ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
8月7日。バカンスも残り3日となった今日、午前10時。
「皆さんおはようございます────」
3年Bクラス担任、
5階フロアの会場には全校生徒の半分ほどがおり、教員もほとんど揃っていた。幸いなことに
これから始まるのは『宝探しゲーム』。自由参加で行われるボーナスゲームで、今生徒たちの前で挨拶している南雲会長発案のものだ。ルールはシンプル。参加費の1万ポイントを支払い5センチ角ほどの二次元コードの描かれたシール全100枚を、どうにかして午後5時までに見つけ出すというだけ。
ちなみに貼ったのは教員たちだ。先生方は4日と5日は休みだったが、昨日は生徒の出られない午後10時以降からせっせと二次元コードを船内にペタペタしてくれていた。トイレ、客室、従業員専用の場所には貼らず、生徒が立ち入りを禁止されている階層にもない、つまりあくまで公共の場で生徒の移動が認められている範囲のみに二次元コードはあるということ。
私たち生徒会のメンバーは運営管理のためこの宝探しへの参加は出来ない。ちょっと残念。クスン。
宝探しでは専用のアプリで読み込むことで報酬の5000〜100万ポイントを得ることが出来る。100枚の内訳はこう。50枚は5000ポイント、1万ポイントが30枚。10枚が5万ポイント、5枚が10万ポイント、3枚が30万ポイント。そして50万ポイントと100万ポイントが1枚ずつ。見つける難易度が高い二次元コードほど、プライベートポイントは大きくなってくる。
ただし携帯端末1台につき読み込めるのは1回だけだし、1度使用された二次元コードは後から読み込んでも無効になる。あと重要なのはシールを勝手に
そして参加者は学年問わずペアを組める。ペアになった状態でどちらかの携帯端末を使用して二次元コードを読み込めば、両方にその報酬が渡される。例えば3万ポイントの二次元コードであればそれぞれに3万ポイント支給、といった具合だね。
運が大半を占めるゲーム。ただし、実力を試す要素もある。それが、3つの謎掛け問題。解けば3箇所の二次元コードの隠し場所がわかる仕組みで、この3つに限っては謎を解かないと見つけられないようになっている。ま、3つそれぞれ10万ポイントだけなんだけどね、報酬は。あくまでもこれは運試しゲームって位置づけだからだ。
「アプリのインストールが終わった人はこちらで受け付けどうぞ〜」
説明を聞いて退室した人も数名いたが、だいたいの生徒は宝探しに参加するようだった。呼びかけるとわらわらと集まってくる。
「1年生は1年の生徒会役員、2年生は2年の、3年生は3年の、同学年の生徒にお声がけください」
南雲会長のとこには行きづらいっぽいが、それ以外は概ね同じくらいの列になっていた。握手会ではないからね。混んでる列があれば別の列に並び直すしって話なんだろう。あとは八神君の列に女子生徒が多いのは……モテるなあ、流石。私たちが別れたからでしょうね。
並んでくれた人に名乗ってもらい、顔をOAAで確認する。一致していれば名簿にこちらで丸をつけ、学生証を決済用の端末にかざしてもらって1万ポイントを徴収。この流れは一応私が提案したものだったりする。入試とかで顔確認はするから、雰囲気的にはそんな感じだね。生徒の不正防止の一環で、私たち生徒会役員が悪用しなければ大丈夫なものだ。ま、生徒会が制度を悪用したって後から学校側にバレるのは自明の理、そんな馬鹿なことをする役員はいないと思う。
いくらか生徒を
憮然とした顔で現れた時任君に、頑張ってねとギュッと手を握ったら真っ赤な顔で照れられた。
そう思い返しながら流れ作業をしていると、突然大声がした。
「なあククリ」
どうやら次は石崎君だったらしい。手続きをしながら相手していく。
「時任とはどういう関係だ?」
「時任裕也君のほうだよね。お友達、だよ」
帆波ちゃんクラスの時任
「じゃ、じゃあ、龍園さんのことはどう思ってんだ?」
「幼馴染でありお友達でありクラスのリーダー、だねえ」
当のたっつーはといえばリンリンのところに並んでいた。『鈴音』とかよく呼びかけてたしね。石崎君もたっつーとリンリンのカップルを応援してはくれないだろうか。いや、でもリンリンにはカピバラ麻呂や須藤某がいるしなあ。
「八神とは別れたんだよな?」
「うん」
首肯すると、石崎君の顔はパッと華やいだ。
「なら、龍園さんとの間に障害はないってことか」
そのたっつーが何よりの障害なのでは? 今もこちらに鬼のような眼光を向けているし。絶対石崎君あとで制裁加えられるよ。
「ククリ的にはどうなんだ。その……龍園さんが大切な存在か、非大切な存在かで言えば」
「日本語おかしい上に卑怯な質問! うーん、それで言えば大切な存在だけど」
途端、よっしゃあ〜!と奇声を上げながら列を離脱する石崎君。いや、ちゃんと顔確認はしたし1万ポイントも受け取ったからいいんだけどね。
「Sorry」
好奇の視線にまみれる中、お詫びを言ってくれるバーティだけが、救いだった。
§§§
「OAAの確認が取れました。1万ポイント徴収します」
堀北鈴音の事務的な声とともに、綾小路は生徒証を端末にかざす。
「次の人」
さて、正式に参加となった綾小路には誰と組むか、といったことが問題になる。こういう時に頼れる綾小路グループは三宅が体調不良で幸村は不参加を決め込んでおり、長谷部と佐倉はおそらく二人でペアを組む。となると、誰からも誘いのチャットが入ってない綾小路にはお手上げだった。いっそのこと一人で参加するかとも考えていると、待ち望んでいたお声がかかる。
「綾小路先輩!」
