実はダイワスカーレットはシニア級1年目の4月、産経大阪杯ののちに怪我が見つかって長期休養に入っていた時期があった。GⅡ産経大阪杯を1着だったために、これからというところで惜しいことになったと記事では騒がれていた。明日原も同感だった。
一方でウオッカといえば、GⅡ京都記念でしっかり6着に敗れたのち、ドバイへの挑戦をした。3月の終わりの話だ。GⅠドバイデューティーフリー、世界への挑戦。それがウオッカにとってのカッコいいことだったから。結果は4着。悪くない結果だと加賀は言ったが、ウオッカは悔しかった。
帰国後、ヴィクトリアマイル。スカーレットが休養に入っている間にも、ウオッカは走った。5月、GⅠヴィクトリアマイル。1番人気、2着。エイジアンウインズに微かな差。
スカーレットが三冠を達成し、全てのレースで最低でも2着に入っていたのとは対照的に、ウオッカは去年の日本ダービー以来、丸一年勝つことができなかった。ウオッカは焦っていた。
続くGⅠ安田記念、2番人気。1着。3勝目のGⅠを勝つ。その後のGⅠ宝塚記念には出なかった。秋に向けて集中したかった。
『天皇賞・秋よ。いい加減決着をつけようじゃないの、ウオッカ。あたしとあんた、どっちが強いのか』
秋にはスカーレットが戻ってくる。
だから、決戦は天皇賞秋だ。選抜レースの結果も含めてスカーレットには2勝3敗一引き分け。──最後に勝ったのは、一年以上前のチューリップ賞だった。
ダービーは獲った。それはいい。だがティアラでは全て負けた。桜花賞で負け、秋華賞で負け、あいつは三冠を達成した。正直嫉妬さえしそうだった。
心向くままカッコいいを追い求めていたオレと違って、スカーレットはずっと王道だった。王道の走りで結果を残してきた。
結果を残してこれなかった自分と違い、スカーレットは常に結果で語った。ついてこれるかと、いつも背中が問いかけてきた。だからオレはずっと、お前の背中を追っていた。
安田記念で勝った。オレはやれる。
スカーレットに勝ちたい。
スカーレットに勝ちたい。
スカーレットに勝ちたい。
負けんのは嫌だ。どんなレースだって負けんのはダセェ。挑戦してんだから勝った方がカッコいいに決まってる。だからいつも勝っていたあいつはカッコよかった。だから勝ちたかった。負けたくなかった。心ン中にはいつもあいつが居た。
オレの憧れだった。オレはあいつに勝ちたくて、勝ちたくて、勝ちたくて。
力を求めるように、オレはいろんなところをフラフラしていただけなのかもしれねぇ。ティアラからのダービー、そしてドバイ。でもあいつはティアラを突き抜けた。
天皇賞秋で、勝ちたかった。乗り越えたかった、負けたくなかった。
オレはただ、あいつと一緒に走りたかった。
* 以下、天皇賞秋が終わった後の明日原へのインタビューより抜粋。
──負けましたが、率直に今の気持ちは?
「悔しい気持ちは、正直言ってあまりありません。どちらが勝ってもおかしくなかった、これは文字通りそうです。もしも踏む土が少しでも柔らかかったら、ゴールの瞬間の頭の位置が少し違ったら、あるいは風がほんの少しでも強かったら結果は変わっていたでしょう」
──何が勝敗を分けたと考えていますか?
「そうですね、やはり……気持ち、なのかもしれません。当然僕たちも勝つつもりでいましたが、ウオッカはそれ以上に勝ちたかった。前半、スカーレットが掛かりましたが、半年ぶりのレースでした。仕方がないと言えばそれが全てです」
──これでウオッカとは2勝2敗ですね。
「ええ。デビュー前のトレセン学園で選抜レースの結果を含めて正確に言うなら、7戦3勝3敗1引き分けです。強敵でした。今はただ、ウオッカを讃えたい気持ちです」
──レコード勝ちでした。あとたった2センチ早くゴールしていれば、そのレコードはダイワスカーレットのものになっていたと思うのですが。
「それを言うのは野暮というものでしょう。あの場においての2センチは、果てしなく長い2センチでした。あの距離に彼女たちの全てが現れて、そしてそれがそのまま結果に繋がった。二人とも素晴らしい走りでした。それだけです」
──ウオッカへのリベンジは考えていますか?
