ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
宝泉和臣にとって、人間とは信用出来ないものだ。男も女も関係ない。一人で生きてきたし、これからもそうあり続けると考えていた。
しかし。そんな考えが脆くも崩れ去ったのは、入学式の日のことだった。
高度育成高等学校。胡散臭い惹句にある意味つられた宝泉がその校舎に入ると、腕章が目に入った。そこには生徒会との文字。優等生ちゃんか、と視界から消そうとして────
息を、呑んだ。雷に打たれたような衝撃だった。目が、逸らせない。
美しい女子生徒だった。絹糸のような長髪。豊かな胸部。整った顔立ち。誰がどう見ても太鼓判を押すであろうくらい女性的な魅力に溢れていた。
自分と同じ新入生に優しく道を教える。そんないい子ちゃんぶった動作すら愛おしかった。
アイドルを推す、という概念があることは宝泉も知っている。たぶん、それと同じ感じなのだろう。彼女──一之瀬帆波は、その日から宝泉の推しとなったのだった。
「南雲生徒会長からの呼び出しだ。代表者1名か2名は今日の昼休みに生徒会へ内密に向かうこと」
お前が行くよな、と問うような視線に宝泉は白い歯を見せる。そんなこと決まりきっていた。
朝のHR後。担任の
「宝泉くん、2名まででしたら私も参加してもよろしいでしょうか」
「……勝手にしろ」
七瀬翼。暴力に屈することはないと公言している彼女は、本当に宝泉にも物怖じしない。
それは、昼休みになっても相変わらずだった。
「行きましょう、宝泉くん」
少し遅れただけで難癖をつける人々が気に入らない宝泉は、行くと決めれば時間を守る。よく驚かれることではあるが。よって素直に七瀬のあとに続いた。
約束の時刻ぴったりに到着した2人は最後のメンバーだったようで、生徒会室には鍵がかけられる。
「ようこそ、
黒髪の女子に話しかけられた宝泉は、眉間に深いシワを刻んだ。この少女は一之瀬帆波の同僚だったか。同じ生徒会役員、同じ学年、違うクラス。それだけで、名前までは覚えていない。
「んなもん見りゃ分かるだろ」
決して、生徒会室に行くのだから一之瀬帆波に会えるかもと思ったのに、違う女子生徒が出てきた八つ当たりではない。違うのだが、眉間のシワは取れそうになかった。
「念のための確認です。それでは、時間になりましたので始めさせていただきたいと思います」
彼女の名前は京楽菊理というらしい。次に南雲や月城の紹介も受ける。生徒会の呼び出しとはいえ立会人として理事長代理が同席するとは、ひどく不思議な場だ。宝泉は警戒心を強めた。
「さて、今年からこの学校はより実力主義にしていく。そのために自由な形を作っていく」
──自由? 実力主義? 笑わせる。
つい先程特別試験の説明を受けたとはいえ、あんなものお行儀のいいお坊ちゃんたちのままごとにしか聞こえなかった。
この学校でDクラスが本当に最下層クラスなのはすぐに分かったこと。例えば、1年生の中で学力B以上の生徒はAクラスに17人、BクラスとCクラスに13人ずつ、Dクラスに11人の合計54人。その他OAAの項目でも数は綺麗に並んでいて、Dクラスには一番上位層が少ない。
だから。他クラスに舐められた扱いをされるくらいならと、宝泉は同じDクラス同士で組むことを決めていた。そのため、50万プライベートポイント以上が支払われなければ2年生とは組むな、なんて無茶な命令も出した。
「手始めに一つ特別試験を実施しようと思ってな。だからこうして1年生の代表者数名を集めたんだ」
「特別試験……ですか。ですが、今も僕たちと2年生の先輩方は参加中のはずでは?」
そんな特別試験以外にも南雲が出すものがあるらしい。少しは面白くなってきた、と宝泉は笑みを深める。
「こっちの期限は2学期が始まるまでと長い。ゆったり取り組めばいいさ。ただ、それでは他の奴らに先を越されるかもしれないがな」
「付け加えますと、こちらの特別試験は参加するもしないも自由になっています。強制ではありません」
強制ではない特別試験。それだけを聞くとゆるく感じるが、ならばこの呼び出しの異質さはなんだというのだ。
わざわざ代表者のみを集める。それも、内密に。さらには理事長代理までいるのだから、ただの特別試験ではないことなど明白。
「内容は単純だ。2年Dクラスの綾小路清隆、この人物を手段は問わず退学させた生徒には2000万プライベートポイントが支払われる」
──面白え。
一月8万プライベートポイント、それが新入生に最初に提示された支給額。その250倍もの、単純計算で約20年分の金が入ってくるのだ。これに参加しないという選択肢など存在しない。
退学、という物騒な響きも好みだった。
「手段を問わずってのは……喧嘩が勃発、なんてのもありかよ」
「ああ。多少の喧嘩は学生にはつきもの、去年のように厳しい審判を下すことはない。約束しよう」
去年のことなど宝泉たちは知ったことではないが、内容は好都合なもの。試験でパートナーを組みわざと0点を取る。そうすれば綾小路の退学は確実だが、こちらも退学になってしまう。ならばどうすればいい?
