ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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豪華客船、サン・ヴィーナス号②

 南雲雅は『持っている』。高い地位も能力も。勝利の星も。何不自由ない人生も。

 

 はじめは、勝った時の嬉しさというものがあった。特別感と言えば良いのか。徒競走で一番になったとき。テストで1位を取ったとき。しかし、それも次第に薄れていった。

 

 人気は才能だと南雲は思う。気づけば何においても一番だった。特に努力をしたこともない。ただいつも勝手に転がりこんでくるのだ。それなら、自分が一番であり人気者であり続ければいいと考えていた。

 

 だが。抑えきれない強烈な違和感。

 

 堀北学は? 彼の実力を、南雲はおそらく誰よりも認めている。

 

 では、自分の実力は彼と同じく本物なのか? 

 

 堀北学を負かせられれば、この違和感は解消されると思っていた。しかし彼はもう卒業した。

 

 ならば、あとは────そう思って堀北学のお気に入りだった綾小路清隆にちょっかいを出したのだ。そして痛いしっぺ返しを食らった。

 

 1年Dクラス担任、司馬(しば)克典(かつのり)。おそらく戦闘のプロであろう彼から、腹部に強烈な殴打をもらった。気絶した南雲は気づけば客船の医務室に。リタイアさせられたらしい。

 

 そんな南雲は、気づいたのだった。

 

 ──俺は、裸の王様だ。

 

 ただ単に好敵手に恵まれなかったが故の。ただ単に、その道のプロが近くにいなかったが故の。

 

 だってそうだろう。横目で見た綾小路清隆や天沢一夏は、月城常成(ときなり)や京楽伏厨を相手に戦えていた。ところが、南雲は手も足も出なかったのだ。おそらくあの場で一番格下であろう司馬相手に。

 

 綾小路や天沢も戦闘はプロ並とみて間違いない。南雲が闘おうとしてもひとたまりもないだろう。そのことが、あの戦場でよく分かった。分かってしまった。

 

 そもそもが司馬にこてんぱんにされているのだ。南雲雅は『持っていない』。そのことが証明されてしまった。

 

 1位でない自分になど価値はあるのか。

 

 ────あなただったら。どう、しますか。堀北先輩っ……! 

 

 問いに。答えは、ない。

 

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 

 

「ブラッカーズにしようぜ!」

 

 8月5日。クルーズ3日目にして、南雲会長は何か変なことを言い出した。

 

 ここは豪華客船内にある臨時の生徒会室。私たち生徒会役員が仕事をする場である。今回はホワイトルームの話を南雲会長にするために使われているんだけど……「どうせなら関係者一同を集めろ」との彼の命令により、カピバラ麻呂、南雲会長という当事者2人とキャロル、天沢さんに八神くんと私もいるというわけだ。

 

「なんです、そのどこぞのチョコレートバー(スニッカーズ)みたいな名前は」

 

「よくぞ聞いてくれたククリ」

 

 意気揚々と南雲会長は口を開く。

 

「『綾小路をホワイトルームから守る会』の通称だ。ホワイトの反対のブラック。シンプルだがいい名前だろ?」

 

「麻呂君を守る? とても南雲会長の発言とは思えないですね。豆腐の角に頭でもぶつけました?」

 

「そんなところだ」

 

 やけにしおらしく認める南雲会長。司馬先生に倒されたのが尾を引いているんだろうか。

 

「しかしククリ、おまえにブラッカーズの資格はあるのか? 綾小路を退学にさせるため動いたって話じゃないか」

 

「いりませんよその資格……」

 

 カピバラ麻呂は丁寧に私が彼を退学させようとして失敗したことも語ってくれた。おかげでブラッカーズに入れないっぽい私。別にいいのだけれど。

 

 と、ここで八神君が口を挟んだ。

 

「失礼ですが、ククリ先輩は誰よりもブラッカーズの資格がありますよ。だって……ともかく、僕もククリ先輩ももう綾小路先輩を退学にさせることは諦めています」

 

「そうだな八神。おまえも綾小路を退学させるため動いていた。ブラッカーズの資格は怪しい」

 

「南雲生徒会長」

 

 今度はキャロルが話を遮る。

 

「そんなに目くじらを立てずともいいではありませんか。南雲生徒会長だって、綾小路くんの退学試験を主催した身でしょう? 月城理事長代理の代わりで、途中で中止になったとはいえ」

