ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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小話集

(三宅と平田)

 

「おはよう」

 

 新学期初日。並木道にて、三宅の耳にさわやかな声が飛び込んできた。

 

「おはよう平田」

 

 返して、少し口を閉じる。これが綾小路に対してであれば春休み中あまり会わなかったなというような話題を、幸村であれば先日遊んだ際の話をすればいいだろうが、平田となるとどうしゃべるべきか悩む。幸いそこはできる男の代名詞のこと、さらりと平田は告げた。

 

「昨日は鬼島総理のニュースをやっていたね。彼の政策で作られたのがこの高育である以上、身近に感じる人かな。メディアへの露出も多いし」

 

「ああ、60代にして長く総理をやってるってだけですごいよな。ま、日本の首相がコロコロ変わりすぎなだけかもしれないけどさ」

 

 社会のテストの時事問題とか少しは楽でいい、と言うと平田は優しく笑った。

 

 誰にでも分けへだてなく接する彼とは、綾小路グループが結成される前から親しくさせてもらっていたし、お世話になってきた。ただ、あまりに人気者なせいか「みんなの平田」という感じで。

 

 クラス内投票の際、彼の様子に大きな異変があったにもかかわらず声をかけられなかったのはそういう理由だったんだろう。自分程度の仲の深さなのに助けになんてなれるのか、というためらい。

 

「しかし平田がすっかり元気になってくれて良かったぜ」

 

「ごめん、心配をかけてしまったかな」

 

「いや、さ。何て言うか、少しほっとした部分もあってよ。平田の人間らしさを感じたからさ。今までよくやってきてくれたんだ、あんな1度2度の爆発くらいで、平田に迷惑をかけられたなんて思うヤツはいないだろ」

 

「ありがとう……人間らしさ、か」

 

 小さなつぶやき。そこにどんな想いが込められていたのか。三宅には推し測ることが出来なかった。

 

 

 

 ────また同じようなことがあった時、僕は自分がどんな決断をするのか分からなくて怖いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

(三宅と時任)

 

 

 とある休日。三宅は一人ケヤキモールをぶらついていた。いつも綾小路グループとともに腰かける休憩スペースに単独で座るというのは何となく変な感覚だった。いつも部活の三宅のため、毎週金曜彼らは基本待ってくれている。

 

「お……」

 

 体躯のいい凶悪な人相の男が三宅の視界の端を歩いていた。その近くには特徴的な髪色と髪型の少女の姿もある。リボンを使った2つ結びのあれは、ツインテールでいいのだろうか。付き合っている、というわけではないと思うものの、なれなれしい距離感の女子生徒だ。普通の男子相手ならともかくあの宝泉に対してそうしている様子はどこか同級生の2人とだぶついても見えて。

 

 龍園翔と京楽菊理。宝泉にはクラスメイトの長髪がきれいな少女が、龍園にもクラスメイトの伊吹といった女子が近くにいる点も似ているといえば似ている気がする。やはり悪名を二分した2人だからなのだろうか。奇妙な共通点を覚えつつ「しかし、あの宝泉と龍園がここで出会うとはな」と改めてつぶやいていると、後方でガタと立ち上がる音があった。

 

「なあ、少しいいか」

 

 振り返れば、そこにはこれまた不良っぽい見た目の男子生徒がいた。見覚えはあるので同級生なのだろうが、交友範囲の狭い三宅にはパッと名前が出てこない。

 

「Bの時任裕也だ。Dの三宅で合ってるよな」

 

 うなずくと、声は続いた。

 

「それで……龍園について詳しそうだが、昔の知り合いだったりするのか」

 

「ああ。地元が同じだ。知り合いというレベルですらないけどな。俺はそこまでの不良でもなかったし、途中で足を洗ったってのもある」

 

「そうか。いや、実は俺は龍園の弱味を知りたくてよ。あの男がクラスのトップという現状をどうにか覆してえ。だから、昔の話を聞いても良いか」

 

「……事情をしゃべってくれたんだ、協力は出来ないがその理由には賛同する。分かった時任、俺の知ってる範囲で話そう」

 

