ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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電話

 

 ゴールデンウィークの最中。端末に指を滑らせ11桁の数字を入力。坂柳理事長の番号、学校関係者と連絡を取る時用のものだ。通話ボタンをプッシュすれば、すぐに品のある男性の声が聞こえてきた。

 

『はい、坂柳です』

 

 いくら理事長でも生徒の情報全てを記憶してるなんてことはないだろうし、そうなると私の電話番号なんてわからないはず。ガチャ切りされないためにもここはきっちりかっちり挨拶しとくべきか。

 

「突然のご連絡、失礼いたします。はじめまして、2年生徒会役員の京楽と申します」

 

『京楽……さんか。生徒会の用件でかけてきた、ということかな』

 

 まるで以前も似たようなことがあったかのように落ち着き払った応答だった。キャロルが電話したりしたのかな。

 

 そういえば、港区白金(みなとくしろかね)でも歴史ある大きめの屋敷が坂柳邸だったはずだけど、今はそっちにいるのだろうか。もし私が不合格だったらしゅうげ……ノーアポでお邪魔してみようかってちょっと考えて調べてた時期があったんだよね。学校の敷地を出て15分、バス一本の距離のところだ。

 

「いえ、どちらかというと個人的な話です」

 

『……なら僕個人としては、この電話は早急(さっきゅう)に終わらせるべきだと思うんだけれど、どうだろう?』

 

 正論だ。しかし別にルールで咎められないであろう以上は好き勝手させてもらおう。

 

「月城理事長代理から伺いました。この学校へ合格する仕組みに関して。そして、一つの疑念が頭をもたげました」

 

 こんな探り合いは趣味じゃないので端的に済ませたい。すうと息を吸って、言葉を吐く。

 

「坂柳理事長が綾小路清隆の入学を許可したように。鬼島(きじま)首相のご意向も、生徒の選抜に反映されているのでしょうか」

 

 鬼島内閣総理大臣。市民党の党首であり、看板。高度育成高等学校の存在を目玉とし、他にも数々のクリーンな政策を打ち出す、60代という若さにして在職日数最長記録を塗り替えるであろうと目される傑物。こういう人ほど裏は腹黒いと相場は決まっているものだが、酒や女の噂は皆無。嫌味なほどに清廉潔白な政治家だ。

 

 私の印象としては何となく好きじゃない。たぶんデスゲームやってると期待して高育に入ったのに……という恨みが多分に含まれてると思う。

 

『それは非常に不適切な質問と言わざるを得ないね。僕には答えることが出来ない。君は当校の生徒で、こちらは監督しあくまでルールの中で守るという関係。ましてや僕は不正疑惑によって謹慎中の身だよ』

 

 正解とも不正解とも喋らない、曖昧な回答。しかし明確にわかることもある。

 

 坂柳理事長の声には、驚きがない。私という一生徒が月城理事長代理と喋っていることについて。学校の内情に深く首を突っ込んでることについて。

 

 つまり、この人もある程度私のことを把握しているのだ。憶測で言うと、月城理事長代理みたく父の素性までは知らなそうだけど。

 

 そして、これは断言できる。

 

「坂柳理事長は、京楽という男をご存知ですね」

 

 先ほどの不自然な間。京楽さん、と一息に私を呼べなかったのは、あの男が連想されたからだろう。

 

『……まいったな。君には隠し事が出来そうにないね』

 

 そうなると、疑問が湧く。私のこの学校への入学は、誰が糸を引いたものだ? 志望動機すら京楽に誘導された可能性も残念ながら否定できない。血縁上の父の意図は入り込んでいるのか? 坂柳理事長は中学の事件をどう捉えている? はたまた鬼島総理が黒幕なのか? 

 

 駄目だ、謎が謎を呼ぶ。むむ、頭脳労働は門外漢なんだが。

 

『僕からも聞かせてもらって良いかい?』

 

 話を逸らすような理事長の言葉に、はいと了承を返す。電話を続けるのは、なんだかんだで私を調べる良い機会と考えたのだろう。月城理事長代理の手先と疑われてるのかもしれない。

 

『君は、この学校をどう思っているのかな』

 

「……5月時点での思考でしたら。学年全体の支配が最適解と、結論しました」

 

