ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
人間の幸福の敵は、苦痛と退屈である。
9月に入り、2学期が始まっても席替えはないらしい。たっつーと食堂でご飯を食べてから教室へ行くと、黒板には坂上先生からのご指示が残っていた。
おかげで教卓の真ん前というポジションを絶賛継続中なのである。ざーんねん。
「んー、にしても難しいなあ」
さてさて、私が今見ているのは何かというと学校のHP。なんとここに次の行事の情報が新しく掲載されているのだ。
「私たちは一之瀬のB、じゃない、Cクラスと共闘ってわけか」
「うん、白組さんだね」
席替えがないので相変わらずお隣さんの澪とお話しする。ひよりんは教室にまだ来ていない。いつも通り図書室に行っているらしい。
「これが新学期最初の特別試験?」
「どうだろう。それにしては他学年の結果が及ぼす影響が大きくて平等じゃない気もする……」
仮に私たちのクラスが学年で1番になったとしてプラス50クラスポイント。でもこの時Cクラスと2,3年のBCクラスも合わせた白組が負けてたらマイナス100クラスポイント。差し引きマイナス50クラスポイントになってしまう。
そして一番嫌なパターン、白組もクラスもダメダメだった時はマイナス200クラスポイント。うーん、つらいっ。
「それに、『赤組対白組の結果が与える影響』のとこ見てみて。負けた組のことしか書いてない」
「ってことは組が勝った場合は?」
「特にご褒美なし!の可能性が高いね」
むむむ、特別試験というよりはただの課題だよ、こんなの。旨みがあんまりにも少ないし、運動能力なんて一朝一夕で身につけられるものじゃあない。ただ愚直に頑張ってマイナスにはならないようにするっきゃないじゃん。
「競技数も多いね。一人最低8種目か」
「うう、つらいよぉ」
「一日でこんなやるとか私たちを何だと思ってるのかな。絶対流れ作業だよ!」
「正直、私としては応援合戦とかダンスとかくだらないやつがなくて嬉しいけど」
「えー、それこそが体育祭の花形じゃんか」
学ラン着た応援団とかチアダンスとか、わっくわくなのに。この学校の体育祭では下の4つの推薦競技で盛り上がる感じなのかしらね。
確かに借り物競争は楽しそうだし、四方綱引きも見応えありそうかな。二人三脚も男女混合だと練習している間にカップル成立、とかロマンスできそう! 3学年合同リレーは単純に足めっちゃ速い人の集団だろうなあ。これはこれですごそうかも。
「はいはい。あとはこの制度なら少しはプライベートポイントも稼げるか」
「澪はね。私はたぶん減りもしないけど増えもしないよ、これだと」
「このペナルティって何だろ」
「まあ無難にプライベートポイントの没収じゃないかな、他のを見る限り。学年ごとに額が違うとか」
「確かに。そんな気はする」
そうして話していると、チャイムが鳴って坂上先生が入ってきた。思い思いに過ごしていた生徒たちも席についていく。
朝のHRでは今月のクラスポイントについての説明と、あとあとBクラスへの昇格を祝う言葉をいただいたわけだけど、おそらく今から始まるHRでは体育祭の話になるんだろうなあ。
「こんにちは、皆さん。まずは配布物からお配りしていきます」
うぐ、また来ましたよ配布物。最前列は回すのがめんどい……くそう、やっぱり席替えしたいな。でも澪と隣のままではいたいんだよね。むー、悩ましい。
「体育祭に関する資料と、9月から10月初めまでのおよそ1ヶ月間のための特別な時間割表です。体育祭に向けて体育の授業が増える形になっています」
なるほど、体育強化週間というわけですな。学校側もなかなか力を入れているようで。むむ、こう頑張った成果を家族とかは無理で教員と校内で働く人たちにしか見せられないのか。そう考えるとちょっとかなしいなあ。
「体育祭については学校HPにも詳細が公開されていますので、適宜参照してください」
えへへ、もう見ました! 資料をパラパラと見たものの、どうやらHPのものとまったく同じ内容のようだ。
「坂上」
たっつーはふてぶてしく言い放った。敬称つけろや。
「プリント通りの説明はいらねえ。それ以外の部分を話せ」
このクラスではたっつーが教えてくれたおかげでみんなHPから体育祭の内容を確認している。だから時間のムダは省きたい、ということなんだろう。それにしても言い方ってものがあると思うけどね! 何でこう、いつも先生に対しても偉そうなんだか。
先生がちらっと私のほうに目を向ける。私はHPの画面を見せると、コクリと頷いた。大丈夫です、先生。たぶんみんなちゃんと詳細を読みましたから。