喧嘩。暴力行為の押し付け。綾小路が暴力を振るったと見せかける。しかし、些細な喧嘩では生徒会は動かないと確約された。では、もっと大きな暴力事件にすればいい。
「それだと龍園君あたりの行動が心配ですが……」
「龍園だと?」
地元で散々耳にした名前に、宝泉は思わず聞き返す。
「ええ、私と同じクラスの龍園翔君が──」
「おいおい、まさかの巡り合わせだぜ。龍園の噂は嫌ってほど聞いてたが、進学先が被るとはな」
綾小路清隆を退学にさせる前に、龍園と遊ぶのもいいかもしれない。あるいは、この退学に龍園の力を利用するのはどうだ? そんな考えを読んだかのように、南雲は釘を刺してきた。
「その話をしたいなら後でククリとやれ、宝泉。そして忠告しておく。この特別試験については他言しないように。公平な形にすべく、八神と宇都宮はクラスメイトから1人選び話しても構わない」
1人で来た八神と宇都宮への配慮。他言した場合のペナルティもなし。やはり甘ちゃんだ、と宝泉は嘲笑う。
「質問はあるか」
「その綾小路という先輩は何か不祥事を起こし、選ばれたということなのですか?」
慣れない敬語を使う宇都宮の疑問は、あっさりと否定された。
「いや、2年の中から完全にランダムに選んだ。ただしこいつはタダモノじゃない。心してかかれよ」
「それでは、この先同じく俺たち1年生からランダムに選出され、先輩たちから退学を狙われる特別試験が実施される可能性もあるのでしょうか」
1年生は皆守るべき仲間とでも思っているのか。こいつも甘ちゃんだ、と石上への評価を書き加える。
「今のところその予定はないな。他に質問は? ……よし、じゃあ最後に俺のポイント数を見せておこう」
南雲の2000万ポイント以上が表示された画面は、新入生たちの心を奪った。そして正当な特別試験だと歓迎する。理事長代理の月城がここまで何も口を挟まずに見守っているのだ。
しかしむしろ彼の意向を受けて南雲が動いた可能性もあるか? ちらと考えた宝泉は、しかしすぐにどうでも良くなった。何にせよ、これが2000万をもらえるボーナスチャンスであることには変わりない。クラス移動すら果たせる大金。
飛び級制度が使えれば一之瀬帆波のクラスへ移動することも出来るのだろうか。流石に無理か、まあ出来たとして……と考えていると、端末が震えた。
『本日午後4時から5時まで、体育館で1年生と2年生の交流会を行う許可をもらいました。時間に余裕のある生徒は是非集まってください』
当の一之瀬帆波からの全体チャット。この画面は後でスクショしておくことが確定した。
『第二体育館です』
忘れていたらしく、文言が追加される。そんなドジっ子な様子も愛おしかった。
「あー…………」
しかしその放課後。いくら一之瀬帆波主催の交流会だからといって、ノコノコ行くことは宝泉にも出来なかった。
Dクラスで遊ぶことは決定事項。綾小路というターゲットもいることだし丁度いい。したがってクラスには交流会へ決して行くなと、放課後はすぐに教室を出ろと命令を下していた。まさか自分が破るわけにもいかず、こうして監視カメラのない特別棟3階にて唸ることしか出来ずにいる。
他にも寮の裏手のゴミ捨て場付近には監視カメラが無い以上、綾小路をハメる場所はそこにしようかと宝泉は考えていた。とはいえ、まだ先のことだ。今の宝泉にとっては彼女の心を現在進行形で傷つけているであろうことの方が重要だった。
「交流会……行けなくて悪い、一之瀬帆波…………」
我知らず漏れた懺悔。
そして、
「一之瀬?」
「帆波?」
するはずのない声が聞こえた。
目撃者は2人の女子生徒。京楽菊理に七瀬翼。
「もしかして宝泉くん、一之瀬先輩のこと好きなんですか?」
「七瀬さんド直球ぅ……!」
──よし、殺そう。
どこまでも澄み切った瞳で宝泉は決意した。
「まあそれは置いといてさ、私、探してたんだよ宝泉君を。特別試験の協力がしたくて」