 Sシステムの説明を受け、まず頭に浮かんだのは学校側が何を目論んでいるかだ。クラス同士で争えと言ってるような制度に従うのは正しいのか。いや、私だったら「え? 別にクラス間で競争しろなんて強制してないし、普通に学年で協力してればみんなAクラスで卒業出来てたよ? 何で戦っちゃうのかな〜、余計なことしてポイント減らさなければ良かったのにな〜」と卒業間際に嘲笑う。まあ他者を蹴落とすことを前提にするなと講釈垂れるのは、教育上間違っていないはずだし。

 

 ただ、今思うと1年間で8億ポイント、ひとクラス2億ずつ貯めるのは流石に無理かなという気はするが、それでも最大多数の最大幸福を考えれば全クラスでポイントを共有するのが一番だろう。クラスポイントもプライベートポイントも取り零さなければ取り零さなかっただけ多くの人がAクラスに上がり特権を享受出来ることになる。

 

 そんな単純なことを何故誰も言い出さないのか。

 

「囚人のジレンマ、と感じました。自分が裏切ったほうが得であるから、協力という選択肢を選べない。自分のクラスがAクラスになると、そこに拘って全体として望ましい結果を無視する」

 

 ある事件の共犯である2人が別々に尋問を受けた。どちらかが自白しどちらかが黙秘すると自白した人は釈放で黙秘の人は懲役10年が科せられ、両者が黙秘すれば2人とも懲役1年、自白であれば懲役5年だとする。両者にとって最も望ましい結果は2人とも懲役1年が科せられること、つまり黙秘を貫くことだが、これには相手を信じる必要がある。片方のみが自白してしまうと、もう片方は懲役10年という重い刑になるのだから。両者にとって最もリスクがないのは、さっさと自白することだ。釈放される可能性があるし、相方に裏切られる恐怖に怯えずに済む。囚人のジレンマをざっと説明するとこんなものだ。

 

 これを打ち砕く方法はシンプルだろう。両者が同種の、最上の恐怖を共有していればいい。例えば銃口が常に向けられている恐ろしさ。もし自白すればどんな手段を使ってでもボスが自分たちを殺しに来る、とか。

 

「恐怖による学年支配。実行するのであれば──脅威として君臨しまとめ上げた後に敵役の仮面をかぶったまま学校を去る自己犠牲の道か、初めは傀儡を立てそれを働かせてから打倒したように見せかけ自らの手で統治する影のナンバー1パターンあたりでしょうか」

 

 前者だったらキャロルや葛城君に退学させられる感じで、後者なら平田君とかバットジャスティスとかを傀儡にする感じかな。短期間で恐怖に染め上げるには暴力が適しているけど、監視カメラや人々の視線がそこらにあるこの学校では証拠を残さないようにするのが難しい。これが外であれば特殊な道具や人員を使えるんだけどなあ。うーん、成功率はよくて50%ってとこか。社会主義的になりすぎると良くないので、頑張ったらお小遣いを的な報酬も出すセンスが問われるな。その点、南雲会長の「優秀な人には2000万ポイントを渡す」って口約束で競争心を煽るのはとっても合理的だと思う。

 

 ただ南雲会長の支配方法もあれはあれでとてもすごいと思うのだが、結構時間がかかってるっぽいし、ヘイトを買いすぎる。一度首をすげ替えておくほうが楽だろう。最初に暴君を経験すると2人目の統治者に求めるハードルも低くなるしね。

 

 キャロルへのクラスメイトからの印象も、この類いだろう。プライベートポイントを搾取したくせにクラスポイントもろくに増やせないという暴君にして暗君・葛城君というイメージが根付いていると、その次のリーダーは彼よりマシと思われるだけでいいことになる。さらに、キャロルがトップをやめてしまえばAクラスは瓦解するという恐怖も、支配体制に絡んできているはずだ。だからこそ彼女はナンバー2のような存在をあえて作っていない。

 

『……僕としては、「国が主導するこの学校が何故総合力の高さで判断していないか」という疑問なんかを想定していたんだけれどな……』

 

「も、もちろんそれも思いました! すごくすごーく疑問でしたよ、はい!!」

 

 苦笑された。いやだって、普通学校をどう思うかって聞かれたらまず統率のやり方を思い浮かべるじゃあないですか!? 