「……わかりました。それではまず、学年で下位10名に入った者へのペナルティについて。1年生に科せられるのは次回筆記試験におけるテストの減点です。総合成績下位10名の生徒は10点の減点を受けることになります。どのように減点を適用するか、並びにこの下位10名の発表は筆記試験説明の際に通告されますので、その前に質問を受けてもお答えできません」
……? それだと筆記試験の説明があるまで運動のできない人は気が気じゃないと思うんだけど。ちゃんとコツコツ勉強しろよってことかな。
「次に参加表について説明します。これはとても重要ですのでよく聞いてください」
先生の取り出した紙束にみんなの視線が集まる。ふむふむ、何かいっぱい文字が書いてありますね。
「参加表には全種目の詳細が記載されています。この参加表には各種目にどういう順番で、例えば何組目に誰が走るかといったことまで決めて記入する必要があります。完成したら担任の私に提出してください。提出期間は体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間です。締め切り時間以降は如何なる理由があっても入れ替えることは許されず、また提出期限を過ぎてしまうとランダムに割り振られてしまうことになりますのでくれぐれも注意してくださいね」
ほへー。体育祭でも戦略が必要なんすね。うん、たっつー頑張れ。応援してるよ。
んー、でも待てよ。当日も入れ替え不可能ってことはあれじゃん。欠席した場合まずいんじゃあないだろうか。
「先生、欠席者への対応はどうなるのでしょう」
参加表の受け取りついでに聞いてみる。
「はい。個人競技の場合は資料にも記載がある通り、欠席扱いとなり得点無しということになります。『全員参加』の競技の場合は必要最低限の人数を下回る形で欠員が出ると続行不能とみなされ失格です。他では、二人三脚ですと欠席によりペアがいない人は当然参加できません。騎馬戦でしたら4人までの欠席であれば補欠メンバーの参加が認められますが、5人以上となると1つ騎馬を作ることが出来なくなるので、1騎少ない状態で対決することになりますね」
およよ、じゃあきっと退学者が多いクラスほど欠席者が出ると痛いんだろうなあ。騎馬戦で1騎少ないってかなり不利になっちゃうよね。
「ただし特例として、『推薦競技』に関しては代役を立てることが許されています。条件として各競技につき10万プライベートポイントを支払う決まりです」
10万とな。普通に高い。でもまあ、好き勝手に代役を立てられちゃうのもダメだもんね。そう考えると妥当な金額なのかな。
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。では他に質問のある人はいますか?」
教室は静まっている。たっつーも黙っていた。何考えてんだろうなあ、あの人。
「いないようですね。では、次の時間は第一体育館に移動して各クラス他学年との顔合わせとなります。まだ授業時間が残ってますので、あとは皆さんで自由に使ってください」
そう坂上先生が言ったので、とりあえず立ち上がって参加表をたっつーに渡しに行く。はいどーぞ。
皆の視線がこの席に集中する。たっつーが何か言うのを待っているんだろう。暴君だけど、彼は紛れもなく我らBクラスのリーダーだ。
「俺が全てを決める。おまえらはただ俺に従ってりゃいい」
わあ、えらっそう。でもわかりやすーい!
2時間目のHRでは体育館に全校生徒が集まった。赤組と白組に分かれているのでいつもとはちょっと並び方が違うのが新鮮。
先生に指示された通りちょっとひんやりとした床に座ると、先輩らしき人々が前に出てきた。
「今回、白組の総指揮を執ることになった3年Bクラスの
見覚えのある人だ。バスケ部のキャプテンさん、もう2学期だから引退してるのかな? 逆転裁判の時の事情聴取でお世話になった。須藤
「1年生には先にひとつだけアドバイスをしておくな。体育祭は非常に重要なものだということを肝に銘じておけ、この経験は必ず別の機会でも活かされる。これからの試験の中には一見遊びのようなものも多数あるだろうが、そのどれもが学校での生き残りを懸けた重要な戦いになる」
長い。何か台本でもあるのかしらってくらいの長さだ。
「今はまだ実感もなければモチベーションも上がらないかもしれないが、やる以上は勝ちに行く、その気持ちを強く持つこと。それだけは全員、認識を一致させておけ」
はーい!と盛り上がる感じの雰囲気ではない。重々しい空気の中、石倉先輩は言葉を続けた。
「全学年が関わっての種目は最後のリレーのみ、それ以外は学年別種目ばかりだ。よって各学年で集まり、方針について自由に話し合ってくれ」
上級生によるお話も終わり、一之瀬さんたちがぞろぞろとこちらに歩いてくる。たっつーに話しかけようとしたであろう彼女は、しかし止まらざるを得なかった。うちのクラス全体がすたこらさっさと出口へ移動しているからだ。
すまぬ一之瀬さん。原因はたっつーです。奴が出口を指さしたから、みんな帰り支度をしとるのじゃ。