「ありがとう恩に着る。そうだ、時任は学年に2人いるから裕也でいいぜ。せめてもの礼代わり、つーか」

 

 

 

 

 

(大切なこと)

 

 

 この学校に容姿の良い女子生徒が多いのは、小宮にも分かる。自分が好きになった少女、篠原さつきがその範中にないと評価する人もいることを、小宮は知っている。だが、正直何故かは分からない。だって、理屈ではないのだ。小宮の眼から彼女は誰よりも愛らしくしか映らない。

 

 この学校に入学して、1年C組に入って。小宮がまず感じたのは「やべえとこに来ちまった」といったものだった。クラスは勿論だが、部活も。

 

 須藤健。彼の才能は本物だ。もし須藤が平田のような好青年だったなら、小宮もそうあっさりと認められたと思う。しかし実際の彼は一何と言うか、嫌なヤツだった。

 

 バスケのスキルは折り紙つき。練習もいたって真面目にこなす。ただ部活ではそうでも一普段の態度、印象というものはそう簡単にはぬぐえない。

 

 何でこんなことも出来ねえんだ。そんな言動。自分だけが上手くなればいいというスタンス。

 

 やっかみから来る不満も含まれているのだろう。でも1年の他の部員と須藤との間に、大きな溝があったのは確かだ。

 

 そんな彼が、1年ながら入学早々にレギュラーへと選ばれて。ぶっちゃけムカついた。だから、あの頃須藤を利用した計画が龍園から提案されたのは渡りに船だったのだ。仕立て上げられた暴力事件のことを、小宮は悪いとは思っていない。挑発したのは、無抵抗だったのはこっち側であったとはいえ、あれだけしこたま殴られたのだ。

 

 でも──須藤は、変わった。体育祭の後のことだ。同学年の部員たちの前で、今まで申し訳なかったと、周りをきちんと見れていなかったのを自覚したと謝ったのである。青天の霹靂(へきれき)。あの須藤が、と驚きしか出てこなかった。

 

 それから、さらに。近藤と小宮の側で通りすがりに、須藤は悪かった、と小さくつぶやいたのである。あふれる困惑を飲みこんで、小宮たちは返した。そうしないと、何だか負けになるような気がしたのだ。

 

 こっちこそ、とささやかれた言葉2つに、須藤は小さく破顔した。

 

「体育祭の恨みはまた来年の体育祭で晴らすかんな!」

 

 須藤のチームプレイはその後上達。ますますバスケが上手くなっていた。

 

 しかし小宮は不思議とそれで嫌な気分にはならなかった。自分もレギュラーを目指して練習に励むかと、前向きな気持ち。そして──

 

 ──小宮が篠原を初めて認識したのも、自主練の後のことだった。

 

「そんなお腹空いてるの?」

 

 わりと遅い時間。長く身体を動かしていれば自然と空腹を覚えるもので。その女子生徒からは美味しそうないい匂いがただよっていて、我知らず腹の虫が鳴いてしまったらしい。そこそこ盛大に。

 

 1年Dクラス篠原さつき。そう名乗った彼女は、料理部の活動で作って余ったお菓子を持って帰ろうとしていた途中なのだという。

 

「私は部活のときもう十分食べたし。こんなんで良ければ、あげよっか?」

 

 そんな優しい申し出を、だが小宮は拒絶した。自分は龍園のクラス。散々今まで嫌がらせしてきたDの生徒から施しをもらうのは互いにとって良いことではないはずだ、と。

 

「ま、それもそうかもね。でも私だって普段はあなたたちのクラスとか他クラの子たちと仲良くもしてるし、特別試験とかとは分けて考えるじゃない? 何より、目の前で疲れてお腹鳴らしてる人がいるのにそれを助けない方が気分悪くなるっていうか。親切したらこっちも気持ち良くなるもの」

 

 だから受け取りなさいよ、なんて気の強い彼女らしくやや強引に押しつけられたそのお菓子は、今まで食べたどんな料理より美味しくて。空腹と疲労で糖分を身体が欲していたというのもあるのだろう。しかしそれだけでなく、篠原が作ったから美味しいんだと、小宮はしみいるように感じた。