 

 その言葉に、南雲会長は頷く。

 

「ああ、確かに今の意志が大切だ。おい八神、ククリ。これから綾小路をホワイトルームから守っていく気概はあるか?」

 

「はい、あります」

「ありまーす」

 

 八神君が何故ここまで方針転換したかはわからないが、本当にカピバラ麻呂を守る気がありそうだった。一方ノリで返事する私。まあね、カピバラ麻呂退学をやめるのも気分が乗らなくなったってのも大きいからね。仕方ない。

 

「坂柳、天沢。おまえらはどうだ」

 

「勿論、綾小路くんをホワイトルームから守ることは私の責務です」

「先輩を守るっていい響きだね。好きかも」

 

「よし、決まりだな。ブラッカーズ、結成だ!」

 

 ぴしりとポーズを決める南雲会長。しかし。

 

「あの、南雲生徒会長。オレの意見は?」

 

「おまえは勝手に守られてりゃいいんだよ。ノリ(わり)ぃな」

 

 カピバラ麻呂本人の意見はガン無視である。ひどい。

 

「あの、南雲生徒会長。オレを守っていただけるのはありがたいんですけど、そこに至った理由くらいはご説明願えないでしょうか」

 

「そうだな」

 

 コホン、と南雲会長は喉の調子を整える。

 

「裸の王様だったことに気づいた俺は服を着る方法を考えた。それで、思いついたのが初心にかえることだ。つまり、1位を取った達成感や特別感。それらを擬似的に得ること」

 

 南雲会長はカピバラ麻呂、八神君、天沢さんへ順番に目を向けた。

 

「ホワイトルーム生ってのはかなり特別な存在だろ? おまえらを守る立場につけば特別感を得られる気がした。そんな、単純な理由さ」

 

 一応カピバラ麻呂だけを名前に出したが、ブラッカーズの活動内容的には八神君と天沢さんもホワイトルームから守る気のようだ。

 

「単純な理由でも大切なことですよ。ありがとうございます南雲会長、内心を吐露してくださって」

 

 そんな私の言葉に南雲会長は今になって恥ずかしくなったのか耳まで顔を赤くして軽く背けた。くぅ、芸能人級の美少年がやると絵になるな。

 

「ありがとうございます南雲生徒会長。どんな理由であれ守ってくれると言っていただけるのはありがたいです」

 

 そう、カピバラ麻呂の追撃に南雲会長はますます顔を真っ赤っ赤にする。そして話を変えた。

 

「あー、だが不純異性交遊をしたのは八神とククリだったんだな。俺って噂になってるけどさ」

 

 南雲会長がハメられた、という噂もあった。実際ハメられたのは私と八神君なんだけどね。

 

「たっつーとキャロルには一本取られたなあ。ね、八神君」

 

「はい」

 

 褒めたのにキャロルはムーっとした不機嫌そうな顔つきだった。何故に。

 

「その件ですが、綾小路くん」

 

 まさしく鈴を転がすような声で、キャロルはカピバラ麻呂に語りかける。

 

「私は本来昨年度の学年末試験で負けていた。そして、今回龍園くんたちを動かすことで彼らを順位争いから脱落させることが出来た。……でも、それだけでは私の働きに見合わないと思いませんか?」

 

「思う思う〜」

 

「確かにな」

 

 茶々を入れる私と南雲会長。カピバラ麻呂はこの後の展開を予想したのか渋い顔だ。

 

「ですから、どうでしょう。今回のことは『貸し』にしておくというのは」

 

「さんせ〜さんせ〜」

 

「そうだな、借りとけよ綾小路」

 

 再び茶々を入れる私と南雲会長に、カピバラ麻呂が問う。

 

「ブラッカーズはオレを守るんじゃなかったんでしたっけ……?」

 

「勘違いするなよ綾小路。あくまでもホワイトルームから守るだけだ。それ以外のところは関知しない」

 

 あ、今のセリフちょっとツンデレっぽかった。「勘違いしないでよねっ」みたいな。内容は全然ツンデレでも何でもないけど。

 

「分かった。『借り』ておく、坂柳」

 

「ありがとうございます」

 

 毎度あり〜と言うように、キャロルは妖艶に微笑んだ。

 






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