ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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お待たせして申し訳ありません。




豪華客船、サン・ヴィーナス号③

「ここにいたのか綾小路」

 

 8月6日。バカンスの4日目、綾小路はというと有料のプライベートプールを利用した後、無料のプールのほうへ来ていた。プライベートプールでは綾小路グループの面々──長谷部(はせべ)波瑠加(はるか)幸村(ゆきむら)輝彦(てるひこ)啓誠(けいせい))、三宅(みやけ)明人(あきと)佐倉(さくら)愛里(あいり)──の4人と遊んだのだが、今度は事情が異なる。

 

「お待たせしました、桐山副会長」

 

 律儀な印象の強い桐山は、約束よりもかなり早い時間に到着していたようだ。こういうところでも人柄は出るものだろう。

 

 辺りには人、人、人の群れ。プールサイドは特に人気で、多くの生徒がいた。だが、逆に言えばそれは人の迷彩に紛れられるということでもある。こちらの会話になど気を払う人物はいないだろう。無論、長時間の滞在となってくると話は別だが、そこまで綾小路は長居する気も無かった。

 

「1フロア上のデッキへ移動するか? どちらでも構わないが……」

 

 プールが見下ろせるデッキには日光浴や昼寝休憩をする生徒も多く、比較的静かな場所だ。

 

「いえ、ここで構いません」

 

 ちらっと見た限りではデッキに3年生の姿は無く、人払いを済ませたことが伺える。そして、目立つプールサイドで桐山が堂々と接触してきたこと。これらを合わせれば、簡単な答えが導き出せる。桐山は南雲の下についている。無人島試験で判明していたことだが、綾小路は改めて実感した。

 

 3年生を人払いすることなど南雲の協力あるいはその権威の近くにいなければ不可能なことであるし、秘密裏に行われていた『南雲降ろし』の実行者たちはその素性をできる限り悟らせないようにしなければならなかったはずだ。

 

「桐山副会長は南雲の支配下にあるんですね」

 

「────そうか、おまえはあの堀北先輩に認められた人間だったな」

 

 綾小路の確信に満ちた表情に、桐山も観念したらしく語り始める。

 

「俺が南雲を倒そうと思っていたのは事実だ。倒さなければ俺たちのクラスがAクラスに再浮上することは不可能だからな。だが、その気概も2年の中盤には徐々に薄れていった」

 

 桐山と初めて会った時から綾小路は疑問に思っていた。当初は南雲を倒すために動いていた桐山が、どの段階から戦うことを放棄したのか。その答えが、今得られる。

 

「俺たち3年は、早い段階から個人戦に移行した。クラスポイントのことや学校のルールなど二の次で、南雲の提唱する独自ルールに則り勝負を始めた」

 

「南雲の異様なまでの独走の背景はそれですか」

 

「ああ。何とか打開しようともがいていたが、3年になってすぐ俺もその波に()まれた」

 

 つまり、と話の続きを促す綾小路。

 

「Aクラスで卒業するための切符を南雲から手渡され、あの男の作り上げるルールに従うことにした」

 

「その切符、2000万ポイントは直接手にしているのですか?」

 

「そうであれば、どれほどよかったか」

 

「なるほど」

 

 クラス確定の前日までは、あくまでいつでも反故(ほご)にできる口約束。大方そんな感じなのだろう。

 

「そしてその切符がおまえを呼び出したわけに関係してくる。俺は、俺たちに残された(わず)かな学校生活、1枚でも多くの切符を得るために競い戦いたい」

 

「ご立派ですね」

 

「皮肉か? いや、いい。ともかく、そこでおまえが邪魔をしているんじゃないかと疑っているんだ」

 

 疑い、と言ったがほとんど確証を得ているような口ぶりだった。

 

「無人島試験最終日、南雲におまえが何かをした。だからあいつがリタイアとなったのではないかと俺は考えている」

 

「南雲は誰かが計画した不純異性交遊という罠に陥れられてリタイアした、というのが大抵の人の見解のようですが。それか、本人の言った通り転んだという線もありますよ」

 

「転んだ程度で南雲がリタイア? あり得ないな。そして、そんな罠を仕掛けた人物がいるのなら南雲が退学にしないわけがない。今のところ退学となったのは先の特別試験で下位になった3年Dクラス武藤(むとう)、3年Dクラス川上(かわかみ)、3年Cクラス勝俣(かつまた)、3年Cクラス東雲(しののめ)、3年Bクラス三木谷(みきたに)ら5グループ、合計15名のみだ」

 

「分かりませんよ。例えば、朝比奈先輩でしたら南雲も退学には出来ないんじゃないでしょうか」

 