「有り得るとすれば有馬記念でしょうが、ウオッカはジャパンカップへの出走を表明していますから。有馬は回避するかもしれません」
──ダイワスカーレットは有馬記念に出ると?
「ええ、そのつもりです。後ほど正式に発表するつもりですが……。ウオッカとの決着を着けたい、それはおそらくスカーレットも同感でしょう。ただそれが公式に叶うかどうかは、なんとも」
──どうせならば決着を見たいというのがファンの思いでしょうね。
「ええ。僕もトレーナーとしてではなく、一人のファンとしてそれを望んでいます。ただ無理だけはさせられません。スカーレットとウオッカの最後の決着は、言わば夢です」
──夢ですか?
「ええ。なかなか叶わないからこそ、夢と呼ばれると思います。今日のレースも、僕にとっては夢でしたよ」
──同感です。
(後略)
ー ー ー
ラジオNIKKEI杯に向けてのトレーニングは順調だった。少なくともスカーレットにとっては。
「さっきの仕掛けじゃ速すぎるのよ。いい? あんたのスタミナじゃ最高速が出るのは3
「んな無茶なハナシはないっすよー。余裕ねえっす」
「頭で計算するんじゃないの。体でやるのよ、いけるかいけないかの計算、勝負勘ってヤツね。初めから持ってるヤツもいるし、オープンで勝つぐらいなんだからあんたもある程度はあるんでしょうね。でも鈍いのよ、本当に強いヤツ相手じゃ役に立たないの」
スカーレットはその身体スペックを持ちながら、実はかなりの計算家だった。スカーレットはそのレースの多くを先行からの逃げ切りで勝利している。何も知らないファンからすればそれは丁寧なゴリ押しにしか見えないのだが、仕掛けるタイミングは相当練られていたのだ。
「明日原が期待してんのはそこよ。ギリギリを狙いなさい。仕掛ける時間が0.1秒違えば結果は全く違ってくるのよ」
レースは常に全力で走ればいいというものではない。この仕掛けというものを複雑化させているのは、ウマ娘一人一人にスタミナと最高速があるためだ。全体のレースのペース、そしてスタミナ。それらがかち合えば自分よりも最高速が速いウマ娘に勝つことも可能だ。
「あんたは最高速が遅いわ。だから早めに仕掛けなきゃいけない。けど早めに仕掛けすぎるとスタミナがもたないし、周りが釣られて上げてくる可能性も高くなる。だからギリギリを狙うのよ。周囲の不意をついて、え? そこで仕掛けるの? ってタイミングで仕掛けるの」
バ鹿なりに整理して、言っていることを理解して、それを走りに反映させてダメ出しを食らって。
「コーナリングがダメだ。いいか、オレが手本を見せてやる。よく見とけ」
コーナーでは速度が落ちる。落とさなければ曲がれないのだ。だがそこを速く曲がっていく技術はある。体重移動と地面の状況を見極めていくのだ。速度を落とさずに曲がり切る弧線のプロフェッサー、遠心力による力を分散させて足への負担を減らす円弧のマエストロなど、高等技術が存在している。
ウオッカはガリガリと地面に棒人間で模擬図を描いた。正面からの体重の分散、角度などだ。
「クセやら足の作りは個人で違ぇ。理想のフォームは自分で探り当てろ、分かったな」
ジョーダンはその図をスマホで撮った。
流石に先輩方は実力が違った。走る際の感覚とか、そういうものを全て言語化し、理論として理解した後走りに応用している。レースのエリートだ。
理解はできる。でも体の動かし方までは即座に理解できない。ジョーダンは何度も何度も練習を重ねていく。その
繰り返す。
何度も何度も繰り返す。相変わらずウオッカとスカーレットの会話はぎこちなかったが、ジョーダンは成長していった。プレッシャーに慣れ、繰り返すことで体に染み付けていく。レースという限られたシチュエーションで速く走ることだけに体を改造していく。
「────ついて来れるか」
並走を繰り返して疲労困憊のジョーダンにウオッカの静かな声が問う。
「────ついて来れるか、じゃねえっての」
ジョーダンは汗を乱暴に拭った。
「てめえの方こそ、ついて来やがれ────!」
どっかで見たようなセリフ回しだった。詳しくは腕士郎で検索してみて欲しい。
ともかく、特訓は順調だった。
「……これ、なんすか?」
ある日のトレーンング、すっかりお馴染みになったスカーレットとウオッカが用意したのは黒い布のようなものだ。
「目隠しだ」
「なんで?」
「気配を察知する練習だ。いいから着けろ」
いや絶対要らんでしょとか思ったけどウオッカ先輩は目隠ししながらでも走れるらしい。なんで? 転ばないの? とか思いながら、ウマ娘の鋭敏な五感をフルに活用して周囲を知覚するトレーニングをさせられたりした。これが出来ると仕掛けの気配を察知出来て便利らしい。
絶対違うと思う──とか言いながら、ウオッカ先輩が手本を見せてくれる。それにしてもアレだ、黒い目隠しだとアレにしか見えないとか思いながら見ていると、ウオッカ先輩が走りながらボソッと呟いた。
「領域展開──」
ジョーダンは思わず叫んだ。やめろぉッ!