「パートナー決めの件か?」
少し冷静になった頭で返答すると、ぶんぶん首が横に振られる。
「違う違う。綾小路君退学試験の話だよ〜」
「……生徒会は手を出さないんじゃねえのか」
「君たちと一緒さ。口外してもペナルティはない。口出ししてもお咎め無し。だったらちょっとくらい可愛い後輩の手助けがしたくなったんだよ!」
確かに、1年生が2000万を手に入れたところで、綺麗さっぱり使ってしまうなら大した影響はない。宝泉など、見るからにDクラスからAクラスに上がろうとする生徒だ。だから手助けを、と考えれば納得できないこともない。
しかし──
「胡散臭え」
「うわ、ひっどーい。ええと、じゃあ手助けの内容ね。Aクラスの天沢さんと協力すると良いと思うぞっ☆」
「七瀬」
「はい」
操作した画面がこちらに差し出される。
「学力はA(87)か」
「こういう作戦立案も上手いから、頼ると吉よ」
にぱっとククリは笑みを形作る。
「それじゃあ!」
その後。なんだかんだあって宝泉は天沢と手を組み、そして────
宝泉和臣から見て、いや、他の生徒から見ても同じだろう。八神拓也は1年Bクラスのリーダーであり、ヒョロそうな優男だ。OAAの身体能力もC評価。平均的である。それでも、走ることやスポーツはやや苦手だが武道を習得している、そんなケースも考えられれば、身体能力が高そうにもかかわらず目立った好成績は残さない高円寺のようにあえて手を抜いている可能性もある。宝泉のナイフに迫ったあの身体能力を考えれば、そのどちらかであることは確実。
ともかく、どうであれ誰であれ。自分に喧嘩で勝てる相手などいないことを宝泉は確信している。中学時代世間の評価が自分と変わらなかった龍園には期待こそしているが、それまで。宝泉と龍国は力でクラスを制圧し行動する人間という部分は似ているものの、障害に対して自身が中心となって突破を図る傾向にあるという点で宝泉は龍園と異なる。龍園は、彼から見れば『雑魚を使ってしかのし上がれない男』だ。龍園も並の不良よりはるかに前線に出て戦っていたとはいえ、宝泉はその数倍以上の実績を誇る。
いわば超高校級の喧嘩屋。
そんな自分に、タイマンで挑む同級生がこの学校にいることは予想外で。八神からの呼び出しに応じるべく、宝泉はのっそり歩き出した。
監視カメラのない場所というのも、いくつか存在する。そのうちの1つ、2年の寮の裏手。そこに八神はいた。隣には2年生の女子の姿。
女連れ、と馬鹿にすることはしない。そんなジャブは不要だろう。宝泉も入学当初からクラスメイトの七瀬という少女を連れているが、今日は不要なので情報すら与えていない。
七瀬は宝泉にすら抑圧されない強い我と、高水準のOAAを所有している。学力も身体能力も高く、宝泉とてそこは同様だが、素行といった面は全く別。Dクラスに配属される程度には悪名を轟かせてきた。Cクラス配置の龍園との違いは、常に単独で戦ってきた宝泉の所業は疑いようもなく彼自身のものであるのに対し、手下を使う龍園の場合、裏に彼がいるという点、つまり実際には誰の仕業なのかという特定を困難にさせていたこともあるのだろう。
さて、では宝泉はいいとして。何故、七瀬翼という少女はDクラスなのか。実は元ヤンだが、高校デビューとして品行方正な優等生に変化した。そんな物語かも知れない。しかし──
「いいのかよ。自分の男の無様な姿を見物する羽目になるが」
「うーん、だってそもそも八神君の勝利を確信してるしね。カシオミニを賭けてもいいよ!」
「んな前時代の遺物、やるって言われようが引き取り代金を請求するぜ」
「むー。まあ宝泉君ってこういうの賭けるより胴元やりたがりそうだしね。ギャンブルって基本胴元が1番勝てるように出来てるでしょ」
自分と同じ意見。だが宝泉は鼻で笑った。
「そう言うあんたは搾取される側に見えるぜ。いいカモにされてそうだ」
