ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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豪華客船、サン・ヴィーナス号⑤

 宝探しゲームに参加する者もいればそんなものやるもんかよと悪態をつく者もいるもので。本来であれば後者であったはずの龍園はしかし、今回とある思惑のためクラスメイトをほぼ全員参加させている。

 

 ではとびきりの後者の宝泉和臣はといえば────客室に戻るところで、その龍園翔とご対面していた。

 

「よう龍園。女の兵隊は無しか?」

 

「誰のことを言ってるのか知らねぇが、俺一人だな。おまえこそあの女は連れてないのか?」

 

 七瀬について言及する龍園に対し、宝泉は獰猛(どうもう)に笑う。

 

「七瀬は兵隊じゃねぇしな。そんなことよりあの女だよあの女。分かってんだろ?」

 

 何度も繰り返されれば、龍園にも分かった。この男はあの女、京楽菊理を()()()()()と。

 

「俺からこそこそ逃げ回っていたおまえ如きがあの女を御せるとも思えねえ。ああ、いいよなあ。血が(たぎ)るぜ。なあ、あの女を寄越せよ。そうすりゃ少しは楽しめそうだ」

 

 確かに、中学時代宝泉が遠征した際に龍園と会うことは無かった。だがそれとこれとは話はまったく別物。

 

「巨乳の女が趣味と思ってたんだがな」

 

 からかい交じりに(かわ)すと、宝泉は思ってもいない反応を見せる。

 

「テメエ……まさか……知って…………」

 

「何のことだ?」

 

 七瀬のことを揶揄(やゆ)しただけなのに、見えないダメージを負ってそうな宝泉。これは何かあると龍園が思うも、その前に彼は立ち去ろうとする。

 

「チッ。興が削がれた」

 

 そのまま真ん中にいる龍園を避け場を後にする宝泉。邪魔することも出来たが、ここはその場面ではないとやめた。

 

「龍園さん!」

 

 登場した石崎は龍園の身を案じているようだった。

 

「問題ねえ。それより、状況は?」

 

「カンペキっす。まず椎名と伊吹のペアが100万を、50万はおそらく別のペアに取られましたが、その他にも30万、10万、5万を多数ゲットしました。得たポイントの勘定は金田がしています」

 

「悪くねぇな。参加した甲斐(かい)ってもんがあるぜ」

 

「はい! 流石龍園さんっす!!」

 

 龍園がしたこと、それは単純なこと。椎名に命じて教師の隠した二次元コードの法則性を暴かせ、また謎掛け問題も解かせた。それだけの話。

 

 プライベートポイントを集めるためになりふり構わない龍園の貪欲な姿勢が表れた一件となった。

 

「南雲の用意した舞台の上ってのが気に食わないが、回収できるものは回収しねぇとな」

 

「うす」

 

 便乗カードのこともそう。龍園は打てるだけの布石を確実に打っている。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

「大体見て回ったな」

 

 時刻は午後2時過ぎ。綾小路の声に、七瀬が元気よく反応する。

 

「はいっ、二次元コードを写真に収めて残しておくというテクニック、流石でしたっ!」

 

「そう褒めないでくれ。このくらいのテクニックは多くの生徒も実践しているはずだ」

 

 もしかしたら二次元コードの写真の共有も……とまで考えたところで思考を打ち切る。

 

 二次元コードは携帯端末2台を用い片方の端末で鮮明に撮っておいたものをもう片方で読み取れば問題なく機能する。よって綾小路たちは6枚の二次元コードの写真を撮影しており、そのうち客観的に発見難易度が5段階中4と判断したものが3枚あった。そのことは七瀬も分かっていたようで、それらの3枚を提示してくる。

 

「この中から二次元コードを読み取るのがいいと思うのですが、いかがでしょうか」

 

「オレもそう思っていたところだ」

 

「では、綾小路先輩が読み込んでください」

 

「いや、ここは七瀬に任せる」

 

「私に、ですか。ありがとうございます。それでは」

 

 カメラを起動し、二次元コードを読み込む。しかし受け取り済みとの表示が。残念ながら他にも見つけ出した生徒がいたようだ。それを何度も繰り返し、ついに6枚目、最後の二次元コード。

 

「参ります」

 

 すると、簡単な宝箱のイラストと、TAPの文字が躍る。七瀬が迷わずタッチすると、そこからは5万ポイントが出てきた。

 

「嬉しいですが、少し残念でしたね」

 

「ああ。軒並み受け取られていたのが痛かったな」

 

 それでも、何とか6枚目で成功してくれて良かったと綾小路は思う。付き合わせた七瀬にも申し訳ないためだ。しかも黒字。まずまず文句無しの結果だろう。

 

「ありがとうございました綾小路先輩」

 

「どういたしまして。だが、報告に向かおうか」

 

「承知いたしました!」

 

 スタート地点の受付に戻れば、そこには堀北鈴音の姿があった。いくつかのチェックや報告を済ませる。

 