 

 さっきのは机上の空論でして、そもそもリーダーなんてガラじゃないですしと(まく)し立てていると、納得したように合いの手を入れられた。ご理解いただけたと信じよう。

 

『僕らが目指す育成方針も、その効果も。きっとこの先分かってくる。だからその前に、君にはこの学校に愛着を持って欲しいと、そう願っていた。でも杞憂だったみたいだね』

 

「ええ。私、好きです、この学校が」

 

『その言葉を聞けて嬉しく思う』

 

 お人好しな発言。しかしそれだけでないことは、続く台詞から伝わってきた。

 

『ところで、卒業後のことは考えているのかな? ケヤキモールで色々聞き回っていたと以前報告に上がったよ』

 

「まだまだ悩み中です。店員の方々からは様々な体験談を伺えたのですが、どこも魅力的すぎて(かえ)って決めかねることになってしまいました」

 

 多くの人と出来るだけ会話して。全員とまではいかないが、ケヤキモール内で発言力のある方々とは友好関係を築くようにしている。

 

『けれども、君の目的は他にもあったんじゃないかな』

 

「と言いますと?」

 

『君の行動を注視している人もいると、そう告げておきたくてね』

 

 釘を刺されたってことかな。むー、流石は高度育成高等学校を任されている2世、キャロルの父親だ。なんかすごい安楽椅子探偵っぽい名推理ぶりである。

 

「心にしかと留めておきます」

 

 些細ないたずらだが、勘付かれた以上は諦めるか。

 

 本当に大したことじゃない。腕が錆びついても嫌だしちょっと扇動しておくか、というだけのもの。私の退学を契機にケヤキモールの人々が蜂起するよう種をまいていただけだ。結局、クラス内投票では最下位にならなかったし、せっせと根回ししていたのも無駄に終わったけどさ。

 

 こういった閉鎖的な環境下においては、人間心理が麻痺することも多い。高度育成高等学校の教師や生徒と違う、特殊な立場にあるケヤキモールの従業員たち。重い契約によって縛られているであろう彼らの心に深く入り込んでいる、今まで仲良くしていた健気で可愛らしく愛くるしい少女がむごいことに学園を去る事態に陥ってしまったという事実が叩きつけられれば、どうなるか。

 

 罪悪感はあっても、赤の他人のために職を失いたくはないだろうし、下手に国に逆らいたくもないだろう。だが推しのアイドル、身近な家族。そんなレベルにまで存在感を押し上げれば。そして。ダーティハリー症候群然りメサイア・コンプレックス然り、正義の味方や救世主、物語の主人公のようなことをしたいと考える人も少なくない。どう行えばいいかという道筋をそれとなく伝えておき、素封家らしい様子を見聞きさせることで彼らのその後への希望も提示しておく。

 

 あとは集団心理がどう作用するか。分の悪い賭けじゃあないと思うんだよね、やってみないとわからないけどさ。成功率を上げるには依存させるのが手っ取り早いものの、常にメンテナンスが必要でコスパが悪くあんま好きじゃないからこれも未実行。

 

 まあどうせストライキを起こそうが国家権力でそのうちプチッと潰されるに違いないが、ボヤ騒ぎくらいにはなるはずだし、楽しめそうだったのになあ。

 

『ケヤキモールといえば、夏頃に家電量販店の男性店員が一人退職していたな』

 

「あれは綾小路君の仕業かと。証拠はないですけど」

 

 集団心理において異物はすごく邪魔になるので間引きしようと考えてたら、既に消えてたのはいい思い出だ。手間が省けて嬉しかったものの、推定カピバラ麻呂の行動力にはつくづく驚かされるというか。

 

 佐倉さんから私へあの店員の執着の対象を移させるでも良かったけど、それでもあの異様な温度というか湿度というかは周囲と迎合しそうにないし、カピバラ麻呂がやらなければ私が退場させることになっていただろう。

 

『綾小路くんを高く評価しているんだね、君は』

 

「坂柳理事長こそ、ですよ」

 

 なんせカピバラ麻呂を裏口入学させてるんすよね? そういや月城理事長代理がこの件について意味深なことを話してた気がするけど……うーん、あの人は嘘と真実をまぜこぜにして喋ってるだろうから、面倒くさい。坂柳理事長のほうがよっぽど信用できそうだ。娘であるキャロルが完全な善人を否定している以上は、この人もただの善人というわけじゃあないんだろうけどさ。

 

「綾小路君とはお知り合いなんですか?」

 

『さて、どうかな。君は彼のことをどう思う?』

 

 その質問には答える気がないという雰囲気を露骨に伝える口振り。ククリちゃんは偉いのでさっと空気を読んで言葉を返した。

 

「極めて欲望の薄い人、でしょうか。何も無いのが当然であるかのような」

 