 

 毎日というわけではないにしろ、その後も篠原とは度々会って。悔しいものの褒めるしかない須藤のプレーや、自分がレギュラー入りを目指し練習してることなど、気づけば色々と話していた。篠原の方も、クラスや部活でのこと(バレー部に転部したらしい)、みかんのゆるキャラが好きという話などをしゃべってくれて。知れば知るほど小宮はひかれていった。どんどん彼女の情報を得て、もっともっと彼女が好きになっていく。クラスの女子からも好かれている、面白く盛り上げ役として人気の彼女は、とても話し上手で。

 

 

「なるほどなるほど。それでそれで?」

 

 自分の恋心を京楽菊理に明かしたのは、クラスは違えど篠原の友人の一人であるからというのもあったが、単純な打算もあった。

 

 万が一この件を龍園に問いつめられても、「ククリには既に話してある」というのは、言い訳に出来る。無論どこまでが許されどこまでは許されないか、その基準は不明で、見極めが肝要。報告するまでもないか、しなければならないか。

 

 その点、小宮は流石に龍園へ恋愛話を振る気にはなれなかった。もしかするとククリが責任を問われ叱られる羽目に陥る可能性もあるが、体育の時間「『東山先生……バスケがしたいです……』って龍園君言ってみない?」とか提案して無駄にアイアンクローされていた彼女なら申し訳ないがへっちゃらだろう。ちなみにあの時は皆笑えば殺されると必死に耐えて大変だったのを小宮はよく記憶している。

 

 ──記憶と言えば。

 

 石崎や近藤など友人にこのことをまだ話していない理由は、夏休みのプールでの件を未だ心のどこかで根に持っているからかもしれない。ボールがぶつかりバナナの皮で滑ったという珍事件を、小宮はうっかり口をすべらせたククリから聞いて思い出したのだが、あの友人2人はそれまでずっと隠し黙っていたのだ。言いづらかった気持ちは分かるし、小宮としても恥ずかしい部分はあるものの、篠原への話のタネになったのは良かったと思っている。

 

 あとは石崎は演技が下手くそだし、そのウソは分かりやすいこともあるのだろう。例えば、冬休みにクリスマスパーティーのことで龍園と殴り合ったというのは、真っ赤なウソであることを石崎との付き合いも長い小宮は確信している。意外にも他へはバレていないようだが、噂が流布された当初小宮は皆すぐ気づいてしまうのではないかと気が気でなかった。関連して、ククリと龍園のペアへの熱意を自分の恋に向けられても正直ウザったくて困りそうということもある。

 

 敵対クラス間の恋愛は容易ではないだろう。特別試験で小宮は必ず龍園の指示に従うし、Dクラスへの嫌がらせを命令されてもそれは変わらない。須藤へも篠原へだって、牙を剥く必要があれば容赦しない。だが、それでも、あまりに都合が良いとは分かっているが、どちらも笑える未来があることを、小宮は願っていたりする。

 

 

 

 

(ククリは会場でサインもらったりしたんだと思います)

 

「そうだ! ねえねえ見て澪、これカズヤのサインなんだけど……」

 

 どうやらおしゃべりに興じているらしく、いかにも女子っぽい声が聞こえてくる。京楽菊理という少女が、神崎隆二はどうも苦手だ。というより、感情に流されやすい女子全般にあまり好感を抱いていない。彼女は典型的にそのタイプだろう。

 

 海外で活躍しているカズヤという日本人サッカー選手。サッカーボールのキーホルダーに記されているサインが視界に入り、神崎のとある記憶が呼び起こされた。

 

 神崎エンジニアは企業としての歴史も浅く、政界との繋がりも薄い。父智弘(ともひろ)はそんな企業の代表だ。息子として自分も、それなりにパーティーへの出席は多かった。

 

 そのうちの1つでちょっとした出来事があったのである。勿論巻き込まれようとして巻き込まれたのではなく、神崎はただ近くに、偶然居合わせてしまった。

 

