ようこそ享楽至上主義の教室へ   作:アネモネ

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豪華客船、サン・ヴィーナス号⑩

 8月9日。クルージング7日目。金田はプライベートプールにいた。待っていた、と称するのが正しいだろう。

 

 女子の着替えは男子よりも時間がかかる。分かっていることなのだから、そこに焦りはない。しかし金田が焦るのは……何を言の葉として発するか、その一点のみ。グルグルと考えがまとまらなかった。金田にしては非常に珍しいことだ。

 

「やっほ~、ごめーんお待たせ金田君!」

 

「ええ、お待たせしてしまいましたね、金田くん」

 

 ククリ、ひより、そして伊吹の姿が見える。ククリは水色の水着を、ひよりは青色の水着を、伊吹は黒色の水着を着用している。そこまで露出が多くもないし、派手でもない。だが金田はある人物の水着姿をまともに直視できなかった。

 

「あ、その、椎名氏、伊吹氏、ククリ氏。皆さんとてもお似合いですよ」

 

 出てきたのはそんな平凡な言葉。でもそれで十分だろう、と金田は分析していた。

 

 金田は自身のことをよくよく把握している。能力の高さを自負している。しかし自身の容姿が整っているとは言い難いこともまた、自覚していた。

 

 故に女子を褒めるなどということは普段しない。「キモい」などと思われるであろうためだ。だが、このメンバーにおいてはそんなことは起こらないということも、知っていた。

 

「ありがとー金田君」

 

 にぱっと無邪気に笑うククリ。

 

「ありがとうございます、金田くん」

 

 美しく、あまりに可憐に微笑むひより。

 

「ま、あんたにしちゃ語彙力足りない気がするけど、褒め言葉は受け取っとく」

 

 そう、口の端を吊り上げる伊吹。

 

 三者三様に、でも確かに喜んでくれたことに金田は心の中でホッと息を吐いた。

 

「さーて、じゃあ澪のお誕生日おめでとう会&無人島試験お疲れ様でした会を開催しますか!」

 

 7月27日は伊吹の誕生日だ。しかし無人島試験があったため、祝えなかった。そこでこの席を設けたというわけだ。

 

「でも良かったのでしょうか。御三方は無人島試験で同じグループでしたが、私は違いましたのに……」

 

「いいんだってひよりん。ひよりんが居てくれたほうが澪も金田君も嬉しいし。ねー?」

 

 金田はドキリとする。だが平静を装って声を出した。

 

「はい、勿論ですよ」

 

「そうね、椎名が居たほうが楽しいのは事実でしょ」

 

 温かい雰囲気に包まれる一同。お礼を口にするひよりに、「いーよいーよ」と返すククリ。

 

「このプールのお金もそうだけど、飲み食いの代金も私もちだから、いっぱいお食べよ」

 

「太っ腹ね」

 

「お腹を見て言うな〜澪。ククリちゃん傷ついちゃうぞ」

 

 わいわいと騒ぐ2人に、金田はひよりと顔を見合わせクスリと笑う。こんな時間が永遠に続けばいいと思った。

 

「リタイアしちゃって同じグループだった2人にはとっても迷惑かけちゃったからね。せめてものお詫びだよ」

 

「どうせまたククリも龍園の策略に踊らされたクチでしょ? あいつが悪いんだし、謝ることないから」

 

「ありがとう澪! 優しい!!」

 

 ククリが無人島試験でリタイアさせられた、龍園の手によって。そんな噂は出回っているが、クラスの参謀である金田にすらその真相を龍園は明かさなかった。暴君である彼らしいといえば彼らしいが、金田とて気になるもので。

 

「伊吹さん、プールで遊びませんか?」

 

「いいけど。何するわけ?」

 

「では────」

 

 そんな金田の心中を察したのか、ひよりが伊吹を誘う。プールサイドにはククリと金田の2人きりとなった。

 

「ククリ氏」

 

「はいはい、今回の件についてあれやこれや聞きたいんだよね。でもごめんよ、しゃべれないの」

 

「お話しいただけない理由も、お教えいただけませんか……?」

 

 金田の問いに、ククリはますます申し訳なさそうな表情を作る。

 

「それも、かな。たっつーとの恋愛沙汰じゃないし、八神君と別れたのは円満解決してるってことくらいは言えるけど、ほんとそんくらい」

 

「分かりました」

 

 大人しく引き下がる金田。こう見えて案外ククリの口は堅いのだ。問い詰めるだけ無駄だと悟った。

 

「そ、れ、よ、り〜」

 

 と、グイと顔を近づけてくるククリ。

 

「恋愛といえば、ひよりんとの関係はどうなのかな?」

 

「え!?」

 

 思わず大声を出してしまう金田に、伊吹とひよりもこちらを向く。何でもないよ〜と話すククリに、2人はちょっと不思議そうにしつつも遊びに戻った。

 

「ど、どうして椎名氏が出てくるのでしょうか」

 

「とぼけんなよ。ククリちゃんは恋愛マスターだぜ? お見通しだっつーの。大体、前に言ってた『異性の好みは落ち着いていて頭の良い人』ってもろひよりんじゃん」

 

 その時はククリが『もしかして私……?』という感じに発言していたはずだが、あれは本当に冗談だったらしい。

 

「ひよりんと会いたいなら図書館とか本屋とかに行けばいいのになあってずっと思ってたんだよ」

 

「椎名氏とククリ氏の時間を邪魔するのは気が引けますし……それに、綾小路氏も」

 

「カピバラ麻呂?」

 

 そう、綾小路のことを独特のあだ名で呼ぶククリ。

 

「椎名氏は綾小路氏といる時は特別な表情をします。おそらくは────」

 

「えー、そうかなあ。私には金田君の気にしすぎのように思えるけど。ってかあれじゃない、石崎君の『綾小路と椎名をくっつけてうちのクラスに綾小路を呼ぼうぜ!』とかいう謎の作戦に引っ張られてない?」

 

 石崎と同列に語られるのは流石に心外だった。

 

「だとしてもカピバラ麻呂にはKちゃんがいるから関係ないって」

 

「軽井沢氏、ですか?」

 

「うん、ラブラブだよあの2人。だから気にせずひよりんにアタックしちゃいなよYOU!」

 

 ちなみに、とククリが付け加える。

 

「ひよりんは海外小説が好きだぜ。カピバラ麻呂は古典で、リンリンは歴史小説、帆波ちゃんは小説、たっつーはビジネス書が好きかな。まあたっつーはギリシャ神話読んだり堕落論読んだりしてたけど」

 

「ソウデスカ」

 

「澪は本は読まないけど、最近はこの船でも勉強するくらいには頑張ってるから参考書とかは読んでるかな。たっつーにOAA負けたのが相当こたえたみたいね」

 

「ヘエ」

 

 情報が多くて処理落ちする金田に、ククリは存分に語ったのだった。





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