1年Dクラス、七瀬翼だった。
「よろしければペアを組みませんか?」
「構わないが……いいのか?」
「はい、先輩とお話する機会もいただきたかったことですし」
互いの携帯端末を取り出し、アプリを通じてペア申請と承諾を行う。
「スタート地点は人が多い」
今も、軽井沢恵が「ねえ森さん、上の方から見ていかない?」とクラスメイトの森
「下から回っていかないか?」
「分かりました。綾小路先輩についていきます」
移動すると、ばったりとクラスメイトの佐藤
「あれ、綾小路くん。もしかしてもうその子と組んじゃった感じ?」
「ああ、悪いな。オレはもう売約済みだ」
「ば、売約済みって。ねえちょっと、その子誰?」
「私1年Dクラスの七瀬翼と申しますっ」
「ふうん……1年生とは思えないよね」
七瀬の豊かな胸部を見て吐き捨てるように告げる佐藤。しかし七瀬は不思議そうな様子だ。
「そうでしょうか? そんなに普段から年上に見られるほど立派ではないと思いますが」
「は、はあ? どこが立派じゃないって言うんだか。どう見ても立派でしょうよ!」
「そう、ですか? 褒めていただけたのであれば、嬉しいです。もっと立派になれるように日々精進していきますっ」
「これ以上立派になっても仕方ないでしょ、って言うかどうやって立派になるつもり?」
自分自身も豊胸に夢があるのだろう、尋ねる佐藤に七瀬は気を悪くもせず答える。
「具体的には説明が難しいですが……うーん、心の成長は欠かせないと思いますね」
「こ、心? 牛乳飲んだり毎日のマッサージだったりじゃなくて?」
「もちろんそういった身体的成長を促す行為も立派になるためにはつながっていると思いますが、私の場合はやはり心からですね」
「へえ……初めて聞いた。なんか説得力あるかも」
と、アンジャッシュな会話を続ける二人。ここで佐藤が思い出したかのように綾小路へ耳打ちした。
「浮気とかじゃないよね? だったら恵ちゃんに報告しちゃうけど」
「ペアを組む相手がいなかったので、仕方なくだ」
ならOKとばかりに指で丸を作る佐藤。「じゃあ私もペアを探すからっ。邪魔してごめんね」と走り去っていった。
「宝探しゲーム、綾小路くんも参加してたんだ?」
──今日は次々にクラスメイトから声をかけられる日だな。
クラスメイトの松下に、佐藤と同じように手を挙げて応じる。
すると松下と話していた3年Aクラスの
「……綾小路かよ」
「知ってるんですか? 綾小路くんのこと」
先日の監視の件で、あるいは桐山から何か通達があったのかもしれない。3年生全体が綾小路清隆という名前を把握していると思っていいだろう。
「ククリちゃん警察で〜す。何やらトラブルの予感?」
と、ここで生徒会の腕章をつけたククリが姿を見せた。
「トラブルなんてねーよ」
「本当ですかー?」
反論する多々良を、ククリは覗き込むようにじっと見つめる。するとここでしつこくするのは得策でないと感じたのか、多々良は去るようだった。
「松下、また今度な」
「あ、はい」
名残惜しそうにしつつも場を後にする多々良。松下は安心したようにため息を吐いた。
「ふーっ。ありがとうククリちゃん。すごく助けられちゃった」
「ううん、いーのいーの。生徒が安全にペアを決められたり、不正をしてないかのパトロールだから。仕事の
「素晴らしかったです、京楽先輩」
キラキラした瞳をククリに向ける七瀬。どうやら今のやり取りでかなり好感度を稼いだらしい。
「ふっふっふ、これでも次期生徒会長を目指している身。生徒のため身を粉にして働いているのだよっ」
「ご立派です!」
コントのようなやりとりをする二人。しかしククリは急に真面目な顔を作った。
「松下さんも、多々良先輩のことで困ったらいつでも相談に来てね」
「あー既に困ってるかも。モーション強すぎてちょっと引いてる。遠回しに断ってるんだけどね〜」
「なるほど。じゃあ多々良先輩にはそれとなく警告しとくよ」
「ありがとう、よろしくお願いします」
それじゃあ、とパトロールに戻るククリ。松下もペアを探すと言っていたので佐藤がフリーであることを一応伝えて別れ、また七瀬と綾小路の二人きりになった。
「ようやく宝探しに集中できるな」
「綾小路先輩は目星はつけているんですか?」
「そうだな……まずこの謎解きの紙だが、この3つのヒントはレベル的にどれも似たようなものだ。とすると、どれが解けても貰える報酬に差があるとは思えない。それなりに枚数のある10万ポイント、あるいは5万ポイントの可能性もあるかもしれないな」
「なるほど、3つのヒントで導きだされる3カ所の二次元コード、とすれば3枚だけある30万ポイントと結び付けやすいですが、これはボーナスゲームという位置づけ。運を頼りに見つけられないと不公平感を生み出しかねないですね」
OAA通り地頭もいいらしい七瀬はすぐに納得してくれる。この謎を全て解けている綾小路だったが、それらの二次元コードに執着するつもりはなかった。
「重要なのは学校側のパターンだ」
「先生方が、どう二次元コードを隠したか、ということでしょうか」
「生徒たちが無人島試験をしている最中にじっくりと船内のどこに二次元コードを貼るか決めたのか、それとも突発的に作業担当の先生に託したものなのか。それが分かればどこにシールが貼られているかも推測しやすくなる」
「通路の作りや置いてある装飾は基本的には同じですからね」
ですが、と七瀬は続ける。
「今回は理詰めよりも、ゲームそのものを楽しみませんか。一度きりしかない機会ですし」
「七瀬がそうしたいのならいいぞ」
そういうことになった。
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