ー ー ー
「イグゼキュティヴ? 誰? 聞いたことねーんだけど」
「当然でしょう。彼女はURA──つまり、トレセン学園の生徒ではありません」
──ついに、当日が来てしまった。
GⅢラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークス、ジュニア級では数少ない重賞競走。1番人気イグゼキュティヴ、その正体は──
「所属は北海道、つまり地方レース場所属のウマ娘です」
「え? マジ──ってか、地方の生徒が中央のレースに出れんの?」
「条件が許すならば可能です。ただ、非常に珍しいケースですね。能力のあるウマ娘は大抵中央トレセン学園に来るものです。特別な事情があるのかもしれません」
「……オグリキャップ、みたいな感じとか?」
ジョーダンでさえ知っている名前、レースに関わるものなら誰でも知っているその名前を聞いて明日原は吹き出した。
「はは、まさか。そこまでの逸材ではありませんよ、オグリキャップは何かの間違いで地方に生まれてきてしまっただけの怪物です。イグゼキュティヴなど比較になりません。ただ、強敵であることは間違いないでしょう」
オグリキャップが活躍したのはもう随分前の話だ。それこそジョーダンが生まれる前ではないだろうか?
「実は面白い因果がありまして。先月のGⅢ札幌ジュニアステークスで、イグゼキュティヴは2着という結果を残しました」
「ふーん……。ちなみに1着は誰だったん?」
会話の流れでジョーダンはそう聞いた。ただどうせ名前を言われても分からないだろうな、とは思ったのだが、明日原はニヤリと薄く口元を歪めた。
「ロジユニヴァースですよ」
「……! 確か、メイクデビューの時のヤツ……?」
「ええ。ロジユニヴァースは君に敗れた後、9月の未勝利戦を5バ身差で勝利。その後札幌ジュニアステークスに出走し、見事に重賞を獲りました。ジョーダン、君が勝った相手は結構すごいウマ娘だったようです」
「……ま、マジか。え……マジ?」
それが評価されてかジョーダンはGⅢの舞台で2番人気に推されている。ただ、イグゼキュティヴはすでに重賞で2着という結果を残している。他のライバルたちは、せいぜいがオープンを勝ってきたというだけなので、この中ではイグゼキュティヴは頭一つ出ている。
「気負うことはありません。どうせやることは同じです。ジョーダン、君は今日、何をしに来たんですか?」
「……分かってるし。あたしは──勝ちに来た。誰が相手でも関係ない」
「その調子よ!」
スカーレットが見計らったように入ってくる。スカーレットも応援に来ていた。ジョーダンのことは嫌いというか、いびっていたスカーレットだがこの一ヶ月で手塩にかけただけはあって、結果をわざわざ見に来る程度にはジョーダンを気に入っていた。
ちなみにウオッカだが、二日後にジャパンカップを控えている。そのため現地には見に来ていない。だが中継は見ているだろう。
「ジョーダン。あんたの友達が来てたから、案内してやったわ。感謝しなさい」
「は? ……まさか」
──すぐに控室に流れ込んでくるギャルたち。すごい数だ。
「はろはろはろーっ! どうだーっ!? カツ丼食ってるかー!? カツ足りてっかー!」
「よっ。初重賞じゃんね、気合い足りてる? あげよっか?」
ダイタクヘリオスとメジロパーマー。既に引退した彼女たちではあるが、友人の晴れ舞台に駆けつけてくれたらしい。
「……いい顔してんね。こりゃ、アタシら必要なかったかな。レジェンドさんもいるし」
そしてゴールドシチーはジョーダンの気合の入った様子にふっと息を吐いて笑った。あのジョーダンが立派になって……と、内心では親戚のおばちゃんのようになっていたことは内緒だ。
「ジョーダン! 頑張って、頑張って勝ってな!? 応援してっかんな!?」
その他ギャルたちは、むしろジョーダンなんかよりもずっと緊張した様子だった。流石のジョーダンもこれには苦笑いするしかなく、その後にグッと拳を突き出して静かに宣言した。
