

 

 時間は待ってくれない。過ぎる日々は戻りはしない。

 

「……アタシはッ!」

 

 背中から、不安定に震えた声が聞こえる。

 

「……アタシは……トレセンに来て……あんな大きなレースを、いっぱい走って……毎日、頑張ってトレーニングして……! シオンさんと戦うってなって……!」

 

 オルフェーヴルの握った両手、吐き出すような声、怒っているようにも、悲しんでいるようにも聞こえる──声。

 

「な……舐めんじゃねェッスッ! アタシを……誰だと思ってンスか……!? アタシは、オルフェーヴル……史上7人目の、クラシック三冠を達成した……あッ、あんたらなんかメじゃないくらい、すごいウマ娘なんスよ……ッ!!」

 

 ──その威勢が、どうしようもなく似合っていなくて、ナカヤマは可笑しくなって振り向いた。それで見えたウマ娘の表情など、振り向く前から分かっていた。

 

「いッ──いつまで……先輩風吹かせてンだよッ! いつまでも──テメェが上だとか、思い込んでんじゃねェッ!」

 

 空の色は最も鮮やかで、鮮明な茜色。太陽から伸びたナカヤマの影が、オルフェーヴルの方へ倒れている。その影に叩きつけるように叫ぶ。

 

 強気で、自信に溢れたウマ娘のフリをして、強がりに強がっていることなど、ナカヤマでなくとも分かっただろう。それでもオルフェーヴルが目を逸さなかったことを、ナカヤマは嬉しく思った。

 

「その言葉、二言はねェな」

 

 ナカヤマがじろりと、試すようにオルフェーヴルを睨んだ。それに対する答えとして、オルフェーヴルは睨み返した。

 

「……クク、いいだろう。ジョーダンの代わりに……その言葉、受け取っておく」

 

 ナカヤマは満足したのか踵を返し、夕日の方へと歩いていく。その背中を──オルフェーヴルは追わなかった。大声を出して切れた息を放ったまま、ぐっと堪えるように立ち尽くしていた。

 

 太陽が沈んでいく。白い息が空気に溶けていった。

 

 

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