 可能性の提示に、桐山は少し考える素振りを見せる。しかしすぐに首を振った。

 

「朝比奈が裏切る理由がない」

 

「男女関係のもつれなんていうのはときに理解不可能なものですよ」

 

「朝比奈に直接確認してもいいんだぞ」

 

「出来ますか? 桐山副会長に」

 

 そんなデリカシーも計画性もない質問が、と続ければ桐山はグッと唸った。

 

 ──まあ、イジメるのもこのくらいにしておこう。

 

 綾小路が口を開く。

 

「ともかく、南雲のリタイアの理由なんて本人に聞いてくださいよ」

 

「当人は口を割らなかった。だからおまえに聞いたんだ。…………昨日より3年生全員から監視を受ける羽目になった、おまえにな」

 

「少し待ってください」

 

 綾小路はチャットの画面を開き、操作する。宛先はもちろん南雲だ(昨日ブラッカーズ全員の連絡先は無理やり交換させられた)。

 

.

監視をすぐに解いてほしいんですが

 

 既読は瞬く間につき、返信が寄せられる。

 

 

 綾小路は首を捻った。

 

「桐山副会長、『り』ってどういう意味か分かります?」

 

「チャットか? ならば『了解』という意味だ。ただ単に短縮してその言い方になっただけだな。有名な若者言葉だが、知らないのか綾小路」

 

 その追求がされるより前に、桐山のもとにも連絡が届いたらしい。

 

「……おまえの監視を止めるようにとの南雲からの通達だ。一体これはどういうことなんだ?」

 

「いつもの南雲の気まぐれでしょう。たまたまオレが対象になっただけのこと。それだけですよ」

 

 綾小路も監視の視線には気づいていたものの、フィットネスジムでトレーニングしたりプライベートプールで遊んだりですっかり忘れていた。南雲からすれば綾小路に月城たちが手出ししないように見張っているとのことだろうが、気持ちだけもらうことに決めた。

 

「まさか、おまえが南雲をコントロールしているとでもいうのか?」

 

「それは違います。そんなことが出来るんだったらまず桐山副会長に悟らせるような真似はしませんよ」

 

 ただ一つ、言えるとすれば。

 

「南雲はこれから大人しくなります。桐山副会長も心配は無用ですよ」

 

 それだけ告げると、綾小路はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 同日、同時刻。人気の少ない廊下にて、ククリ、葛城、時任(ときとう)裕也(ひろや)岡部(おかべ)ふゆの4人が集まっていた。仲良しこよし、といった雰囲気ではない。いかにも険悪な空気である。こうなるといつも通りぽやぽやしているククリが唯一の清涼剤と言えるかもしれない。

 

「葛城、おまえ本当に龍園なんかについてるのか?」

 

「平行線だな。多少言葉尻は変わっているがこれで三度目だ、その質問は」

 

「えー、そんな聞いてたんだ時任君」

 

 ククリは流石しつこいと評判の、と思いながらたっつー2号……もとい時任裕也を見つめる。いかにもな不良生徒であり、キレるとおっかないという話で反骨精神溢れる勝気で言葉遣いも荒く執念深い彼をククリはたまにそう心の中で呼称していた。龍園を嫌う彼からしてみればたまったものではないだろうが、内心にとどめておけば大丈夫〜というのが彼女の言い分である。

 

「でも確かに葛城君は龍園君と無人島試験でもコンビ組んでいたし、仲間になってくれた感はあるよね」

 

「そこが問題だ。なあ葛城、あいつの犬になって何でもかんでも命令聞くのかよ」

 

「犬になった覚えもなければ、命令を聞いているつもりもないな」

 

「いや、クラスのリーダーの命令を聞くのはある程度当然じゃないかなお二人さんよ」

 

 たまらずといった感じでククリが口を挟むと、時任はけっとそっぽを向き葛城はそれもそうかと軽く頷いた。

 

「そのクラスのリーダーってのが気に食わねぇんだよ。3位にもなれなかったくせにな」

 

「それを言ったら堀北さんだってクラスのリーダーだけど入賞してないじゃん?」

 

 龍園たちが点数を落としたのは自分を陥れるため動いていたせいもあると知っているククリは話題を逸らそうとする。

 

「あのクラスは高円寺が1位を取っただろ」

 

「うーん、でもたぶん、大きい代償を支払ってると思うよ。あのロック、高円寺君がただクラスに貢献するわけないから」

 

「親しいのか?」

 

 葛城の問いに、ククリは首を横に振る。

 

「うんにゃ、冷静な分析だよ。それでそれで、時任君は無人島試験の責任を取ってほしいってわけ?」

 

「それもあるが、京楽、おまえを呼んだのには理由がある」

 