「お疲れ様、これで手続きは完了よ」

 

 その言葉に七瀬は改めてこちらを向き直る。

 

「ありがとうございました、綾小路先輩のおかげです」

 

「あら、そんなに活躍していたのかしら彼が。それにしても……七瀬さん、悪いけれどあなたが綾小路くんに近づくのはまた宝泉くんの策略なのではと勘ぐってしまうのよね」

 

「そのようなことはありません。今回ペアを組ませていただいたのは、すべて私の意志によるものです。私は暴力には絶対屈しませんから」

 

 真っ直ぐな強い瞳に、堀北も少し警戒を解く。

 

「そう……ならいいわ」

 

 綾小路も話題を変えることにした。

 

「それで、クラスで一番高いプライベートポイントを獲得したのは?」

 

「誰だと思う?」

 

「オレたちじゃないだろうな。ポイント数が低い」

 

「正解よ。50万プライベートポイントを獲得したペアがいるわ。(ワン)さんと高円寺くんよ」

 

「高円寺先輩とは、私が今年度最初の特別試験でペアを組んだあの方でしょうか」

 

 4月に1,2年生のペアでの筆記試験を行ったことはまだ記憶に新しい。

 

「そう、その高円寺くんよ」

 

「このようなゲームに参加するとは意外ですね」

 

「誰かと組んだこともな」

 

 綾小路が付け加える。ここで、七瀬がおずおずと声をかけてきた。

 

「綾小路先輩、少しお時間よろしいでしょうか」

 

「ああ、暇だが」

 

 悲しいことに綾小路にはたくさんの自由時間があった。

 

「では、どこかでお話をお願いしたいのですが」

 

「構わないぞ」

 

 ちょいちょいと袖を引っ張られる。堀北だ。小声で話しかけられた。

 

「ねえ、大丈夫なのかしら。女子に呼ばれたら後から屈強な男子が、宝泉くんが出てきましたなんて美人局(つつもたせ)なオチにはならない?」

 

「そうなっても問題はない」

 

「あなたって時々、とんでもなく雑な時があるわよね」

 

 そんなことはない、という否定の言葉を飲み込み綾小路は七瀬のほうを向く。

 

「行こうか」

 

 堀北と別れると、2人はどんどん人気のないエリアへ足を踏み入れていった。そこに宝泉の姿はない。七瀬個人の用であることは間違いなさそうだった。

 

「私は綾小路先輩が邪悪で薄汚い人なのではないか、そう思っています、と申し上げました」

 

 4月の話だが、綾小路ももちろん覚えている。インパクトの大きい出来事だった。

 

「綾小路先輩。あなたはこの学校にいるべき人じゃありません────それは、あなたがホワイトルームの人間だからです」

 

 ホワイトルームという単語。しかし七瀬はホワイトルーム生ではない。八神と天沢、この2人こそが5期生、綾小路の後輩ともいえる人物だからだ。

 

「私は月城理事長代理に命じられこの学校に入学して来ました。その命令の内容は、綾小路先輩を退学させること」

 

 あくまでも穏やかに七瀬は話す。まるで他人事のように。

 

「しかし……私は揺らいでいます。本当に、綾小路先輩を退学させていいのかと」

 

「何故だ」

 

「それには、まず私のことを知っていただく必要があるでしょう」

 

 七瀬はゆっくりと語りだした。

 

「私は、幼馴染の(かたき)が討ちたくて、この学校に進学してきました」

 

「幼馴染?」

 

 綾小路の脳内に龍園とククリや、自分と自称幼馴染の坂柳の姿が映し出される。

 

松雄(まつお)栄一郎(えいいちろう)くんです」

 

 綾小路の世話をしていた執事の松雄、その息子であろう名前が出てきた。その後も七瀬は落ち着いた口調で語って聞かせる。

 

 綾小路の父親の執拗な根回しで進学先を追われ、高校を退学するも、逃げた先の高校でも同様の目に遭い、進学を諦めた栄一郎。それを受けた父は焼身自殺をし、その後の栄一郎はアルバイトで生計を立てていたとのこと。

 

 綾小路が全て父親から聞いていた話であったが、そのことは黙っていた。

 

 幼稚園から中学卒業まで勉強も遊びも習い事も全て一緒だったこと。栄一郎は彼女の目標だったこと。諦めないと笑っていたこと。しかし今年の2月14日の夕方、栄一郎は住んでいるアパートで────

 

 その先は聞かずとも分かった。松雄栄一郎は、生きることをやめようとしてしまったのだと。

 

 そして、綾小路親子のことを知らない七瀬の前に月城が現れたのだと言う。綾小路清隆を退学させられたら、その父に会える約束だったらしい。そこで栄一郎へ頭を下げるようお願いするつもりだったそうだ。

 

「ホワイトルームについて、七瀬はどこまで知っている?」

 

「すみません。ホワイトルームというものについて私は詳しく知りません」

 