「お祭りでくじ引き、いつまでも当たりがでなかったんだけどあれって本当に当たり入ってるのかな? いや、でも射的は当てまくってたからカモじゃないし!」
その手の屋台もギャンブルと同じ。宝泉は小さい頃大人に交じり荒稼ぎした経験がある。
さて、ギャンブル。賭け。仮に綾小路退学試験がその範中として。胴元は当然南雲や月城となる。勿論、宝泉たちが負けようとポイントを支払うわけではなく、損は何一つない。しかしこれもまた胴元が勝てるように出来ているのだとすれば。始めから特定の1年に2000万ポイントを渡すための理由付けが、この試験だとすれば。あるいは、他の1年が成功しそうになった場合妨害ないし自己が先に達成させることでその手に渡ることを阻止する者が交じっているとしたら。参加者の中に胴元の手先が入り込んでいるのではないか。
それが七瀬であると宝泉は見当をつけた。Dクラスの中でも担任の司馬と彼女は不自然な動きが多かったのだ。七瀬の監視役が司馬、ということなのかもしれない。
話を七瀬のDクラス配属のことに戻すと、宝泉の考える可能性はこうだ。元々七瀬は綾小路退学試験のために入学した。流石にこれは低い可能性であろうが、他にも月城たち学校側が綾小路退学試験のために能力や性格に問題がないにもかかわらず七瀬をDに入れた。こうなると七瀬がDクラスであれば2000万ポイントがその所属するクラスに渡ろうと影響は少ないと、ナメられていることになるだろう。七瀬の性格に問題があるとすれば、入学当初月城らが彼女に綾小路退学試験への協力を呼びかけ猫を被るよう言い含めた。こんな筋書きだって思い浮かぶ。
ともかく、そんな推測から、七瀬を注視するために宝泉は傍に置いている。予想を違えてようと構わない。元々宝泉は誰のことも信用しない以上、七瀬が何の裏もない一般生徒であれ変わらないのだから。
今日この場に彼女を連れて来なかった理由は単純で、八神との接触を把握させないためだ。1年Bクラスへも暴力による支配の手を広げられるのであれば、それは望ましいことだ。
「さあ、かかってこいよ」
喧嘩において慢心や油断はせず戦闘態勢を保つ宝泉は八神に対しても警戒を解かず、荒々しく笑った。
──痛えな。
空が、青かった。一拍遅れて宝泉は理解する。自分は地に倒れているのだと。喧嘩1つで頂点に君臨してきた宝泉は当然打たれ強い。肉体面でも精神面でも。
利き腕の右腕を用い巨体らしからぬスピードで起き上がった宝泉に対し、追撃は無かった。そんなもの必要ないと言わんばかりに。
宝泉の拳を平然と止める人間など、今まで存在しなかった。一撃受けて心を折るのが8割、1割は平気なフリだけして、残りは1発目は耐えても2,3発目で絶望する。
しかし八神がそんな状態になっているビジョンなど宝泉の目には見えなかった。こんな時でもいつもの優男面を、やわらかい笑顔を変えないさまが薄気味悪くなってきて。そう感じた自らを宝泉は恥じた。
続いて、思考を八神から共にいる少女へと移す。彼が宝石のように大切にしているこの2年女子を攻撃すれば、八神の体勢も崩れるのではないか。
すぐに思いつきを実行し──そして気づく。
少女が狙われようと守る素振りも焦る様子を見せない八神の不気味さに。
そんな隙が見逃されるはずもなく。勢いよく蹴りを食らい宝泉は再び地に伏せた。
「わあ、八神君、すごーい」
「余計な手出しを、申し訳ありません」
「いやそんな戦闘民族でもないし全然いいのだけど。あっそだそだ、宝泉君に、実は聞きたいことがあってさ」
ふわふわと。自分に攻撃しようとしてきた宝泉へ、少女は能天気に笑いかけた。
「君が黒シャツ着てるのって背中が透けたらマズいからだったりする? 極道高校生的な」
──違うに決まってんだろ。
見当違いな問いをする場違いな女生徒に悪態をついて。
宝泉の意識は、暗転した。
評価、ご感想、ここすき、お気に入り、誤字報告等、誠にありがとうございます。