ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
石崎大地にとって、龍園翔とは最も尊敬する人物である。その命令であれば、何でもこなす。そう、何でも────
「おいお前、ちょっとジャンプしてみろよ」
「え、は、はい?」
その中でもこの命令は、比較的簡単な部類であった。八神拓也をカツアゲしろというもの。石崎が懐かしいフレーズを口にすると、八神は戸惑った様子だった。
しかし石崎は知っている。この童顔で優しそうな男子生徒が危険人物であることを。別に、彼が女子にモテるから嫉妬しているというわけではない。少しは含まれているかもしれないが、大部分は違う。
八神が危険人物である理由その1。龍園がそうと言ったから。これが最も大きいが、他にも理由は存在する。
その2、ククリと短期間とはいえ付き合っていたため。龍園とククリの間に割り込む者は誰が何と言おうが危険人物であり排除対象である。龍園×ククリ、これは石崎の中で絶対の方程式なのだ。
その3、龍園を雑魚扱いしたにもかかわらず無事だから。あの龍園が、自分を雑魚だなんて言われて普通は黙っているはずがない。宝泉と同等かそれ以上の力があるからこそ、龍園は報復しないのではないか。この程度の推測ならば石崎にも容易だった。
そんな危険人物への接近も、龍園の命令であれば
そしてそれは一部は事実で、一部は異なった。
「分かりました、じゃあ行きますよ! それっ!!」
八神が飛び跳ねるとともにチャリンチャリンと鳴る小銭の音。
「これで勘弁してください」
情けない台詞。この高度育成高等学校に入る前であるならば、石崎にとっても普通の流れだ。しかし今、石崎はツッコミを抑えきれなかった。
「いや、なんでこの学校で小銭をこんなに持ってるんだよ!」
「もちろんカツアゲにあった時の対策ですよ」
「対策じゃねぇだろそれ! おちょくってんのかテメエ!!」
実際、こちらを馬鹿にしているのは確実だろう。
「ククク。面白い見世物だったぜ、八神、石崎。……下がれ」
ここで、様子を
「見世物、ですか。真面目に言ってるんですけどね」
「笑わせるな。石崎がいようが俺がいようがどうとでもなるという自信に満ちあふれているじゃねぇか、その眼は」
そう、目は雄弁だ。他に人がいないからだろう。八神はこちらを見下しているのが伝わってくる眼をしている。
「気のせいですよ」
「とぼけるつもりなら見せてやってもいいんだぜ? 本物の暴力行為ってヤツをよ」
「えっ、や、やめてください」
「優等生ってのは窮屈だなあ八神。本性を現すことも出来やしねぇ」
龍園が目で石崎に合図する。それに従おうとした瞬間────
「あーれーっ、暴力行為の気配がするな〜。一夏ちゃん、興奮しちゃう! もしかしてせんぱぁい、暴力振るおうとしてました?」
「……やめだ。行くぞ石崎」
「は、はいっ龍園さん」
§
「それで? 偶然来たってわけ、一夏?」
「そーそー。暴力のスメルに誘われて気づいたら……って睨まないでよ拓也。はいはい、拓也を探してただけです〜」
そう白状する天沢に、なおも八神は疑問を投げかける。
「探していた? 何のために?」
「ちょーっと聞き忘れてたことがあってさ。知りたい? 知りたいよね〜」
「いや、別に」
「拓也、つめたーい」
おどけて笑う天沢は、クルッとその場で回ってビシッとポーズを決めた。
「ズバリ、拓也は無人島に何1つだけ持っていくなら何を持っていく?」
「────墓石」
あんまりにもあんまりな答えに天沢はため息を吐く。
「死ぬ前提じゃん!」
「人は誰しもが死を迎えるものだよ」
「良いこと言ってる風にまとめてきた!」
「ククリ先輩に僕が生きた証を見てもらうんだ」
「もう死んでるけど!! っていうか死んだら墓石に誰が文字刻むわけ!!!」
ツッコミの嵐を八神はさらっと流す。
「そういう一夏は? 無人島に何か1つだけ持っていけるなら何を持っていく?」
「もちろん綾小路先輩。頼りになるし、1人で寂しい夜を過ごさなくてもいいし」
「ふーん」
「興味薄っ。そーゆー拓也はククリ先輩じゃなくていいの?」
意趣返しのような質問に、八神は重々しく口を開いた。
「ククリ先輩を巻き込むなんて畏れ多いよ」
「ふーん。じゃあ、他の人ならなんて答えたと思う? 例えば……宝泉くん!」
「ソーラーパネル付きのタブレットかな。当然電波なんてないのでオフライン限定だけどね」
皮肉げに笑う八神。
「宇都宮くん!」
「『小細工はいらない。自分の肉体1つでなんとかしてみせる』とでも言うかな」
「じゃあ、七瀬ちゃん!」
「サバイバルナイフあたりの、つまらない回答だろうね」
「椿ちゃん!」
「テントとか、地味な回答になるさ」
じゃあじゃあ、とためを作った天沢は満を持したように言葉を放つ。
「ククリ先輩は?」
「僕ごときでは予想が出来ないね。ただ、僕がさっき受けたカツアゲについてはどうするか話していたよ」
「カツアゲされたらってこと? ククリ先輩はどうするの? 気になる〜」
「バレエジャンプするって言ってたね」
「…………」
天沢はクラシックバレエのジャンプを想像した。確かにククリの身体能力ならそれは美しく跳べるだろう。
「目を奪うってこと?」
「いや、お金持ちそうだからって」
「…………」
沈黙が落ちる。
天沢は理解した。確かに自分たちごときがククリを理解しようとするのは難しいことを。
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