「クラスみんなで帰っちゃうってことは……話し合いをするつもりはないってことでいいのかな?」
むしろこの様子であったら驚き。でもたっつーのことだから実は裏で一之瀬さんたちと結託していて、仲違いしてるように見せかけてるなんてのも……いや、ないか流石に。
「こっちは善意で去ってやろうとしてんだぜ? お前らを引き
学校一信用できない奴という自覚はあるらしい。うむ、正論を言ってるからこそなんかイラッとするね。おまえが言うなって感じで。
「なるほどー。私たちのために手間を省こうとしてくれてる、と。なるほど〜」
「そういうことだ。感謝するんだな」
誰が彼に感謝するだろうか。いや、そんなことするはずもない。
「ねえ龍園くん。同じ白組での協力関係を
「クク。さぁな」
ニヤニヤと
「解散」
その一言に、みんな鞄を持って教室から出ていく。私も帰ろうとしたら首根っこ掴まれた。やめろし。
教室にはバーティ、金田君、ひよりん、私。そして当然たっつーがいる。澪や石崎君たちは早速他クラス他学年の偵察に行かせたみたいだ。うちのクラスだけやっぱスパイ養成してる気がするよ。
「どう思う?」
漠然とした問いに、金田君はしっかりと答えた。
「下手な小細工は通用しませんね。他クラスの運動神経の良い生徒を把握したところで組み合わせ、つまり出場表がわからなければ然程意味がありません。ましてや推薦競技となると借り物競争以外は完全に実力勝負でしょう」
そう言うと金田君はちらっと私を見た。うん? 借り物競争に出たいと思っているのを見抜かれたんだろうか。むむ、流石ですな。
次に口を開いたのはひよりん。おっとりしていながらもどことなくいつもより真剣な様子だ。
「私のように運動の苦手な生徒は一苦労です。特に下位10名に入ってしまいそうな方で勉強も不得意な生徒には配慮してほしいです」
確かに。筆記試験でマイナス10点もされるのは大きいよね。赤点取ったら退学だもん。ひよりんとか金田君なら全然大丈夫だけど、いつも赤点すれすれの人とかはめっちゃヤバいんじゃないかな。
うんうん、ここは私もしっかりと言っておくべきだろう。
「借り物競争に私出たいな。龍園君、どうぞお願いします」
「もっとマシなことを言え」
えー、一番大切なことなのに。まあじゃあ真面目に言うけどさ。
「今回はAクラスはそこまで敵にならないんじゃあないかな。クラスの雰囲気的にも、あと絶対1人欠席ってのも結構辛いよ」
「坂柳派と葛城派の対立、ですね」
金田君が補足してくれる。うむ、苦しゅうないぞ。
先ほどの体育館でキャロルはとても目立っていた。細い杖を持つ彼女は学校側の配慮だろう、一人だけ椅子に座っていたのである。さらに彼女の周りを囲うは坂柳派の面々。どうやら本当にクラスの大半を掌握したらしい。
「葛城の陣営は風前の灯だがな」
対して葛城君の側にはもう数名の男女しか残っていなかった。他人事のように言ってるけど原因の一端、いや大部分はこの男のせいだろう。少しは申し訳なく思えや。葛城君、すごくいい人なのに可哀想やろ。
「最下位でも点数はいただけますから、無得点となる欠席は特にクラスの点数に響いてきます。坂柳さんが出場できないのは他クラスにとっては有利になりますね」
「うんうん、そうだよねひよりん。私も体調崩さないように気をつけないとなあ」
「バカは風邪なんざひかねえから問題ないだろ」
「あ?」
喧嘩売ってんのか己は。怒りのオーラを漂わせる私に金田君が慌てて声をかけてきた。
「し、Cクラスはどうでしょうか?」
ん、Cクラスか。私たちのクラス……ではなく元Bクラス、一之瀬クラスのことですな。
「同じ白組だけど一番の敵かもね。一之瀬さんたちは団結力もあるし、全体的に能力高くて普通に運動できる人も多いもん」
「ああ。本来一之瀬も神崎もリーダーを支える参謀タイプだが、こういう真っ当な勝負じゃ強いだろうよ」
え、一之瀬さんは完璧にリーダーやろ。何言ってんだろたっつー。
「ええ。特別な脅威を持たない、単なる仲良しクラス。だからこそ今回の行事に最も適しているでしょう」
黒いっ。何か言い方が
「Dクラスはよくわかんないなあ。でも正直、クラスポイント的には勝たれても問題ない気がするけど。他クラスの二分の一くらいしかポイントないじゃん、あそこだけ」
「いや、今回俺たちはDクラスを狙う。これは確定事項だ」
「ということは、龍園氏。確実に勝てる手段が……」
「ああ、アイツを使う。お互い利害が一致して大喜びだろうぜ」
アイツって桔梗ちゃんよな。スパイはまだまだ続行中らしい。確かにクラスの情報を得られればぐっと有利になる。
「いい機会だ。この体育祭で鈴音を徹底的に潰す」
そう宣言するたっつーを見て、これがツンデレというものなのかなあと私は思った。リンリン、こんな変なのに好かれて可哀想に。
●REC