「そうか」

 

 他に聞きたいこと。それは、七瀬の迷い。

 

「何故おまえは迷っているんだ?」

 

「それは……誰かに怒りを、やるせなさをぶつけたくて。でもそれが間違っているって分かっていて。それで、それで────」

 

「なるほどな。確かにおまえは間違っている」

 

 綾小路はきっぱりと言い切る。

 

「松雄は身命を賭してこの学校にオレを入れてくれた。その彼に報いるなら、退学するべきではない。少なくともオレはそう思っている」

 

「でも、だったら、栄一郎くんは──」

 

「栄一郎も同じ気持ちでいてくれていたかもしれない。少なくともオレは、退学する気はない。そのことは分かってくれ」

 

 沈黙が続いた。深呼吸の音が響く。

 

「分かりました。改めて、栄一郎くんのためにも、綾小路先輩を退学の魔の手から守らせていただくことをお許しいただけないでしょうか……?」

 

「ありがとう。色々と手を貸してくれ」

 

 こうして、七瀬は綾小路の仲間に……いや、忠犬と化したのだった。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 夜。生徒会の打ち上げは、船上の生徒会室(仮)にて盛り上がっていた。

 

「いやー、まさか八神とククリが別れるとはな」

 

「学生時代の恋愛なんてそんなもんですよ」

 

 南雲を軽くあしらったククリは堀北鈴音のほうへ向かう。

 

「どうだい堀北さん、楽しんでる?」

 

「あら、京楽さん。あなたも災難ね。龍園くんのおかげであんなに問い詰められるだなんて」

 

「うん、ほんと勘弁してほしかったなあれは……」

 

 龍園が宝探しゲームの上位ポイントをごっそり引き抜いた問題。もちろん教師陣も二次元コードは自分たちが設置しており生徒会役員にすら漏らしていないとあって疑いはすぐに晴れたが、気持ちの良いものではなかった。

 

「ひよりんが法則を導き出したらしいね。南雲会長もレクリエーションなのにって呆れ半分だったよ」

 

「褒め半分、でしょう。実際すごいとは思うわ。うちのクラスでは真似できないもの」

 

「ご謙遜を。50万ポイントを発見したのロックだったじゃないの」

 

「彼は例外よ」

 

 そう言う堀北だったが、高円寺をコントロールすることを決して諦めてはいなかった。むしろ実力が示され続ける彼をどう制御しようか、そこに焦点を当てている。

 

「まあでも、夏前のたいへんな審議に比べれば楽だったかな」

 

「たいへんな審議に?」

 

「そうそ」

 

 ククリが口を開く。話は、まとめるとこうだった。

 

 夏前にDクラスの宝泉和臣とCクラスの宇都宮陸が廊下ですれ違う際、睨み合いになった。それぞれのクラスの生徒も近くで揉め、Cクラスの生徒がDクラスの生徒を一発叩く。そして宝泉をも殴ろうとするも、返り討ちにあい全治3週間ほどの怪我を負った。

 

「どっちが悪いのか、どう裁くべきなのか長引いてね。解決まで2週間かかったよ」

 

「それはたいへんな審議だったわね」

 

「ありがとう。ほんと何度も話し合ったんだよ。でも須藤君暴力事件を思い出すと、不思議な気分になったなあ」

 

「あの頃は……敵同士、だったものね。今も、でしょうけど」

 

 違いない、とククリが笑う。

 

「堀北元会長の見事な手腕もあり解決したわけだけど、っとそうだ!」

 

 これ良かったら読んでみて、とククリが堀北に薄い冊子を手渡す。

 

「これは?」

 

「堀北元会長と南雲会長の────」

「ク・ク・リ〜!」

 

 怒った様子の南雲が現れ、ククリがやべっと手を引くも、ちょっと遅かった。彼はバッチリその表紙を目にしていた。

 

「堀北先輩×俺の本だな。俺×綾小路のヤツもあるだろ!! 出せ」

 

「な、何をおっしゃるウサギさん」

 

「最近、というか3月から帆波が俺を恋敵を見るような目で睨むことがあったんだよ。それのせいだろ絶対!」

 

 ふいとククリが視線を逸らす。どこまでも目は雄弁だった。ちなみに3月、特別試験でククリは南雲×綾小路の同人誌を渡し、託された龍園は一之瀬の前で朗読するというコンビネーションプレーを見せていたのだ。

 

「言っておきますけど、下手に禁止とかすると女子生徒から暴動が起きますからね」

 

「そこまで汚染は激しいのか……」

 

 (おのの)く南雲。首を傾げる堀北。

 

「鈴音、おまえはピュアなままでいてくれ」

 

「私も十分ピュアですよぉ」

 

 ふくれっ面をするククリに、南雲は厳しく言い捨てる。

 

「腐ってるだろうが!」

 

(たしな)むだけですって」

 

 どこまでもついていけない会話に、堀北はただただ不思議がっていたのだった。






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