ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
「うぉ~、陸だぁ」
8時40分。船が着岸作業を始める。今回は前回のようにぐるりと島を一周することは無かった。ただ、私たちには前と違って地図があることを考えればそれは不要か。
スタート地点は全員同じでここD9。ざわざわと皆クラスメイトと合流しタラップに向かう中、5組が退学するのだと思うと怖いものだ。
無人島に降り立つのは1年、2年、3年の順で、A、B、C、Dの順番。
「澪、金田君、頑張ろうね」
「当然」
「はい、ククリさん」
下船順を待つ中、チームメイトの2人に声をかける。
「そういえば3年生の男子の先輩が1人体調崩しちゃったらしいね」
「はい、クラスメイトでなくて幸運だったと言えるでしょう」
「3人グループの1人だったから即日退学じゃないのは良かったのか悪かったのか……」
「リタイアを宣告されれば体調が良くなるまでは医務室か病室。快復後も船内待機だっけ? ダッサ」
「コラコラ、そんなこと言うもんじゃないよ澪。この無人島サバイバルで体調を崩す可能性は誰にでもあるわけだしね」
そうこう話しているうちに、9時になる。最初のアラートが鳴った。タブレットを確認する。
「D7、か」
「ここから北ね」
「でもまだ1年生の下船が終わってないからなあ」
「先頭の1年生たちとは10分以上の差が出来そうですね」
「慌てても得がない、か」
やがて港に降り立った私は──いや、私たち2年生はゆっくりと移動を始める。最初の指定エリアで1位から3位に入る報酬は諦め1年生に譲る形だ。
私はちらりとDクラスのかたまりに目を向けた。カピバラ麻呂は、リンリンと話している様子。同じ1人グループ同士、ということなのか。
ともかく、この試験で私は彼を退学させる。うんうん、ククリちゃん、頑張るぞいっ!
決意を新たに歩くことしばし、気づけば腕時計が小さく音を立てて鳴った。到着ボーナスとして1点が3人分入っている。
「よし、じゃあここからは最初から決めてた通り別行動ってことで」
分かれる、というのも作戦の一つ。個人主義気味な私たちにはぴったりだろう。
分かれた私が向かう先はC6のほう。何となくこっちがいい気がしたためだ。理由はない。
中心部には人も多いんだろうが、こちらには人もほとんどいない。やがて10時となり、地図上に課題が一斉に表示される。
「よし、ここはC6だね」
C6に課題が出現したことだけ確認すると、私はすぐに向かった。直感が囁いてるってことは、こうするのがいいんだろう。
参加受付のところには
「久しぶりだねマイプレシャス、会いたかったよ。この燦々と輝く無人島の中でもひときわ光を放つ相変わらずの天使っぷりだね!」
京楽
「あれ〜もしかして2人って知り合い? ナンパ……じゃないわよねえ」
「違います、親子です一応」
星之宮先生の誤解を訂正する。
「あーそっかー、京楽さん、だもんね。親子といっても不正とかは無しですよ〜?」
「勿論、そんなの無しでも
京楽という名字はなかなかに珍しいとは思うが、私とこの男が脳内で結びつかなかったようだ。さもありなん、全然似ていないもんね。
それからは受付の仕事を2人がするので離れ、20人ほどが集まったくらいで課題が締め切られる。『京楽』が説明するには、私たちがこれから行うのは男女別の握力測定らしい。なるほど、私の勝確である。
適当にやってさらっと1位を獲得。5点ゲットだぜ。
と、暇そうな星之宮先生がカピバラ麻呂に絡んでる姿を目撃。どうやらこの課題に間に合わなかったようだ。
男子の1位は須藤某、2位は
私は星之宮先生たちのもとに近づく。
「やっほー、麻呂君。良かったら一緒に回らない?」
「あら綾小路くん、モテモテね。先生嫉妬しちゃう」
「テーブルが一緒かもわからないのに合流するのは……まあいい。とにかく歩きながら話そう」
星之宮先生にあまり聞かれたくないのと、単純に他の課題を狙いたいのもあるのだろう。ともかく、歩き出すカピバラ麻呂に私は従った。ひらひらと手を振る星之宮先生に応じてから後を追う。
「まず、テーブルが同じだと仮定して話を進めよう」
私としては月城理事長代理がやってくれたおかげでテーブルがカピバラ麻呂と同じなことは知っているが、そこは言わずに素知らぬ顔で頷く。あちらも、その程度は読んでるだろうとはいえ何も追求はしなかった。
