ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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投稿が遅れてしまい申し訳ありません。




豪華客船、サン・ヴィーナス号①

「カピバラ麻呂のばーかばーか。泥棒猫! 漁夫の利!」

 

 可愛らしい罵声は、今度は直接聞こえた。

 

 8月3日。無人島サバイバル試験の終わった次の日にして、8月9日いっぱいまでの1週間は特別試験がないバカンスと告げられている。今日はそんな豪華客船、サン・ヴィーナス号での優雅な休暇の始まり……のはずだった。

 

「今回は漁夫の利でも何でもないだろう」

 

 綾小路がククリに捕まって連れてこられたのは人気のない廊下。

 

 この客船では朝と夜はビュッフェ形式の無料で非常に美味しい食事が用意されている。朝は7時から9時まで3回に分けた入場規制があり、60分以内の利用で好きな時間を携帯端末から予約する形だ。ちなみに利用するかしないかの判断は生徒本人に委ねられている。

 

 綾小路は昨日特別試験を終えてからさっそく予約し、朝の8時からビュッフェに舌鼓を打ったわけだが、その後にこうして捕獲されたわけだ。

 

「漁夫の利だもん。まさか、まさか、まさか────」

 

 たっぷりと溜めを作り、ククリは言い放つ。

 

「怪獣カピバラ麻呂に八神君が懐柔されるなんて」

 

「それダジャレが言いたいだけだろ」

 

 怪獣になどなった記憶のない綾小路の声音は冷たい。

 

「八神君が復讐をやめるって言い出したんだよ!? 麻呂君のおかげでって」

 

「オレへの増悪をククリのしは……愛が溶かしたんだ。感動的な話だな」

 

「1ミリも思ってないでしょその口調! というか支配って言おうとしたでしょ絶対!!」

 

 実際、八神の心を間接的に動かしたのはククリだった。綾小路はただ囁いただけだ。

 

 もちろん、最初は憎悪された。しかし段々と綾小路の話を聞くにつれ八神の態度も軟化していった。大きい要因の一つには、月城よりもたらされた未確認の情報をあえて漏らしたこともあるが、一番はすでにククリに洗脳、調教されていたことだろう。

 

 八神による綾小路への増悪は、ホワイトルームの教官たちが綾小路を褒め称えることによって生まれたものだと推測はついていた。では何故、その憎悪が生まれたのか──それは八神にとって、いや、ホワイトルーム生にとっては教官たちからの評価こそが絶対的な価値観だったからだ。

 

 しかし、八神は変わった。生まれ変わったと言ってもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こうなると話は変わってくる。八神にとって、綾小路への憎悪は添え物。綾小路の退学もククリとの共同作業の一環に過ぎなかった。そして、その程度のことを口一(くちひとつ)でやめさせることも容易だったというわけである。

 

「うがー!」

 

「別にいいんだぞ? 八神がやめようと、おまえがオレの敵のままでいても」

 

 八神を上手く手懐けること。これこそが、綾小路が坂柳と龍園の協力を得られなかった場合にとった作戦の一つでもある。背後の月城が気がかりであったためあまり進んでは採用したくなかったものであるが、月城の退陣がおそらく決まった以上、実行に移したまでだ。

 

「うわーん、麻呂君がいじめる〜!」

 

「というかそもそも同じ学年、違うクラスである以上争うことは避けられないわけだしな。敵と宣言する必要もなかったのでは?」

 

「うわーん、麻呂君が追い打ちをかけてくる〜!」

 

 泣き真似をするククリはプルプルと首を振ると、途端にキリッとビシッと口を開いた。

 

「もー、仕方ないな〜。麻呂君を退学させるのは無しにしてあ・げ・る☆」

 

「ありがたくて涙が出そうだ」

 

「ふっふーん。いいんだよもっと褒めてくれても」

 

「ああ。不純異性交遊でリタイアになったとバラされたら生徒会長選挙に響くからと泣く泣くオレの退学を諦めたククリをもっと褒めてやらないとな」

 