「見とき。勝ってくるわ」
『GⅢラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークス。数少ないジュニア級の重賞レースです。これまでに、のちの名バとなる数々のウマ娘がこのレースを制してきました。あのナリタブライアンの通過点の一つでもあります、ラジオNIKKEI杯京都ジュニアステークス。1番人気はイグゼキュティヴ。先日の札幌記念で2着という結果でした。重賞リベンジを狙います』
『2番人気にはトーセンジョーダン。札幌記念1着のロジユニヴァースにメイクデビューで勝利しています。三冠トレーナー明日原の担当ということも評価を高めているようですね。結果を残せるか』
『3番人気にはアンライバルド。練習タイムでは好成績を残しています。実力では負けていない。パトックでの仕上がりも悪くありません、十分に勝ちを狙えます』
『さあ京都芝2000m右回り、最後にイグゼキュティヴがゲートに入って──スタートしました』
悪くない位置、ただ──ペースが早い!
(やばいかも。あいつ……アンライバルドつったっけ。なんかヤな気配がする)
ウオッカとスカーレット、この二大巨頭にいじめられてきたジョーダンはその気配を散々浴びてきた。足音や息遣い、そしてレースペース。これらから本能的に感じる仕掛けの気配。それを感じ取れるようになった。
『リールブレードを躱した! イグゼキュティヴが飛んでくる! イグゼキュティヴが突っ込んでくるぞ! 残り800mを切りました、トーセンジョーダンは未だ中段にいます! ジャングルストーン先頭のままで第四コーナーを回るぞ!』
(……まだ仕掛けない。焦るな、出るな。出んなよ、まだだって。600mを切る前に仕掛ければスタミナが持たない。だから怖がるな、仕掛けなきゃなんて思うな……!)
それは恐怖との戦いだ。タイミングが命なのだ。アンライバルドもイグゼキュティヴも強敵だ。その強さに焦って、早く仕掛けなければと思うこと──その恐怖心が最大の敵だ。遅すぎてもダメだ。速すぎてもダメだ。コーナーから上がっていけ、ギアを上げていくんだ。
(……見えたかも。7番のヤツ、多分スタミナが切れて下がってくる。イグゼキュティヴが外を回るなら、アンライバルドは内から行くしかない)
──文字に書き出せば、ジョーダンはこんなことを考えていた。ほとんど感覚でそれらを感じ取って、コーナーを加速していく。じわじわと飛び出て、最高のポジションで加速していくんだ。
(なら、大外だ。7番が垂れてくるんなら、アンライバルドは挟まれる。だから残りはイグゼキュティヴだけだ)
極限の集中。思考と感覚の区別もつかない。反射神経が思考をしているようなゾーンの世界。
(あいつを差す)
──それを理解した瞬間、ジョーダンは無意識下で呟いた。
「領域展開──」
──無量空処。
『イグゼキュティヴ躱した! 残り600m! トーセンジョーダンじわじわと上がっている!』
絶好の機会、タイミングを完璧にものにした。いや違うが。何領域展開してんの、と明日原が居ればツッコんでいた。悲しいかなジョーダン、ウオッカのなんか間違った呟きをトリガーとして覚えていたらしかった。
実際ウマ娘の固有スキルは領域展開的なものではあるけど作品が違う。それ呪術廻戦のヤツ──と、誰もツッコまなかった。
『2番手にはファミリズム、外からはトーセンジョーダン! 残り400、アンライバルド伸びてきている、内にはトップクリフォード! 差は3バ身! トーセンジョーダンが来ている! トーセンジョーダンが来ているぞ! 差は1バ身!』
(あたしが誰を相手にしてきたと思ってんの)
『トーセンジョーダン差した! トーセンジョーダン差し切った!』
(あたしが相手にしてきたの、三冠クソ女と現役最強の厨二病なワケ。あんまナメんでくれる?)