 カズヤからのサインを貰ったのか貰っていないのか、そんな些細な内容の他愛もない喧嘩。嘘を吐いて責め立てられていた子どもは、しかし救われた。石上京。石上グループ会長、石上五郎の息子にして、紛れもない天才に。

 

 彼は自分には考えの及ばない発想を幾つもしていて、同じ塾に通っていた神崎は近くでそれを見せつけられた。この時もそう。石上は嘘と知りつつ仲間を助けたのである。

 

「もし、藤が神崎くんの友達だったら助けた? それとも同じように見捨てた?」

「……俺は……」

「少なくとも僕は大切な友達が困っていたら助けるよ。どんな手を使ってでもね」

 

 仲間という理由のみで、嘘を非難することもせず守るなんて正義ではない。それなのに石上への返答に窮した自分が嫌になる。だからあの男は、あいつは気にいらない。相手にされてはいないと分かっていても、関わりたくない。

 

 ただ1つだけ石上と神崎の明確な共通点を挙げるならば、父親が同じ人を慕っていて、息子の自分たちもその人を尊敬している点だろう。もっとも、易々と話しかけに行く勇気もなかった神崎と違い、いつ頃からか本当に積極的に声をかけていた石上は心酔というレベルだが。

 

『助ける力を持っていないのなら、逃げることも無視するのもいいだろう。しかし、力を持っていながらそれを使わないのは愚か者のすることだ』

 

 トラブルの一部始終を見ていたその人、綾小路先生の言葉だ。

 

 正直、聞いた時はよく分からなかった。それでも何故か嬉しくなって。その後も何度か直接お会いしたが、初めて対面してこの時だけきちんと話せたからだろうか。ずっと忘れられずにいる。

 

 正解かは不明だが、場を支配する力を持ちなさいと、今ではそんな意味に解釈している。

 

「そういえば一之瀬さんの蹴ったボールがあらぬ方向へ行っちゃってさ──」

 

 自分が場を支配するのは、難しいだろう。しかし、ならばリーダーの一之瀬を支えられればと。困っている者がいれば、少しだが協力することも覚えた。

 

 でも、くすぶる懸念。自分たちのクラスはこのままでいいのか。沈み続ける船に気づかずに航海しているような不安感。BクラスからCクラスに落ちてずいぶんと経つ。

 

 だからといってどうすればいいのか分からないのが、消極的な言動と思想を、浅い交友関係を持っていた自分が、苦手な人付き合いを選んだところで見える限界なのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

(プライズ・サプライズ)

 

「誕生日はサプライズ。サプライズなら黒板消しトラップがいいと思うんだよ!」

 

「はあ……?」

 

 ククリの唐突な発言に金田は首を傾げた。

 

「あれ、知らなかったりする? こう、扉の上の方に黒板消しを挟んで、開けたら頭上に落ちてくるっていう──」

 

「いえ、存じてはいますが。なぜと疑問に思いまして」

 

「龍園君もサプライズに喜んでくれるかなーと」

 

「それで喜ぶ人にはマゾヒズムの気がありますよ……」

 

 龍園はサディスト寄りのはずである。

 

「加えて、教室で堂々とイタズラをすればクラスポイントを引かれるでしょうに」

 

「あー、そいつは失念していたや。そーかそーか」

 

 やや考える素振りを見せてから、ククリはポンと手を叩いた。

 

「じゃあ黒板アートとか」

 

「休み時間や放課後ならいいのではないでしょうか」

 

 美術部の自分にお鉢が回ってくることをうすうす察しつつも、金田はそう無難に回答した。

 

 

 

 

 

(ククリ、「宝石みたいにカワイイ」の真相)

 

 

「うりうり」

 

「にゃー」

 

 撫で回される少女の前には、大量のお菓子が置かれていた。

 

「いやさ、やっぱいやされるわ、ククリとのふれあい」

 

「ふれあい動物園じゃないんですよ……」

 

 対価としてお菓子を、ということらしく菓子を渡しそのまま上級生の女子が去っていく。

 

「うーん、かわいい……かわいい……かわいがられる」

 