 真剣な表情で時任はククリに向き直った。

 

「1年前も言ったがリーダーになってくれ。それを葛城が副リーダーとして支える。悪い話じゃないだろ?」

 

「いやいやいや、だから無理だって」

 

「龍園をこっぴどく振ったって噂は俺の耳にも届いている。クラスに今、居づらいんじゃないか? そう考えれば良い話だろ」

 

 噂め〜とククリはこっそり毒づいた。なお、自業自得である。

 

「京楽はそんなことで潰れる生徒ではない」

 

「擁護要素そこかな葛城君!?」

 

 ──葛城君は私を起き上がり小法師(こぼし)のように、転ばしても倒れないと思っている節がある。何故に。

 

 ここで、岡部が前に出てきた。

 

「だから言ったんだって時任。葛城くんや京楽さんじゃ話にならないって」

 

 ぽんと時任の肩を叩く岡部。

 

「結局、Aクラスに居場所のなかった葛城くんは龍園に拾われて嬉しかったってことでしょ? つまりあいつの犬ってこと」

 

 そして、と続ける。

 

「京楽さんも龍園に告白されて嬉しかったは嬉しかったんじゃないの? 元々あいつの女なんて言われてたし、八神くんと付き合ったのもブラフだったりして」

 

「違う」

「違うね」

 

 即座に否定を返す2人。しかし岡部の視線は冷たいままだ。

 

「それなら証拠を見せてよ。龍園への反逆っていう確かな証拠を」

 

「うーむ……まずもって私たちにメリットがないねえ」

 

「今のクラスは、既に龍園をリーダーと定め(かじ)を切っている。俺たちが割り込む要素もない」

 

 正論をぶつけられるも、時任と岡部は満足していない様子だった。

 

「クラスのリーダーって席は魅力的じゃねえのかよ」

 

「ノンノン。むしろプレッシャーにプレスされそうだね」

 

 冗談めかしてククリが言うも、誰一人笑う人物はいない。

 

「何故そこまで龍園を嫌う?」

 

 葛城に問われ時任はハッと嘲笑を浮かべる。

 

「理由なんてどうでもいいだろ。とにかく俺はあいつが大嫌いなんだ。しかし、あれだけ敵対していたくせにあっけなく懐柔されたな。おまえはもっと骨のあるやつだと思ってたぜ」

 

「葛城君は懐柔されてないよ。今でも龍園君と反目してるっていうか、価値観の違いでぶつかり合ってるというか。ともかく、バンバン彼に反対意見を言ってるし、そういう点では時任君たちともわかりあえるんじゃないかな」

 

「俺たちと分かり合いてぇってんなら龍園への反逆が必要だな」

 

 うーとククリが呻く。そして、むむむっと唱えるとピシリとポーズを決めた。

 

「友情は世界を一つにする唯一の結合である」

 

 ウッドロー=ウィルソンの言葉。

 

「友情はもとより聖なる絆なれど、苦境にあえばさらに神聖となる」

 

 ジョン・ドライデンの言葉。

 

「友情は天国であり、友情の欠如は地獄である。友情は生であり、友情の欠如は死である」

 

 ウィリアム・モリス『ジョン・ボールの夢』より。

 

「何が言いてえ?」

 

「友情は尊いってこと! ね、時任君、岡部さん、まずはお友達になろうよ!!」

 

「「は?」」

 

 時任と岡部の言葉が重なった。頭上にいくつもの疑問符が見える様子である。

 

「私が龍園君の味方をするのってお友達だからってのもあるんだよね」

 

 してやられたつい先日までわりと龍園本人のことは忘却していたという事実はお口にチャックして、ククリはふふーんと告げる。

 

「だから、スタートラインに立つにはお友達になろうよってわけだよ!」

 

「わけわかんねえんだが」

 

 ほほうとククリが笑う。

 

「そ・れ・と・も〜、怖いのかな時任君は。私に(ほだ)されちゃうのが」

 

「あ?」

 

 キャピッと顎に手をやるククリ。そこに葛城も追撃を仕掛ける。

 

「確かに京楽は可愛らしい生徒だからな」

 

「もー葛城君ったら本当のことを」

 

 褒めても何にも出ないぞ〜とククリは頬に掌を当てた。

 

「よって怖がるのも仕方ない」

 

「ああ? 怖がってなんかねえし」

 

「じゃ、お友達になってくれるよね。岡部さんも!」

 

「ああ! やってやんよ」

 

 勢いよく返答する男、一人。時任裕也、敗因は舐められたら終わりというヤンキー性にあった。

 

「え? 私も?」

 

 そして。巻き込まれた岡部の悲鳴にも似た声が、廊下にこだました。






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