薄々思っていたがウオッカは厨二病の気がある。無量空処とか言ってたし、密かに左手で印とか結んだことあるだろ。絶対にマンガの読みすぎだ。スカーレットの方はいつか殺してやるけど、感謝はしないでもない。いつか殺すが。
(ま、強かったよ。あんたら……いや、ガチで)
『トーセンジョーダンゴールイン! 見事に初の重賞を制覇して見せました! ジュニア級の有力株としての実績をまた一つ積み上げましたッ!』
ー ー ー
「ふぅ……って、何を安心してんだオレは! あーもー、明後日はジャパンカップだってのに……」
所変わって、中継を見終えて一息ついたウオッカとトレーナーの加賀。
「いいじゃねえか、お前さんの教え子だ。……つっても、俺の立場からすりゃライバルたちの台頭はどうにも素直に歓迎できねえけどなぁ……」
「なら最初からオレを貸し出すな。今んとこ明日原が得してるだけじゃねえか……。結局オレに何をさせたかったんだよ、加賀」
ウオッカがこの一ヶ月でしたこととは、スカーレットとともにジョーダンを鍛え上げることだけだ。ジョーダンがへばってからは自分のトレーニングに集中したが、かなりの時間を奪われたことになる。
「スカーレットと話をしたろ?」
「……ちゃんとは、してねえ」
ばつが悪そうにウオッカが答えた。
「え? し……してねえの!?」
加賀が飛び上がった。ウソだろ? 信じられなかった。
ウオッカの不調の原因は精神にある。あれだけ1着にこだわっているのだ、スカーレットの存在がその根本にあることなど誰にでもわかる。だから明日原はスカーレットを連れてきたのだ。相当な荒療治になることを分かっていながら。
加賀は、正直スカーレットとウオッカがちゃんと話せばどうにかなると思っていた。だが他のジュニア級の担当にかまけていた結果はどうだ。話してないだと?
「な、なんでだ!? おおおお前たち、いっつもいがみ合ってたじゃねえか! ぶつかり合えよ! 分かり合えよ!」
「……突っかかってこねえんだ。いつもなら……ってか、昔は何もなくても喧嘩してた。けど……オレも、もうスカーレットにムカついたりしないし、あいつもきっとそうなんだ。だから、どう話していいか分かんなくて……」
「思春期か!? おいおいおい明日原くーん!? どーいうことだ、あいつが面倒見てっから任せたのによ! やばいやばいやばいやばいやばいぞ、この調子で勝てるか……!?」
ウオッカとスカーレットのコミュニケーションとは口喧嘩を含む喧嘩だった。荒っぽいコミュニケーションだが、趣味も性格も真反対の二人にはうってつけの会話の仕方だった。しかし二人とも大人になった。
大人になって、お互いを許容できるようになって、理解できるようになった。その結果、話し方が分からなくなったとは随分皮肉なものであった。
「……心配いらねえ。オレは勝つ。絶対に1番になる」
ウオッカにはむしろ以前よりも力が入っているように見えた。加賀はすぐに理解する。
(こいつあれだ。なまじスカーレットと直に会っちまったもんだから、余計に情けねえとこ見せられないって奮い立ってる)
普通ならいい風に働くはずのそれが、今は思いっきり逆効果に働いている。気合が入りすぎてコケるパターンだ。
(……やれることをやろう。んで信じるしかねえ。ウオッカ、お前はスカーレットじゃねえんだ。お前はお前のままでいい──そう伝えられりゃいいんだが、今のこいつにこんなこと言ったって余計に気負わせるだけだ)
加賀はターフを眺めるウオッカを見て思った。
(……だからそれを伝える。お前はお前で、自分の成し遂げてきたことを誇っていいと、最も効果的に伝える。こいつは気持ちがそのまま結果に結びつくタイプだ。ノってるウオッカには誰も勝てねえ。俺はそいつを知ってる)
ジョーダンの挑戦の第二ステップが終わり、そして──運命のジャパンカップが来る。