 唸るククリに、石崎が話しかけた。

 

「どうかしたのか」

 

「かわいいって言われるのも嬉しいんだけど、欲を言えばもっとこう、宝石みたいに美しい的な評価ならふれあいとかも減るのかなーって」

 

「なるほど! よく分かったぜ!!」

 

 その日からククリの評価に『宝石みたいにカワイイ』というものが追加された。

 

 石崎はよく分かっていなかったのか、途中で伝言ゲームのようにズレてしまったのか。真相は不明である。

 

 

 

 

 

(クロワッサンたい焼きも美味しい)

 

 

「ねえね、たい焼きって頭から食べる? しっぽ、それともお腹?」

 

「特に気にしたことはないが」

 

「むー。ちなみに私はどちらかというと頭派だよ! あんこのあるとこから食べたいからね。中々無いんだよね、しっぽまであんこの詰まってるやつって」

 

「……」

 

「何かなその視線は。こういうことばっか考えてるから肥えったとでも言いたいのかな」

 

「いや……」

 

「む。いっそ断食でもすればやせるのかしら。デトックス的な」

 

 意図的な飢餓。それを訓練したことのない綾小路は、長時間の空腹状態というのを経験したことがない。だが、

 

「つらいんじゃないか」

 

 こういうのは胸からやせると聞く。

 

 山と言うには、何と称すべきか、ロッククライミングにでもなりそうなと思って彼女の体の一部に視線をやると、じとりと見つめられた。

 

「何かすごく失礼で余計なこと考えてた気がするのだけど」

 

「気のせいだ」

 

 綾小路はさらりとウソをついた。

 

「そういえば、この学校にはボルダリングの設備があったりするんだろうか」

 

「話を変えよって。んー、どうだっけか。カピバラ麻呂はやりたいの?」

 

「やった経験はある」

 

 ホワイトルームの中には様々なカリキュラムを行うべく、水泳のための温水プールやボルダリングのためのクライミングジムのような施設等々、専用ルームが存在していた。

 

「え、いいな。じゃあさ、いつか私がやるとき手伝って欲しいかも」

 

「人を助けながら登るというのは初めてのことになるが、まあ頑張ってみる」

 

 

 

 

 

 

 

(歴史と人と)

 

 

「ククリちゃんは完ぺき文系の世界史とか好きなんだよね。なんかさ、歴史って楽しくない? 人間の営みがず〜っと続いてるって感じで。カピバラ麻呂はどう?」

 

「そうだな、正直どちらかといえば不得意な部類だ」

 

「へえ、ちょっと意外。暗記とか得意そうなのに」

 

 ホワイトルームではあまり過去の歴史に強くこだわって教えてはいなかった。そのため綾小路としては得意とは言い難い。まあ常識の範囲内であれば勿論記憶している以上、できないというわけではないのだが。

 

 経験に基づくというのが、綾小路のやり方だ。過去の経験から生かす。そうやってきているのに歴史が不得意な方というのは少し面白い話かも知れない。

 

「ククリこそ、暗記は苦手じゃなかったのか」

 

「うーん、なんかね、ちょっとした単語は覚えづらいけど詳しく調べて深く知っていくとさ、その人の物語を読んでいる感覚で記憶しやすいっていうか」

 

「なるほど。そうやって勉強方法が確立してるのはいいよな」

 

「ですです。ありがとう!」

 

 

 

 

 

(ラブ度チェッカー)

 

 

1

 

2

 

3

 

「石崎君、その棒は何? ミスコンでもするの?」

 

 丸い板に棒がついたそれは、エンタメ的な大会に使われるものにしか見えず。その板の数字、点数なの?とククリは首を傾げた。

 

「いや、これはラブ度チェッカーっつーか」

 

「そんな変な機能があるのそれ!?」

 

「……忘れてくれ」

 

「忘れられるか!」

 

「実はよ、意思の統一って重要だよなって思ってさ」

 

「まあそうだね」

 

 どんなクラスもまとまっている方が強い。ふむふむとククリはあごに手をやる。

 