「おうふっ」

 

 不純異性交遊のペナルティの対象や詳細は発表されない。しかしながら今日になって、罰則が科されたメールが届いた。無人島サバイバル試験の最中であったことや、学年すら明かされなかったのは月城の置き土産というやつだろう。綾小路の退学のために働いた2人のためにと考えれば、そうおかしい話ではない。

 

 そもそも、月城は綾小路以外には生徒想いな一面も見せている。例えば南雲のリタイアだってそうだ。適当な理由をつけて退学にするか、そうでなくとも放置してもよかったものを、わざわざ医務室へ運び(おそらくは月城の息のかかっている)医療スタッフに看せたのは万が一の後遺症を心配してのことと思われる。

 

「お?」

 

 ピロン、と電子音が鳴りメールが届いた。

 

「今日から2日間だけ船内のフィットネスジム傍の休憩スペースで、無人島特別試験の詳細結果が公表されるだって。どうせならお知らせだけじゃなくて携帯端末に一覧を送ってくれればいいのにね」

 

「試験の結果を生徒たちに持ち帰らせて長時間分析されることを望んでいないんじゃないか? 今回は裏で月城が暗躍していたことだしな」

 

「カピバラ麻呂退学のために、ね。そうか、余計な証拠を残さないためか」

 

 今から見に行く?との提案に綾小路は首を横に振った。大混雑が予想されるためだ。

 

「1位から3位と、下位5グループは昨日発表されたしな」

 

「そうそ、1位がロック単独ってすごいね。おめでとう!」

 

「ありがとう」

 

 無人島試験の1位は高円寺が一人で獲得し、クラスポイント300、プライベートポイント100万、プロテクトポイントを1つを入手した。

 

「しっかしあのロックが素直に特別試験に参加するとは……」

 

 特別試験の前、高円寺は堀北と交渉をしていた。それは1位を取れば卒業までの完全な自由を約束するというもの。そして、達成された以上堀北はその誓いを守らなくてはならない。

 

「南雲会長は2位で残念だったけどね。キャロルたちも3位! すごいなあ」

 

 増員カードと試練カードを手にしていた坂柳たちが3位となり、2年生にクラスポイントが多く流れる結果となった。坂柳たちは一之瀬クラスと協力関係にあったためクラスポイントは等分だが、それでも多いものだろう。逆にククリたち龍園クラスはクラスポイントを1ポイントも手に出来ないリザルトだった。

 

「8月のクラスポイントは、無人島試験の結果も反映されてこんな感じだね」

 

 と、携帯端末の画面を見せるククリ。

 

 

 

 

第二学年クラスポイント一覧

 Aクラス 1420ポイント

 Bクラス 1072ポイント

 Cクラス 0620ポイント

 Dクラス 0556ポイント

 

 

 

 

「坂柳たち率いるAクラスは相変わらず盤石、か」

 

「うちのBクラスも離されちゃってるね。でもでも、麻呂君たちDクラスは帆波ちゃんたちCクラスに肉薄してるじゃん!」

 

「高円寺一人の力だ。あまり喜べないな」

 

 事実、今後高円寺は一切の協力を断つどころか彼が退学しないために堀北が手を尽くすことになっている。問題は山積みだ。

 

「はっ。わかっちゃったかも。ロックが一人で頑張った理由!」

 

 ククリは妙に鋭い時がある。今回もそれかと思う綾小路に、彼女は気の抜ける声で言った。

 

「恋だよ恋!! 1位をとったら告白するんだという想いを秘めて、ロックは無人島を駆けたんだよきっと〜」

 

「どこから出てきたんだその発想」

 

「どうせすぐ知ることになるだろうから言っちゃうけどね、篠原さん、小宮君を振って池君と付き合い始めたの」

 

 無人島で男2人は篠原に告白していた。その返事がどうやら、すでになされていたらしい。

 