 マズローの欲求5段階説*1で言うと、生理的欲求と安全欲求止まりでそれ以上が無い感じ。究極のエコ人間だ。

 

『……君は聡明だね。京楽くんが褒めていたのもよく分かるよ』

 

 お世辞などではなく、本気の褒め言葉。他人をすぐに持ち上げる癖があるとキャロルが評していたが、本当にその通りの人物らしい。

 

「ありがとうございます。ですがご息女に比べれば、全然かと」

 

『有栖は母親似だからね。性格もだけれど』

 

 確かに、理事長の良く言えば物腰柔らかな、悪く言えば御しやすそうな雰囲気はキャロルには皆無だ。ただ、線の細い華奢な体つきというのは2人に共通していたはずだ。

 

 思えば、キャロルを初めて見かけた時に運びやすそうな体躯と感じたのが出会いのきっかけだったか。的として狙いづらく庇いやすい小柄さだとか、不規則な動きは読みづらいなんてこととかも考えた気がする。護衛的な観点で思考してしまうのはやはり庇護欲をそそるその外見からだろうか。

 

 でも、本当にキャロルの動きは予測できないよな。クラス内投票なんてその最たる例だった。まさか、彼女がポイントを貸し付け一之瀬さんを助けるとは。あそこは退学を選ぶべき場面だったと思うのになあ。

 

 宗教というのは、開祖が亡くなっても続くもの、というよりその死後の普及こそ本題と言えるだろう。一之瀬さんに関しても、彼女が学校を去ってもクラスメイトたちがその意思を継ぐことを決意すれば良かった。彼女ならばどうするかと個々人の思索をぶつけ合い、まとめ、一本道にする。そのほうがよっぽど強いクラスになれたというのが私の予想だ。

 

 丁度良く神格化というか高潔なまま綺麗に退場できるチャンスを棒に振ったのは勿体なく感じてしまう。今更詮無きことだし、一之瀬さんの率いるクラスも決して嫌いじゃあないんだけどさ。

 

 うーむ、しかし学年も上がったんだ、そろそろ彼女のことも名前呼びすべきかしら────と、そういえば。

 

「娘さんのこと、名前で呼ばれるんですね」

 

『公私混同に聞こえたかな?』

 

「いえ、話す際ややこしくなってしまいますし……理事長が公平な方というのは承知しておりますので」

 

 娘を贔屓(ひいき)するなら私やカピバラ麻呂も同じクラスに配属させてただろう。いや、でも私がAクラスだったら、葛城君を担ぎ上げてもっと泥沼の抗争にさせていたかもしれないな。ま、そのへんはいいや。

 

「ただ。とても、新鮮な響きに感じまして」

 

 愛娘の名を口にする時の声音の柔らかさといい。一般的な親子関係とはこういうものなのかという学びがあった。

 

 電話口の向こう側で坂柳理事長は何かを考えているのか、沈黙が流れていた。私、そんな考え込ませるようなこと言ったかしら。

 

『──君の名前の変更は、京楽くんの指示によるものなのかな?』

 

「いえ、完全な自己判断です」

 

 あの男は全くもってさっぱり関係がない。

 

「自分の側にいない親がつけた名を、そのまま名乗ることにどうも抵抗感が湧いてしまい」

 

 名前というのは重要だ。どうせなら自ら決めたかった。家裁にまで持ち込む熱意は無かったため、振り仮名を少し変えるだけに終わったけども。

 

『君は……うん、強いんだね』

 

 馬鹿にするような口振りではなく、本心からの台詞。同情、好意、そういった温かい感情が伝わってくる。

 

「強くなど、ありません」

 

 坂柳理事長にとってキャロルがそうであるように。守る者がいるというのは即ち弱さを持つということ。ただただ、それが無いだけだ。

 

「ですが────私にも、少しばかり母の影響があるのかもしれません」

 

 言葉を交わしたことはない。交わすこともない。しかしその遺言は。愛する人に、つまり我が血縁上の父にいつか届けて欲しいと、その願いを私は知っている。知ってしまった。

 

 私を忘れないで、と。

 

 愚かな女の哀れな戯言だとしても。そのくらいの義理は、果たすべきだろう。

 

 

 

*1
マズローの欲求5段階説
自己実現欲求
◢██◣
承認欲求
◢████◣
社会的欲求
◢██████◣
安全欲求
◢████████◣
生理的欲求






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