「残り1組しか参加できない課題に当たれば、どうする」
「ぜ~んぶ麻呂君の次でいいよ。課題が1枠しか空いてなければ譲るし、着順も麻呂君が先に指定エリアに入ったのを確認してからにする。これならデメリットはないよね?」
「おまえの得点は必然的に少なくなるが」
「大丈夫大丈夫。そのためにグループ組んでるんだし」
カピバラ麻呂はおそらくこう考えているはずだ。私が自分の退学を狙っていることは明白。信用できたもんじゃない。しかし拒んだところで後をついてくることは私の自由、拒否はできない。下手に尾行されたりするほうが、第三者に見られたときに不自然に思われる。強引に
「分かった。ククリが来たいと言うならいいぞ」
「やったね。麻呂君流石、太っ腹!」
その後、新たに出現した課題を2カ所回ったものの定員がすぐにいっぱいに。参加できないまま、午後1時からの2度目の指定エリアB7、3度目の指定エリアD7へ着くもカピバラ麻呂も私も両方到着ボーナスのみに終わる。
「テーブルが同じことはほぼ確信できたな」
「そうだね、これが偶然でなければね」
と、白白しい会話をする私たちは、日陰になるポイントを探す。D7から南東、E7やE8に近づいてきたところでテントを張った。
2日目。午前7時に発表された指定エリアはE8。超近いところでラッキー。午前9時にはE6、午後1時にはF7が指定され、3つともでカピバラ麻呂は1位10点の報酬を獲得していた。周囲に単独で参加できる課題がなかったので、今のところ課題には参加していない私たち。E6エリアに戻って休憩し参加可能な課題を待つことに。
タブレットとにらめっこしていると、1時半を過ぎた頃。新しい課題がばっと出現。
「真下のF8。クイズの課題を狙う」
「了解!」
んー、E5の『リフティング』もあるけど距離と道のりが厳しいからね。避けてくれたのかな、カピバラ麻呂。優しいヤツめっ。ま、報酬はクイズのほうが上だし半々ってとこかな。
「おう綾小路! あと3組までだから登録急げよ!」
須藤某が手招きする。確かに、クイズのところにはそこそこ人数が集まっていた。
カピバラ麻呂と目で頷き合い、駆ける。無事に課題に登録できたものの、クイズのジャンルは非公開。締め切りまでの30分以上か、残り1組が参加するまではドギマギしてなければならない。
「京楽か。昨日の握力1位、見てたぜ。おまえやっぱ力あんだな」
「ククリでいいよー。須藤君も1位だったよね、おめでとう」
「参加は間に合わなかったがオレも見てた。圧倒的だったな」
「おう、サンキュ」
にこにこと健闘を称え合う私たち。うん、平和平和。
「宝泉のときはありがとな、ククリ」
声をひそめて話される。そういえばその後を知らない須藤某からしてみりゃ私は宝泉君からナイフを奪った恩人か。
「いいよいいよ〜。その前に手助け出来なくてごめんね」
「それも作戦ってやつだったんだろ、きっと。やっと頭の良いヤツらが考えていることがちょっとは分かってきたぜ、俺も」
「私はそんな頭よくないけど、そうだね。須藤君はすっごい成長してると思うよ、うん。有望株有望株。山脇君と図書館で言い争ってたときが懐かしいや」
「ちょ、おま、あの頃のことを出すのは無しだって」
あはは、と笑いあう私たち。カピバラ麻呂の表情筋はピクリともしてないけどね。
「にしてもよ、ナイフをバキボキ折るのはありゃどうやったんだ……?」
「手品だよ手品。私、手品得意なんだ〜」
「マジかよ。すげぇな手品!」
「おーい、須藤。ククリの言うことは真に受けないほうがいいぞ」
うるさいゾカピバラ麻呂。
「それで、2人は偶然一緒になったのか?」
「ううん、私が同行させてもらってるんだ。須藤君なら知ってると思うけど、綾小路君ってすごいでしょ? おこぼれに
「なるほどな」
宝泉君を難なく対処したカピバラ麻呂のすごさを知っている須藤某は納得したように頷く。と、ここで最後の1組が来たらしく課題の準備が始まった。
須藤某もグループのメンバーのもとに戻り、参加者12組がタブレットを取り出す。ここに問題が出題されるのだ。
うーん、アニメか。そんなに詳しくないなあ。
えーと、わかんないから適当に2番でいいや。