「そうか、池と篠原が」

 

 うん、と頷くククリ。

 

「関係性の変化というのは、どこにでもあるものだな」

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 一方その頃。高度育成高等学校の生徒たちはある噂で盛り上がっていた。15名が退学した3年生はともかく、特に1,2年生たちは心に余裕があったのである。

 

「なあ、八神。ちょっとええか?」

 

「大丈夫だよ波田野くん」

 

 同じ生徒会メンバーである波田野の呼びかけに笑顔で応える。

 

 八神は突き刺さる視線の数々を察知していた。それが、良くも悪くもないものであることも分かっていた。

 

「ほな聞くけど、ククリ先輩と別れたってほんまか?」

 

「うん、本当です」

 

 周囲の目がさらに集まってきている。どうやら皆この話題に興味津々らしい。

 

「なら龍園先輩にリタイアさせられたってのも?」

 

「それも本当だよ」

 

 事実、事実と来ているので肯定もスムーズだ。しかしこの先はどうすればいいのか、八神は少々途方に暮れていた。というのも予想される質問は────

 

「ほな、ククリ先輩を人質にされてリタイアさせられたってのも?」

 

「そうだね」

 

 不純異性交遊によるリタイアだと全校生徒に知られてしまうと、ククリが生徒会長となる選挙で不利になってしまう。そう思っての肯定。

 

 おそらく波田野の頭の中ではハリウッドばりにヒロインとヒーローを演じるククリと八神の姿が映し出されているのだろう。彼にしては難しい顔だった。

 

「『ククク、ククリを傷つけたくなきゃおまえは自分からリタイアしろ』……こんな感じか」

 

「まあ、そんな感じだったよ」

 

 意外とモノマネの上手い波田野に驚きつつまたも首肯する八神。

 

「ならさ、ククリ先輩はどうしてリタイアしたんや?」

 

 来た問いに、八神は用意していた答えをぶつける。

 

「龍園先輩の横暴に対抗するため、だったらしいね」

 

「なるほどな、自分はあんたん思い通りにはならへんっちゅうわけか」

 

 波田野やこの会話を聞いている周囲の脳内では昼ドラの光景が作り出されていることだろう。ククリに恋をする龍園。八神が気に入らなくて嫌がらせをするも、ククリ本人には拒絶される。そんな、三文芝居。

 

 面白いのは龍園側も風評被害を否定できないところだ。クラスメイトが生徒会長に就任するというのは莫大な利益を生む。故に、龍園側もまた不純異性交遊によるリタイアとバラすことはできず、噂をそのままにすることしかできない。

 

「ほなら何で2人は別れたん?」

 

「ククリ先輩を守ると誓ったのに、守れなかった自分を恥じてね……僕のほうから、お願いしたよ」

 

 そういうことになっている。八神が少し悲しげに微笑むと、周りの女性陣から熱視線の集中砲火があった。

 

「言いづらいこと聞いてごめん。ほな、南雲生徒会長が不純異性交遊でリタイアしたってのもほんまかな?」

 

「それは……僕にも分からないかな」

 

「せやけど、コケて腹打ってリタイアっちゅうんやで。嘘くさくあらへん?」

 

 南雲も、綾小路との約束を忠実に守りあの場での話は一切出していない。それ故の嘘。

 

「でも医務室には行っていたって言うしさ」

 

「リタイア者全員、とりあえず一旦医務室行きやろ?」

 

 ちなみに医務室は今も24時間受け付けている。生徒は夜10時以降は自室から外出できないが、夜間の急な体調不良など特別な事情があればその限りでなく、この場合医務室を利用することになるわけだ。

 

「そうだけど。でも、無人島特別試験が終わってから羽目を外したカップルがいた可能性もあるしね」

 

「それもそうか。無人島試験でカップル成立したところもあるらしいしな」

 

 こうして、不純異性交遊した人のことはうやむやになる。八神は心の内でほっと息を吐いた。






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