「で、それが何の関係あるの?」

 

「そう急かすなって。これを使ってさ、お互いの考えてることがどれだけ当たってるかを競うゲームをすりゃいいと思うんだよ」

 

「ふむ。例えば『好きな物』がお題だったら、とか?」

 

「そうそう、そんな感じでさ。ククリならトマト系で高得点出すだろ?」

 

 うん、と彼女はうなずく。

 

「たっつーなら炭酸水、ひよりんなら卵焼き、澪なら苺。まあ好物とかは知ってるか知らないかの話って感じだよね。好きなボムダムとか超難問になりそう」

 

「ああ、だが異性のタイプとかどうよ。どんな具合か興味ねーか?」

 

「ないって言ったらウソになるけど……石崎君はちゃんと答えるのそれ」

 

 え、と石崎が首を傾げる。何を言っているのか分からないと本気できょとんとした顔だった。

 

「俺じゃなくて龍園さんとククリでやるんだよ」

 

「なにゆえ!?」

 

 スキップでもしそうな勢いで龍園のもとへ行く彼の背を、ククリはすごく悲しいものを眺める目で見送った。

 

 ──そして。やはり石崎は殴られた。ちなみに石崎は好きな女が出来たら全力投球するタイプらしい、とどうでも良い情報も手に入ったのだった。

 

 

 

「でもでも、ちょっとくらいやるのもいっかなって」

 

 ぶんぶんとククリが点数付き棒を振る。石崎から借りたらしい。

 

「当の石崎がいねえのにか?」

 

「必要なら呼ぶけど」

 

 龍園の部屋。ククリと2人きりの環境で、しかし甘い雰囲気など微塵もない。

 

 いらねえよ、と龍園は拒絶で手を払う仕草を見せる。

 

「んーと、好きな人のタイプだっけ」

 

「テメエは人を好きになんざなったことないだろ」

 

「うわ、ひどい言い草。つかそれならオメーも同じようなもんじゃんだし!」

 

 ぷんすか、と怒りマークでもついてそうな態度でククリはコミカルに抗議した。

 

「でもたっつーのタイプはわかりやすいかも。あれでしょ、リンリンとかみたいなスレンダーで気の強い美人さん。キャロルも、かな?」

 

 スレンダーというかミニマムだけど、と遠慮なくつぶやきながらククリはどうだと胸を張る。答えるのも面倒とばかりに龍園は一番上にあった0点の札を出した。

 

 

 

0

 

 

「ウソは良くない」

 

 実際のところ、龍園に言わせれば「女は何事も普通に限るんだよ。派手も地味も、デカいも小さいも趣味じゃねえ」とのことなので、ウソではなかった。一応は。

 

「テメエの好みは平凡顔でフレンドリーな男だろ」

 

「え〜、何で?」

 

「『パパ』」

 

「あー、んー、義父は私の好みとは別っていうか。ってかもしやファザコン認定されてたのか私!?」

 

「……くだらねえ作文でも褒め称えてただろ」

 

「ああ。確かにあったね、小学生のとき家族について書く授業。うん、義父のことを記したや。懐かしいな〜」

 

 

 

 

(高いもの)

 

「エマーソン曰く『友人とは天が創りたもうた最高の傑作である』とのことだけど」

 

 ククリが名言を引用するのはいつものことだ。そういえば綾小路の父も時折そうすることがあった。自分のクセというよりは誰かのがうつったような、そんな言い方。綾小路も、口にはせずとも名言を引用することもある。

 

「てことで麻呂君の最高傑作である私が最高のプレゼントをあげよう」

 

「友人って言えばいいだろ」

 

 天の最高傑作ということらしいが。ともかく、上へ手をあげろとの言葉に従う。

 

 すると、ククリの腕に綾小路は抱かれた。ハグ、ではない。抱き上げられたのだ。

 

「たかいたかーい」

 

 細腕ながらしっかりとした安定感で上下に揺らされることに、綾小路は感心した。

 

「『たかいたかい』と最『高』のプレゼントをかけているんだな」

 

「思いのほか冷静な分析!」

 

 

 

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