うん、正解。でもって運ゲーだねこれ。流石にアニメ自体は知ってても指定話のタイトルまではわかんないや。
あ、これは知ってるかも。
そんなこんなで10分20問は過ぎていった。
「やったな
「……おう」
1位だったのは須藤某たちのグループ。正答率はなんと95%。須藤某はともかく、あと2人のグループメンバーがこの手の問題に詳しいっぽいから、それでだろう。1位は8点、羨ましいなあ。
私は正答率50%。勿論入賞は逃した。ちょっとアニメに詳しい程度じゃ解けない問題の数々だ、素直に須藤某たちグループを賞賛するしかない。
ちなみにカピバラ麻呂の正答率は20%。ぷぷ、4択の確率の25%以下じゃん。
「アニメ系、苦手なんだね麻呂君」
「ああ……」
「お、そろそろ午後3時、基本移動発表の時間だね。お次は初のランダム指定、だよね」
タブレットを取り出せば、指定場所はI7。
「おまえもI7か?」
うん、とくるりとタブレットを見せる。
「どうする? 最短距離を行くには山越え、迂回するには遠いよ」
「今回は無理してエリアの得点は狙わずいこう。G8とG9に課題が発生している」
確かに見れば、『数学問題』『英語問題』があった。私は点数を取れなさそうだけど、仕方ない。
「課題を終えたらH9まで歩いてキャンプしよう」
「おい綾小路。今H9でキャンプするって言ったか?」
話を聞けば、須藤某たちの次の指定エリアがH9らしい。よって5時半にG9の浜辺で落ち合い、一緒にキャンプをする約束をした。
歩きながら、先ほどの須藤某グループのことを振り返ってみる。
「ねえね、なんか様子がおかしくなかった?
池寛治、
「ああ。池と本堂は2人とも普段からバカなことをやって悪目立ちするタイプ……お調子者たちとでも言ったほうがいいか。だがクラスのムードメーカー的存在でもある」
そう、2人を評するカピバラ麻呂。ちょっと違うけど石崎君みたいなものだろう。
「そかそか。今のグループ的にはどう?」
「勉強のできるグループじゃない分不安も残るが、須藤は体力があるし池は無人島でのキャンプ生活に適した能力を持ってる。本堂は……そうだな、
大体私の持っている情報と同じだ。付け加えるなら須藤某の運動神経はかなりのものだが、それはさておき。
「
「篠原を取り合う2人の構図、だな」
「小宮君、この試験の最中に告白するって言ってたけど、成功したら池君崩れ落ちるんじゃないかな」
「おまえも知ってたのか、小宮の告白のこと」
「クラスでも聞き役ポジだからね、私は」
小宮君本人から告白について相談を受けている。
「池に余計なことは言わないでくれないか?」
「えーでも、一念発起したほうがいいんじゃないの、逆に」
「どうだろうな」
結論は出ないまま、私たちは課題へと向かい、そして両方で人数超過のため参加不可と言われてしまった。ガガーン。
5時半頃に集まった私たちは、20分ほど歩いてH9の開けた場所へとテントを作り、夕食を済ませた。
夜。出歩くにも危ないし、蚊などの虫がいるので基本テントの中で過ごすことになる。私たちはテントのメッシュ生地を利用してテント越しに会話していた。
「ククリちゃん、彼氏いるんだよなー。くそっ、いなけりゃ俺が立候補してたってのに」
「ありがとう本堂君。でもでも、八神君は素敵な子だから張り合うにはちょっぴり苦労するぞ?」
「その八神ってヤツ、綾小路と一緒に行動してても大丈夫なのか? ほら嫉妬とかさ」
確かに一般的にみれば、浮気とも取れる行動か。私はカピバラ麻呂がたぶん
「懐の深い子だから全然大丈夫だと思うよ。特別試験の戦略って言えばオールオッケーかな」
実際には、カピバラ麻呂退学のための監視だけど。
「ああ、綾小路の実力が……ってヤツ?」
「そうそう。数学の満点以外にも何か秘めてるのか、調査してるのさ」
「で、今のところどうよ?」
「体力があるかな。あとはアニメの問題は苦手とか?」
「確かに綾小路、クイズの成績悪かったよな」
そう笑う須藤某。カピバラ麻呂が完璧超人じゃなくて面白いのかな。
「池と本堂が凄いんだ、あれは」
言い訳のように呟くカピバラ麻呂。その様子がまたおかしくて、笑いが起きるも、池君だけは反応が見られない。
「褒められてるぞ寛治……寛治、おいどうしたんだよ。ずっと元気ねーけどよ」
「お、俺は別に……普通だし」
私はここでぶっこむことにした。
「篠原さんのことでしょ?」
カピバラ麻呂がやったなという顔をする。他の2人ははてなマークだ。
「篠原?」
「篠原さつき、か?」
「池君。自分の口で、言いなよ。たぶん2人はずっと池君のこと心配してくれてたよ」
長い沈黙があった。
やがて、池君は口を開く。
「実は……さ。俺……ずっと前から……し、篠原さつきが、好きなんだっ」
一瞬。須藤某と本堂君は、その言葉を
「け、けどさ寛治。篠原とは仲悪かったよな? ブスブス言ってたし」
気を取り直したように本堂君が問いただす。
「別に、最初から篠原を意識していたわけじゃない。最初は嫌いな女子だった。けど……なんかわかんねーけど、いつからか気になりだしてさ……でも、自分でそれを認めるのが嫌で、多分好きになってないフリしてたんだと思う」
青春だなあ。甘酸っぱい。
「ってか、な、何でククリちゃんは知ってるんだよ!?」
「見てればわかるよ。ねー、綾小路君」
「ああ」
「マジかよ、綾小路まで……え、そんな広まってんのか!?」
「う、うーん。黙秘権を行使します」
女子はね、結構そういうの鋭いんだよ池君。情報網を甘く見ないほうがいいと、これを機に覚えておくといい。
マジかよ〜と顔を覆い隠す池君。メッシュ越しとはいえ相当恥ずかしい様子。
「それで、篠原さんと小宮君のグループが気になってるんだよね。小宮君も篠原さんが好きだから」
「あーもうそこまでお見通しかよっ。はいそうです、今日になっても篠原がどっかいないかめっちゃ探してましたぁ!」
ヤケクソのように言い放つ池君。上の空だったのは篠原さんを探していたからのようだ。
さて、残るは小宮君の告白のことを言うかどうかだけど……カピバラ麻呂のほうを見ればふるふると首を横に振られた。駄目、ということらしい。
「ま、寛治の様子の原因が分かって安心したぜ。でも篠原が好きなら先にさっさと告っちまえばどうだ?」
「須藤君……堀北さんにさっさと告ればって言われたらどうする?」
「すまん寛治、俺が悪かった」
グルっと意見を
「池君は不安なんだよね。篠原さんが小宮君のこと好きになってるかもしれないって」
「ああ……同じグループを組んだくらいだしな。特別視してるっぽいし」
「無人島試験でもグループを組みたかった。でも素直になれなかったんだよね?」
ああ、という肯定。ふむふむ、と私は顎に手をやる。小宮君の恋を応援している私だが、少しくらいこっちも助けてあげてもいいだろう。
「素直になれなかったのは仕方ない。口喧嘩できる仲って、それはそれでいいと思うよ」
「ほ、本当か?」
「うん。でもね、池君に足りなかったのはここぞというときにバシッと決める勇気。今回で言えば無人島試験のチーム分け。ちゃんとふざけずに組みたいんだって真摯に頼み込むべきだった」
「そう……そうだよな」
後悔をぐっと飲み込むように池君が呟く。
「あのね、人は『好き』って態度を取り続けられると相手のことをわりと好きになっちゃうの。その点、池君は小宮君に出遅れてる」
「……まったくだ」
今までの行動を振り返っているのだろう。うんうん、アドバイスはこれくらいでいいかな?
「とりあえずさ、今回は退学のかかった試験なわけだし集中しよっ。須藤君や本堂君も巻き込みかねないし。悩むのは、試験をクリアしてからでも遅くないはず」
実際には小宮君が試験中に告白予定なので遅いのだが、そこは黙っておく。
「……だな。まずはこの特別試験を無事に終えないと、だよな」
私の台詞でご納得いただけたらしい。
「悪かった、健、遼太郎。俺……多分この2日間、自分でも分かってないくらい迷惑かけてたんじゃないか?」
「いや、そんなことは……まあ、ちょっとだけな」
否定しきらない須藤某。ちょっとは迷惑だったようだ。
「俺、正直まだ篠原のこと気になってる。けど……とりあえず特別試験は乗り越えないと意味ないよな。そうしないと、何もかも無駄になるし」
「そう、そうだぜ寛治!」
鼓舞するように叫ぶ本堂君。なるほど、賑やかしってこういうことかと思う姿である。
篠原さんたちが目の前に出てきたらどうするのか。根本的な解決に至ってはいないが、こういう悪友もいいものなんだなと再確認した夜だった。
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